第5話 桃源郷
<秀貴視点>
「「ギィアアアァァァ!」」
ヒュンッ
天井を這って進むクモ型のゾンビの頭へクロスボウの矢を打ちつけ、落下してきた所を右足で踏みつけ絶命させる。
送れてゾンビ犬に襲われるが、メアがファイアーウォールを展開、火の壁に突っ込んでもがき苦しんで弱っている所をダガー型のハンティングナイフでザクッと殺す。
『だいぶ上手くなったじゃない』
『まあな』
俺は今、吸血鬼の能力に頼りすぎないよう、武器の使い方の練習をしていた。
覚醒すると余りに多くの血液を消費してしまうからだ。また正気を失ったら今度こそ本当に命を落としかねない。
特に鋭い爪は威力は高いが消耗も激しい為、ここぞという時以外は温存する予定だ。
メアに従属してから2日、俺たちは未だに洞穴を彷徨っている。
疲労していたので休息を取ったのもあるが、川に流された際、かなり地上から離れた深い場所まで移動してしまった上、より凶悪な虫や獣のゾンビと遭遇するようになってしまい、その対処に戸惑っている状態だ。
だがその間にメアからこの世界についての知識やら常識を学べたのは大きな収穫だな。
特に最初に念話とかいう魔法を教えてくれたのはかなり助かる。ただでさえ異世界の言語なんて分からない上に、話を聞く限りだと言語が全く統一されておらず、一つの国家内ですら複数の言語が話されていることすらざらにあるらしい。
念話とは、魔力を用い、パスを繋いで互いの思考や概念を相手型の言語に変換し、伝える魔法だ。基本的には双方が念話を覚えていないと使用できないが、一部の魔術師は相手の脳に干渉術式を施すことにより、会話を成立させられる。しかし、この場合も被干渉者の保有魔力が高く無ければならないという条件がつく。
人間側は念話を使える人間は少ない上、一部の種族や混血を除けば魔力が低いらしいため、最悪身振り手振りで会話しなければならない。
まあ、近年は孤児でさえ教会で教育を受けていたり、移民の流入により多言語話者も増加してるらしいが。
それと俺が始めにゾンビと戦った墓地のような場所や今いる洞窟についてだが、この話をする前にこの世界の神話について語る必要があるだろう。
最初この惑星には古き者共(人間側呼称邪神)と呼ばれる神々が群雄割拠し、それぞれの勢力を拡大しようと日々争っていたらしい。そんな中で外の世界より侵略者(人間側呼称善神)が飛来、古き者共と戦争となる。その時侵略者は只人やエルフ、ドワーフなどの眷属を創造、対抗して邪神側もそれぞれ自分の姿に似た眷属を創り出した。
その後苛烈を極めた戦争も大規模な魔術の連発により、豊富にあった大気中の魔素が減少、神々は活動することはおろか、この世に現界するのも困難となり、長い休眠状態に入ってしまう。
両者は決着がつかなかったわけだが、指導者でもある神々を失った両陣営は大混乱に陥り、そのせいで神々の権威も失墜、眷属の中でも力のある者が勝手に神々の代理人を名乗り出し勢力を拡大、世界からは規律や道徳、信仰心といった秩序が失われ、現代に至ると言った内容だ。
例の墳墓はアルバン王国とマリューシャン王国の海峡とその周辺は丁度海上交通の要衝として地政学的に重要な位置であり、数千年に渡り争ってきた激戦の地らしく、例の墓は戦いの犠牲者のもので、そこに瘴気が溜まっていき、より凶悪なアンデッドの蔓延るダンジョンへと化したのでは無いかと言うのがメアの見解だ。
正直神話や歴史なんてものは自分達に都合の良いよう、ある程度修正されるものだからどこまで事実かは知らないが、俺はこの話を聞いてかなり不安になった。ただでさえ魔族と吸血鬼は只人と対立してると聞いていたのに、宗教も絡むとなると迫害される気しかしない。
それをメアに伝えても近年は余り争っていないから問題ないと。
一応両者共に亡命者を受け入れるケースは割とあるらしく、異なる魔法等の技術体系やスパイの獲得、更には長命種の場合、改宗させて貴族と婚姻するなんて事もあるらしい。
他に特筆するべき点としてはメアが逃亡した経緯くらいだろう。感想としては貴族って怖えって感じだな。これからマリューシャン王国に行って何をするのか尋ねた時、行方不明になった母親を探すとか言ってたけど手がかりがないんじゃ厳しいだろうな。
それでも隷属してる以上ついていく他ないわけだが。
◇
メアが疲労を感じた時点で結界を張り、休みを取ることにする。
『血、分けてもらっていいか?』
