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鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
15/15

合 流

  広い屋敷ではあるけども、二時間も掛かるほどではない気がする。

  レイトは一時間で問題なく終わるだろうと考えていたが、甘かったようだ。何かトラブルでもあったのだろうか。もうそろそろいいだろうと思い、レイトは屋敷の中に入った。部屋を見て回ったが、手強そうな魔物はいなかった。あいつらが苦戦するとしたらグレゴリアくらいか?何でこんな屋敷に魔物が、特にグレゴリアがいるのだろうと疑問だったが、逆に考えればこれが魔物が人為的に召喚された証拠でもあるということだ。

 屋敷を一通り見終わったが、アリア派は忽然と姿を消した。どこにもいない。どこに行ったんだ、本当に。

 屋敷内に変わったところは何もなかった。となれば何か魔法が使われたのかもしれない。

 鳳凰のスキルである「絶対感知」を使用すると指定した範囲の魔法の痕跡が視覚に現れた。炎熱魔法ならば赤、氷雪魔法ならば白といったように色で全てが分けられている。赤や黄の痕跡が多く見られる廊下を抜けていくと行き止まりの部屋に辿り着く。

  あった。この痕跡が理由だろう。なんの変哲もない床であるが、破城槌の魔法が使われた痕跡がある。しかもこれは・・・


罠魔法(トラップ マジック)?へぇ、魔力の無駄もないし、破城槌と組み合わせるのは常套としてもここまで綺麗に組み立てるとは。魔力感知のスキルを持っていないと気付かないだろうな」

魔力感知は魔導士や呪術士、治癒士など魔法職に就いている人が持つことが多い。その魔力感知の最上位互換がレイトが持つスキル、絶対感知になる。あらゆる性質を感知するが、レイトのように鳳凰の職業(ジョブ)を有していなければ身体が耐えきれず、早死にしてしまうスキルだ。げんにそういう人は一定数存在している。


  調べたところ床は一度破壊され、再生されたみたいだ。希少な再生魔法を使った者がいるということだ。しかも破壊された痕をここまで残さないとは魔法の腕も一流だ。

 アリア派は地下深くに落下したのは間違いない。レイトは床を叩いてみる。等間隔に叩き続けると音が場所によって異なるのが分かった。

 空洞になっている?レイトは迷うことなく、魔法で床を消去する。破城槌のような派手な魔法は使わず、物質だけを消去した。煩わしい音をさせずに済むこの方法が一番良い方法だろう。

 真っ暗な空間がそこには広がっていた。深淵の底は一切見えない。

 よし、行ってみるか。よいしょと呟き、レイトは深淵へと飛び込んだ。

 ひんやりとした空気と湿気じみた不快な感覚を抱きながら落ちていくレイトは重力を殺し、奥底に着地する。それはそれは見事なほど静かな着地だった。

 地下にはダンジョンのような細長い空間が広がっており、左右には洋風の騎士鎧がずらっと数えるのも億劫になるほど並んでいた。

 認知しない特殊な空間であるが、レイトが戸惑うことはない。

 逆に少し楽しみでもあった。この先に何があるのか想像もできないからだ。その気持ちを抱くことはアリア派の連中に悪い気はするが、自然に湧き出る感情を抑えるのは不可能だ。こればかりは仕方がない。


 アリア派の痕跡は今のところ見当たらない。だがこの空間に落ちてきたのはまず間違いないだろう。この先に彼らはいるとレイトは誰に言われたわけでもないが確信していた。

 彼らとの間に特別な絆を抱いているわけでもないし、熱い想いを抱えているわけでもない。それでもレイトの教え子なのは間違いない。どんなに自分が屑な人間でも責任があるのは重々承知している。

 

 一本道を進んでいくと見えてきたのは背丈を遥かに超える大きさの扉。予想に反して鍵は掛かっていなかった。

 扉の先はまるで大聖堂の様相を呈していた。一目見た感想は金かかってんなあ~だ。国が主体となって作り上げた空間ではないようだ。その証拠として目の前にアースイーンが悪魔に腕を食い千切られている様子の絵画が飾られている。

