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鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
6/15

洞窟の戦い

ポタッ。ポタッ。

上から下へと水滴が落ちる音が鼓膜を微かに揺らしていた。

左手に持っていたランプが洞窟を照らし出している。人が数十人並べるほど横幅には余裕がある。

もう二十分ほど歩いた気がする。洞窟入り口の光は当然のごとく届いていない。手に持っている砂と土で汚れた古いランプが無ければ真っ暗で前に進むことも困難になるだろう。


ああ、その時は私の光魔法で照らせばいいのか。

モンスターの気配は依然としてない。てっきり洞窟に入ったらすぐにシルバーウルフが襲ってくると思って身構えていたが、杞憂だった。


そんななかで目の前に見えてきたのは灰色の六芒星。魔方陣のようであり、よく見ると別種の陣形だ。

目を凝らしてよく見る。暗闇のなかでもやけに明瞭に色や形を確認できる。不思議な光景だ。

じわじわと灰色の光が暗闇に溶けてゆく。


視界がぐにゃりと曲がり、揺れる。地震?違う、実際は揺れていない。私の視界だけが揺れているように動いているのだ。平衡感覚を奪う現象に為す術はない。


ああ何だろう、これは。普通じゃない。今の状態は普通じゃない。自分はどうなるのか?もしかして死ぬ?それは困る、気がする。


不思議と冷静だったのは諦めがついたからか。

糸がプッツリと切れるように意識が途絶える。


目覚めたときに視認したのは鋼鉄の巨大な牢獄だった。


ミッチェルは呆然とした。







「ど、どこだよ!ここは!何なんだ、これ!」


「落ち着いて、ガント」


 そう言ったミッチェルも今の状況に混乱していた。

 六芒星の模様を目にしてから気が付くと、冷たい鉄の牢獄の中に閉じ込められていた。鉄格子を押したり引いたりしてみるが、全くビクともしない。

 アリアやモモ、トウマもどこか脆くなっているところはないか調べている。

 一人じゃなくてよかったとミッチェルは心から思った。こんな突飛で不気味な状況に自分ひとりが陥ったとしたらとても平然としてはいられなかっただろう。

「天井もガッチガチだね……壊せる気がしない。これ普通の鉄じゃないよね?」

「うん。魔法が付与されてるみたい……これは硬化付与魔法、ヴァレスだね」

 アリアは魔導士の卵だが、魔法の知識だけは上級魔導士と変わらない。自らが使えない魔法もどういう効果かくらいは分かる。もちろん魔本に掲載されている魔法に限るが……


「ヴァレス?」

ミッチェルにとっては初めて耳にする魔法だ。モモはああ!っと思いついたように声を上げる。モモの職業ジョブは付与術士であるため、アリアの言った魔法を知っているようだった。ただ表情を見るに水宇迦らが使えるわけではないようだ。


「うん。たしか熱魔法、水魔法、風魔法の三種の魔法に対しての耐性を持たせる付与魔法だったはず」

 

 ということは物理攻撃への耐性は強化されていないということだ。

魔法攻撃のみ効果を発揮する強化付与魔法。

どちらにせよ治癒士ヒーラーであるミッチェルは物理攻撃力はパーティのなかで圧倒的に低いため、脱出するための力にはなり得ない。

アリアとモモも物理攻撃力は低い。

とすると前衛の男二人、ガントとトウマが脱出するための鍵になる。


「物理は効くってことだろ?つってもよ、どうにかなる気がしないぜ、ホント」


「うん、俺も鉄を切るのもやっとなのに、こんな硬いの無理じゃないかな」


「弱気にならないの!いけるって!もし無理だったら、う~ん、その時考えればいいじゃん!」


 こんなの苦難でも何でもない。冒険者をし続けていれば何度も訪れる。そして乗り越えていかなくてはいけない。

モモの言葉は軽くなんかない。パーティのメンバーも鼓舞するのには十分な力を持っていた。それがモモの見えない力だ。


「へ!冗談冗談!俺にできないことなんてないぜ!いっちょやってやるか!」

 ガントとトウマは鉄格子に向かって剣と斧を振り下ろす。

 鈍い金属音が重なり、橙色の細かな火花が散ってゆく。

 女性陣三人もただ何もせずにその光景を見ていたわけではない。モモはガントとトウマに付与魔法をかける。

 モモの使える付与魔法は二種類。物理攻撃力を高めるソルと物理防御力を高めるルナだ。

 今回使ったのはもちろん前者である。

 

