鳳凰?
アスティード。それが俺が生きている世界。ああ俺っていうのはレイト スノーヘルのことね。
アスティードと名付けたのが誰なのかは知らない。俺が生まれるずっと前からそう呼ばれていたのだろう。百年前の文献にもアスティードと表記されていたからそれは間違いない。
悪い世界じゃない。まあ良い世界とまでは思わないけど。
世界は球体の形をしているという。どのようにして確認したのかは定かではないけれど、真実らしい。
  
レイトは早速ホロトナ山を下山した。ファストレイスという神様が言うにはアルキメデス大帝国に向かい、そこの帝国魔導長官を務めているシラヌイを訪ねてみろとのことだった。
簡単に言ってくれるけど、帝国魔導長官に会うなんて一般人には不可能に近い。無理とまではいかないけど、それを達成するまでの多くを想像すると面倒くさい。いや本当に。
レイトはこれからの困難を想像してハアっと一つ溜息をついた。
帝国魔導長官はアルキメデス大帝国の帝国魔導軍のトップであり、国で3番目の権力者だ。シラヌイの職業は確か魔導神だったはず。魔導神は世界に三人しかいない存在にもかかわらず、レイトの知り合いにも一人いる。あと一人は知らない。
魔導神は一応魔導士系の職業の中では最高の職業だ。三人しかいないと言ったが、三人いるのは奇跡に近い。歴史的に見ても恵まれている時代だといえよう。
そんな存在にどうやったら会えるだろうか、と考える前にまずアルキメデス大帝国に入国するためのお金を用意しなければならない。
大帝国は入国する際に多額の税金を払わなければならないという法律が存在する。他国の来賓には課されないが、それ以外に例外はない。しかも結構高かったはずだ。1シルバーは払わないと入国は出来ないとレイトは記憶していた。手持ちに1シルバーはあるけども、レイトにとって安くない金額だ。入国してすぐに金欠になるのが目に見えている。
ちなみに1シルバーは100カパー。1ゴールドが100シルバー。そして1プラチナが100ゴールドになる。
  
