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鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
11/15

屋敷探索

  ああこんなにも満開の花畑を見るのは何時ぶりだろうか?私は真横に視線を向ける。車椅子に乗っているイリアもこちらを見て花畑と同じような笑顔を浮かべていた。

  綺麗な風景に心が洗われる。いや本当は気付いてる。違う、隣にイリアがいるからこそ私の心は澄んでいるのだと。

 恥ずかしながらその気持ちを言葉にすることはなかった。後悔はない。別に口にしたからといって自分のなかの気持ちが変化し、儚く散っていくわけでもない。

 この時間がいつまでも続けばいいのに。私は小さくそう呟いた。それはほとんど無意識であった。

「私も」

 イリアは笑顔でそう言った。

 イリアはいつも笑顔だった。笑顔でいてくれたと言った方がいいだろう、こんな私のために。出会ったときによく笑う女性が好きなんだという私の言葉をずっと実践してくれていた。その言葉以前よりもよく笑うようになったのですぐに気づいた。

 本当に愛らしい女だった。

 

 夢のような現実の花畑の風景を思い出し、頬を一筋の涙が伝っていく。

 ルビオ アンティークは薄暗い部屋の中から青空が広がる窓に虚ろな視線を向ける。真っ白に染まった雲がまだら模様を装飾し、のんびりと漂っていた。


 何度も何度も思い出しては微量の涙を流す。流した分だけ気持ちがすっきりするかと思ったけれど、決してそんなことはなかった。

 イリアはもうどこにもいない。あの華やかな笑顔だけが脳裏に焼き付いて、彼女の姿はもうこの家の中のいつもの場所にもない。

 私はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋を出る。幅の広い螺旋階段を降りて細長い廊下を奥に奥に進んでいくと、古びた扉が目の前に見えてくる。

 そこは綺麗に掃除されていた生活感が薄い部屋だった。

 ベッドは綺麗に整えられており、使った形跡は見られない。もう数年の長い間使われていないというのが真実だ。

 部屋の奥には腰ほどの高さの金庫がある。魔法の金庫だ。なかなか高価な代物でおおよそ100ゴールドする。

 番号を登録し、それを入力することで開閉を可能にする魔法道具で、駆け出しの冒険者には手の届かないものだ。

 私は番号を入力し、ロックを解除する。ゆっくりと金庫の扉を開くとそこにあったのは紫紺の光を放つ魔本だった。

 いつもの日課として肉眼で魔本をしっかりと確認した。今日も無事に金庫の中にある。

 この魔本があればイリアを感じられる。私がまだこの世にいられるのはこの魔本のおかげだ。繋いでくれるもの……見るだけで安堵する。


「予想通りその中にあったんだ。いやはや単純」

 突如として声が聞こえた。

「何者だ!いつからそこに!」

「ついさっき」

見知らぬ人間が視界に現れた。おそらく透明化の魔法を使用していたのだろう。しかし何故こんなところに。何の用があって屋敷に忍び込んだのだろうか。

「何が目的なんだ?って顔だな。それ、その魔本だよ。それ夢想の魔本だろ?」

「知っているのか?」

「うちの上司がここにあるって言ってたからな。それ以外ないだろ?それとも他に魔本があるのか?この屋敷に]

亡き妻は魔導士だったが、私は職業ジョブを取得していないただの一般人だ。目の前にいる侵入者をどうにかできるとは到底思えなかった。

 それでも近場にある箒を手に取り、構える。ほとんど衝動的な行動だった。

 それでどうにかできると本気で思ったわけじゃない。ただ何も抵抗しない選択などなかった。

 ギュッと素材の木が軋むくらい力みながら私は相手の出方を伺う。魔法は全くだが武道は子供の頃に多少経験している。それしか今の心の拠り所はなかった。

 そんな私の姿を見て、侵入者は本気か?冗談だろ?といった感じで嘲笑っていた。

 弱者の最後の抵抗だと、そう思っているのだろう。私は心の中で苦笑する。まさにそうだったからだ。

 何か秘密の力を隠しているから強気でいれる?いやそんなことは一切ない。私はただの弱者だ。

 ならば何故ここまで冷静でいられるのだろうか。自分でもそれは疑問だったが、すぐに悟る。私に残されている物など何もないからだ。地位も名誉も全て捨てた。そして何より最も大切な存在は三年前に病で他界した。

 この世に未練などない。この世に残る必要もない。

 生きることに執着がないからこその無謀さだった。

「別にあんたを殺せって命令は出てないんだ。ただその魔本だけ回収しろって話だからな。でもなんかやる気満々みたいだな、そっちが」

 そんなことを言いながら侵入者は確実に私を殺そうという意思を隠していない。数々の歴戦を潜り抜けたような冒険者でも何でもない一般人の自分が感覚で分かるくらいだから、その快楽的な殺意を隠す気もないのだろう。