 ここに来る前の一本道の床に描かれているのもアースイーンだった。興味がないのであまり深くは見ていなかったが、描かれている姿が一つ一つ違ったような気がする。

  至るところから視線を感じる。人のではない魔物の嫌な視線だ。


「魔物の巣窟だな、ここは」

 溜め息をついたレイトを取り囲むように多くの魔物が蠢いていた。

 屋敷にいたグレゴリアのような魔物はおらず、その全てがA級冒険者でなければ勝てないような強敵だ。大蜘蛛ゲシュタル、大蛇人ナーガ、黒蜥蜴ブラックリザード、数えれば切りがない。いよいよアリア派の身が心配になってきた。このレベルはどんなに幸運が重なっても彼らが敵う相手ではない。

「早めに見つけないとな。無事だといいんだが」


 大絶叫と共に襲い来る猛威にレイトは涼しい表情を決して崩さなかった。内心もまた同じように冷静だった。取り乱すことはなかった。そんなことよりもこの空間にある数ヵ所の扉に意識を向けていた。何かの組織の秘密基地のような場所なのかもしれない、ここは。でもそれならば誰かしら人と出会ってもおかしくない気はするが。

 レイトは数分も経たないうちにその場にいた全ての魔物を排除した。魔法一発で魔物一匹を軽々と屠る実力はまさに鳳凰に相応しいものだった。

 消し炭にして、何もかも残さない。大聖堂のような空間にはレイトが一人で立っている状況だった。

 

 よし、調査開始。

 遠慮など皆無で二つの扉を開け放ち、どんどん探索していく。一本道てあったり、枝分かれしていたり、広い空間に机と椅子が並んであったり、さらに食堂らしき場所があったりもした。

 誰かが生活していたのは間違いない。いや埃も被っていないし、今も現在進行形で生活しているようだ。しかもかなりの数の人間が、だ。

「あらら、こんな時にお尋ね者ですかな?」

 急に聞こえた声にレイトは内心驚きを隠せなかった。

 背後の気配に気付けなかったからだ。まさかこんなところに認識阻害のスキルを持つ者がいるなんて……想像もしていなかったのだ。認識阻害は極めて珍しいスキルだ。ありとあらゆるスキルを持つレイトでさえも持っていないものだ。レイトはたちまち表情を崩した。面白い。帝国に来て初めてそう思った。


「あんたは?」


「まずは君が名乗るべきではないかね。年功序列というやつだよ」


「レイトだ。冒険者の教官をしている」

 素直に名乗ったレイトに目の前の年寄りは意外感を露わにした。

「わしはアンノウンのお目付け役みたいなものだ。カゲロウという」

 カゲロウは食堂の勝手を知っているらしく、慣れた様子でコーヒーを淹れて、レイトの目の前に置いた。自らの分のコーヒーを淹れるとレイトの真向かいに腰を下ろした。

「それで……君はここに何をしに?」

「いやちょっと待ってくれ。ここはアンノウンとかいう組織の根城なのか?」

「おお、そうだぞ。何だ?知らないで来たのか?まあ知ってて来る愚か者の方が少ないか……」


 アンノウンについて特段詳しいわけではないが、まさかここがその総本山で、組織の基地だとは思わなかった。というかこれは結構な大発見なのではないかとレイトは思う。

 アンノウンの幹部の素性は名前と顔だけは知れ渡っていたが、帝国のどこを根城にしているのかは全く知られておらず、指名手配しても捕まえることはおろか、姿を探し出すことすらできていなかった。

 しかしここが本当に組織の基地ならば全構成員を一網打尽にできるかもしれない。

「教えてよかったのか?」

「何がだ?」

「いやここがアンノウンの基地だと俺に教えてよかったのかと思ってな」

「はっはっは。構わない。どうせもうこの組織は長くない。この場所も数日のうちに帝国に見つかるだろうしな」

 言葉とは裏腹に優雅な様子でコーヒーを飲んでいる姿には敵意や悪意が感じられない。レイトに隙を見つけて害を与えようという気は毛頭ないようだ。ただしその態度が逆に不気味でレイトの警戒心を煽った。


「カゲロウと言ったな?ここに六人の冒険者が来なかったか?」

「ああ、来た。ああ、そういうことか……あいつらがあんたの教え子たちか?安心しろ。この奥にある牢獄に監禁されている。無事だよ」

 

 発言の全てを全面的に信じるのは無理がある。カゲロウなる人物の性格や心の奥底の考えは分からない。

 しかし嘘を言っている様子もない。参考にするくらいがちょうどいいかもしれない。


「そうか、ならそいつらは返してもらってもいいか?」

「止める気はない。止められる気もしないしな」

 

