第6話 妨げられる、露営の夢
3日後、入り組んだ急な斜面を登りきる。すると、そこからは明らかに人の手が入った形跡があった。
不自然なほど垂直な通路には至る所に木箱や酒ビン、錆びてボロボロとなった鎧なんかが遍在している。
人族から魔人側へ輸送する密輸業者の痕跡だと思われるので、メアはライトボールを消し、魔道具である暗視メガネに魔力を込め、使用する。
警戒しながら進行して行くも、結局誰にも会わず、奥にあった小部屋に到達する。
小部屋と言っても数人も入ればぎゅうぎゅうになってしまう程に小さい。床には複数の水溜りがあり、壁は石を敷き詰めてできている。
その壁に沿ってロープが吊されており、天井を見上げると、上から僅かに光が差していた。
『このロープをつたっていけば地上だな』
『誰か居るかもしれないから気をつけなさい』
『あいよ』
ロープをつたい、平たい石をどかす。どうやら出口は井戸を使って偽装されていたようだ。
地面に足を下ろした瞬間、全身に太陽の光が降り注ぎ、同時に土や草木の香りが鼻腔をくすぐる。
(やっと地上に帰って来られたんだな)
感慨深く喜悦の念に浸っていると、続いてメアも穴から這い出てくる。
『オウェッ!貴方が土埃を立てるせいで口の中に入っちゃったじゃない!』
『上の部分は結構乾いてたからな。事前に伝えておけば良かった』
『まあ良いわ。浄化』
『ありがとう』
みるみるうちにメアと俺の衣服についていた汚れがこそげ落ちて行く。
閑話休題。改めて周辺を見渡してみる。
幾つもの木造や石造の民家が立ち並んではいるが、どれも酷く風化しており、中には土砂に埋もれた家屋もある。
一軒ずつ忍足で立ち入るも、もぬけの殻であったので、捜索を打ち切り、村の外縁に向かう。
崩れかけた外壁の先は所々に大木や岩の点在する草原となっており、地平線の先まで続いているため、アフリカのサバンナを想起させる。
時折角の生えた大きめの兎が飛び跳ねており、食糧の少なくなっていた俺たちは狩りをし、3羽程仕留めると、毛皮を剥いで邪魔な角は削ぎ落とし、血は防腐効果のある薬品用の魔導ビンに充填しておく。
角も楽器や角杯、薬品の原料にはなるらしいが、無駄に嵩張る上にマジックバックの容量も余裕がないため、放置せざるを得なかった。
◇
『これからどこに行く?』
『さっき大型獣の足跡を見つけたの。後を追いかけるわよ。運が良ければ川が見つかるかもしれないわ』
なるほど、その手があったかと思い付いていくと、確かに人間の足より2回りは大きい蹄のある足跡や糞、草木を食らった痕跡がある。
4〜5時間ほど歩き、太陽が沈み始めた頃、非常に流れの緩やかな川が現出する。
日本の細い川と異なり、川幅は50メートルはあるだろうか、水の中を鋭い一本の角を持った黒色の大型牛がこちらを警戒しながら闊歩している。
『ソードバイソンだわ』
『狩っておくか?』
『いや、やめておきましょう。突進しながらの角の攻撃は鋼鉄の板も貫くのよ。群れに襲われたら最悪、角で胴体を貫かれた後、死ぬまで踏みつけられることになるわよ』
『分かったよ。それより今日はこの辺りで夜営するのか?水場は魔物が寄ってきて危なそうなんだが?』
『確かに危険ね。向こうに見える小山の方に行きましょ』
◇
小山の頂上でメアは土魔法を駆使し、急な襲撃から身を守るため、噴火口のような窪地を作り、そこに腰掛ける。
石と枯れ枝を集め、焚き火を焚いた後、その両側にY字型の枝を地面に突き刺す。
そこに頭と毛皮を剥ぎ、首から肛門に掛けてを串刺しにした兎を吊り下げ、熱が通った所で皿に取り分ける。
久しぶりのまともな肉に思わずがっついてしまう。
(簡単に塩で味付けしただけな上に、少し臭みがあるが、味は鶏肉に似ていて、ぷにぷにとして弾力のある食感は病みつきになるな)
4人前はあったであろう三匹分の肉も全て平らげてしまい、いつも通り夢の中で語学を学んでいると、突然、
ゴーン!ゴーン!ゴン!ゴン!ゴン!ゴーン!
けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
『何が起きてるんだ?』
『魔物が結界を攻撃したとき、警報が鳴るよう術式を編纂してたのよ。一応、臭いを消す薬品を周囲に撒いて、隠蔽術式も施していたのだけれど、やっぱり生きた魔物は勘がいいわね』
『急いで夢から覚めないと不味いだろ。どうすれば良い?』
『これを飲んで』
黄色く泡立つ液体の入ったコップを渡され、飲み干す。
味は完全にエールだったが、飲んだ瞬間全身に酩酊感と浮遊感を感じ、視界が反転、ぼやけていった。
◇
ガンッガンッガンッ
目が覚めるとすぐさま窪みから顔を出し、外の様子を伺う。
すると暗闇から髪の毛と顎髭を長く伸ばし、下側の犬歯を発達させた、鬼のように醜悪な灰色の顔が浮かび上がってくる。
首より下は筋骨隆々で、巨体を駆使して結界を破ろうと棍棒で叩きつけていた。
『オーガよ。結界はいずれ壊れるからその瞬間を狙って先制するわよ』
『了解』
(今まで殺してきた獣やアンデッドとは違って迫力があるな。これぞ魔物って感じだ。くそ、こんな事なら残りが少ない向心薬を無理してでも貰っておくベキだった)
ビキリッ
「ウォォォォッッ‼︎」
結界が破壊されると同時にハンティングナイフを手に持って駆け出し、不安や恐怖を打ち消すため、叫び声を上げる。
ガキィィン
顔を狙うも棍棒によってガードされ、そのまま吹き飛ばされる。
(うおっ!何だこの棍棒!魔力で強化でもしてんのか⁉︎こんなんじゃナイフじゃ太刀打ちできねぇぞ!)
2体のオーガが駆け寄ってくる。チラリとメアを一瞥するが、残りの1体は魔法で牽制してしているようだ。
今度は翼を生やし、上空から斬りつけようとするも、棍棒を振り回され中々近づけず、下腹部に一発貰ってしまう。
「うぐぅ」
口から血反吐を吐きつつ、一旦距離を取る。
(落ち着け、俺は最近までゾンビばかり殺してきたから頭ばかり狙うのが癖になってるが、生物の弱点はそこだけじゃない)
翼をしまい、再び駆け足で近づいていくも、落ち着いて大振りな棍棒を回避していき、金的を蹴り上げ、破裂させる。
「グゴォォォォ!!!」
痛みに苦しんだ所をハンティングナイフを胸に突き立て絶命させた。
もう一体も棍棒で殴りかかってくるが、身長差があることを利用して、足元に滑り込むと爪を伸ばしてアキレス腱を切り裂く。
動きが鈍った所を今度こそしっかり首に突き刺し、息の根を止めてやる。
メアの方も無事倒したらしく、黒こげになったオーガが仰向けに倒れていた。
『ハァッハァッ魔物ってこんなに強いものなのか?』
『まずまずといったところかしら。オーガは知能も無く、少数でしか群れないけれど、人型の魔物の強さで言えば上位に入るわ。その分繁殖力はオークより断然低いから早々相見えることは無い筈よ。より上位のドラゴンなんかは通常集団で狩るモンスターだから遭遇したら速攻で逃げるわよ』
『まじかよ』
こいつらより強い魔物がいるなら命が幾つあっても足りないぞ。
オーガとも2度と会いたく無いが旅をする以上戦いは避けられないだろう。
『それよりこいつらを解体したら一緒に吸うわよ』
メアが向心薬入りのビンを取り出して言う。
『へへっ。分かってるじゃあ無いか』
(折角だし、今回は煙を吸ってみるか)
オーガの持つ棍棒は特定の種類の樹木に魔力を用いて加工し、硬度や魔防を強化したものらしく、割と高く売れるらしい。
流石に今度は捨てるわけにはいかず、一部の安価な品を廃棄したり、兎の肉が入っていたスペースを活用して無理やりねじ込んだ。
他には多くの魔物の皮は加工され、羊皮紙の代用品として用いられるらしく、(魔物の皮だから魔紙とでも呼ぼうか)全部は持ち切れないので一部を剥いで俺のバックパックに詰めておく。
その後、拠点に戻った俺たちは白い粉末をパイプに入れ、火で炙り煙が出た所で吸っていく。
すると先程迄の疲れが一気に解消し、頭が冴え渡り、今までの人生のどんな出来事にも勝る幸福感で一杯になっていった。




