朦朧とする意識
最後の記憶では確かに死んだ。それなのに、なんだ。俺はいつからこの長い列に並んでいる?俺の前の奴も後ろの奴も俺と同じく混乱している。列には老若男女様々な人がいる。
ハイハイする赤ん坊もいれば、人ではない者まで、犬もいるし魚もいる。これは夢か?夢か夢じゃないかなんてのは夢を見ている本人からは区別のできないものだ。
「っ…はぁ。喋ることはできるのか」
呼吸もできるし喋ることもできる。手を動かせる。だが、足は動かせるが、なぜかこの列から出ることが出来なかった。
「はぁ?なんでだ?」
永遠と続く列には終わりは見えなかった。それを待てるほどの忍耐は持ち合わせていないはずなのに、俺はなぜか待つことができた。意味はわからない。咄嗟に胸ポケットを探る。
持ち物はなにもなかった。たばこもライターもなにもない。あのとき吸ったのが最後か。
「それにしてもだ…待てるだけ待ってみるか」
ぼけーっとしながらひたすら待つ。前に行く分には足が勝手に動く。少しずつ進んでるように見えるが、真っ白な空間で、最奥が見えない。
何秒経ったのか、何分経ったのか、それとも何時間経ったのか。時間の感覚がまるでつかめない。時計もなければ音もない。
いつ終わるのか、いつ何かが起きるのか、途方のない時間が経った。
「次の方~どうぞ~」
「…」
「次の方?」
「…」
「あの?」
「…」
「もしもーし?」
「…」
「起きて~」
景色の変わらない、変化が全くない。これはいつまで続くんだ。
「いや、あの…起きて~」
「…た」
「た?」
「たばこ吸いてぇな…」
「だ、だめですよ!貴方たばこで亡くなったんですから!来世からは、たばこがないところで暮らしてもらいますからね!」
気が付くと目の前に真っ白な女性がいた。
「誰?」
「え?嘘ですよね!?ずっと目の前にいましたよね!?」
「どこだ、ここ…あの長い列は一体…」
「列の先がここです。そしてここで貴方の来世を決めます」
「来世とかどうでもいいから、たばこくれねぇか?」
「だめです。というか、貴方はニコチンに囚われすぎてます」
「ニコチンはどうでもいい。匂いと吸ったときの感覚がたまらなく愛おしいだけだ」
「うっわ、開き直ったよ、この人。それ、結局ニコチンの効果ですからね!」
ニコチンはリラックスさせてくれるだけで、匂いは別物だ。
「それで?なに?たばこのない世界?」
「はい、貴方のいた世界よりも化学文明が進んでおらず、たばこという概念が存在していません」
「といっても麻薬なんかはあるんだろ?」
「まさか…」
「やってねぇよ!いずれできる可能性を信じてんだよ」
「そうですねぇ…あるかもしれませんね」
「じゃあそこで」
「元の世界にしろ!だなんて言わないんですね」
「どうせ選択肢にすらないオチだろ」
「よくわかりましたね。はなまるあげちゃいます」
「やったー、おんにゃのこからはなまるもらえたぞー」
ガッツポーズしながら大はしゃぎ。いい大人がなにしてんだ?と思うだろうが、最近若い子から褒められることはなかったんだよ。
「うっわ、いい年したおっさんがはしゃいでる…年考えてください」
「ひどい言われようだ。んで、他にやることある?」
「そうですね、強いて言うなら一つだけ願いを叶えてあげましょう」
「じゃあたばこくれ」
「だめですって!」
「じゃあ何ならくれんだよ」
「たとえば、健康第一とか、足が早くなりたいとか、ね、あるでしょ?」
「たばこが作れるようになる」
「めっ!」
怒られた。たばこがだめか。さてさて、なににすればいいか。別にニコチンが欲しいわけでもないしな。
「なら、有害物質の入っていないたばこでどうだ?香りと味さえ好きなものなら俺は満足だ」
「…それならいいでしょう。ですが、そんなものでいいんですか?」
「何度でも吸いたいから数をくれ」
「そうですねぇ…ではこうしましょう。私がその無害たばこに色々付与しときますので、それで我慢してください」
「いいだろう。来世は少なくとも50歳まで生きてやるよ」
「その粋です。では、あちらのドアをくぐってください」
「あいよ、達者でな」
「ええ、長生きすることを祈っています」