アスティードに存在する国々で使用される通貨は全て共通だ。この国では使えてあの国では使えないなんて面倒なことは発生しない。これはとてもありがたいことだ。十年前では考えられないことだった。共通通貨制度を生み出すために奮闘した者たちをレイトは心から尊敬していた。
ただ通貨が共通になったからと言って懐のお金が増えるわけでは全くない。そう増えないのだ。ああ憂鬱だ。
でもこればかりは仕方がない。まずは金稼ぎ。ホロトナ山を下山したレイトが向かったのは近辺にあったオシリスの虚穴と呼ばれる世界級ダンジョンだ。
どんなに戦闘力が高い者でも単身でのりこめば無事では済まないと言われる、それが世界級ダンジョンである。その中でもダンジョン最奥未踏破のものの一つががオシリスの虚穴だ。
公式的にはそう言われているが、レイトは何度もオシリスの虚穴を訪れては最奥まで進んでいた。何故知られていないのかというと、それはレイトが一人でダンジョンに入っているからだ。
オシリスの虚穴の入り口には呪術士が施した封魔の装飾で荘厳な雰囲気を醸し出している。これは邪気を払うための装飾だが、そもそも近付く者がいないのだからあんまり意味はない気がする。
オシリスの虚穴に到達するまでに危険なモンスターに何度出くわしたことか。キングが付くほどにモンスターの力は圧倒的になっていくので、キングベビーモスやキングワーウルフなどはそこら辺のモンスターとは一段も二段も格が違った。まあ俺には余裕だったけどね。
レイトはオシリスの虚穴に慣れた歩調で足を踏み入れる。その瞬間、真っ暗な世界からキリリリリと甲高い金切音が響き渡る。一ヵ所じゃない、四方八方から聞こえてくる。次に空気を切り裂く音が耳に届いた、と思いきやレイトの周囲に蝙蝠のような形のモンスターが群がっていた。レイトは不快感を隠さず表情を歪めた。
「いつもいつも本当にしつこいなあ、お前たち。つーか、もっとパターンないのか?いつも入り口で待機してるけど」
鉄蝙蝠というモンスターだ。言葉通り、鉄のように硬質な皮膚を持つ蝙蝠。このオシリスの虚穴最弱のモンスターであるが、普通の洞窟に現れれば脅威となる。
鉄蝙蝠はレイトに一撃も与えることができない。というかそもそも触れることすら出来ていない。レイトの身体の周囲には魔力で作られた分厚い層が身を守るように存在している。それはどんな物理的な攻撃も魔力的な攻撃も受け付けないようにする魔法の盾だ。ひとたび発動させておけばレイトが消さない限り、永続的にレイトの身を守り続ける。
鉄蝙蝠はその魔力の層が放つ重圧にやられ、絶命したようにバタバタと地面に落ちていく。
レイトはそんなものには目も暮れず、奥へと進んでいく。
ダンジョンの中は比較的単純な作りとなっていて、進むことに関して言えば難しくない。だが出くわすモンスターは鬼畜を極める。八岐大蛇や八剣銀狼などの難度Sランクを超えるモンスターがうようよしているのだ。そりゃあ誰も近付いたりはしないわな。
しかしレイトは難なくそれらのモンスターを滅ぼし、気付けば三分の二ほど進んだ場所まで足を運んでいた。今のところ疲れはない。
しかし次に現れたのは腰を据えて倒すべき相手だった。猛獣だ。圧倒的力を持つ猛獣だった。グオオオオオオオという呻き声を上げて、皇帝獅子はダイヤモンドと同じくらいの硬さの爪を立てて襲ってくる。そこには殺意が宿っていた。
おお皇帝獅子は今日初めてだな。こいつの爪はめちゃくちゃ高く売れる。これは幸運だ。レイトはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、右手を前に出した。
「魔氷」
レイトが言葉を発すると皇帝獅子は動きを止めた。小刻みに震えているのは動きたくても動けないからだ。もどかしくて仕方ないだろう。
「もう動けないだろ?体内の魔力を凍らせた。魔法も使えないはずだ。ああ、あと……」
レイトは右手でぎゅっと拳を作った。皇帝獅子の体内の中心から巨大な氷柱が芽を出すように何本も生えはじめた。
「自分の中の魔力にやられる気分はどうだ?」
魔氷は体内の魔力量によってその効力の大小を決める。魔力が多いほど目に見える効果は絶大である。このダンジョンにいるモンスターには使い勝手がいい。
レイトは倒れ伏す皇帝獅子に歩み寄り、拳ほどの巨大な爪を引き抜く。ダイヤモンドのように硬く、ダイヤモンドよりも希少な代物だ。
うん、傷もついていないし、これは絶対高く売れるぞ。全部もらっとこう。
「ん?」
ゴオオオンという爆発音が奥から聞こえてきた。続いて暗闇から生温かい爆風が吹いてきた。
これは間違いなく魔法だ。ということは誰かがこのダンジョンに来ているのか?ここまで進んできたってことは相当な手練れだと予想できる。
レイトはなるべく気配を消しつつ、奥へと進んでいく。いままでずっと一本道だったが、ここで斜め上に進む穴が現れた。前方に進むか、斜め上に上がるように進むか……いつも迷うが、ここは前に進もう。爆発音は前方から聞こえてきた。
しばらく進むと爆発した地点が見えてきた。そこは細長い円柱のような場所で、下を見ると数人の人影が見えた。彼らが戦っているのはウルゴラだ。巨大な白色の大猩々で、このダンジョンの中ボス的な存在。俺としては最奥に潜んでいる大物よりこいつの方が苦手だ。何故だか人間の言葉喋るし。
「効かん効かん。もっとワシを楽しませろ!」
ウルゴラの重低音の声だ。まだ余裕綽々な様子だ。
「連鎖爆封札が効かんか……ならば」
レイトの視線の先に見えたのはまずお爺さんだった。お爺さんといっても体格は屈強で、服の上からでもその鋼のような筋肉が見て取れる。連鎖爆封札を使うってことは職業は呪術士のようだ。
お爺さんは新たな呪術を発動しようとしている。
「メソポタミア!」
ウルゴラの心臓部分に赤い十字マークが刻み付けられる。
「ぬ!?これは……」
ウルゴラも見たことのない術らしい。あれは困惑した表情だと思う。モンスターの表情は読むのが難しいが。
メソポタミアは生物の心臓部に呪いをかける術だったはず。確か
ムラサメ、マーリン、ルーナよ、奴に時限式の呪術を仕掛けた。それまで動きを封じてくれ」
え!?マーリン!?マリーンってあのマーリン。知り合いなんですけど。ものすごい知ってる人なんですけど。こんなところに何でいるの?
レイトはマーリンの姿をようやく捉えた。
うわ!マジでマーリンじゃん。どうしよう。金借りたまま返してないんだよなあ。やっぱ怒ってるよなあ、いや怒ってないわけないか。俺だったら一発殴らせろとか言うもんな。
 