 カゲロウは優雅にコーヒーを飲み、既にレイトを意識から外しているようだ。帝国の人間ならば聞きたいことが山ほどあるだろうが、レイトはあまり興味がなかった。アリア派の全員とリディアの無事を確認するのが今一番大切なこと。

 レイトが食堂から出ていく時もカゲロウが行動を起こすことはなくどこか諦念したかのような空気すら感じた。

 食堂を出て、カゲロウが言っていたように奥の通路を進んでいく。警戒を緩めることはなかったが、意味がないのではと思ってしまうほど誰もいない。

 無機質な通りを抜けると錆びついた金属の扉が見えてきた。

 しっかりと鍵を掛けており、錆びついている割に頑丈でビクともしない。ただそれは物理的はの話だ。

 魔法を使用すれば何ら問題なく解除はできる。

 容易く扉を解錠し、中に入る。より深い場所に繋がる階段がそこには続いていた。

 正直まだ続くのかというのがレイトの偽らざる感想だったが、こればかりは仕方がない。多少駆け足になりながら階段を下りていく。

 するとようやく広い空間に出た。鉄格子が見えるから間違いなくここが監獄だろう。ただ普通の監獄ではないのはすぐに悟る。

 そこはおよそ建物の三階ほどまで吹き抜けになっている空間であり、四方八方の前面に鉄格子の空間がずらっと並んでいる超巨大な監獄だった。

 一つ一つの牢屋に人間が囚われている。既に息絶えている人もいれば、まだ入ったばかりなのか小綺麗な恰好をしている人もいる。

 レイトの姿を見た人は怯えるか、はたまたは助けてくれと叫び狂っていた。

 まさに地獄絵図。不衛生な環境と不安定な心理状況が人格を壊していく。狂気な実験でもしているのかと疑ってしまうほどだ。

 人の声による騒音でアリア達がどこにいるのか聴覚から探すのは困難だった。かといって視覚から探そうとしても膨大な時間を要してしまうのは自明の理。

 ここはやはりレイトの得意分野である魔法に頼るしかない。

 レイトは絶対感知と完全記憶のスキルを組み合わせてオリジナルの固有スキルとして魔力記録マジック ログを使用する。

 これは目にしたり感じ取ったことのある術者の魔力を脳内に記録し、好きな時に好きな場所でその術者の魔力位置を特定できるというもの。まあつまり脳内に記録さえしていれば術者が今どこにいるのかを察知できるということだ。

 魔力記録マジック ログを使用した結果、アリアの位置が示される。 


「お、こんなところにいたか。大丈夫、そうだな。怪我はなさそうだ」

「よかった!来てくれたんですね!レイト先生!」

「そりゃあな。無事を保障する責任があるからな」

 ここ数日の関係だが、今まで見たことがないほどに不安な表情を浮かべているアリアの姿に早く他の奴らも助けてやらないといけないと急く気持ちになる。


 牢屋は特殊な魔力で頑丈に施錠されていることに加えて呪術も付与されており、脱獄するのは容易ではなさそうだった。

 しかしこれもまたレイトにとっては何の障害にもならない。

 すぐに全ての術を解除し、アリアを牢屋から出した。同じように他のメンバーも探し出し、牢屋から助け出していく。一様に不安な表情は拭えないでいる。

 それにしてもこの牢獄で侵入者を囚人のように捕らえているのは何故なのか。もちろん侵入者だけじゃなく、地上に暮らす人たちもここに捕らえられている可能性も否定できない。レイトの頭にある小さな引っ掛かりが大きな確信へと変わっていく。人体実験……ヒックスの住まいで見た光景……アンノウン……


「リディア、大丈夫か?」

「はい、なんとか。レイトさん、ここはどうやらアンノウンが長い年月を掛けて作り上げた地下街らしいです」

「アンノウンが作った基地だとは知っていたが、地下街?ということはここ以外にもたくさんの空間が存在するってことか?」

「そういうことになりますね」

 アンノウンという組織についての危険度をもっと上方修正しなければならないようだ。

 アルキメデス大帝国に強く根付き、国を犯すほどに巨大な組織となっている。そしてそれに帝国は気付いていない。国を本当に崩壊させる力を持つということに……


 レイトは片っ端から牢屋を開け放っていく。解除して解放して、解除して解放してというのを何度も何度も繰り返して。

 最初はそんな気はなかったが、アンノウンがこれ以上蔓延るとレイトの邪魔になる。それは目的の障害だ。ただでさえ魔神討伐とかけ離れた生活を送っているのにこれ以上時間を掛けていては始まらない。