「……うーん、あんたの眼を見てるとやる気は削がれるな。生きることを捨てた眼をしてやがる。そういう奴を殺してもつまらないんだよな。もっと生きることに対して強い欲がある奴を殺すのがいいんだよ。そういう奴の最期の絶望しきった顔を見るだけで射精しちまう。男でも女でも。……まあ出来れば女がいいがな。それも肉感的な美女がいい。うん、そうだ。そういう奴じゃないとな。……何で俺の担当になるところはおっさんなんだよ!ああ!意味わかんねぇよ!糞が!」

 情緒が不安定になった男はボサボサだった髪をかきむしる。

 病的なまでにギラついた視線を私に向ける。その視線に睨まれるだけで心臓を刃物で貫かれた苦しさと痛みと恐怖を同時に感じた。

 どす黒い鋭利な刃物が左胸に刺さっている。その状況を冷静にじっと観察している自分がいた。

 普通なら数秒後には死んでいるような怪我だ。でも意識ははっきりしていた。よく見ると血は出ていない。この致命傷で血が出ないなんてありえない。いったい何が起こっているんだ!?

 そんな心の中を巣食うような歪んだ笑みを浮かべた男の顔を見たのを最後に私の視界は闇に包まれた。

 

 


――――――――――――――




  アリアは屋敷の前に立つ。こんなにも巨大な建築物に住むとは一体どんな感覚なのだろう。三年経ってもどこに何の部屋があるのか覚えられる気がしない。そもそも掃除はどうするの?掃除するだけで一日が終わりそうだけど。ああでもこういう場所は清掃員を雇うのが普通なんだと気付く。アリアの思考が次は見知らぬ人が家に入るのは嫌じゃないのだろうかという疑問を考えはじめていた。堂々巡り。アリアは強く首を横に振って無駄な思考を振り落とす。

 真横でははぁ~スゲェ~……と茫然とした様子で屋敷を見つけるガントの姿があった。アリアとほとんど同じ反応だ。おそらくほとんど似たようなことを考えているのだろう。

「ここがそのあんてぃーく伯爵だかいう人のお屋敷?」

「そうよ、ミミは知らないみたいね。アンティーク伯爵のこと」

「あ、すみません。あんま興味なくて……てへへ」

「まあそんなもんよ、普通は。ルビオ アンティーク。アンティーク家三代目当主で、非常に博識な方だったらしいわ」

「リディアさんも会ったことないんですか?」

「ええ、人づてにそう聞いたことがあるってだけ。貴族と顔を合わせる機会はそうないからね」

「へ、貴族なんてみんな糞だろ」

 ガントが吐き捨てるように言った。トウマもそうだねと概ねその発言に理解を示す。

 アリアもそれには同意見だった。貧民街で生まれ、その街のとりわけ容姿が端麗な女性やスタイルが魅力的な女性を半ば強姦に近い形で犯している貴族の姿を偶然見つけた時、その女性の絶望を浮かべた表情が脳裏に焼き付いて離れない。アリアの貴族への憤りは確固としたものになった。

 その後の人生でも貴族の貧民からの詐取は酷く、幼心ながらアリアの心に傷を付けた。

 

 嫌な出来事を思い出した。過去を振り返ると絶対に脳にこびりついた腐った貴族が浮かび、自然と殺意を抱いてしまう。アリアは頭を振って今やるべきことを確認する。

「この屋敷の中にある金庫を持ち出せばいいってことだよね?」

「そう。気を引き締めていきましょう」

 ミッチェルの言葉に一同は大きく頷いた。

 トウマ、ガントを先頭に鉄柵の門をゆっくりと開け放つ。屋敷の扉まで右方向に曲がる道が続く。廃墟になっていると聞いていたが、左右に広がる庭には雑草は生えておらず、綺麗に整えられている。この外の敷地だけ見ればこの屋敷に誰も住んでいないとは思えない。

 誰かが手入れをしているということか。でも誰がそんなことを。

 黒ずんだ赤レンガの小道を渡りきり、屋敷の扉の前に着く。後方を常に確認しながら扉の取っ手に手を掛ける。

 ガチャ。鍵は閉まっていない。

 ガントが扉をそっと開け、まずトウマが抜刀しながらすべり込む。睨みを効かせ、周囲を絶えず警戒する。異常はない。リディア、ミミ、ミッチェル、アリアそしてガントの順で屋敷に侵入する。

