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鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
4/15

レイト、帝国騎士に捕まる

  アルキメデス大帝国の南の石門。

「うわー……すごいな……これが噂に聞いてた石門か?」

  見上げるほど大きな門は帝国以外の国でも有名で、この門見たさに帝国を訪れる人もいると聞いたことがある。こうして実際に見てみるとその気持ちも分からなくない。巨大だと聞いていてもこの門は予想を間違いなく超えてくるだろう。

 石門内部に入っていくのは荷台をパンパンに膨らませた行商人達がほとんど。なかには鎖に繋がれた奴隷を運ぶ奴隷商人も確認できる。

 

 そういえば大帝国は奴隷が認可されている国であった。一家に一人の奴隷、なんて言葉があるくらい奴隷という存在はこの国の人々にとっては身近な存在だと聞いたことがある。

 もちろん世界的に見ればそういう国ばかりじゃない。奴隷大反対という国もある。大帝国の南に位置しているアルカディア聖王国なんかはそうだ。あそこは奴隷を持つ人間は非人間とされ、極刑に処せられるのだ。だからこそ聖王国は大帝国を敵視しており、国同士の交流は一切ない。


 今は比較的に平和な状況だと言える。ただ五年前まで二国間は戦争中だったことは記憶に新しい。

 レイトは二つの国を訪れたことがなかったので、伝聞でしか戦争のことを聞いていないが、小競り合いとかいうレベルではなかったようだ。歴史に残るような大規模な戦争だったと知っている者は口々に言っていた。


大帝国の石門内部に被害はなく、石門外部の帝国領と言われる町や村は多くが壊滅的被害を被ったらしい。


内部にいると守られ、外部にいると捨てられる。大帝国はそんなところだ、なんて言っていた奴がいたような、いなかったような。

まあ何にせよ今このときは平和を維持しているのだから昔がどうだとかは関係ない。

レイトは多少胸を踊らせながら石門を潜った。

 もちろん入国する際の1シルバーは支払わないといけない。あんまり気乗りしないが、こればかりは仕方がない。


待っていたのは活気という漠然とした空気。でも決して強引じゃない自然に湧き出ている感じだった。


舗装された大通の端は石畳になっていてそこは歩行者が通る道となっている。その道の途中には多くの露店や商店が連なっており、冒険者や旅行者の姿が見られた。


レイトは腹ごしらえをしておこうと決めて、近くの露店に入った。

ジュージューと聞こえてくる食欲をそそる音。しかも目の前には分厚い肉が刺さった串焼きがあった。これでもかとタレを塗りたくっており、そのタレの焼ける音が鼓膜を幸せにしていたのだ。

「おっさん、これ何の肉?」

 

