第3話 逃走
暫くの間唖然としていた私は震える体を使って実験室の奥へと入って行き、部屋の惨状がどれ程なのかを調べ始めた。
その結果半分以上の実験器具や素材、資料などが破損されていて、中には母さんとの思い出の品でさえも見るも無残な状態だ。
これまでにも靴に泥を詰め込まれたり、物が紛失することはあった。
それでもここまで酷い扱いを受けたのは初めてだ。
(もしかしてさっき、奴らが集まって居たのは‼︎)
あまりの悔しさに視界が滲み、心の中から黒い感情が湧き上がってくる。
(こんな家、本当に今すぐ出て行ってやる)
ただ出ていくだけじゃこの怒りは治らない。
どうせなら一族にとって重要な家宝でも奪ってやる。
そう考えてクロスボウを手に取り、人目を避けながら地下の宝物庫へと向かっていく。
当然地下は暗闇が多く、物陰に隠れながら移動していく。やがて宝物庫の入り口が見えてきた。
当然そこには2人の番兵が居て周囲を警戒しているから奴らを無力化する必要がある。
私はクロスボウを取り出すと兵士の1人に向かって撃ちだした。
「ヴッ!」
「どうした?」
膝に当たった兵士に隣の兵士が顔を向け、声を掛けるが矢から煙が発生し、2人はそれを吸うとすぐさま意識を失って倒れる。
矢には仕掛けが施されており、衝撃が加わると睡眠ガスが放出される様になっている。
以前読んだ軍事書に潜入部隊用の装備として紹介されていたのを真似て作ったのだけれど、こんな所で役立つなんて思ってもいなかった。
兵士の熟睡を確認して体を弄るとポケットから鍵が出てくる。
一般的に宝物庫は頑丈な為、有事の際は避難所にもなっていて、素性のはっきりする人物に警備を任せていざというときすぐ様避難できるよう鍵を持っていることが多い。
扉を開け中に入ると数々の宝石類や金の延棒、更には大小様々な武器に出迎えられる。
役に立つものは無いか物色すると、小さい金庫を見つけた。
気になった私はピッキングをして開けるが、中には朱色の鞄しか入っていない。
予想外の結果に失望しつつも鞄を手に取ると神聖な魔力を感じ驚く。
「魔力と言うよりこれは神通力!?」
まさかと思いつつ鞄の中に槍を入れるとすんなり入ってしまう。
「マジックバックが手に入るなんて」
思わず顔がニヤけてしまう。
マジックバックとはその名の通り見た目以上のアイテムを鞄に入れる事のできる魔道具の一種である。
神のみが作製できる至高の品で、神代の終わりに神々が深い眠りについて以降、製作されていないのでかなり希少だ。
幾つかの宝石と上等な装備を鞄に詰めた後、颯爽と自室に戻った私は鞄に入るだけの実験器具や書物、日用品を準備し、深夜に屋敷を抜け出した。
◇
「居たぞー!矢を射ろ!」
掛け声と共に放たれた複数の矢や魔法を防護術式を発動させつつジグザグに走り回る事で回避する。
逃走開始から5日、私は今アルバン王国と人属の国マリューシャン王国との国境間にある洞窟の一つにて追ってから逃げている。
両王国の間には海峡があり、通常は船で移動するが敵対国同士であり、更には何度も激戦の行われた地だ。
戦争中や密輸用に作られた海底トンネルが無数に存在する。
トンネルを抜け、人間側に逃げてしまえば流石に私を追い続ける事などできないだろう。
湿り気の強い場所に出た所で再び矢が飛び避けるが、首に擦り傷を負ってしまった。
しかし今度は暫く経っても攻撃して来ない。不思議に思うもそのまま走り続けると崖が現れ、思わず足を止めてしまう。
崖下まで数十メートルある上に流れの速い川が流れている。
魔法を使えば水中でも生き延びれるだろうが、今日は既に追ってからの攻撃や逃走の為にそれなりの魔力を消費してしまっていた。
何より私は兵士では無く錬金術専門の魔術師。
高所から飛び降りるなんて行為、死なないと分かっていても恐ろしいに決まっている。
一度追っての様子を見ようと思った所で身体の筋肉が突然痙攣しだし、うつ伏せに倒れてしまう。
(これは神経毒⁉︎しまったさっきの矢に仕掛けがあったのか!)
咄嗟に体内の魔力と血液の流れを調節するも、既に毒が回っている為僅かにしか体を動かせない。
「どうかしら?自分も使った武器で身体の自由を奪われるのは」
「ニーナ…….。」
仇敵といえる相手の登場に思わず怒りが沸き声も低く、目つきも鋭くなる。
「あら、そんな目で見ないで欲しいわね。私だって好きで一族の一員を処罰したいわけでは無いのよ」
「母と私を追い込んでおいてよくもそんな事を‼︎」
「追い込んだとは失礼ね。私は正妻として貴族の矜持を持っていただく為に優しく教え諭したつもりなのだけれど。ただでさえ貴方はローグ様の深い恩寵を受けていたというのに、何を勘違いしたのかルーヴィスト家を裏切り我らの至高なる神が創られた聖遺物を薄汚い人間どもに渡そうとするとはね」
そう嘯きつつ私に近づいたニーナは鞘から剣を抜き振り上げる。
「抵抗しないならば楽に死なせてあげるわ」
(終わった…)
そう思い私は目を瞑った。