『早くしなさい』
地面に腰掛けると服をはだけさせ、肩を露出させる。
カプッ
『………っ……ふっ……ん、んんっ』
『…………』
『つっ……はっ………ああっ………ふ、うっ……。』
正直美少女が煽情的な格好をしてるだけで俺の愚息が喜んでしまうというのに、その上喘がれると吸血してるのに理性が吹っ飛びそうになる。
……さっさと宿でも借りて自家発電したいもんだぜ。
◇
吸血後、簡単な食事を済ませる。俺は血液以外も摂取しないと体調を崩してしまうからな。
食事と言っても硬いパンと干し肉や乾燥した野菜なんかを鍋に入れたスープ位だ。
それにプラスして向心薬とかいう白い粉も摂取している。最初はヤバい薬何じゃないかとも思ったが、酒の代用品として広く親しまれていると聞いて、恐る恐る使ってみたがかなりハマってしまった。
メアのように煙を吸う行為は俺にはハードルが高いので、水に溶かして飲んでいるけれど数秒で物凄い幸福感に襲われ、今の俺は何て幸せで全能なんだって気持ちになる。
その分半日ほど経過すると、30分ほど身体が怠くなるが些細な問題だ。
そしていよいよ本日はこの世界の言語である人間界の共通語と邪神側の言語神聖語を教えて貰う事になる。
話者人口が多いのでいざという時のため、勉強することにしたのだ。
俺の余りの常識の無さに呆れていたメアも何だかんだ面倒くさがらず教えてくれるので根はいい奴なのかもしれないな。
しかし食事後、メアはマジックバックから毛布を取り出したので今日は疲れたのかと思い、俺もいつも通り壁に背を向けて座り込み、仮眠を取ろうとする。
するとメアは俺の腕を掴み、毛布の上に仰向けに押し倒して上から覆いかぶさってきた。
『あの、メアさん?』
胸が当たって愚息がおっきしてしまうんだが。
『お休み』
『えっ?お、お休み』
女性特有の良い匂いに温かな温もり。それらに
戸惑いながらも俺は深い眠りに誘われていった。
◇
「にゃあ〜、んにゃあ〜」
ふと目が覚めた時、奇妙な鳴き声が聞こえ、瞼を開いた俺は目の前に広がる光景に見惚れていた。
俺は気づくと周囲を森で囲まれた湖の砂浜に倒れ伏していた。
時間は夜で満点の星空の中、目の前には巨大なガス惑星が幾つかの衛星を携え佇んでいて、波一つ立っていない水面の風景と相まって非常に幻想的な雰囲気を醸し出している。
木星や土星の近くに地球があったならこんな風に見えるだろうといった感じだ。
「にゃあ!」
後ろを振り向くと、一匹の灰色の猫が俺に背を向けつつ振り向いた状態で鳴いている。
『ついていけば良いのか?』
猫はそれ以上何も言わずに小さな小道を歩いて行くため慌ててついていく。
暫くすると遠くが白く発光しており、森が円形に開けた広場が見えてきた。
すると導いてくれた猫はまるで亡霊であったかのようにスゥッと消えてしまう。
空地に到着すると、辺り一帯を光の玉が漂い、温かな光を発していて、その中央に机と椅子を並べて優雅に紅茶を飲むメアが微笑んで座っていた。
『この世界は気に入ったかしら?』
『あんたの魔法か何かか?』
『ご名答。正確には魔族特有のスキルよ。身体を密着させて寝ることで対象の夢に干渉することができるの。脳に多少の負荷は掛かるけれど、寝ている時間は惜しいし、何より私より睡眠時間が少なくてすむ貴方には私が寝ている時間する事がないでしょう?だから有効活用しましょ』
『毎晩ぶっ通しで言語を学べるわけか。魔法って便利すぎるだろ』
『頭のスカスカな貴方にも理解できて何よりだわ。それじゃ始めましょ』
突如として机の上に書物や羽ペン、インク等が現れメアによる授業が始まる。
共通語は表音文字だが、興味深いことに日本語と同様rとlの発音の区別が無いのは有り難い。
ただ文字がミミズがのたうちまわったような、例えるなら英語の筆記体のように波打ってので、慣れていないと書きづらい。
それでも人間側の言葉はなるべく早く覚えないと不味いだろう。
一方神聖語は表意文字で覚える文字数は多いが、漢字よりも絵に近いと言えば良いのだろうか、甲骨文字やヒエログリフみたいだ。
(地球にいた頃英語に苦戦していた俺だが、この世界の言葉を知るのは何故か楽しいな。受験とか就職とか関係ないからか?後は教えてくれる人が美人だからかな?)
そう思いチラリと視線を動かすとメアと目が合ってしまう。
『何よ』
『何でもない』
俺は顔を赤らめ、俯いて照れているのを誤魔化す事しかできなかった。




