第1話 異世界転移
ウクライナ北部チェルノブイリ近郊
高濃度の放射線汚染の為、立ち入り禁止区画に指定された森の中において俺は一匹の狼と戦っていた。
「グルルル、ギャオン!」
飛びかかってきた狼に右腕を噛ませ、喉元にハンティングナイフを突き刺す。
「ガァッ!……グォ……」
生き絶えたのを確認し、血の滴る首筋に牙を突き立て吸血を開始する。
(昔は喉を通して飲む事が多かったが、やはり牙や歯に存在する微細な穴から吸飲する方が楽だな。)
そう思いつつ、ほぼ皮と骨だけになるまで飲み干す頃には噛みつかれた腕もすっかり治癒されていた。
◇
自分が周りの人間と比べて異質だと気付いたのはいつだっただろうか。
物心ついた時から俺は血を飲み続けていたし、身体の傷が癒える早さも異常だったが、両親にはその話を公の場で話す事は恥ずべき行為だと教えられて育った。
なので小学校高学年になるまでそれが当たり前だと思っていた。
徐々に両親の主張に猜疑心が浮かぶ中、疑惑が確信へと変わったのは修学旅行の時、トラックに轢かれた事がきっかけだったと思う。
教師や同級生の前でミンチになりながらも肉体を再生させた時の彼らの顔は今でも忘れられないし、この事故が原因で中学以降避けられてしまった事は今となってはいい思い出でしか無い。
そんな事があったにも関わらず、考古学者であった父と冒険家として名を馳せていた母は交通事故によって亡くなってしまったが、彼らの遺書によって俺の出自について僅かに判明し、東欧の僻地にまで赴いたという訳だ。
遺書とは言っても書きかけだったから内容は簡素で兎に角ウクライナにある遺跡に行き、手順通りに行動しろとしか書かれていない。
母親はウクライナ人だった為2重国籍な俺は楽に入国できたし、ナイフ等の刃物は現地のチンピラから購入できた。
更に歩みを進め、40分程経過すると岩山が現れる。
その中腹に洞穴がある事を確認し中に入っていく。
内部は10メートル程で行き止まりになるが、奥には明らかに人工物と思われる、白い岩石製で窪みのついた壁があった。
(さて、それじゃ例の物を出すとするか)
袋から遺書と共に遺された、表に女の横顔、裏に蝙蝠が描かれている硬貨を窪みにはめてしばらく待つ。
徐々に洞窟内が振動し始め、壁が下に沈み込み、その奥に下へと続く螺旋階段が続いている事を発見する。
降りて行くと5分程で一番下まで到達したが、行き止まりになってしまったので暫く周囲を見渡たす。
最下層には円形の魔法陣が描かれていた。
半径3メートル程度で五芒星を彷彿とさせる星の周りに解読不能な文字や図式が刻まれている。
恐る恐る魔法陣の中に右足を踏み入れた瞬間、魔法陣が真っ黒に染まったかと思うと右足が漆黒の闇に沈み出した。
慌てて抜け出そうとするも暗闇からしなやかで長い、これまた真っ黒な腕が飛び出てきて両足を掴まれる。
(嘘だろ⁉︎)
力を込めれば自動車すら軽々持ち上げる筋力を持ってしても振り解けない。
碌な抵抗も出来ず、俺は暗闇に取り込まれていった。
◇
(どうなってるんだ?)
いつの間にか巨大な洞窟の中で佇んでいた。明らかに岩山にある洞窟とは別物だ。
横幅20m天井までの高さは50mはあるだろうか。
道は直線では無く曲がりくねっており、枝分かれもしている為、最早迷宮といっても良いほどだ。
赤茶色の地面や巨大な氷柱は幻想的と言うよりは気色の悪い雰囲気を醸し出している。
俺は夜目がきく上身体能力も高いので暗闇でも難なく移動できるが、普通の人間ならそれ相応の装備が無ければ厳しいだろう。
同じ場所をぐるぐる回らないよう床に分かりやすくイニシャルを彫り、右手を壁につけて暫く歩みを進める。
やがて 腐臭が漂い始め、大量の棺の置かれた部屋が現れた。
よく見ると所々に人骨が散乱しており、恐怖で足がすくみつつあるのを堪えて中に入っていく。
すると突然足首を掴まれる。
「ヒィ!」
足元を見ると赤く発光した目がじっと俺を見つめていた。顔は爛れていて異様な程痩せ細っている。
あまりの恐怖により身動きできずにいるとそいつは俺の膝に噛み付いてきた。
「グァッ!」
痛みによって硬直していた身体が動き出した。
反射的にその怪物へかかとを落とし、頭を粉砕させる。
「おいおい、勘弁してくれ……」
今の物音を聞きつけたのか先程殺した化物と同じ奴らが立ち上がってきたため、俺は身体に意識を集中させ、本来の姿へと作り替えていく。
爪は30センチ程度に鋭く伸び、目は赤黒く充血しだした。背中からは蝙蝠のような翼を生やす。
先ず正面から向かってきた2体を右手を振り上げ切り裂く。
「ギャアアアア!」
1体は首を吹き飛ばせたがもう片方は胴体に少しくいこんだだけな為、左足で突き飛ばす。
すると左右から2体ずつ向かってきたので俊足で右側に回り込み、右爪で首や頭を切り飛ばし、左の2体も左右の爪で切り裂いていく。
頭部以外はあまり効果が無く、内臓をぶちまけながら蠢くため、しっかり絶命させる。
先程左足で吹き飛ばした化物も処理し終え、少しの間周囲を警戒する。
辺りが静寂で包まれている事が分かると、俺は墓所の奥へと進んでいく事にした。
◇
意識が朦朧とする中タックルをかまし、2体が地面に転がった所を頭を順に踏み潰していく。しかし直ぐに膝を地面につけてしまい、荒い呼吸を繰り返す。
墳墓に入ってからどれ程たったろうか。
あれからずっと彷徨っているものの、行く先々で例の化物 (というよりゾンビ)に襲われ続け、精神的にも肉体的にもかなり疲弊している。
不味い事に力の源である体内の血液もかなり減り、少し飢えが身体を支配していた。
幾ら強力な兵器を持っていようが動力になる燃料が無ければ意味が無い。
それと同じだ。
俺は空腹が長時間続いていくと自我や理性を失ってしまう。
このままだと暗闇の中で暴れ回った挙句餓死しかねない。
不意に目の前が明るくなった。視線の先には多くの人々が屯しているようだ。
助けてくれ。
左手で何かを掴もうとする様に腕を伸ばし、すっかり乾燥して掠れた喉から声を振り絞ろうとする。
その時ガァッ!という鳴き声と共に頭部を強打され、俺は新たなゾンビを視界に捉えながらも意識を失っていった……。