 玄関は円の形状をしていて、五つの扉があった。玄関は吹き抜けの空間になっていて、天井はガラス張り。そこから入り込む日差しが玄関を照らしていた。室内に入ると今ここに人が住んでいないと理解できる。生活していれば生じる汚れではなく、何も手を付けていないからこその汚れが至るところにある。そして何よりも肌寒く、空気が湿っている。一切喚起をしていなかった証拠だ。


「で、どっから行くよ?」

「一番左から。適当に選んでいくと後々分からなくなりそう」

「そうね。それがいいと思う」

 リディアがアリアに賛成の意を示す。

 玄関の時と同じようにガントが扉を開け、トウマが入り込む。

 長い廊下が続く。すぐに違和感を抱く。

「窓……ないよね?」

 そう……ミミの言うように窓が一切ないのだ。屋敷を外から見た時は間違いなく窓が連なっていた。ここがその廊下だと位置から考えてそう思ったのだが、違ったのだろうか。

 廊下は四人くらいが横一列に並んでも余裕があるほど広く、床は赤く染まった畳だった。

 真っ赤に染まった畳など見たことがないが、インテリアとして貴族に人気なのかもしれない、アリア派はそうとしか思わなかった。 

 しかしリディアは違った。

「みんな、下の畳……これ血だ。血で全部染まってる」

 全員が視線を下に向ける。

 その瞬間三日月状の刃が四方から飛んできた。

 四肢を切り落とすであろうその威力と速さにアリアは反応できないでいたが、リディアは違った

 リディアは即座に半球状の障壁で全員を囲い込む。障壁を構成する速さは飛んでくる刃よりも上で、カキンカキンと刃が弾かれ、周囲に散らばった。

 一瞬の出来事で、思わず息を止めていたアリアはすぐに呼吸を再開した。

「油断しちゃダメ!ここはもう魔物の住処だよ!」

 重々理解はしているつもりだった。でも対応できなかった。本当の意味で危機が迫らないと無理だった。それがC級の冒険者の甘さなのかもしれない。

 リディアは障壁の中で魔法を行使する。屋敷の廊下に暴風が吹き荒れるとインビジブルで姿を消していた魔物が肉眼で鮮明に確認できた。

 牛のような角を持つ人型の魔物。二本足で立ち、顔の周りには白い髭がこれでもかというほど生えている。遠目からなら人間と間違える者もいるだろう。


「あれは何の魔物だろう……?」

「グレゴリア……ルト大森林にも生息する魔物よ。ただそうだとするとこの依頼、やっぱりC級冒険者へのものじゃないわね」

 ルト大森林はアルシェ大平原の南に位置する森林で、訓練で何度か入ったことがある。

 最奥の方はC級冒険者の立ち入りが許可されていない。よってアリア派はグレゴリアに出会ったことがない。リディア曰く、グレゴリアはルト大森林の最奥で姿を見られるらしい。今まで経験してきた相手よりはずっと強いとみられる。

「姿を消すのは厄介ね」

「何かしらの刺激を与えればすぐにインビジブルは解ける。あすすめはさっきみたいな風魔法よ」

「アリア、聞いた?風魔法で炙り出して」

「うん、大丈夫。聞いてた」

 体内の魔力と外界の魔力を混合させる。うねるような魔力の気流を己のなかに感じ取る。

 アリアはすぐに魔法を行使する。刺激を与えるだけでインビジブルは解ける。ということは別に魔法の威力は関係ないということ。ならば……

 風魔法 突風を発動する。廊下を一方向に突風が吹き荒れ、正面にある扉を叩きつける。

 グレゴリアの数はこの廊下にだけでも全部で四体。

「トウマ、ガント!お願い」

「へ、ようやく来たな!待ちくたびれたぜ!」

 ガントは張り切って障壁の外に飛び出していく。

「ミィちゃん、一応準備はしといてね」

「ええ、了解よ。いつでもオーケー」

 

 アリアはミミに視線で合図をする。ミミはすぐにその視線の意味をくみ取る。

 ミミは器用になんでもできるタイプではない。それは本人も自覚しているし、改善しようと努力もしている。

 現段階の自分に何ができるのか、今はそれだけを考えてミミは行動している。

 付与術士として一番得意な魔法である攻撃上昇ライズ アタッカーをトウマ、ガントの順に掛けていく。

 それを確認したアリアは前衛の二人の一挙手一投足を見逃さない。未だ隙だらけの攻撃陣のサポートをする必要がある。

 