「お?いらっしゃい!これか?キジウララの股肉だ。絶妙な脂加減と引き締まった赤みのバランスが最高だぞ?どうだ?食べてみるか?」

仕事をする手を一切緩めることなく、レイトの質問に答える露店の店主。いい年のおっさんだが、体つきはがっしりとしていて、鍛えているのがすぐに分かる。


なんだろう、見た目だけで美味しい料理を提供してくれる気がする。

 熱を持った煙にあてられて、店主は額に汗を浮かべている。


「うん、じゃあ頼んだ。その串焼きを3本くれ」


「おうよ!了解!」


レイトは露店の椅子に腰を下ろす。何故か高めの椅子で、ギリギリ足が地面に付くくらいのものだった。

ちらっと露店の柱を見ると大きく「1本3カパー」と書いてあった。どうやら串焼きはその値段らしい。

それくらいならあの世界ダンジョンで手に入れた貴重な物を換金しなくても持っている。というか持っていないとさすがにヤバい、色んな意味で。


「はいよ!焼きたてほやほやだよ!3つだから9カパーだな!」

レイトは懐から手に収まるくらいの小袋を取り出し、中から9つの銅貨を掴んだ。

残りは銀貨が3枚に、銅貨がいち、に、さん・・・5枚だ。

ということは3シルバー5カパー。うん、このままじゃ良い宿屋は泊まれないところだった。


銅貨3枚を差し出すと、毎度あり!と似合わない笑顔を浮かべた露店の店主はすぐに切り替えて串焼きを焼くのに戻った。


心地よい音色と共にレイトは肉に食らいつく。滴る肉汁と甘辛いタレが口のなかで混ざり合い、脳内に幸福の風を吹かせる。

肉の弾力も脂の量も絶妙で、何本でも食べれそうな錯覚を抱いてしまう。空腹状態だったのも相まってかここ数ヶ月で一番の食事のような気がする。


「旨い。これキジウララだっけ?キジウララってこんなに旨いんだ」


「お、もしかしてあんちゃん、冒険者か何かかい?」


「え?何で?」


「素人はキジウララって聞いてもどんな生き物ですか?って聞いてくるからな。知ってる奴は少ないみたいなんだ」


キジウララは一般的には知られていない、という事実をレイトは初めて知った。森林や洞窟にいけばそこらじゅうにいるので、てっきり有名な生き物なのかと思っていた。


「へぇ、そうなんだ。まあそうだな、冒険者みたいなもんさ。色んなモンスターを知ってるよ」


「うちのキジウララはモラリアっていう町の外れにある洞窟に生息してるのを狩ってもらってるんだ。それを入荷してここで売ってるわけだ」

「そこのキジウララが旨いってこと?」

「おうよ!そういうこった!他とは全然違うんだ、これが」


確かに格別に美味しい。数年前に何度か食したことがあるくらいだから、記憶は薄れているのだが、それにしても今回のキジウララは食べたことのない味がした。それは間違いない。


「たぶんな、洞窟にある藻が理由だな」


「藻?キジウララがそれを食ってるってこと?」


「そうだ。あの洞窟で他に変わったものなんてないはずだからな」

 

 さすがにレイトも洞窟に生えている藻について詳しく知っているわけではない。魔法のことなら何でも分かるが、他のことについてはからっきしだ。

「初めて知ったよ。ふーん、モラリアの洞窟ね……」


「お、なに?あんちゃん、狙ってんの?残念だけど、ここ最近は洞窟内のキジウララの数がめっきり減ってるみたいでな。狩るのは難しいと思うぞ。俺も困ってるんだよ」


「あんまり困ってるようには見えないけど……」

 

「ははは、やっぱ分かるか?まあ困っても始まらないからな。今日入荷した分で美味いキジウララは終わりかもな」

 それは正直困る。大帝国に滞在している間は頻繁に訪れようと思っていたからだ。一般的なキジウララとの違いを感じてみたい気持ちもあるが、それはいつでもできるだろう。


「モラリアってどこにあるんだ?」


「モラリアは東の石門を向けてすぐに見えてくる最初の町だ。ただ洞窟がどこにあるか、そういう細かいことはよく分からん」

 

「いや十分。近いうちに寄ってみる。たぶん良い報告ができると思う」


「何だ?調査してきてくれるのか?」

「ああ」

「いやなら正式にギルドに頼んで、それを受けたほうが……」

「い、いや個人的に調査しようと思っただけだから。報酬はいいよ」

「そうか?ならお言葉に甘えて……頼むかな」

 

 ギルドに依頼を出すということはそれを受ける者は冒険者の資格がなければいけない。そうなると本当に冒険者にならないといけなくなる。嫌というわけではないが、別になりたいと思ってもいない。

正直なところ、手続きが面倒臭い。その一点に限る。


三本の串焼きが冷めないうちに腹に収めたレイトはごちそうさんと店主に一声かけて露店を後にした。

人の波は滞りなく続いていた。賑わいを見せる大通りを進んでいくと武器屋や防具屋、そして大好きな魔道具屋が見えてきた。


飲食店が建ち並んでいた通りを進んでいくと装備関連の店が見えてくるという作りらしい。辺り一体の看板に剣やら盾やらのマークが描かれている。


甘い密に引き寄せられる蜂のようにレイトの体は自然と魔道具屋に向かっていた。もうほとんど無意識状態でよく磨かれたガラス戸を開くと、優しい音色のベルがカランカランと鳴った。