 魔力を込めた掌に収まるくらいの大きさの丸い球が吐き出されるように放出され、ガントとトウマそれぞれに吸い寄せられ、体内に吸収されていく。突如として赤い光が二人の体の表面上を覆ったと思ったら金属がぶつかり合う音が激しくなった。ミッチェルにはそう聞こえた。


 一方アリアは熱、水、風の三種の魔法以外の魔法を試そうとしていた。

 彼女は土と雷の魔法を使用することができるが、下級魔法……つまり威力の低い初歩の魔法しか使えないのだ。唯一中級魔法を使える熱魔法は今の状況では役に立たない。

 まあ使えるといっても一種類だけだが。


 でも初歩的な魔法だからといって効果がないとは限らない。それはやってみなければ分からない。アリアもそれは重々承知しているみたいだった。

 

 アリアは深呼吸をしてから魔法を行使する。

 地面が抉れ、土や岩の塊が鉄格子に向かって飛んでいった。下級土魔法ロックブラストだ。

 岩と鉄が衝突した衝撃で牢獄全体が揺れ動くと、バランスを崩してモモが思い切り転んだ。

「あいたたた……!」

「モモ、大丈夫?」

「あ、うん。問題ないよ。それよりどう?」

「う~……ダメみたい……」


  傷一つついていないのはさすがにアリアもショックだったようだ。

  しかしこれで分かったことがある。土や雷のような耐性を持っていない魔法でも下級レベルでは一切意味を成さないということが。

  

 ぜえ……はあ……ぜえ、はあ。

 ガントの額には汗が滲む。明らかに斧を振り下ろす速度が鈍ってきている。

 ミッチェルはすかさず治癒魔法をかける。体力だけでなく手首、もしくは掌に何か異常をきたしているのがミッチェルにだけ分かった。


 仄かに灯る薄光がミッチェルが持つ杖の先端から放たれて、まるで聖母の慈悲を具現化したような優しいオーラがガントを包み込む。

「大地に宿る聖なる光よ、汝の傷を癒し給え……!」

 詠唱を終えると魔法は瞬時に発動し、ガントの傷を癒した。


「すまねぇ、ありがとよ!」

 ガントは再度斧を鉄格子にぶち当てる。



 ミッチェルは昔から戦うことが苦手だった。決してそれ自体を嫌悪していたわけじゃない。理不尽な暴力には暴力を持って対抗するという考え方には手放しで賛成している。力がなければ弱者は強者に殺されるだけだという教えが物心ついた時にはミッチェルの心に刻まれていたからだ。けれどもそう言い聞かされていた場面を思い出そうとすると記憶が曖昧になる。誰に、どこでそう言われたのか……思い出せない。

 ただ一つ見えてくるのは靄が掛かったような景色の中に一人の女の人がこちらを見下ろしている光景だ。女の人の顔はぼんやりとして見えない。でも頭を撫でてくれるその手は柔らかく、温かく、そして優しかった。

 

 強くなりなさい。もし強くなれないのなら別の強さを見つけなさい。


 その言葉がミッチェルの原動力。戦闘の才能がないミッチェルが見つけた治癒士ヒーラーという別の強さの道。

 この道では絶対誰にも負けないようになりたい。

 パーティの仲間の傷を癒す最後の砦になりたい。

 そのためには仲間の些細な変化も見逃すわけにはいかないのだ。


 ミッチェルは続けてトウマに治癒魔法を掛ける。

「お……ありがとう。よくわかったね、俺の足が限界だったのを」


「当然。それくらい気付けないと治癒士ヒーラー失格だよ」


だがいくら物理的なダメージを与えても強固な牢獄は掠り傷一つつかない。いくら忍耐強くても限界はやってくる。魔力だって有限だ。


「そろそろ大人しくした方がいいんじゃないかね。無意味だということを理解したまえ」

暗闇から聞こえてきた声に全員が身構える。

足音がゆっくりと確実にこちらに近づいてくる。誰が来るのか、何が来るのか、アリア達は息を呑む。


「こんなにもうまくいくものなのかね。ちょっと怖いくらいだ」


灰色の肌を持つ人間らしき男がそこに立っていた。

燃えるような赤い瞳が五人の少年少女をそれぞれ視認し、最後の一人で視線をピタッと止めた。


「おお、やっとお目当てが来たか。このために何度やったことか」


よくわからないことを呟きながらミッチェルを小動物のように観察する。


あれは何?という言葉が喉から先に出てこない。人間なのか?いや人族でないだけで他の自分が知らない種の人間なのかもしれない。

アスティードと呼ばれるこの世界で最も多い生物が人間だ。ただ人間といっても多種多様で、ミッチェルやアリアらのような人族をはじめ、洞窟を好み、あまり地上に姿を現すことがないドワーフ族やエルド大森林にだけ住んでおり、気高き血を何よりも大事にするエルフ族、他にも巨人族や鳥人族、存在すら危ぶまれてる竜人族など知らない種族などごまんといる。それらは全て人間という大きな括りに入る。

