至福の一服
扉を開けたあの日、俺は新たな生を受けた。それにしてもまさか記憶がそのままとは思わなかった。だが、一つだけ言わせて欲しい。
「あーう(なんでたばこがおしゃぶり型なんだよ!)」
「あら、くーちゃん。どうちたんでちゅか?」
「あぃ(あ、母さんか。ただの独り言だよ)」
「ママが恋しいのね!ほーら、たかいたか~い」
「きゃーい(わー、高いな~)」
今俺は生後5ヶ月ほどの赤ん坊だ。名前は前世の名字と同じクオンだ。名前はなんだって?よせやぃ恥ずかしいだろ。
今はクオン、ただのクオンだ。ここは村だ。残念ながら村としかわからん。木造建築の平屋で、部屋の中は裸足で生活する。この世界はなかなか時代遅れな服装をしている。いや、ここでは普通か。
村での朝がとにかく早い。時間はわからんが、はやい。そんで寝るのもはやい。これは感覚的に9時前かな?それから、当たり前だが見たことない動物がいる。
世界が違えば生き物も違う。当たり前だな。もちろん、一緒の可能性もある。ただ、たばこがないんだ。全く同じというわけではない。
なにかわからない動物とは言ったものの、俺も普通の人なのかよくわからない。なんだか目がおかしいのか、毛玉?ふけ?いや、埃?みたいなものが視界にちらつく。
「あー(これ、なんだろう?)」
「あら、くーちゃん。また恋しくなったの?」
「あぃ(あ、母さんか。これなにかな?)」
「もーう。くーちゃんったら、私がいなきゃだめなんだからっ」
「あいっ(その通りなんだが、母さんよ。あんた20歳越えてないだろ。明らか前世の俺より年下だろ)」
「よしよし、ご飯の時間ですよ」
「あぅ(これがまた苦痛であり最高の時間とも言える…)」
言わなくてもわかるものは省く。俺には5つ年上の兄と姉がいる。いわゆる双子というやつだ。兄はのんびりやで優しく接してくれる。一方姉はお転婆で俺のたばこを奪おうとする。
「くおん、それをよこしなさい」
「あーぃ?(取れるもんなら取ってみやがれ!)」
「とれたわ!」
「えぇ~ん(ふっ、だがな。俺には泣くという奥義があるのだよ)」
「あ…」
「れーちゃん?なにをしてるのかな?」
「ま、まま…」
「だめでしょ。れーちゃんにはあーたんがいるでしょ」
「でも…」
「でもじゃ、ありません!」
怒られてやんの。あーたんというのは姉が召喚できるくまのぬいぐるみだ。これでわかる通り、この世界はファンタジー要素のある世界だ。
「くーちゃんのおしゃぶりよ」
「あーぃ(これこれ、この落ち着く匂いよ。たまらねぇぜ)」
「ふふっ、やっぱりくーちゃんはおしゃぶりしてるときが一番かわいいわね」
「あぅ(母さんもかわいいぞ。こんな娘がいたら前世も変わっていたかもな…)」
遠い目をしていると母さんは優しく抱き締めてくれた。なんでかはわからないが、なんとなくわかるのだろう。
「くおん、これ」
「あーぅ?(ん?これは…え?なに?)」
「ぼくがつくったおもちゃだよ」
「あぃっ♪(すげぇ!五歳ってこんなものつくれんの!?)」
「よかった、よろこんでくれた」
兄はときどきこうやっておもちゃを持ってきてくれる。兄は工具を召喚できる。だからか手先が器用で積み木やらガラガラやら色々つくってくれる。
「あら、れーくん。またくーちゃんにおもちゃつくってくれたの?」
「うん」
「そう、偉いわね」
「うん」
「こっちにおいで」
「うん」
「れーくんもいい子ね」
「うん…」
兄は感情を表に出すのを苦手としているが、甘えられないというわけではなく、ああやって素直に甘えられている。それをドアの隙間から羨ましそうに見つめる姉。感情の起伏が激しいが甘えるのが下手だ。
「あーぅ(母さん、あれあれ)」
「どうしたのかしら?あっち?あら、れーちゃん。どうしたの?」
「うっ、見つかった…」
「こっちにいらっしゃい」
「はい…」
「くーちゃんにちゃんと謝ったの?」
「まだ…」
「もう…ほら、ちゃんと謝りなさい」
「うぅ…くおんごめんね…」
「あーぃ(今度から気を付けろよ)」
「ふふっ、ちゃんと謝れて、れーちゃんも偉いわ。よしよし」
「うぅ…」
子供のやることだ。別に怒ってる訳じゃない。ただ、これは俺の大切なものだからな。謝るなら許してやる。そうそう、そうやってしっかり母さんに甘えろよ。こういう時間はみじけぇからな。