表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
9/15

慣れない事と場所

  アルキメデス大帝国中央区。

  巨大な円形の中にある都市空間は中央区と呼ばれる。王族や貴族などのお偉いさんが住み、エリートの騎士が集まる帝国中央騎士隊の駐屯地が存在している場所だ。

  この区域で一般の国民を見る機会はそうそうない。足を踏み入れるにもしっかりした手続きが必要なようだが、サファイアと一緒にいればレイトはその手続きも免除される。

  げんにレイトは容易く中央区に足を踏み入れることができた。


 朝日が照らし出すのは他地区とは全く異なる豪勢な建築物の数々だ。

中央区にある公園には覇水鏡という建物と同じくらいの大きさを誇る魔鏡が存在する。それは国宝の一つとして認定され、セト教やナディア教などの宗教を信仰する信徒がこの魔鏡の前で祈りを捧げるのが日常の光景らしい。

 東西南北の地区では多くの屋台が連なっていたり、冒険者や旅人のための宿屋も数多く存在していたが、ここではそれがほとんどない。王族や貴族には武器や防具は必要ないし、泊まる場所は高級な自宅がある。よって必然的に数は減っていく。

 それでもゼロというわけではない。屋台はないが、飲食店は数件あるし、装備品を売買している店も存在はしている。


 中央区に入ってすぐに馬車に乗った。

 一キロでどのくらいの値段が掛かるのか想像するのも不安になるほどの精巧な造りをしている馬車だ。馬車に乗る機会もそうないし、乗ったとしても古いものが多かったのでレイトにはかなり新鮮だった。


 真っすぐに帝城方面へと進んでいく馬車は五キロほどの距離を走ってから止まる。

 馬車を降りてすぐ目の前には古典的な趣のある喫茶店があった。掲げられている看板には「小鳩亭」と書かれている。

「こっちだ、行こうか」


「なんかドレスコードとかある?」


「ありそうに見えるか?」


「いや全く見えない」


「そういうことだ」


「中央区にも庶民的な場所はあるんだな。てっきり敷居の高い店しかないと思ってたよ」


「まあそう思うのも無理はない。周りの建物の様相が全く違うからな」


 そう言ってサファイアは喫茶店の扉を開く。

 店内は暖色で揃えられていて、シャンデリアのような大きな明かりが店内を照らしている。 お客さんは……ほとんどいない。というかシラヌイとその連れだけしかいない。店内の一番端にあるテーブルに二人の人間が座っている。

「あの女性がシラヌイか?あ、いやシラヌイ様って言わないといけないのか……」


「あまり気にする必要はないと思うけどな。まあ連れのハズキはいい顔しないかもしれないな」


「そうか、じゃあ気を付けるよ」


ゆっくりと二人の女性が座る席へと近付く。

シラヌイの顔は新聞で見たこともあったが、だいぶ印象が違った。失礼な話だが、思ったよりも若々しく見えた。年齢的には五十を過ぎているはずだが、そうは見えない容姿をしていた。

隣の女性は艶やかな長い黒髪が特徴的で、極東人なのは一目で分かった。


「すみません、待たせてしまいましたね」


「いいえ、私たちも数分前に到着したばかりですから。気にすることはないですよ、サファイアさん」


「お久しぶりです、サファイア様」

シラヌイの横に座っていた黒髪の女性がスッと立ち上がり、サファイアに向かって一礼する。

「久しぶりだな、ハズキ。ちょうど一年振りくらいか?」


「はい、帝国特別賞受勲式以来です」


「ああ、イスコとリディアの時か。もう懐かしく感じるな。あれからもう一年になるか」


「あの時はお世話になりました」


「何を言う。私も帝国騎士の一人だ。当たり前のことを成しただけだ。っと今はそんな話をしている場合じゃなかったか。シラヌイ様、例の青年が彼です」


「そう……あなたが魔神について知りたいと言っている子ですか。初めましてシラヌイと申しますわ。以後お見知りおきを」


「これはご丁寧に。レイトだ、です。よろしく頼み、ます」


「ふふふ、慣れない口調みたいね。あまり無理をする必要はないわ」


「そうか……それならすまんが、敬語はやめさせてもらう」

 