レイトは心の中で溜め息をつきながらもウルゴラとの戦いを観察する。今はまず様子を見ておこう。これが終わったら謝罪に出向く、よし、そうしよう。レイトは殴られる決意を固める。
マーリンは最上級魔法を放つ。紫紺の業炎がウルゴラを包み込み、焼き尽くす。その間もマーリンの表情は一ミリも変わらない。やっぱりめっちゃ美人だ、いつ見ても最高だな。
あの魔法は最上級炎熱魔法イビルフレイムだ。炎が生命を持ったように動き回り、相手を焼き尽くすまで決して消えないと言われている地獄の炎。最上級魔法を使用できる職業である魔導皇か魔導神でないと行使することはできない超が付くほど高等な魔法だ。
マーリンは魔導神の職業に就いている。世界三大魔女の一人に数えられている有名人。それに絶世の美女、いやほんとヤバいから。
レイトとはもう十年以上前に出会って以来、頻繁に顔を合わせている知り合いというか友達というか恋人というかって感じだ。
マーリン自身がレイトのことをどう思っているのかは定かではない。あまり表情も変えないし、クールなのだ。そういうところが女性からは憧れの眼差しで、男性からは女帝のような扱いを受ける所以だ。
イビルフレイムでウルゴラは燃やされていく。しかしウルゴラは焼かれても苦痛を感じている様子はなかった。むしろ笑っていた。こんなものかと呆れているようだった。
ウルゴラの真っ白な体毛は特殊で七種の基本魔法を一切無効にするという性質を持ち合わせている。ウルゴラが記載されている文献が存在しないため、これを知っている人間はいない。それでこそ知っているのはここに何度も来てウルゴラを葬っているレイトくらいだ。
「こやつ、魔法が効かんのか!?」
 
「アモン様!集中を!私とムラサメで動きを止めます。マーリン、あなたは下がって下さい」
「頼んじゃぞ、ルーナよ」
アモンと呼ばれたのはあの呪術士のお爺さんだ。それにルーナと呼ばれたのは神官の服装を身に纏っている優しそうな女性だ。女性は間違いなく治癒士だろう。
マーリンはルーナの言うことを聞き、今いる位置から多少下がった。しかし攻めることを諦めたわけではない。炎熱魔法が効かないならば他の魔法を試すだけだ。水流魔法、風撃魔法を連続で行使したが、全く効果がない。どうやら七種の基本魔法はこのモンスターには通じないとマーリンは悟ったようだ。しかし表情を見るに焦りは見えない。
マーリンは表情を崩さず、次の手に移る。迷いがない流れるような魔法行使だ。
「あれは重力魔法……グラビガか?」
レイトの予想は当たっていた。上級重力魔法グラビガ、これは七種の基本魔法ではなく、特殊魔法という分類に分けられる。
ウルゴラは決して魔法全てに対して耐性を持っているわけではない。あくまで七種の基本魔法だけ完全耐性を持ち合わせているだけだ。なので特殊魔法に分類される重力魔法は有効な対抗手段だといえよう。
マーリンが持つフォルトナの杖の先端から真っ黒い球体が飛び出す。決して避けられない速度の魔法ではなかったが、おそらく剣士であろう男がウルゴラの気を割いてくれていたおかげで容易に魔法を当てることに成功した。
丸い球体はウルゴラの肉体に当たった瞬間、風船が弾けるように消え去った。それから少し遅れて黒い靄がウルゴラ全体を包み込む。
「ぐ、わああ……これ、は重力魔法か!」
「はは、マーリンよ、上出来じゃ!」
マーリンの魔法によりウルゴラは文字通り押し潰されそうになっている。これで身動きは一切できないだろう。
「神聖術……ロストワール・ディメンジョン」
神官服を着た女性は綺麗な音色のような声でそう呟く。
幻想的な白銀の光はウルゴラを中心にして半球状の空間を作り出す。みんな、下がってと女性は言ったが、それよりも先に他の者たちはウルゴラから距離を取る。
半球状の空間に閉じ込められたウルゴラはダンジョン全体に響き渡るのではないかと思われる咆哮を上げる。それは身をすくませるほどの迫力があり、並みの人間ならば気絶していただろう。
ただそこにいる者たちは一切動じていなかった。
  