「いらっしゃいませ、リリィ魔道具店にようこそ」

翡翠色の髪が目に入る。おそらく10代であろう少女が慣れた様子で頭を下げた。


レイトはこくりと頭を下げた後、ぐるりと店内を見回す。

店内の薄暗さが魔道具のぼんやりとした光を際立たせている。外の喧騒とは全く正反対の世界で、静寂を感じる世界。レイトにとっては居心地の良い場所だ。少なくとも外よりは。


「少し見させてもらってもいいかな?」

 

「はい、ごゆっくりと」

 両面に広がる棚には見慣れた魔結晶や様々な色の液体が入った小瓶が並んでいる。

 

 青色……これはポーション。それでこの赤色がハイポーション。

 緑がメガポーションで、この紫の液体がエーテルとなっている。

 うん、基本的なものは揃っているな。


 液体の色もすんでいて、濁りがない。どうやら粗悪なものではないらしい。どちらかというと精巧に作られている。


レイトはそれからも棚にある商品を見て回った。

 その時、ふと目に入った魔道具にレイトは目を奪われる。

 金色の三角錐の中に透けて見える水晶。これは珍しい解呪具だ。


「へぇ、すごいな……これ、50シルバーで売ってるのか?」

「はい。その魔道具をご存じとはお目が高いですね」

「50シルバーって……他の魔道具屋じゃ100ゴールドは下らないぞ?」

「価値を分かっていないわけじゃないんですよ?もし仮に100ゴールドで売ってしまったら帝国の冒険者で買えるのはほんの一部になってしまいますから」


「新米冒険者が手の届く金額ってことか」

「それでも高いですよね。これ以上はさすがに下げられないんです」

 翡翠色の髪を持つ店員はいつの間にかレイトの横に立って、一緒にその魔道具に視線を向けていた。


「いやいやこれはお得だよ。これ知ってる人なら迷わず買っちゃうと思うぞ」

 俺が一般的な職業ジョブだったならば間違いなく買っていただろう。

 この魔道具の名称は「不呪カーズ」。この魔道具に自身の魔力を宿らせれば、あらゆる呪術を解呪することができるという万能な代物だ。


「また入荷するので大丈夫ですよ」

 俄然興味を抱いた。抱かないわけがない。不呪カーズは本当に貴重な魔道具だ。魔道具を生成する専門の魔導士でも作るのに膨大な時間とお金を必要とするはず。それを軽い口調で入荷すると言えるということは何か伝手でもあるのだろうか。


不呪カーズを作るのが得意な人でも知ってるのか?」

「はい。不呪カーズだけしか作らない専門の職人さんと知り合いなんです」

「それはぜひ会ってみたいな」

「普段気軽に会えない人なんです。とても位の高い方でして・・・」


不呪カーズだけを生成して職人としてやっていけるのかは難しいところだ。ただでさえ高額な魔道具であるから帝国のように冒険者のレベルが高くない国では売れ行きは良くないだろう。ただここの店に限っていえば50シルバーで売っているので、ある程度の供給はあるだろう。利益は一切ないだろうけど。

  

「その人の名前は?」

レイトは気になったので何気なく聞いてみた。

「シラヌイ様です。帝国魔導長官を務めていらっしゃいます」

「え!?」

レイトの反応が店主にとっては気がかりだったらしく何かありましたか?という表情をして見せた。

「あ、いや、偶然だなと思ってね。その人に会いに来たのが俺の目的だったんだよ」

「シラヌイ様にですか?」


驚くのも無理はない。シラヌイといえば帝国で3番目の権力者だ。そんな人物に会おうとするのは他国の王族や貴族のような権力者でないとあり得ない。というよりも、どこの馬の骨とも分からない旅人のなりをしている人間が会える立場の人ではないのだ。