「早速ですが、あなたは魔神の何を知りたいのですか?」


「魔神の何、というか魔神がどこにいるかが知りたいんだ?」


「知ってどうするの?」


「一つしかないだろ?魔神を倒すんだよ」


 こいつは本気で言っているのか?という驚愕した表情を浮かべるハズキ。サファイアも眉を上げて同様の感情を抱いているのは間違いなさそうだ。

 ただ一人シラヌイだけは真剣な目つきでレイトを射抜くように見つけていた。


「……面白いことを言いますね、あなたは。魔神という存在がどういうものなのか理解していますか?」

 

 言葉だけ見ればイラついているように感じるが、口調は優し気で怒っている様子はない。

 

「正直よく分かっていない。ただ倒すべき存在だとは理解しているよ」


「それに関して言えば正しい理解だと言っていいでしょう。ただ……正直言いますとあなたという存在が何なのか分からないので、協力していいものかどうか悩んでいます」


「そうか……まあそうだよな」


 正論だ。どこの馬の骨かも分からないような奴に魔神の情報など与えるわけがない。

 レイトがどうしようかとちょっと悩んでいるとハズキがシラヌイに声を掛けた。


「……シラヌイ様、いつもの輩が……」


「そう。いつも通りで結構よ」


「了解致しました」


「ちょっと待ってくれ。それ、俺が対応しよう」


「……対応とは?何が起きているか分かってらっしゃるんですか?」

 

「ああ、さっきから外に潜んでこっちを狙っている奴を倒しゃいいんだろ?」


 何故分かるの?という表情をハズキは見せる。というかこの女性は思っていることが表情に出やすいタイプらしい。シラヌイという帝国のお偉いさんの側近にしてはまずいのではないかと余計なお世話かもしれないが、そう思った。


「ふふふ、やっぱり面白いですね、あなたは。分かりました。お願いしてもよろしいですか?」


「ああ、任せておけ」


「楽しみだな。君がどうするのか」

 サファイアもこの状況を楽しんでいるようだった。レイトを一目見て、少し話しただけで彼女はレイトという存在が不気味なものに思えてならなかったらしい。「小鳩亭」に向かう馬車の中でそう話されたときはサファイアの慧眼にただただ感服した。もちろん表情には出さないし、自分の力の一端を見せることもなかった。自分の力を見せびらかすような者は強者とは言えない。レイトはそう思う。

 サファイアがいつ敵として自分の前に立ち塞がるか分からないのだ。力を見せることは油断だ。

 だが、今、この状況では違う。


 ある程度の信頼される力を示す必要はあるだろう。


「じゃあ対処しようか」

 レイトはそう言ってニヤリと笑い、指を鳴らす。

 すると「小鳩亭」のずっと奥にある灯台の上が真っ黒な炎に支配されるのを多くの人が見た。

 民たちは恐怖よりも漆黒の美しさと虚ろさに目を奪われていた。

 喫茶店「小鳩亭」の窓からもその光景は見ることができた。その美しい黒い花火にハズキは口を大きく開けて硬直した。

「凄い……」

 

「魔力が研ぎ澄まされてる……最上級魔法?」

 シラヌイも窓の外に視線を向けている。

「悪魔ノ飛炎。最上級炎熱魔法だな……まさか最上級魔法を使いこなすとは。しかもこうも容易く……」


「おおお、今日は調子良かった。今月で一番の広範囲だったな」

 最上級炎熱魔法、悪魔ノ飛炎は魔力を円状に飛ばし、術者が外敵だと判断した者を発火させる魔法で、発火した際には魅入ってしまうほどの黒い炎が燃え上がるのがこの魔法の特徴である。

 使い勝手のいい魔法なので月に数回は使用するのだが、その時々で影響する範囲が異なる。

 今日よりも魔力が広がらない時も多々あり、レイトにとってはこの魔法が調子の良し悪しを決める尺度となっている。


「な……何なんですか!あなたは!こんな……こんな力を持つなんてシラヌイ様と同じ……?」


「落ち着きなさい、ハズキ。みっともないですよ」


「は!……す、すみません、シラヌイ様」


「まあ俺の職業ジョブは少し特殊なんでね。ただこれで分かってもらえたかな。俺は魔神を倒したいと本気で思ってるって」


「ええ、理解はしました。しかしあなたの頼みを聞くのは容易ですが、こちらにメリットがありません。なので一つ私の提案を聞いてもらえますか?」


「頼み?まあ確かに勝手な話だよな。魔神の居場所を教えろなんて……んで、頼みって?」


「あなたに教育してもらいたいのです」


「教育?」


「ええ、教育です」


 誰の?何の?まさかの言葉に思考が停止した。自分の人生は教育なんてものとは無縁だった。

 レイトの表情が続きを促しているのに気付いたシラヌイは言葉を続ける。


「帝国には騎士隊が存在します。彼らが帝国の軍事力として良き働きをしてくれているのですが、いかんせん帝国の軍事力は世界的に見ても低ランクと言えます。私はそれを解決したいと考えております」