半球状の空間の中は電球が点滅するかのごとく何度も光の強弱が生じる。咆哮を上げたウルゴラのそれは威嚇するものではなく、痛みや苦しみによる叫びだった。
見たことのない魔法、ではなく神聖術だった。
レイトは魔法ならば何でも見たことがあるし、何でも使える。そういう唯一の職業に就いているからだ。
だが神聖術はてんで知らないし、使えない。
もちろん基本的な神聖術であるインクスやキュアコールならば分かる。ちなみにインクスは光の玉を飛ばし、相手に攻撃する術で、キュアコールは自分の生気を他の生命体に分け与える術だ。
こういう基本的な神聖術ならばそこらの治癒士も使用するので視認する頻度は多い。
ただ今回は別だ。こんな大規模な神聖術なんて初めて見た。なんというか、すごい芸術的で幻想的で、不思議と拍手をしたくなるような術だった。
あの銀髪の女性はどういう立場の人なのだろうか。
 
やがて光は収束していき、半球状の空間はガラスが割れるように消失していった。
そこに残っていたのは熱線にやられたウルゴラの残骸だった。
「ルーナよ、お主やるな。あんな神聖術が使えるとは。たまげたわい。わしのメソポタミアの効果が発動する前に終わるとは」
「私の神聖術も発動するのに時間が掛かるので、無事発動できたのはみなさんのおかげです」
「ムラサメよ、お前が前衛であのモンスターを止めてくれていたお陰だ」
「ええ、そうですね。ムラサメ、ありがとう。さすがは頼りになりますね」
アモン、ルーナが朗らかに笑い、長髪の男を労う。マーリンも同意というように軽く頷いた。
「問題ない。次に進もう」
ムラサメは平坦な声でそう言った。
次の瞬間、巨大な拳が目の前に映った。四人は同時にそれに気付いた。一体それが何なのかすぐに理解できたのはマーリンだけだった。しかしマーリンの魔法発動速度をはるかに上回る速さで拳はこちらに飛んできていた。
思考が停止することはないが、マーリンに初めて焦りが生じる。
  