「何で、お前が?って思っただろ?」


「い、いえ、そんなことはないですけど」


「ははは、別にいいさ。俺もそう思ってるしね」

レイトは目の前にあった赤色の液体が入った小瓶を3つほど手に取った。


「ハイポーション3つお買い上げでよろしかったですか?3シルバーになります」

3シルバーを店主の手に収めてからレイトは声を掛ける。


「これを買う代わりに教えてほしいことがある。別に変なことじゃないさ」

「な、何でしょうか?」

「シラヌイって人はどこにいるんだ?」


女性はじっとこちらに視線を向けて、無言のままだ。自分がそれを言ってしまえば何か良くないことが起きそうな気がしているのだろう。それはシラヌイに対しての信仰心からなのかは定かではない。

レイトは女性店主の視線を受け止める。そして数秒後ふっと表情を弛緩させた。


「まあいい。そりゃあ見るからに怪しいもんな。それが普通の反応だよな。すまん、ありがとう」


「いいんですか?」

「無理矢理聞くのは失礼だしね。なんとか自力で見つけてみる。あ、でもこれは買っておくわ、記念に」


なんの記念か分からんけど……

レイトはそう言ってハイポーションを3つ購入した。

そのまま店を後にしようと思ったけど、一つ大事なことに気がついた。


「あ、そうだ、ごめんもう一つだけ聞きたいことがあった。素材を買い取ってくれる店ってここら辺にない?」

「それならここからずっと真っ直ぐ進んでいくとレミオンのお店があります。そこで素材を買い取ってもらうことができますよ」

「真っ直ぐね。名前はレミオンの店?」

「はい、そうです」

「そっか、ありがとう。じゃあまた来るよ。えっと、リリィ?でいいのかな?」


リリィ魔道具店の店主だからリリィ。安易にそう考えたが、どうだっただろう?


「はい、名前はリリィです。これからもご贔屓にお願いします」

あくまでお客さんとして接する対応を崩さないリリィにレイトは苦笑しつつ店を後にした。

入ったときと同様にカランカランとベルが鳴った。



この道を真っ直ぐいけばレミオンの店だったか?視線を向けた先には人しかいない。

レイトは世界級ダンジョンに潜った際に倒したモンスターの爪を換金したかったのだ。もうさすがに金欠状態だ。

レミオンの店の次はさっそくシラヌイに会ってみようか。


リリィは確かに居場所は教えてくれなかった。が、言葉で聞けなくとも確かめる方法は無数にある。それをリリィに試したに過ぎない。結果的にあっさりシラヌイがいる場所は目星がついた。


「アルキメデス帝城か……予想通りだけど、そこって皇帝もいるんじゃないか?」

 

 ちょっと……いやだいぶ不安になってきた。

 歩きながら思案しているとレミオンの店とはっきり書かれている建物が見えてきた。縦に細長い建物で、見たところ窮屈そうに建っている。

 よし、では失礼して。レイトは入り口らしき扉に手を掛ける。あまりにも地味な外観で本当にお店なのか少し疑っている。

 扉を開けた瞬間、ちょうど中から出てきた人とぶつかりそうになる。

「おっと、すまん」

「こんなとこ、もう来ねぇよ!!くそが!!あ?邪魔だ!どけ!」

 荒々しい口調で扉の向こうに暴言を吐いてどこかに消えていったのは見るからにヤバいことをやっていそうな男。ああいうのは無視だ、無視に限る。

 開けっ放しの扉を覗くが、やけに暗い。店内が暗いのは帝国のお決まりなのか?

 恐る恐る店内に入ってみると不快に思うほど煙たかった。


「あんた、新顔だな?なに持ってきたんだ?」

 カウンターにいたのはげっそりとやせ細った中年の男だった。片手に煙草、もう片方に琥珀色の液体が入ったグラスを持っている。


「ここで素材を買い取ってもらえるのか?」


「ああ。んで、なんだ?今日はふざけたものしか持ってくる奴がいなくてな」


「珍しいものじゃないと買い取ってもらえないのか?」


「そんなことはないが、貴重な素材じゃないとこっちもテンション上がらないわな」

男は煙草を口に運び、煙を吐き出す。実に美味そうに吸う人だ。

煙草は国によっては禁止薬物として登録されており、吸ったのが国にバレた場合、それ相応の罰が待っている。帝国ではどうなのか知らないが、こんなにも堂々と吸っているのなら合法なのだろう、たぶん。