「はあ」


「軍事力強化のためにはもちろん騎士隊増員は必須ですが、同じくらい冒険者という民間部隊の強化も必要だと思うのです」

 冒険者を民間部隊という人間を初めて見た。確かに冒険者に国家として正式に依頼を出せば受ける者もいるだろう。しかも多額の報酬を出すならばほとんどの冒険者が食いつくはずだ。それが他国との戦争に関してのことでも、だ。


「何よりもまずS級冒険者を増やすことが重要だろうな。巨人の轍が解散してから冒険者の力がちょっとな……」


「そうですね。サファイアの言った通りだと思います。帝国は冒険者のレベルが世界的に見ても低いですから。それをどうにかしなければなりません」


 レイトが聞いたことのある帝国の冒険者パーティと言えば、聖女アルティミラが中心となって結成されたアルティミラ聖団とレッドホークを隊長とする冒険者パーティ赤旗くらいか。S級冒険者は確かアルティミラ聖団のアルティミラと赤旗のレッドホークとロングロンドの三人だけだった気がする。

 んでパーティとしては赤旗だけがS級冒険者パーティとされていたはずだ。


「ううん、まあ言いたいことは分かったけど、俺は何をすればいいんだ?冒険者の教育をしろってことなんだろうけど、漠然としすぎだし、全員を強くするなんて無理だろ?」


「ええ、冒険者の教育を頼んでいるのはあなた一人じゃないんです」


「え、あ、そうなの。ごめん、勘違いした」


 ちょっと恥ずかしい。他にも自分のような存在がいたのだろうか。


「じゃあ俺は誰か特定の冒険者に教えればいいのか?」


「そうですね。こちらで決めた冒険者パーティに戦闘について教えてほしいと思っています」

 教育は一朝一夕で成し遂げられるものでもない。膨大な時間が掛かるのも覚悟のうえで受けるしかない。

 本当にそれでいいのかとレイトは自問自答する。他に何かしら早急に情報を手に入れられる方法はないだろうかと。

 そしてすぐに自分の意思を決める。

「よし、わかった。その頼みを引き受けよう。俺が教えた冒険者がS級になれば魔神の行方を教えてくれるんだな?」


「ええ、一人でもS級になれば最重要機密情報である魔神の行方について話しましょう」

 シラヌイは先ほど出会ってから一番の笑顔を見せた。

 

「本当にいいのか?かなり困難な道のりだぞ?」

「ああ、それしか情報を得る方法はないからな」

 サファイアは誰もが思ったことを口に出す。シラヌイもそれを止めようとしない。

 もちろんレイトがそれを理解していないはずはないと知っているからだ。


「ありがとうございます。では契約は完了ということで」


「ああ」

 よし俺も覚悟を決めよう。他人に戦闘について教えるなんて一度もしたことがないので、正直勝手が分からない。だが、まあなんとかなるさの精神でいこうと思う。

 

「それで俺が教育、指導する冒険者パーティは決まってるのか?」

「はい。アリア派というパーティを教育してもらいます」


「アリア派……偶然とは本当にあるんだな」


「アリア派って昨日の子たちか?」


「ああ、昨日の五人だよ」


「本当に偶然だな」


「アリア派を知っているのですか?」

 シラヌイは意外そうな表情を浮かべた。


「ああ、知っているといっても昨日初めて会ったんだけどな」


「そうでしたか。それは話が早いですね」


 早速明日にアリア派と冒険者ギルドで顔合わせをすることになった。といっても一度会っているからそこまで詳細にやるわけじゃないだろう。まあ形式的に一応といった感じか。


 そこからシラヌイと何気ない話を続けた。本当に下らないことばかりで好きな食べ物の話や服の趣味、どんな女性が好きなのかなんてことも聞かれたり、こっちも聞いたりした。

 特にシラヌイはどんな男性が好きなのかという質問をされたことがなかったらしく、非常に悩んでいる様子だった。それほど深く考えてくれるとは思っていなかったので、ちょっと意外だった。