 グレゴリアは歓喜にも似た叫び声を上げながら鉄の刃を何本も投げてきた。両腕を振るう毎に何もなあい空間から鉄の刃が生成される。錬金術の類だろうか。今は気にしている場合ではない。

 不規則でがむしゃらな攻撃だが、あまりにも手数が多い。躱すにも限度がある、そう判断した。

 アリアはグレゴリアの腕目掛けて瞬火球ヒート ボールを放つ。火炎球ファイア ボールよりも威力は若干劣るが、速度は桁違いだ。この状況なら躱される可能性のある火炎球よりも当たる確率が高い瞬火球を使うべきだ。という思考に素早く至った。それが最善の解なのかは分からないが、今は自sんを持ってやるしかない。

 掌から放出された砲丸ほどの大きさの火球は狙い通りグレゴリアの右腕に直撃した。

 これまた予想通り相手の動きを鈍らせるのには十分だった。

 鉄刃の怒涛の雨がわずかに弱まったところをトウマは見逃さない。軽い足取りでグレゴリアの懐に入り込み、刀を突き刺す。

「空蝉!」

 トウマが最近会得したと話していた剣技。ただの突きではあるが、魔力を極限まで切っ先に集中させた鋭い一撃で、分厚い鉄板の壁ですら容易に貫いてしまうほどの威力があると言っていた。剣技を発動するまでの時間は一秒ほどで、トウマの剣技の中では比較的早い方なので、使い勝手もいい技だ。

 試してみたいという気持ちもおそらくあったのだと思う。それはどんな職業ジョブでも変わらない。侍の剣技も魔導士の魔法も同じだ。

 グレゴリアは身体を貫かれて悶絶した表情を顔に張り付けていた。

 刀を抜くと傷口から噴水のように溢れ出る鮮血をトウマは華麗な身のこなしで避ける。

 止めだとばかりにアリアは火炎球ファイア ボールを放つ。いつもよりも魔力を込めて作り出した火球は巨大バルーンのような大きさまで拡大していた。

 燃え盛る赤炎が屋敷の廊下を燃やし尽くす。あ、まずい……と思ったが魔法を放った後では手遅れだ。

 やれやれとばかりにリディアは屋敷の廊下の全面に薄い障壁を張り巡らした。隙間なく緻密な障壁にアリアは感嘆の声を漏らす。

 その障壁のおかげで延焼することなく、廊下にいたグレゴリア達を黒焦げにすることができた。

「あっぶね!アリア!やりすぎだっての!俺たち障壁の外にいんだからそこんとこ考慮しろよ!」

「あ、ごめん」

「あ、ごめん……っじゃねぇよ!絶対忘れてたろ!」

 ガントは焦りを見せていた。その隣でトウマがまあまあと宥めるような手振りをしている。

「みんな、まだ油断しないで。終わりだとは限らないよ」

 リディアの言葉に全員が周囲に警戒の視線を向ける。先ほどと同じように風を起こしたり、火の玉を飛ばしたりして空間に刺激をもたらすが、何かが姿を現す様子はない。どうやらこの長い廊下には何もいないようだ。

「姿を隠した魔物は厄介ね。リディアさんがいなかったら本当にやばかった」

 ミィちゃんの言う通り、アリア派だけでは確実にグレゴリアの餌食となっていただろう。個体の強さはそうでもなかったが、やはり姿を隠すインビジブルの魔法が厄介だった。

 レイトが達成が困難な依頼を持ってきたのはアリア達の成長を無理やりにでも伸ばすため。そのための基礎は固めてきた。アリアも戦闘の基礎には自信を持っている。あとは実戦でどうなるのか。実戦となると訓練とはまるで勝手が違う。一歩間違えれば死人が出るかもしれないという緊張感が絶えず襲ってくる。今回のような初めての場所と難易度の依頼は特にそれが顕著だ。