目の前にいる灰色の男もきっと何かしらの種族に分類されるのだろう、いやそうでなくては困ると誰もが祈っていた。


「その顔、アリア派のミッチェルだな。お前を探していた。まさか本当に冒険者をやっているとは。だったな・・・もう少し隠れて過ごしているかと思ったが。いやひょっとするともう既に死んでるのでは、と思っていた奴もいるくらいだ。この巡り合わせは運命に近い」


熱狂するように呟く灰色の男の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

アリア派というのはミッチェル達のパーティ名だ。それを知っているということは事前にこちらについて細かく調べているということか。

 

「あなたは何者ですか?」

まるで言葉が通じない国の人へ向けたような聞き方でミッチェルは尋ねる。緊張して言葉の端々が震えて聞き取りづらかった。


「うむ、確かにこっちが一方的に知っているというのは不公平かもしれない。そうだな、私はテルファイ。テルファイ アンダーバーグ。火人族ファルムの生き残りだ」


火人族ファルム?何、それ?聞いたこともない。

ミッチェルは横にいたアリアに目を向ける。すぐにその双眸と合うが、彼女はゆっくりと横に首を振った。


頼みの綱のトウマもその存在を耳にしたことはないようだ。かなり困惑した様子で状況を見つめていた。

ミッチェルは目に見えない強い疲労を感じながらもなんとか懸命に言葉を絞り出す。

「何故、何故私を探していたの?」


「おっと?お前を探していたのはもちろん、お前がミラのたった一人の子供だからだ。まさか知らないなんてことはないだろう?大切な母親のことを」


「は、母親?ミラ?何、何が?何のことを言っているの?」


どこか遠くの、誰も知らない人の話を聞かされているようでミッチェルの頭は混乱した。


「その反応を見るに、本当に知らないみたいだな。自分の母親のことを。記憶操作の魔法か?」


「私の母親?私は孤児院で育てられたから、物心ついたときにはもう・・・」


「本当にそうか?」


「え?」


「お前の記憶の奥底に見える光景は本当にそうなのか?もっと深淵を覗いてみろ」


記憶の奥底?

ミッチェルは目を瞑り、静かに記憶を探る。しかしすぐにそれは中断させられた。

目を開くと前方でミッチェルを覆い隠すようにガントが仁王立ちしていた。

そしてアリアは肩に優しく手を置いて大丈夫と言葉をかけてくれた。


「おいおい、さっきから何言ってんだ?おっさんよ?うちの大事な仲間に精神魔法でも掛けようとしてんじゃねぇか?」


ガントは手に持っていた斧を地面に叩きつけて、相手を威嚇した。これくらいしか自分にはできないと思い、選択した結果の行動だ。


「ん?お前に用はないから黙れ。お前だけじゃない、ミッチェル以外は必要ない」


 憮然とした顔のテルファイ。不敵な笑みの仮面を取った真実の顔。ミッチェル以外の人間は不必要だと本当に思っているようだ。

 テルファイは欠伸を噛み殺してから手首をくいっと手前に返した。

 すると抵抗することもできずにまるで磁石のようにテルファイがいる方向に吸い寄せられていく。

 鉄格子が目の前に迫ってきて、ミッチェルの身体はぶつかることなく、鉄格子をすり抜けた。


 何が起きたのかは当の本人も分かっていない。ただ気付いた時にはこちらを見下ろしているテルファイの不敵な笑みだけが視界に入った。


「な……何が起こったんだ……何でミッチェルが外に……」

「ミィちゃん!!」


「だ、大丈夫……大丈夫だよ」

 急な動きで筋肉を少し捻ったようだ。でも痛みを感じるよりもこれから自分が何をされるかの不安の方が大きかった。

「くくく、お前を殺せばミラに絶望を与えることができる……!」

「ミラって誰なの?」

「だから言っているだろう?お前の母親だと」


「どこの誰なの、それは!」

知らない……そんな人知らない。いきなり母親の存在を見知らぬ人間から明かされたとしても全く信じることはできない。いやそれは違う?信じることができないんじゃない。信じたくないだけだ。