「小鳩亭」を後にしたレイトは帝城へ行かないかという誘いを受けた。別に用事があったわけでもないし、多少興味もあったので二つ返事で承諾した。

シラヌイを守護するように周囲の気配を読むハズキを先頭にして帝城へと続く一本道を進んでいく。「小鳩亭」から帝城までの距離は徒歩でも何ら問題ないほどの近さで、おおよそ二十分くらいで到着する。

それでもシラヌイほどの地位の高い人が二十分も無防備な状態で歩くというのはいかがなものかと思ったが、馬車よりも歩いていく方が安全だとのこと。

乗車している時よりも歩きの方がずっと対処がしやすく、運動にもなると笑って話していた。

確かに敏感になり過ぎても良くないのかもしれない。というか気にしていたら帝国魔動長官などという立場ではやっていけないだろう。


帝城が近付いてくるにつれて、鎧を纏う騎士の姿が増えていく。

全ての騎士たちがこちらの存在に気づくとビクッと体を震わし、直立不動で深々と頭を下げる。

シラヌイに加えて帝国騎士の象徴でもあるサファイアの存在もあるため、より強い緊迫感を肌で感じているだろう。


それでもハズキは気を抜かない。もしかしたら騎士に紛れて暗殺者が潜んでいるかもしれないからだ。

目を光らせる。何も起こらない可能性が十割に近くても敵意を探すことをやめない。

まさに側近の鏡だ。ハズキの姿勢に帝国騎士の意地を見たような気がした。


帝城の敷地に入る際には三角形の門を潜る必要がある。この門をエルトラの門というらしい。

エルトラとは三代前の帝国中央騎士隊長らしい。何故その人物の名前が付けられたのかというとすごく単純で、この門を作ったのがそのエルトラという人物だったかららしい。

エルトラの子孫が今に生きており、今は同じ帝国騎士として勤しんでいるという。


エルトラの門を潜り、二方向に伸びる白い階段を上っていく。二つの階段の間には彩り豊かな花畑があり、今も庭師のような老人が手入れをしている最中だった。

二つの階段は迂回したあと、同じ場所へと繋がる。上った先には巨大な円形の噴水広場がつくられ、その奥にまた大きな門がある。


これ建物に入るだけで疲れない?噴水広場にも騎士が巡回しており、不審者がいないかどうか目を光らせている。

レイトもシラヌイやサファイアといなければ間違いなく捕縛されるだろう。


「これはこれは珍しいですな。シラヌイ様にサファイア殿が一緒とは魔王でも倒しに行くのかな?」


「魔王とは前時代的な言葉ですね。今は魔神ですよ、フィガロさん」


「うむ、そうなのかね。わしはもう隠居の身ですからな。最近の流行には詳しくないんだよ」


「流行……面白い言い方ですね。まあ数十年後にはまた言い方も変わってるかもしれないですしね。それでフィガロさんはどうしたのですか?こんなところで。いつもは東の別館にいらっしゃるのに……」


「今日はお目当ての美人が帝城に来てるみたいですからね。一目見てみようと思って」


「ああ、そういうことですか」


「どういうことだ?」


「レイトさんと同じ立場の人が集まっているんですよ」


「教育係ってことか?」


「そうです」


「おお、それは気になる。いいね、行こう」


  フィガロは元々帝国魔法局の局長を勤めあげた帝国の中でも地位を持つ人物らしい。見たところ失礼ながらただエロじじいにしか見えないが……

  ちなみに帝国魔導局の局長は魔導帝国長官の次に偉い地位になる。レイトもそう詳しいわけではないが、それくらいは知っている。

  フィガロも加えて帝城に足を踏み入れる。

  上部を見上げると吹き抜けになっており、天井がガラス張りだった。朝日がそのまま差し込んできて空間を照らし出す。空気の粒子がキラキラと反射し、輝かせているのだ。室内なのに静謐としたその光景にレイトは驚いた。

 