「んじゃ、さっそく。これなんだけど。結構珍しいと思うんだが」

レイトは拳ほどの大きさのモンスターの爪を数個取り出して店のカウンターに置いてゆく。それは薄青色に発光して、ナイフのような形状をしている。その鋭さゆえに扱いに気を付けなければ怪我をする恐れがある代物だ。


「け、ここに来る奴らはみんなそう言うよ。それで何度騙されたか・・・って・・・あああああば!!!???」

男は持っていたグラスを思わず床に落としてしまう。同時に吸っていた煙草も床に落ちる。琥珀色の液体が広がった床に煙草は落ち、ジュッという火が消える音が耳に届いた。


驚愕、恐怖、混乱。入り乱れる感情の吹雪に思考を急停止してしまう。

男は皇帝獅子エンペラーギドラの爪を見たまま、硬直して動けなくなっている。

こういう反応になるってことはどんなモンスターの爪で、どれだけ貴重なものなのかを理解しているということだ。レイトは内心胸を撫で下ろした。


世界級ワールドダンジョンにいるモンスターのレベルになるとそれを知らない買い取り屋というのも少なくないのだ。

げんに価値が分からず、あり得ないような安値で買い取られたこともある。

あの時は珍しくキレちゃったな。


「おーい、大丈夫か?生きてるかー?」

「おお、だ、だ、大丈夫だ。いや大丈夫じゃない!何だこれ、どこでこんなものを手にいれた!?」

カウンターから身を乗り出して顔を近づけてくる。ちょっと気持ちが悪い。

「いやそりゃあ世界級ワールドダンジョンしかないだろ?」

皇帝獅子エンペラーギドラを倒したとでもいう気か?」

「じゃないとこれ持ってるのおかしいだろ?」

「分かっているのか!?あのモンスターがどれだけ恐ろしいのかを」


男はぶるぶると震えはじめる。尋常じゃない震えだった。


「嫌な思い出でもあるのか?」

「あ、ああ。五年前に俺がまだ冒険者だった頃だ。純黒の霊廟っていうダンジョンに潜ったとき……ああ思い出すだけで恐ろしい。皇帝獅子は俺の仲間を皆殺しにし……俺の内臓を吹き飛ばした……」


 震えだけでなく脂汗もかき始める男の姿にさすがに焦りを覚えた。


「おいおい、無理に思い出さなくていい。ゆっくり呼吸しろ」

「すー、すー、すー」

 鼻息だけが漏れ出る音がする。男は懸命に落ち着きを取り戻そうとしている。数分後、なんとか平常心を取り戻した男はゆらゆらとした歩調で奥に見える水道から水を汲み、ごくごくと飲みはじめた。


「ふう、取り乱してすまん。あんた、これ本当にどうしたんだ?まさか皇帝獅子を倒したっていうのか?」

「ああ、もちろん」

「あんた何者なんだ?皇帝獅子を倒せるのはSS級冒険者クラスじゃないと無理だ」

「俺は冒険者じゃない。それだけ言っておく」

 

男は目の前にあるダイヤモンドのように硬い爪を慎重に持ち上げる。ズッシリとくる重さを体の底から感じ取る。

恐怖を植え付けられた存在なのにこんなにも矮小に見える。


「あんなに強いモンスターを倒すなんてあんたすごいな。名前は?ああ、いや名前を聞くならまずこちらから名乗らないとな。俺はレミオン。まあ店の名前だから分かるとは思うが」