しかし焦る必要はなかった。
巨大な拳、ウルゴラの決死の一撃はいとも容易く止められた。
「油断しすぎだ、マーリン。らしくないな」
超速再生でウルゴラの身体は元通りになっていたが、そんなものはレイトには関係がない。
超速再生できないくらい散り散りにしてしまえばいい。
最上級切断魔法レンブラント カッターを発動する。ウルゴラの上半身と下半身が瞬時に二分される。
「そんなもの!・・・な・・・」
腕、脚、胴体、頭部に切断。しかしそれでは終わらない。切断はまだ続く。
胴体を二分割、三分割。
腕を三分割、四分割。
脚を四分割、五分割。
頭部を五分割、六分割。
まだ終わらない。切り刻んで、切り刻んでもまだ終わらない。
本来ならばレンブラント カッターはこんなにも切断を繰り返す魔法ではない。レイトが行使するからこそ、こうした効力を発揮しているのだ。
四人のうちマーリンを除く三人は呆けたような顔でレイトに視線を向けていた。
マーリンは何故ここに?という訝しげな顔をしていた。
「お前の魔力が無くなれば超速再生はできなくなる。俺の魔法が終わるのが先か、お前の超速再生が終わるのが先か、どっちだろうな?」
「き、き、きさまああアアアアアアアア!!!」
「お、叫ぶ口があったのか、まだ。でもそれもすぐ無くなる」
気づけばウルゴラはミリ単位まで粉々になっていた。再生しようと欠片は収束しようとするが、その欠片の集合さえも切断される。数分間の切断劇の末、ウルゴラの超速再生は止まった。魔力が切れたのだ。ウルゴラがいたその場所には何も残っていなかった。
ウルゴラを倒したレイトは後ろを振り向いた。マーリンを除いた三人は何故か、本当に何故かレイトのことを警戒していた。長髪の男は刀を抜こうとし、銀髪の女性は神聖術を唱えようとし、お爺さんは呪術を唱えようとしている。・・・・・・何で?
「え……何?」
両手を挙げて戦闘の意思はないとレイトは暗黙に告げるが、彼らの厳しい表情は変わらなかった。
「大丈夫、みんな落ち着いて。……この人は私の知り合い」
マーリン、言うの遅いよ。もうちょっと早く言ってくれ。
彼女の一言で一応納得した様子の三人だったが、心からは信用してはいないようだ。態度や仕草でそれが見て取れる。
「あ、えー……レイト スノーヘルだ。よろしく」
「レイト、何でここに?」
「いやいや、それはこっちの台詞だぞ、マーリン。何でここにいんだよ?」
「……質問を質問で返さない」
「あ、はい、すいません」
いや相変わらず厳しいな。まあいつもと変わらない感じで落ち着くけど。
「俺は金稼ぎだよ。それ以外ないだろ?」
「……あなたくらいよ。世界級ダンジョンに来た目的が金稼ぎだと言うのは」
マーリンは呆れたように溜息をつく。ただ彼女は慣れている、レイトの規格外の実力と行動に。
「お主は一人でこのダンジョンに来たのか?」
お爺さんは俄かには信じられないといった様子で目をこれでもかと見開いている。
「もちろん。いつもそうだしな」
「……信じられん」
「ええ、あり得ないです。私たち四人でようやくここまで進めたというのに……」
銀髪の女性もお爺さんと同じような反応をしている。
「…………」
長髪の男は無表情で言葉も発していない。ただレイトの動きをよく観察している。何か不審な動きをすれば直ちに斬る、そんな風に見える。
それくらいレイトが危険人物だと認識されたということだ。
「困ったな、事実を言ってるだけなんだが」
「……みんな、彼の言ってることは本当よ。彼はちょっと、その、常識的じゃないの」
常識的ではないと言われ、否定できないくらいにはそれを自覚していた。
「マーリンがそう言うのなら事実なのでしょう。でも私たちを超える実力者だということは職業は何なんでしょうか?さっきの魔法を見る限り、魔導神しか思い至らないのですが」
銀髪の女性は自分の予想を口にしたが、それが合っているとは本心では思っていないようだった。
「職業は、言っていいの?」
「ああ、別に構わない。言ったところで何かが変わるわけじゃない」
どちらにせよ、レイトの職業は特殊だ。知られたところで同じ職業が増えるわけじゃない。というより今まで世界の歴史上存在したことのない職業なので、理解するのも難しいだろうが。
「彼の職業は鳳凰。あらゆる魔法を使用でき、無限の魔力を持つ職業」
とても簡単な説明。間違ってはいないけど、もっと色々細かいことあるよ?
そう思ったが、マーリンはわざと簡易的な説明しかしなかったのだと気付いた。
マーリンは個人的な判断であまり詳しく知られない方がいいのではないかと考えたのだろう、たぶん。
「鳳凰・・・・・・初めて聞いた職業です」
「うむ、知らん。七十年以上の人生で初めてを味わうとはのぉ」
 
「まあ今はそんなことよりもさ、あんたらはどうしてここに?」
レイトは強引に話を切り替えた。常識的な人たちだ、深追いをしてこないところは。
「ええ、私たちはこのダンジョンに眠る聖王の古文書を求めてきたんです」
「聖王の古文書?」
何それ、カッコいい。古文書なんていかす。
「治癒士にとって最高峰の神聖術が載っていると言われています」
「それがこのダンジョンに?」
「ええ、確かではないですが、そう言われています」
 