「不思議な光景でしょう。どうしてこうなるかは分かっていないんですが、この光景を皇帝陛下もえらく気に入っているんです」


  帝城のなかに人の姿はない。静寂が支配しているのもこの光景の美しさに拍車をかけているような気がする。


  螺旋階段を上り、案内された場所は青蘭の間という空間。床一面が全て畳が敷かれている。極東の国ヒノモトの文化を取り入れた部屋となっているらしい。

「お~!広いな~!」

 奥には数人の人影が見えるが、レイトの意識はまだはっきりと誰だかは認識していない。

 しかし近づくにつれて人影はくっきりとレイトの意識に張り付いてくる。

「……ん?」


 いやなんか、気のせいかな?ものすごい見たことのある人がいる。しかも縁の深い人物だ、間違いない。

 足を一歩前に出すのと同時にそれは確信に変わった。

 めちゃくちゃ美人、いやマジで本当に。何度も目にしているし、浅からぬ関係だけどもいつもそう思う。

 

 別に嫌なわけではないのだけれど、ここで会うとは思わなかったからこその淀んだ焦りが自分に見られた。

「……マーリン、お前もいたのか」


 一応自分から声を掛ける。

 マーリンはレイトを一瞥したが、まるで表情を変えない。ただ長年の付き合いからか驚いているのは理解できた。


「……あなたもいたのね?」


「あ、ああ。それはこっちの台詞でもあるんだが……そうだ、オシリスの虚穴は無事に踏破できたのか?」


「ええ、なんとかね」


古代聖龍エンシェント ドラゴンは初めてだったんだろう?どうだった、楽しめたか?」


「……一人じゃなかったしね。余裕はあったわ」


 ってことはハラハラドキドキの感覚は味わえなかったということか。マーリンの心は自分では敵わないのではないかと思える相手と手合わせしたいという欲望に溢れていて、世界級ダンジョンに潜っては最奥にいるモンスターを倒すというのが唯一の趣味だとも言っていた。


「お二人はお知り合いでしたか?」


「ああ、まあな」


「これは驚いた。まさかあの世界三大魔女の一人であるマーリンと知り合いとは……レイト、お前は本当に何者なんだ?」

  サファイアの疑問はマーリンの凄さを知っていれば、誰もが思うものだった。

  マーリンと顔を合わせて、しかも話が出来る人間などこの世界でも限られた者しかいない。

  にもかかわらず、レイトはフランクな口調と態度でマーリンに話しかけているのだからそりゃあ驚くだろう。

  たびたびレイトはマーリンが凄い奴だということを忘れてしまう。伝説の魔女、世界最強の魔女、歴史上最高の魔女、色んな言い方があるが、そういう枕詞を付けられる存在なんだと再度実感する。


「レイト、あなた何も話してないの?」

 無表情の整った顔がこちらを向く。気持ち悪いと思うだろうが、やっぱり綺麗だと思ってしまう。


「え?あ、ああ。そういう話さない奴だって知ってるだろ?」


「……そうね」

本当に表情が変わらないから何も知らない人が見たら不機嫌なのかなと思っちゃうよ?

 レイトから見れば今のマーリンの心情に怒りの揺らぎは一切なく、懐かしいいつかの記憶を思い出しているところだというのが分かる。


「お久しぶりですね。マーリンさん」


「……ええ、久しぶりね」


 シラヌイは白くて細い手を前に出す。マーリンはその手を数秒見つめた後にゆっくりとその手を掴む。

 世界三大魔女の一人であうるマーリンと、世界三大魔女には数えられていないシラヌイはどちらも職業ジョブ」は魔導神。世界にたった四人しかいない魔導神の職業ジョブの者がここに二人揃っているのは通常考えられないことだ。

 軽く国を滅ぼせるな……レイトは苦笑した。


 シラヌイとマーリンの年齢は二十以上離れているはず。にもかかわらず存在感というか迫力はマーリンも全く負けていない。


「何時以来でしょうか……もう五年は会っていなかったように思えますね」


「……いつ会ったかはあんまり覚えてない。でもそれくらいじゃない?」


「サファイアは初めて?」


「ええ、私は初めましてです。……サファイア ブルーバードと申します。マーリン様のことはよく知っております。あなたのような魔導士に会えたこと光栄に思います。以後お見知りおきを」