 群がるように我一番と監獄から飛び出していく人々。立つことも出来ず、ぐったりと横になり動かない者もちらほらいる。

 酷い環境に心身共にすり減らし、人格すら変わってしまうこともある。それを考えると比較的短い時間で彼ら六人を助け出せたのは幸運だったと言えよう。


「レイト先生、急ぎましょう」

「どうした?」

牢屋から解放されたミッチェルが深刻な表情で急かしてくる。

「アンノウンの幹部が総出で帝国の中心部にのりこむという話を聞きました。しかもその日が今日です。今日がその決行日だと」

「わかった。なら急ぐぞ」


「ひでぇめにあったのに、まだ続くのか?この災難が」

 ガントは愚痴をこぼせるくらいだから精神的に問題ないだろう。隣でまあまあと励ましているトウマも大丈夫そうだ。

 アリアとミッチェルも目に力がある。困難に負けないやる気を感じる。

 問題はモモだ。彼女は精神的にも肉体的にもダメージを負っている。努めて笑顔を浮かべているが、今回の体験が彼女にとって厳しいものだったのは想像に難くない。

「無理はするなよ、モモ。少し休め」

「い、いえ、大丈夫です」

「モモ、顔色も良くないし、レイト先生の言う通りにしたほうがいいよ」

 気持ちとしては皆と共に行きたいと考えているが、身体に溜まった疲労がそれを許さない。

「リディア、申し訳ないがモモを頼む」

「ええ、分かりました」

「みんな、俺の傍に来てくれ」

 全員がレイトの周囲に集まる。するとすぐに魔法陣が地面に浮かび上がる。

「これは?」


「初めてか?転移魔法は。まあ経験しとくのも悪くないさ」

 次の瞬間には消失し、目の前に見えたのは南の白鶴亭だった。

 急に環境が変わってレイト以外は目を真ん丸にして驚いていた。


「急に魔力を感知したと思ったらレイトだったんだね」

 南の白鶴亭の入り口前に腰かけていたのはミラだった。どうやら転移魔法の魔力がここ南の白鶴亭にスポットされたのをすぐに察知して待ち受けていたようだった。

「何か良くないことが起きてるみたいだね?」

 地上ではまだ騒ぎになっていないのか。中央区ではないからか。至急向かって状況を確認する必要がある。何が起きているかミラにも伝えた方がいいかもしれない。


「……アンノウンが動き出した?そうか、ならこうしてはいられない」

「お、お母さんも中央に行くの?」

「ふふ、ミッチェル、慣れないならミラさんでもいいよ。ええ、中央区に行くわ。アンノウンはこの手で終わらせたいからね」


「そういうと思ったよ。さっきも言った通り、リディアはモモを頼む。ミラ、シェイラはどこに?」


「買い出しに行ってる最中。もうそろそろ帰ってくるとは思うけど」

「あら、どうしたの?こんなに大勢で」

 シェイラの声がタイミング良く聞こえてきた。ちょうど買い出しから戻ってきたようだ。レイトはシェイラにも同じことを話した。


「ミラは中央に?」


「ええ、もちろん。これは譲れない」

  

「止めるつもりはないけど、十分注意して。ヘルスピアはもういないけどアンノウンが危険なことに変わりはないから」

 

「わかってる。もうあんな思いはしたくないから」

 ミラの目には強い意志が宿っていた。シェイラはなおも心配そうではあったが、これ以上はミラの覚悟に失礼だと思ったのか、何も言うことはなかった。

「私も行く……から」

「ミッチェル?」

「冒険者だから。このまま黙っているわけにはいかない」

 

 アリア派のようなまだ駆け出しと言える冒険者でも国の危機となれば困難に立ち向かわなければならない。その元凶がまるで歯が立たないような存在でも、だ。

 今回は特にそうだ。アンノウンは帝国が最も危険視している闇の組織であるが、そのトップに君臨する幹部たちが直接表に出てくるなんてことは滅多になかった。もちろん皆無だったわけじゃない。幹部が暴れ回った後は兵士の死体が山のように連なるのが常だ。