 

「帝国最強の冒険者の一人だよ。まあ元だけどな。巨人の轍っていうパーティは知らないか?そこに所属していた冒険者だ。今何やってるかは知らないが……」


巨人の轍。五年前まで帝国最強の名を欲しいままにしていた冒険者パーティ。その存在は他国にもよく知られていたし、帝国唯一のS級パーティであり、憧れの存在だった。もちろんミッチェルをはじめとしたアリア派の面子も皆同じ思いだろう。

そのなかの一人が自分の母親だというのは何とも言えない……


「その表情……嫌なのか?ミラが母親だというのが」


「そんなこと……いや今はどっちでもいい。それよりも私たちをここから出して」


「できない相談だな。まあ後ろの連中は必要ないからいいかとも思ったが……助けを呼ばれても困るからな。申し訳ないが殺させてもらう」


「そ、そんな……」

 最低でも牢獄の中にいるアリア達だけでも助けたい。

 というかそれだけは絶対に成し遂げないといけない。


「希望は持つな。絶望が深くなるだけだ」


そう言葉を掛けられた瞬間、ミッチェルの身体は鉛のように重くなった。抗えない力にミッチェルは地面に張り付くような態勢をとらざるを得なくなる。何をされているかは分からない。でも何かしらの魔法を掛けられているのかは知覚できた。


「よし、じゃあ牢獄の住人達よ。今、楽にしてやるからな」


焦りと恐怖と悔しさとが入り交じった表情のガントや考えを巡らせて打開策を探ろうとしているが、まるで思い付かず焦っているトウマ、モモは目に涙を浮かべている。そしてアリアはリーダーとしての自分の頼りなさに絶望を感じていた。


不気味な黒い塊がテルファイの腕に寄生するように絡み付いている。見たこともない能力だ。魔法なのかさえも一目見ただけじゃわからない。


終わりだという呟きとミッチェルのやめて!という叫びが重なった。


その後、辺り一体にある空気が破裂したのような爆音が鳴り響き、眩しい強烈な光が発生する。


「何だ、これは」


眩しさで目が開けられないミッチェルとアリア達。

テルファイは何が何だか分からず、困惑していた。予想していない状況に動揺を隠せない。


空間が割けると同時に再び慣れ親しんだ空間が戻ってくる。


テルファイが特殊な魔道具で作り出した魔方陣世界だったが、ものの見事に破られてしまったようだ。


「何だ?何者だ!」

さすがに感情が昂ったテルファイの顔つきは厳しい。


「あんたが首謀者?」


テルファイは声の主を視線で捉えた瞬間、思わず息を呑む。


「お前・・・お前は、ミラか?」


目を大きく見開き、口は半開きになっている。突然すぎて驚愕が心に居座っている。

しかし数十秒の時が過ぎ、驚きは嬉しさへと変貌する。

そうだ、これを待っていたんだ・・・と心の中で雄叫びをあげる。雄叫びは心だけでは収まらなかった。


「ミいいいいラああああああああ!!!!!」


「喚くな。喚かなくてもどこにも行きゃしないよ」


眩しさでしばらく目が開けられなくなったミッチェルの耳にもテルファイの叫びはよく聞こえた。

ミラ、ミラと言った、間違いなく。


私の母親が目の前にいるってこと?


不思議と喉がカラカラになっていく。

眩しさから解放された後すぐにミッチェルはミラという女性の後ろ姿を記憶と心に刻み込むように目を向けている。


「あんたが首謀者ならちょっと羽目を外しすぎたみたいだね」


「何をいう。期待以上の結果だ。いやこれ以上ない最高の結果だ。この時をどれほど、どれほど待ち望んでいたか・・・分かるか?ミラ、お前を殺すためだけに俺は今まで生きてきた!!!」