「知っているわ、あなたのこと。知らない方がおかしいくらい存在だからね。こう見えても神位剣士の一人に会えてテンションは上がってるの」


 気が合うのか二人は話を弾ませていた。

シラヌイは他の偉人たちからの挨拶を受けていた。レイトやマーリンと同じ立場の者がまだ他にもここに集まっている。

 有名人ばかりなのだろうが、詳しくないため名前までは分からない。

 

 青蘭の間に集められた強者たちはしばらくそこで待たされたが、暇を持て余している様子はなかった。

 普段会わないような大物と会う機会はそうないのが新鮮なのか各々が話をしているのだ。


数十分後、青蘭の間の扉が開かれる。

現れたのは豪華絢爛な衣装を纏った帝国の第三皇女だった。

名前は把握していないが、新聞で顔を目にしたことはあったので間違いないだろう。


「みなさま、遅れてしまい申し訳ございません。アルキメデス大帝国第三皇女、ナタリア アルキメデスと申します」


皇室特有の碧眼で、髪は金色で緩やかなカールが巻いてある。


「これはこれは、ナタリア様ではないですか。私もこの場に呼んでいただけるとは光栄の極みでございます」

にやっと不気味な笑顔を浮かべながらそう言った男はピエロのようなメイクをしていた。この場でも一番異質であり、危険な雰囲気がぷんぷんした。


「ディアドラ様、ご謙遜を。あなたほどの力を持つ人が帝国に力を貸してくれるとは思いもよりませんでした。本当ならば伏して感謝の気持ちを述べたいくらいです」


ディアドラ、ディアドラ?う~んと記憶を掘り返してみるが、何も見つからない。おそらく、いや絶対に俺はこいつを知らない。

レイトの表情を見ていたのか、マーリンがそっと近付いてきてディアドラとは誰なのか説明してくれた。


ディアドラは数年前に戦争で滅ぼされた地底国バキラの元兵士らしく、彼一人で相手国を苦戦させるほどの力を持つ実力者らしい。あのお世辞を一切言わないマーリンがそう言うのだから確かなことなのだろう。

あのピエロのような格好は職業ジョブが道化師だからだそう。

それを聞いてますます気になった。道化師は戦闘職とは程遠い。パーティを組んでいたら間違いなく補助職として配置されるだろうし、誤って前衛になったとしてもそう活躍できる想像はつかない。


「おおこれはありがたいお言葉だ。しかしナタリア様、私も今は放浪の身。金銭的な部分が必要だということは分かってくれておりますか?」


「ええ、ご心配せずに。お求めになっている金額の報酬をご用意させていただいております」


「そうですか、それならば良いのです。帝国として約束を反古にすることはないのはわかっていますが、念のために確認をしてみました。ご不快にしてしまったら申し訳ございません」


ぶっちゃけこの場のこの会は何なの?レイトはマーリンに遠慮することなく尋ねた。

ここに集められている面々は同じ目的、つまり帝国の軍事力強化のために呼ばれたらしい。

マーリンはレイトが頼まれたように冒険者の指導、他の者も同じであったり、携行用武器の大量製造を任せたいなんていう依頼で来た者もいるらしい。


この集まり、たまたま来ることになったけど俺呼ばれてなくない?

いや呼ばれたいって気持ちがあった訳じゃないけど、どうしてだろうという疑問が頭に浮かんだ。


ただそれは何となく分かった。とても単純な話のような気がする。

それは俺、レイト フルーエルが世間的に全然有名じゃないから、だ。

ここにいる人達は皆何らかの功績を残したりしている人しかいないのだ、たぶん。


第三皇女は数十人いる有名人たちの一人ひとりと挨拶をかわしていく。

ようやく自分が何か場違いなところに来てしまったことに気付いたレイトはそっと抜け出そうと試みる。

だが、抜け出したら抜け出したで不審者だと思われるような気がしてならない。

天秤にかけた結果、レイトは留まるという選択肢を取る。そして尚且つ俺は有名人だとさも思われないように部屋の壁の方に寄って帝国の末端の騎士もどきのような空気感を出してみた。

話し掛けられてあなた誰?なんてなったら目も当てられない。

いや別になっても直接害はないだろうし、レイトを知っているサファイアやシラヌイもいる。大丈夫は大丈夫なのだが、レイトにも僅かながらに恥という感情はあるのだ。今はそのわずかな部分が多少刺激されている時間だった。