「レイトだ、よろしく。これからもお世話になるかもしれない」


レミオンはグラスを用意してそのなかに琥珀色の液体を注ぎ込む。宝石のように光り輝く液体はアルコールの臭いを漂わせている。

「ああ、あんたならいつでも歓迎だ」

「どうも」

レミオンが差し出してきたグラスをレイトはありがたく手に取った。

喉を湿らせる程度に飲むとカッーと体が少し熱くなる。

帝国では15を過ぎれば酒、煙草を嗜むことができる。これはちゃんと入国前に調べているので安心を。


「それでどうだ?これはどれくらいの価値になる?」

「そうだな、一つ300ゴールドってところか」


300ゴールド?予想よりも高い。違う国で買い取ってもらったときはおよそ150~200ゴールドだったはずなので、ここを利用するのは良い手だ。


「今からそれは用意できるのか?」

「もちろんだ。ただ十分ほどかかるが、問題ないか?」

「ああ、構わない。店のなかを見てもいいか?」

「ああ自由に見てくれ」

レミオンは店の奥へと消えていく。

店内は一言でいえばごちゃごちゃで整理が行き届いてない。

 ここは素材を買い取るだけでなく、珍品と呼ばれる素材を売ってもいるらしい。手に入らないような貴重性はないけども見ればおーっと唸ってしまう絶妙な素材ばかりだ。

できればもうちょっと整理してほしい気はするが。


黒タコの足やゲルマ族の頭蓋骨、パメラの小羽などがカウンター奥に飾られている。この店で最も高価な商品は綺麗に展示しているということだろう。おそらくそこにレイトが売った皇帝獅子エンペラーギドラの爪が飾られることになるだろう。


飽きることなく店のなかにあるものを吟味しているとレミオンが店の奥から戻ってきた。

「用意できた。四つだから1200ゴールドだ。もしくは1プラチナと200ゴールド、どっちがいい?」


1200ゴールドとなると金貨1200枚、1プラチナと200ゴールドならば白金貨が1枚と200枚の金貨となる。

どちらにせよ、貨幣の数が多いのでアイテムボックスを使うことになるだろう。

「じゃあ、金貨1200枚で頼む」

「分かった。じゃあこの袋だ。アイテムボックスを使うんだろ?」

「さすがに量が多いからな」

「じゃあ少なかったら言ってくれ。まあ大丈夫だと思うが」


リュックサックほどの大きな分厚い布袋をレイトは軽々と手に取ってアイテムボックスを開く。空間に穴が開き、そこに金貨が入った布袋を入れた。

すっぽりと飲み込まれた布袋の中身が何なのかをアイテムボックスは判定してくれる。硬貨ならばそれが金貨なのか銀貨なのかを判断し、加えて束になっていたり、多数を入れた場合は何枚あるのかも正確に判断してこちらに分かるように教えてくれる。


巨大な素材や大量のお金などを持ち運ぶときには非常に便利で、なくてはならないものだ。特に商いをしている者にとっては商売道具とも言えるだろう。



レイトが右手首にしている細い腕輪のようなものがアイテムボックスだ。もちろんアイテムボックスの全てが腕輪のような形態になっているわけではない。

アイテムボックスは色んなタイプがあり、かばんのように持ち運ぶタイプやベルト型のものもある。なかには珍しいタイプとして帽子の裏がアイテムボックスになっているという代物もあるらしい。


レイトの腕輪型のアイテムボックスは一般的で、どこにでも売っているタイプだ。

アイテムボックスはアイテムボックスしか取り扱っていない店で売らないといけないというレイトもよく分かっていない決まりがある。

つまりアイテムボックスを売っている店にはアイテムボックスしか売っていないのだ。それ以外に売ってしまえば違反になる。


アイテムボックスは国が主導して作るのが当たり前で、大帝国でもどこでもそれは変わらない。冒険者や軍人などの危険な仕事だけでなく一般国民にも多く流通していることから国の資金源になると判断されてのことだ。

だからこそアイテムボックスを売っている店はここでこれを売りなさいと事細かに国に指示されて商売をしているのだ。もちろん商売をしているのは素人ではなく国が雇っているれっきとした商人だ。でないと需要があるアイテムボックスといえど売れ行きは変わってくるだろう。