尋常ではない憎悪に心を支配された男の姿がそこにはあった。


「私を誘い出すためにミッチェルをこの洞窟に来るように仕向けたの?」


「そうだ。何度も何度も張り紙を出した。文言だけを変えてな。食いつく奴らは糞みたいな冒険者ばかりだったよ。だが何度も繰り返した甲斐があったってもんだ」


今回はシルバーウルフの討伐という内容だったが、他の日はゴブリンソルジャーやトゲモグラの討伐などの内容だったらしい。

だが総じて同じだったのは報酬が高いことだった。


「あんたは何者?ギルドに偽りの依頼を張り出すなんて個人で出来ることじゃない」


「全てを教えてもらえると思うなよ。知りたいのなら力ずくで口を割らせてみるんだな」


「そう、じゃあ遠慮なく」

ミラは拳を握り締めてからすかさずテルファイに接近する。

静から動へ。身体強化系の魔法を使用していないにもかかわらず、異次元の動きを見せる。

テルファイの肉眼でギリギリ視認できる程度。だが、テルファイは全く焦りや戸惑いを抱いていなかった。これくらい出来て当然だろうという気持ちだった。

むしろこれを下回るような動きをしていたなら溜め息が漏れていただろう。


巨象剛拳ハイエレファント キャノン!!」


洞窟を構成する物質全てが揺れ動くほどの風圧が生まれる。生まれる結果は破壊。


テルファイは自身の影を液状へと変化させ、そのなかに潜り隠れた。

ミラの一撃から難なく逃れる姿を見て、やはり自分達ではどうにもならない存在なんだと悟った。


「お前の力はやはり変わっていないなあ!!六年前からずっと!!」

影から姿を現してテルファイはニヤリと笑う。

これを待っていたかのように強い興奮を抱いているようだ。


洞窟のどこかが崩れた音が遠くで聞こえる。今いるこの場所も危険かもしれない。

「六年前?あんた、もしかして闇夜の鉄槌のメンバー?」


「くっくっくっ、六年前って言えばすぐに思い出すくらいには記憶しているみたいだな。そう、俺は六年前お前一人に全てを奪われた闇夜の鉄槌のリーダー、テルファイ アンダーバーグ。金も地位と名誉も女もな!」


「女は知らないけど」


「いいや、お前が闇夜の鉄槌を壊滅させなければ俺はエリーと今も一緒にいた。間違いなくな!全てはお前の罪だ」


ミラは再び巨象剛拳ハイエレファント キャノンを繰り出した。

ドガァンという爆発音と共にテルファイの姿は見えなくなる。煙が晴れていくと洞窟の壁が崩れ落ち、先ほどよりも空間が広がっているのが確認できた。

見たことも、感じたこともない衝撃波だった。ミッチェル達のようなD級冒険者でもいつかこんな技を使えるようになるのだろうか?ガントやトウマが、と想像してもあまりピンと来ない。


「無意味だよ。隠遁魔法シャドウスポットはあらゆる攻撃を回避することができる。どんなに強力な攻撃もな」


シャドウスポットは姿を隠すための魔法である隠遁魔法に分類されており、熱や水や風といった性質魔法と異なり、それ以外の魔法である特殊魔法に分類されている。

性質魔法と違い、特殊魔法は魔力の消費が激しく、一度の魔法行使で性質魔法の二倍の魔力を消耗してしまう。もちろんA級同士やB級同士などのランクが二種の魔法で同じ場合である。


使用する人は多くないが、いないというわけでもない。だが目の前で行使されたシャドウスポットの展開速度を超えるような人はそうはいないだろう。


「次は俺の番だ」


魔法を扱う者にはそれぞれ体質的に得意な魔法がある。熱魔法が得意な者もいれば、水や風魔法が得意な者もいる。

テルファイはどうなのかというと彼が得意なのは影魔法だ。

シャドウスポットという魔法は隠遁魔法であるが、影魔法と似通った魔法特性があるため、テルファイはこれを得意としている。


テルファイの影が立体的な形を模し、人間と同じように手足と頭、そして胴体を持つ影人形へと姿を変える。流れるような変化に頭が追い付いていかない。


影舞踊かけぶよう、舞え」


テルファイから独立して影人形は動き出し、ミラを襲いにかかる。


速い!

まるで加速魔法を掛けているようだ。いやそんな生易しいものじゃない。それはもはや一流冒険者の移動速度と変わらない。


ミラとの距離がすぐさま詰まり、影人形は右拳を繰り出す。それを余裕の動きで避けて、ミラは影人形の腹部に蹴りをかます。

無駄のないカウンター攻撃に入った!とミッチェルは思ったが、影人形は左手でミラの足を軽々と受け止めていた。


そこでミラは動きを止めない。すぐさま足を振り解き、空中で一回転し、回し蹴りを頭上に叩き込む。一撃を与えるだけを考えるのではなく、その後の相手の行動を見極めて、次の最善の選択をする。