 今、第三皇女はマーリンと話をしている。

 柔和な表情で話をしているところを見るとマーリンの気分は害されていないらしい。どうやらあの第三皇女に悪い感情は抱いていないらしい。マーリンは相手を敵視すると露骨に表情に出す。しかも相手にそれが伝わってもいいと思っている節がある。


「こういう場はあまり得意ではないか?」


「初めてだからな。得意もなにもないさ。ここにいる奴等は皆名の知れた連中なんだろ?」


「そうだな。それぞれ差はあるかもしれないが、世界的にも有名だと言える」


「あんたもな」


「謙遜する気はないからな。その解釈で間違ってはいないだろう」


二人の間に沈黙が訪れる。


「レイト、お前はどうやって強くなった?」


「何だ急に?」


「お前の魔法を一度見ただけだが、あれは普通じゃない。魔導神に匹敵する、いやそれ以上の魔法の質だった」


サファイアは魔導士ではないが、相手がどれだけ高位の魔導士なのかは一度魔法を放ってもらえれば分かる。その威力や魔法の質は常人と超人では全く異なるのだ。



「ずいぶんと評価してくれるんだな」

 感情がないような平坦な口調だった。

「なるべく乱雑に魔法を放ってた感じだったな。だが荒さの奥は芯が通っていた」


「へぇ、そんなのも分かるのか?さすが神位剣士だ。見事な心眼だな」

 

剣帝正教会から選ばれ、世界で同時に六人しか存在することがない最強の剣士の称号、それが神位剣士だ。

サファイアはその六人のうちの一人。つまり帝国最強の戦力だと言える。

 そう考えれば見抜けて当然だとも思える。逆に意外とか思う方が失礼かもしれない。

「別にいいさ。お前がどう強くなったのか確かに気になりはするが、無理強いはしないさ」


「ありがたいな。言いたくないこともあるんでね」


サファイアがいつか自分と敵対する時が来れば、情報は弱点へと変わる可能性もある。その考慮はいつでも誰に対しても頭に入れていく必要があるとレイトは思っている。


「他人にひけらかす奴で本物の強者はいない。そういうものだろうな……」


 そう呟いた後、サファイアに近付いてくる髭面の男がいた。サファイアもそちらの方に歩いていき、何やら話をし始めた。

 もちろんレイトは知らない人間だ。でもたぶん有名な人なの、だろう。

 多少の時間、二人で話した後に髭面の男を伴ってサファイアがこちらへ戻ってきた。

「……レイト、こちら帝国冒険者ギルドの総帥、ディバラ トーマスさんだ」


「ああ、よろしく。レイトだ」


「そうか、君がサファイア君が言っていた人物か。うむ、聞いていた通り聡明な印象を受けるな」

 え、いや、サファイアはどんな話をこの人にしたんだ?聡明なんて自分で感じたこともないし、誰かに言われたこともない。


 恰幅の良さが目立つ黒髭の男は穏やかな笑みを湛えてレイトの心中を探ろうとしている。

 レイトの眼から見て、このおじさんは怪しい人には思えない。確実とは言えないが、この感覚は信じてrもいい気がする。


「それで俺に何の用だ?」


「ああ、アリア派の育成を頼むのだから直接会っておかなければと思ってな」

 

「そりゃあ真面目なことで。アリア派……は知ってるのか?」


「ああ、もちろん。知らないパーティはいないさ。帝国に存在するパーティならば全て把握しているよ。それがトップとしての礼儀であろう?」


「ん、まあ、そうなのかな」


 ど真面目だ。この男、想像以上に真面目なのかもしれない。

「アリア派はまだ結成されて日は浅い。連携を取ることさえまだまだおぼつかないようだからな。そこも含めてよろしく頼むぞ」


「まあ、目的のためだからな。やるよ」


 いつでも相談に乗るぞ!と言いながらがっちりと握手をされた。ごつい手だった。昔はこの人も冒険者だったのかもしれない、と想像させるような手だった。

 ちょっと鬱陶しいし、暑苦しいけど悪い人でないのは間違いないようだ。


 それからレイトのもとを後にして、挨拶回りをするように色んな人のもとに顔を出していた。

 

 多少空気が緩んだ瞬間を見逃さず、レイトは窮屈さを感じていたその青蘭の間から抜け出して、水らからが泊まる宿屋へと戻っていった。戻る最中、何度も深呼吸をしたのは言うまでもないだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