 A級冒険者でも歯が立たないような存在と戦うことになる恐怖をミッチェルはじめアリア派が感じていないはずがない。それでも自分達が帝国で活動する冒険者なのだという思いは少なからずあった。

 

 ミラも元冒険者であるから、もちろんそれは重々知っている。

 彼女らの目を見れば覚悟を感じ取るのはそう難しくはない。ここでその覚悟を貶めるような言葉を発することはミラにはできなかった。

 

 ミラを含め、モモが抜けたアリア派の面々とレイトはすぐさま転移魔法で中央区に飛ぶ。

 すぐに煙が上がっている光景が目に入った。既にアンノウンとの衝突は始まっている。レイトは逃げ遅れた貴族たちがいないかどうか辺りを見回るようにアリア達に指示した。中央区の住人のほとんどは貴族だ。自らの名声を象徴するような家や装飾品を手放すまいと離れずにいる奴らもいるかもしれない。個人的にはそんな奴ら放っておけと思うが、帝国に恩を売るには丁度いい機会だ。


 固い地べたに突っ伏した状態で動かずにいる帝国兵の姿が至るところにある。魔力の痕跡からして複数の人数がこの場にいたようだ。

 この通りの先には皇帝陛下が住まう帝城がある。おそらく、いやまず間違いなくアンノウンの連中は帝城に向かっていっただろう。争い合う音は今のところ聞こえてこない。

 レイトは帝国兵には目も暮れず、帝城に向かって走り出した。

 それよりも先行してミラは帝城の方へ向かっていた。気付けば豆粒のようなミラの背中しか見えなくなっていた。

 周囲の観察が疎かになっているのは多少心配ではあるが、そこはこっちでカバーすればいいかとレイトは楽観視する。

 帝城に向かう本通りを走ること数分、いきなり真横に立っていた家屋が爆発した。文字通り爆発したのだ。

 瓦礫と一緒に飛んできたのは人間だった。女性が少年を抱き締める形で守っている。レイトは咄嗟にその二人の飛んできた勢いを殺すよう魔力のクッションで

守り抜く。あらかじめ魔力を練っていたため、展開するのは一瞬だった。地面や飛んできた瓦礫が魔力の衣に弾かれ、乱雑な音を鳴らす。


「ちょっとド派手にやり過ぎちったかな?ん、おっとっと?誰だ、あんた?見たところ貴族ってなりじゃないが」

 紅色の髪に、紅色の双眸、そして頬に刻まれる一筋の傷。鎧の下からでも分かる鍛え上げられた隆々とした筋肉。

 見るからに年上だが、衰えが出るような年ではなさそうだ。


「あんたはアンノウンの最高幹部か?」


「訪ねる前にお前が名乗れ、っていうほど俺は意地悪じゃないんだよな。ワンフーならそう言うだろうな。ああ、すまない。俺はレックス。アンノウンの最高幹部の一人だ」

 何やら一人でぶつぶつと話していたが、やはりアンノウンの最高幹部らしい。

 話ができるくらいには冷静だし、意志疎通も問題ない。正直そういうのすらままならない奴らの集まりがアンノウンだと思っていたので、意外ではあった。


「一応名乗っておく。レイトだ。アンノウンは何をするつもりなんだ?」


「あんたは生き辛いと思ったことはないか?」

 答えを期待しての問いではないようでレイトが言葉を発する間もなく、言葉を紡ぐ。

「貴族、平民、そして貧民。言葉で表すのは簡単だ。でもそこに生きている人間に変わりはない。命に大小はない、神の前では全てが平等である。大聖女アースイーンはそんな言葉を残したと言われている。だが、本当にそうか?」


 帝国についてレイトが学んだ時に最初に覚えたのが大聖女アースイーンだ。それほど帝国民にとって崇拝する存在であり、同時に心の中にいる身近な存在なのだ。


「この国の貴族制度がある限り、俺たちみたいなのは生まれてくるぞ?」


「そうか、お前達にもお前達なりの信念があるんだな。それが聞けたのは良かったよ。もう少し聞きたいんだが、そうも言ってられない。皇帝の命を狙ってるんだろ?」


「貴族制度の頂点の存在だからな。人の上に人がいるなんてことはあっちゃいけない」


「そうか。なら止めないとな。皇帝に恩があるわけでもないんだが、こっちも事情があるんでね。帝国に恩を売っとかないとダメなんでね。続きの話は牢獄で聞かせてもらうかな」