ミラの動きは華麗だった。


影人形の体術はミラには及ばない、それはミッチェルの目から見ても明らかだった。

間を置かずに連続して攻撃を与えていくミラに影人形はされるがままだ。


「スゴい・・・」

ミッチェルの背後からそう呟く声が聞こえた。たぶんアリアだろう。


吹き飛んだ影人形は洞窟の岩壁に衝突した。またも壁が崩れ落ち、瓦礫が散乱する。


「そうか、そうだよなあ。俺の影舞踊が通用しないよな。分かりきってたことか。お前が強いことは俺がよく知ってるもんな」


テルファイの口の端から赤い血が流れている。影舞踊で生まれた影人形に傷が付けば、術者にもそれが反映される。影人形のダメージによっては術者が命を落とす危険性もある。


「これがあんたの本気?術で生み出した人形に頼るだけなんてことはないよね?」


「くっくっくっ、お前は覚えないかもな。俺は六年前この魔法でお前に敗北した。だからこそ今、これを使った。結果は同じだったがな。確認したかったんだよ、俺の力が依然とどう変わっているのかを、な」


「私でそれを確かめるとはね」


「お前だからに決まってるだろ?お前じゃなきゃ意味がない。だがおかげで理解できた。俺の力は昔と違うってことが」

自らの両手をじっと見つめて狂喜を含んだ笑いを見せる。


「嬉しいの?私には手応えがなかったけど」


「俺が本気を出しているとでも?さすがに影舞踊のレベルではお前に及ばないが、これならどうだ?」


もうミッチェル達に興味は一切ないらしい。目も暮れず、ただミラとの戦いを楽しんでいる様子だ。


テルファイの影が自らの肉体に巻き付いていく。全身を包み込むその姿はまるで影の鎧を纏っているかのよう。


「人形に頼りきりだと相手にしてくれてるお前に悪いからな。俺自身が相手をしてやる」


「随分と上から目線ね。私を楽しませてくれるレベルなの?」


「やればわかる」


テルファイが地面を蹴った瞬間、瞬きするくらいの速度でミラの目の前にテルファイが移動した。

ミラは突然の驚愕に大きく目を見開く。それでも動きに迷いはない。

襲い来るテルファイをギリギリで避けて、下から上へ渾身の一撃を振り上げた。

それでもビクともしない影の鎧。通常攻撃では撃ち壊せない強度にミラは自身の本気度を上方修正する。ミッチェルにはそれが不思議と表情から理解できた。


何故だろう、母親だから?


そんなことを考えてミッチェルは首を振る。

本当かどうかも分からないことで惑わされてはいけない。目の前にいるミラに後から聞けばわかる話だ。そう、今はミラに勝ってほしいと願うだけだ。


今目の前ではミラがテルファイに押されていた。純粋な戦闘力は影の鎧を纏ったテルファイの方が上に見える。でもミッチェルが安心できたのはやはりミラの表情に焦りがなかったからだ。顔を見ただけでその気持ちが、思いが手に取るように分かる。

もし親子だったもしてもそんなこと普通はあり得ない。

分からないから衝突するのだ。衝突して仲直りして、それを繰り返す。それが親子をはじめ、兄弟姉妹、友達、全ての人間関係に共通することだ。


でも現実に理解できている。説明できない現象だけど、ミッチェルは説明なんか出来なくてもいいと思った。


ああ、後で本人に確認しなくても分かる。彼女は、ミラは私の本当の母親なんだって。


ミッチェルの瞳から一筋の涙が流れていく。その涙にはミッチェルの今までの悲しさや嬉しさの思いが含まれている。そう思えるくらい美しい輝きを放っていた。


「どうした?防戦一方って感じだぞ?お望み通り俺自身が直接相手をしてやっているぞ?」


「そうね。期待以上なのは間違いないわ。ここ数年では一番歯応えがある。認めるわ、あんたは強い」


「だろう?お前にも勝てないく・・・」


「でも私に勝てるレベルではないわ、うん」


ミラの右腕に全身の魔力が集中していく。明らかに今までの魔力とは質も量も違う。垣間見えるミラの本気にテルファイは思わず嬉しくなり、高笑いする。


「これがお前の本気か!いいだろう!全てを受け止めてやる!そして本気のお前に打ち勝つ」


爆波鉄拳エクスプロージョン バレット!」


熱を持ち、赤黒く変色した右腕を打ち出すと、超爆発が巻き起こった。

ミッチェルはもちろん、牢獄のなかにいるアリア達のいる場所まで届く爆風は強烈なものだった。

吹き飛ばされないように必死に突起した岩にしがみつくミッチェルは薄目を開けて、状況を確認した。



収まる光と同時に見えたのはミラがテルファイを下す姿だった。













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