いや何度も来てるけどそんなの見たことないが。どっか隠し扉的なものがあるのか?いやそれなら俺のスキル罠関知が発揮されるはず。ってことはないんじゃね?
「レイト、ここに何回も来てるんでしょう?聖王の古文書らしきものは見てないの?」
「いや残念だが見てないぞ。この先には古代聖竜がいるだけだ。あとは何にもない」
レイトは自信満々に言い放ったが、ただ……と含みを持たせた。
「古代聖竜を倒した後に生まれる超魔石はマーリンには興味のあるものなんじゃないかな?」
マーリンは不機嫌にも見える顔でじっとレイトを見ていた。しかし決して不機嫌ではなく、マーリンなりの嬉々とした感情が滲み出た表情だった。
急に銀髪の女性はすみませんと謝罪してきた。何かあったかと疑問に思ったが、彼女は自己紹介していなかったことを謝ったのだった。
「ルーナ エリザキュート。世界治癒士協会の総帥を務めております」
銀髪の女性ルーナは深々と頭を下げた。
「わしはアモンじゃ。よろしくな」
「……ムラサメ」
えーと……銀髪の女性がルーナで、筋肉がやばいお爺さんがアモン、長髪の無口な男がムラサメか。
マーリン以外は初めて聞く名前だ。でも少なくともルーナは世界治癒士協会の総帥らしいから世間的には非常に有名なのだろう。レイトが無知なだけだ。
マーリン達一行は休むことなくダンジョンの奥に進もうとしていた。レイトの言葉が効いたのかマーリンが早く進もうと提案したようだった。
レイトはどうしようかと悩んでいた。ここを進むとなるとこの四人と同じ方向に進んでいくことになる。それは出来れば遠慮したい。知らない人と一緒にダンジョン攻略なんて一度もやったことがないし、絶対俺には向いてない。
「んじゃあ、俺はこれで」
「ここまで来たのに戻るんですか?」
「ああ、欲しいものは十分手に入ったし」
「……そうですか。先ほどは本当にありがとうございました。私はルージュ王国に滞在していますので、機会があれば会いましょう。その時はお礼をいたしますので……」
この人たぶんいい人だ。ルージュ王国、別に用事は何もないけど行ってみようかな。なんかマー、が横目でこっち見てる。めっちゃ怖い。あれなんか怒ってない?何で?
「ありがとう。暇があったら寄ってみるわ」
四人が奥へと進んでいくのを見えなくなるまで見送ってからレイトは彼らとは反対方向に歩み始めた。
しばらく進むと小刻みな地揺れや微かな耳鳴りがした。それが最奥の激しい戦闘の結果だというのはすぐに分かった。結果は分からない。けどマーリンがいるから大丈夫だろう。他の三人の実力はウルゴラの戦闘でしか見てないので打算できないが、マーリンの実力は誰よりも理解しているという自負がレイトにはあった。マーリンの力だけを考慮したとしても古代聖竜を討伐することは十分可能だろう。
ダンジョンの入り口が見えてきた。光が見えてきた瞬間、レイトの歩みは軽やかになってきた。自分でも分からないうちに気を張っていたのかもしれない。いつもそうだ。ダンジョンから外に出るとき、深い森や古代遺跡の探索を終えて帰るとき……不思議と体の筋肉が弛緩する感覚を抱くのだ。仕事を終えた達成感から来るものなのか、それとも微弱な恐怖を心が感じていたからなのか、全てが答えのような気もして全て違うような気もする。何が真実なのか自分のことでも分からない。
レイトはダンジョンから外に出た。いつも通り鉄蝙蝠は地面に転がっていった。
すーはー、すーはーと何度も外の空気を旨そうに吸う。
ふとしたきっかけで自分が何なのか考えてしまうのはレイトが今の職業になってからだ。以前はそんなことはなかった。
鳳凰になったことで得られたのは圧倒的な孤独。それがこの思考を生み出しているのだろうとレイトは考えている。答えが出ない問いを何度も思案するのにも慣れたし、付き合っていかなければならないことなのだと割り切ってしまえば鬱にもならない。
レイトは切り替えて皇帝獅子の爪を買い取ってくれるポルト商店に向かうことに決めた。
ポルト商店は目的地であるアルキメデス大帝国の内部にある店だ。ひっそりこっそりと経営されていて、存在を知らない人も多いらしい。
  
転移魔法で行けばすぐにつくか。
念じると一瞬にして存在が移動する。
まるで最初からそこにいたかのようにアルキメデス大帝国の入り口にレイトの姿はあった。目の前に立ちはだかるように聳える巨大な石門。
人がいきなり目の前に現れたら驚くのが普通だが、人の波が激しく、行き交う人々は転移してきたことに気付いていない。
大勢の人の声が鼓膜をこれでもかと揺らしまくる。ある意味、ここは戦場だ。
  
門を抜けて内側に入るのが億劫になってきた。気分は決して良くない。でも時期に慣れるだろう。いや慣れるのか?
まあ、人間なんていうのはそういう生き物だから大丈夫か。
レイトはこれから目に入るであろう人混みに感情を少し殺しながら門の内側へ一歩を踏み出した。
  
 