アイテムボックスに布袋を入れた結果、金貨1200枚という表示が現れた。

「うん、大丈夫。ちょうど1200枚だ」

「これで成立だな。この爪は、頂くぞ」

「ああ」


鈍器にもなるであろう硬質で重量のある爪をレミオンは大事そうに持ち上げて、カウンター奥に移動させた。四つの爪が並んでいるのは異様な迫力があった。


皇帝獅子エンペラーギドラの爪は全部で八本あり、その全てを採取したので、半分の残り四本は手元にある。

ここで全部お金に変えるのは賢い選択ではない気がしたので半分だけにしたのだ。

まあといっても別に何かに使おうとか思っているわけでもない。保険として持っておこうと、軽い気持ちだ。


「レイト、これからもよろしく頼む」

さっきとは違い、レミオンはだいぶ顔色が良くなっているようだった。

「ああ、こちらこそ。じゃあ俺行くわ。そうだ、防犯はしっかりとな」

「そうしておく」


薄暗い空間から明るい空間への色彩の躍り狂う変化に目が追い付いてこない。


相変わらず人ばかりの通りに目をやる。

あとはシラヌイに会って七帝魔神について話を聞くだけ。といっても普通に考えればハードルの高い難題だ。

アルキメデス大帝国の中央部に聳える巨城に足を踏み入れることは国民でさえも許されていない。国民が入城できるのは帝国から勲章を与えられる時と、新たな皇帝が誕生してから三日の間だけ。

「帝国の歴史」という題名が目立つ帝国の案内書みたいな冊子にそう書かれていた。店の外や露店の脇、休憩するためのベンチの横にもその冊子は備え付けられている。

観光客や旅人、そして冒険者のためにそうしているのだろう。

帝国の決まり事を無知がゆえに破らないように。

これは入国したならば見ておかなければならないもの第一位だろう。


ベンチに座って熟読していたレイトは不意に顔を上げる。何やら喚いている男の姿が目立っていたからだ。街行く人も立ち止まりその様子をじっと見つめている。

 雑踏の中で、俺がやった証拠があんのか!?という地響きのような低い怒鳴り声が耳に聞こえた。


「あなたが懐にしまうのを見たんですよ!私だけじゃない!他の店員もそれを目撃してるんです!」

「面白いこと言うじゃねぇか!じゃあ調べてみろよ、ああ!?」

 

 どうやら店の商品を盗んだ男が店員に問い詰められているという構図らしい。にしては野次馬が多い気がする。だがレイトはすぐ納得した。盗んだと疑われている男の体格が普通ではなかったからだ。2mを超える背丈に鉄鎧を身に纏った兵士のような恰好だった。野次馬たちは店員に暴行を働くのではないかと心配しているようだった。大丈夫かなという呟きが何度か聞こえたから間違いないだろう。


 レイトは冊子の最後の方のページを開く。

 そこには罪を犯した場合どうなるのかが羅列してあった。殺人や強姦はすぐさま処刑、それに比べて盗みや暴行は拘留の後に皇帝の判断で罪が確定する、と記されていた。

 皇帝の判断というところが肝だ。実際皇帝と面を向かって会うこともあるようだ。ということはつまり罪人になれば帝城に入ることができるのでは?と良いか悪いか分からない考えが浮かんだ。

 

 ここでレイトは迷わない。普段は優柔不断なところも多々あるが、こういう場合は思い切りの良さが彼にはある。

 野次馬の群れの中をするすると抜けていき、一番前の見物人となる。

 