 アンノウンが思ったよりも理性的な存在であることがわかったのは興味深かった。帝国への不満、不平等に対する反抗心からアンノウンは組織されたのだろうな。レックスと名乗る男の強い意志は感じ取れたが、それが組織の共通した目的かどうかは今のところ定かではない。

 しかしだからといって、はいどうぞと皇帝の首を取らせるわけにはいかない。


 レックスは腰に携えた刀を抜き放つ。銀光を放つその鋭刃の切先はレイトを狙い定めている。

 どれだけの肉を断ってきたのか想像もできないほどレックスの刀は冷たかった。

 沈黙をそのままにレックスは刀身にそっと触れ、優しく撫でる。風が生まれ、まるで意思を持ったかのように刀に纏わりついている。

 風の刃がまるで蛇のように動き、レイトの方へと向かっていく。視認できるほど凝縮しているということは巻き込まれたらタダでは済まない。

 だが狙いはレイトではないようだ。どうやら風の動きがレイトの後方に向かっている。母と息子と思われる二人。貴族なのは間違いない二人。

 風の刃はうずくまった親子に届くことなく霧散した。 

 一応守ってみた。真っ二つになる人間の死体が二つも転がることになるのはなにぶん気分は良くない。

「邪魔をしないでもらいたいんだが……そうも行かないのかな?」

「そんなに恨みがあるのか?この親子に」

「はは、いやいやそんなことはない。個人的な恨みはないが、そいつらは貴族だ。貴族は全て始末しないとな。貴族の血を残してしまえばまた新たな階級制度を生み出す輩が出てくるだろう?」

「階級制度か……あんたらが貴族を始末したら帝国の上位階級にはアンノウンのあんたらが就くんじゃないか?」

「どうだろうな。それはないと言っても信じてもらえないだろ?国民が国民の代表を選択し、国を統治していく。決して代表になった者が王政のような権力を持つことのないような仕組みを作り上げる。アンノウンが中心となって必ず作り上げる」

 熱弁を振るうレックスにレイトの心は一ミリも動くことはなかった。彼らが新たに造り出そうとしている国がどういったものなのか、それが現体制と比べてどちらが文明として進歩しているのか、後になって見なければわからない。ただひとつ言えることはここまで多くの犠牲を出した上で造り上げた新たな国に未来などあるのかということだ。


 レックスは信じて疑わない。多くの罪無き屍の上に本当の平等で平和な世界が訪れると。

 自分に酔ったかのように新たな国の未来を語っていたが、途中でひとつ息を吐く。

「……とまあこんなことをお前に言っても仕方がない話だな。すまない。戯言として聞き流してくれ」


「どちらでもいいが、この二人を殺させるわけにはいかない。俺の目が届いている間はな」


「……そういうと思ったよ。俺たちの思想が響くことはない。やはり根本から変えていかなければ意識を変えるなんて不可能なんだ」


 悲観的な言動のなかに苛立ちが混じっている。自分たちが示す思想が国民に深く知れ渡っていかないことにもどかしさを感じているのだ。

 正当と言えるかどうかは分からないが、国の不満を抱えている国民達を言葉で先導し、新たな勢力を作り出すのが常套のはず。なのにもかかわらず、殺戮を第一に考えるのは自信の無さの表れだろうか。


「レイトといったか?お前は見たところ貴族ではないようだが、面倒な障害になりそうだ。ここで始末しなくてはならない」


「まあそうなるよな。というかそうなると思って俺もあんたと話してた」


「すまないな」


「何で謝る?」


「お前に罪はないからな。全く関係のない人間だろ、君は」


 罪とは何だ。貴族は罪で、平民に罪はないということか。本当に貴族を目の敵にしているようだ。正直気持ちが分からないわけでもない。貴族はろくでもないとレイトも思う。ただもちろんそれも一つの偏見だと理解している。真っ当な人も多くいるのも知っている。帝国ではない違う国の話ではあるが。

「もうどっちでもいいよ。俺はこの母親と子供を避難させてから帝城に向かう」

 

 レイトは有無を言わさず、魔法を行使する。

 レックスの表情は剣のある表情に変わり、弛緩していた空気も張り詰める。

 戦いの火蓋が切って落とされた。





  


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