第2話 女の嫉妬
時間は少し巻き戻り、第2話〜第4話の前半まではヒロイン視点になります
黄昏時、私は自室を出て屋敷の図書館へと向かっていく。
私の名前はメア・ルーヴィスト、18歳。
アルバン王国ローグ・ルーヴィスト伯爵と平民出身の愛妾である母メルビン・ルーヴィストとの間にできた娘であり、当然当主の継承権何て存在しない。
それにも関わらず、正妻であるニーナ・ラプタ・ルーヴィストを中心にその子供や側室から村八分の様な扱いを受けている。
理由は単純明快、母親が妾にしては異様なレベルでの寵愛を受けたせい。
その事にニーナは嫉妬し、母メルビンと私への執拗ないじめが始まった。
そのせいか母は遂に精神的におかしくなってしまい、行方不明になってしまった。
更に最悪な事に、父親であるローグはバール人との戦争で出払ってしまい、私の後ろ盾が存在しない。
やたらと長い廊下を通った割には今日は誰にも会わずに済んだ。
(やっぱりこの時間は人が少ないようね)
少し顔を綻ばせつつ、図書館へと入っていくが幸運は長くは続かなかった。
部屋の中には幾人かの使用人が居て、私を視認するや否や何か見てはいけない物を見た様な、ギョッとした表情になり視線を逸らす。
気にせずに目的の書物を漁っていると、彼らはヒソヒソと「毒婦の娘が」だとか「ルーヴィスト家の穀潰し」と言った会話を始めだす。
大方ニーナ叔母さんからの指示でしょうけど、腹が立つので急いで図書館を出た。
借りてきた本を抱えながら再び長い廊下を歩いていると、食堂の扉が開いて複数人の男女と鉢合わせてしまう。
お母さまの誕生日だというのに、まさかこんな日に限って兄妹達が仲良く晩餐するなんて。今日は本当に付いてない。
その中心に立つ長女ラナが声を掛けてくる。
「あら、メアじゃない、お元気かしら?」
「おかげさまで」
「少し聞きたい事があるのだけど」
腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら話し続ける。
「貴方が家を出ると聞いたのだけれど、本当かしら?」
「いいえ」
「あら、そういう噂が広まっているのよ。誰かしら、そんな適当な事を言っているのは?」
「全く、我らの愛しい妹に対して、無礼でありますな」
するとラナの右側の長男、ヨルチョフが返事をし、
「メアお姉様が出てしまうなど、寂しいことであります」
と、左側の八男、アルヴィスが答える。
「でも仕方の無いことよ」
ラナが急にニヤニヤと笑みを浮かべだす。
「何しろメルビン伯母様は心の病で居なくなってしまったのよ。」
すると周囲の人間がどっと笑い出す。
「………。」
私は何も言い返せず、笑いが収まるまでただひたすらスカートの裾を掴み、歯ぎしりする事しかできなかった。
(落ち着け、私。ここで変に言い返した所で何の解決にもならない)
「しかし、可哀想な話ですな」
ヨルチョフが話し続ける。
「この家を出るなら、是非我々を頼って良いのですぞ。引越しの手伝い位はして差し上げましょう」
「ありがたき御言葉。その際は宜しくお願い致しますわ」
(心にも思ってない事を)
そう思いつつ、顔には出さずに無難な返事を返しておく。
「さて、お話も飽きてきたし、夕餉の支度はできたかしら」
ラナの言葉に側に仕えた執事が答える。
「準備は出来ております。お嬢様」
「では失礼するわね。いずれまた会いましょう」
そう告げるとラナ達一行は食堂へと向かっていった。
因みに私はかなり前から彼ら兄妹達とは食事を共にしていない上に使用人も付けていない。
同じ釜の飯を食べても不味いだけだし、使用人に至ってはニーナの息が掛かった監視なので不快だ。
「本当に何なのよ」
部屋に戻ってから再び怒りが徐々に湧いてきた。
私は机の引き出しから白い粉とパイプを取り出し、魔法で火をつけながら煙を鼻と口で吸って楽しむ。
向心薬と呼ばれ、脳内の快感物質の放出を促進する、幸福感を生み出す薬物だ。
私は母親が失踪してから5年ほどずっと服用しているけれど、只人あたりの毒耐性の無い種族ならとっくに廃人になっているでしょうね。
一服して気持ちを落ち着かせ、自室の隣にある研究室に入っていく。
新たに開発した合金の性質を調べなければ。
思考を錬金術師のものへと変えつつ、部屋に入った私は絶句し、暫くの間ただ立ち竦む事しかできなかった。
研究室は酷く荒らされていたのだ。