 男の身体を調べても盗んだものは見つからない。店員たちは次第に焦りの表情を浮かべ始めた。

 逆に男の表情には不敵な微笑が見て取れる。


「おいおい、出てこないじゃねぇか!お前らの勘違いなんじゃねぇのか!?あ!?」

「あ……ちょ、ちょ!」

 男は店員の胸倉を掴んで軽々と持ち上げた。

「ぐ、ぐるじ……」

「や、やめてくれ!申し訳なかった!こっちが悪かった!」

 店員は地面に頭を擦り付けるように土下座をしている。その頭を男は踏みつけて、ニタニタと笑っている。

 レイトの背後から騎士様を呼んだ方がいいんじゃないか?という声が多数あがる。

 しばらくすれば帝国騎士がここに到着するだろう。


「おらよ!」

 男は店員を乱雑に放り投げる。店員は店の扉に思いきり頭をぶつけると、ピクリともう動かなくなる。

 男は野次馬にじろっと睨みを効かせると空間の隙間から身の丈と同じくらいの大きさを持つ斧を取り出した。

 何もなかった場所から巨大な物質が生まれる。アイテムボックスから取り出した場合、マジックのように摩訶不思議な取り出し方になるのだ。


「なんだお前ら!見せもんじゃねぇぞコラ」

 野次馬はざっと後ずさりする。レイトは動かなかったので自然と前に躍り出る形になった。


「お前は骨がありそうだな」

「え、俺?……まあ、ね」

「暴れたりねェんだよなあ、ホントに」

 男はつまらそうに呟いた。

「暴れたいのか?だからこんなことしてんのか?」

「こんなこと?おいおい、俺は冤罪だぜ?」

「お前が何を盗んだのかは知らないが、アイテムボックスに入れたんだろ?」

「……そう思うのか?」

「違うのか?」


 レイトは実際何をしたのかは全く見ていないし、事後の出来事だけを知覚している。

 にもかかわらず男がアイテムボックスに入れたと断言できるのはレイトが男の眼を見たからだ。

 レイトは相手の眼を見るだけで数分前までの記憶、そしてその当時の対象者の読心ができる。


「事実だろう?すぐバレるようなことだろ?少し考えれば分かることだ」

「こいつらは分からなかったみたいだが……」

  

 焦り、恐怖、戸惑い、その他の感情が溢れ出て、普通なら見えるものも見えなくなってしまっていた。店員は一般国民だ。これは仕方がない。


「お前のその恰好……騎士……ではないか、冒険者か何かか?」

「だったらどうなる?」

「いやどうもしないさ。それでどうするんだ、お前。すぐに帝国騎士が来るぞ?」

「くくく、そりゃあ好都合だ。暴れ足りないと思ってたところだからなあ」

 巨体がレイトの目の前までやってくる。近づくと強烈な酒の臭いが嗅覚を刺激した。


「そうか。じゃあ俺とやってみるか?」

「あ?なんだお前?お前みたいな貧弱な奴が俺を楽しませてくれるのかよ?」

「いや楽しませることはできないと思う」

「あ?」


 レイトは後ろを振り向く。ちょっと通して下さいという声が薄っすらと聞こえてくる。

 「鳳凰」という職業ジョブになってから五感全てを自由に強化できるようになった。

今のように少し遠くから聞こえる声ならば性別から声の高低まで聞き逃すことはない。


「け、おもしれぇ!」


男がレイトに向かって斧を振り下ろした。

それと同時に野次馬のなかから騎士の姿が見えた。


ここだ!

レイトはタイミングを合わせ、振り下ろされた斧を避けて、男の頭を掴み、思いきり地面にぶつけた。

一瞬にして意識を刈り取る衝撃で男はうつ伏せのまま動かなくなった。


数人の帝国騎士が野次馬を下がらせる。騎士が来たのなら大丈夫だろうと安心したのか野次馬たちは散り散りに離れていく。


男を地面に叩きつけたところを見られたレイトは騎士に確保され、連行される。まあ見られたというか見せたというべきなのだろうけど。

暴行を見られればどういう理由があろうと連行させるだろう。しかも可能性として帝城に近づけるかもしれないし。


しかし帝国騎士は南地区に常駐している騎士で中央部にいる者たちではなかった。といっても予想はしていたけど。

こうして帝国騎士と会えただけでも良かったとしよう。


騎士は野次馬の一人に話を聞いている。おそらくレイトが悪い奴ではないと語ってくれるだろう。

罪人になればシラヌイに会うのは容易いかと思ったのだが、さすがにそれだけの理由で罪を犯すのは馬鹿げてるし、単純に嫌だった。

正当防衛に近い形ならば罪にはならない。尚且つ帝国騎士と知り合えると思ったのだ。


現にこうして騎士にどんな状況だったのか聞きたいのでと言われ、駐屯地に連れていかれている。


南地区駐屯地でレイトが最初に見たのは宝石のサファイアのように綺麗な青髪の女性騎士だった。











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