 戦闘が終わり、心が引き締められていたのが急に弛緩する感覚がある。

 慣れない。慣れてはいけないのかもしれないけど。


 廊下を渡り、見えていた正面の扉を開く。右に曲がる廊下があるのと上階にあがる螺旋階段が目に入る。外観を見て何となくは察していたが、これは絶対に道に迷う。

 覚悟を決めたかのようにアリア達はくまなく屋敷を探索する。右の廊下の先にあったのは私室。アンティーク伯爵のものではなさそうだ。私室というか客室のような感じか。

 何なんだろう、これ。空気が違う。魔物が潜んでいるとかそういうことではない。この空間には何もいない。でも何かがいたような生活の匂いはした。


「これさっきまで誰かいたんじゃ……」

 ミミは顔を引き攣らせている。

「うん、間違いないね。この部屋少し暖かいし」

 トウマは入ってきた廊下に視線を向けたが、そこには誰もいない。

 この部屋に来るまでには会わなかった。ということは他の部屋に移動したのか、それとも屋敷からもう出て行ってしまったのか。後者の方が自分たちにとってはありがたいが。

「このまま探索を続けるのは危険ですかね?」

「う~ん……一度外に出た方がいいかもね。タイミングを考えてもギルドの人間だとは思えないし、万が一にも闇ギルドの介入だったら私じゃ手に負えないから」

 闇ギルドといえば有名なのはアンノウン。他にも多数の闇ギルドが確認されているらしいが、名前を聞くのはアンノウンぐらいだ。

 しかしどんな闇ギルドでもC級冒険者パーティにとっては恐怖の対象だ。狙われたらひとたまりもない。

 闇ギルドの連中が入り込んでいる確証はないものの、可能性が少しでもあるのなら中断するのは致し方ない。意思確認をすると素直に全員が首を縦に振った。

 同じように来た時と同じ隊列で部屋を出ようとするアリア達一行だったが、廊下に足を踏み出した瞬間、全員が同様の感覚を抱いたのだ。ふわーっとおなかが持ち上がる感覚……そう、まるで高いところから落下する時のような。

 ゆっくり時間が進んでいる?あれ……足場がない、なんで。

 アリアは自分の足が床に接地していないことに今更ながら気付く。気づいた後は早かった。重力に抗えず、暗闇の奥深くへと落下していくアリア達。湿気を多く含んだ空気が頬を下から上へ流れるように伝う。

 鼓膜を揺らすミミとガントの叫び声。視界は暗闇で全て奪われており、頼れるのは聴覚と嗅覚と触覚だが、その感覚を使用したからといって今の危機的状況をどうすることもできない。

 まだ落下する。このまま地面に叩きつけられれば死ぬ。間違いなく死ぬ。

 アリアは不思議とこんな状況でもどうするかを冷静に考えることが出来ていた。ただ具体案は全く思い浮かばない。

「リディアさん!何か衝撃を吸収できる魔法ありませんか!?」

「ある!でもタイミングが分からない!地面にいつ到達するのかが分かれば魔法の行使は問題ないけど!」

「分かりました!地面との距離ですね!」

 アリアはすぐに魔力を練り上げる。暗闇に薄緑色の発光が浮かび上がり、アリアの全員をぼんやりと照らし出す。

 両腕を目一杯伸ばし、拳を強く握る。熱魔法 紅いハイエナを行使する。

 薄緑は真っ赤な炎に変貌し、ハイエナのような形状を成形した。燃え滾る炎で作られた炎のハイエナは咆哮しながら暗闇の奥底に向っていく。すぐに火花のよう点々が視界に広がった。それを確認したリディアはすぐに魔法を行使する。もう既に準備を終え、アリアの魔法の結果を待っていたようだ。途端に受けていた重力が軽くなった気がした。浮遊している?ただその時間も長くは続かない。次の瞬間には投げ技を食らったかの如く地面に思いきり叩きつけられた。

「痛たた……」

「尻が痛ぇわ。てか、どこだよここ?」

 

 暗闇に目が慣れず、視界は何も写さない。

 かなり深い場所まで落ちたのは間違いない。それくらいの落下時間があった。

 状況を確認をするにもまずは周囲が視認できないと意味がない。アリアはすぐに熱魔法で指に炎を灯した。一瞬にして辺りが照らし出される。

 洞窟のような場所を想像していたのだが、まるで違う。なんというか人工的に作られた空間がそこにはあった。地面が大理石でしっかりと舗装されており、奥に道が続いている。

 リディアも熱魔法で提灯のような物を作ると、よりしっかりと周囲を確認することができた。

 騎士の鎧が両側に鎮座している。しかも一つや二つではない。道の両側を隙間なくずらっと並び、通る人間を値踏みするかのような視線を錯覚してしまうほどだ。

 誰もパニックを起こしていないのは救いだ。以前までの自分達だったら冷静を装っても内心は焦りと恐怖でいっぱいだっただろう。

 けれども今は状況を落ち着いて把握することができる。もちろん怖くないといったら嘘になる。逃げ出したい気持ちがひょっこりと現れて、何もかも呑み込んでしまうかもしれない。でも大丈夫。

 アリアは一つ息を吐く。

 心のコントロールはレイトさんに教えてもらっている。難しくないよ、心のコントロールが一番簡単で一番手っ取り早く強くなる方法だとも言っていた。

 

 考え方の少し変えるだけでネガティブは薄れ、ポジティブが顔を出す。二つのバランスのちょうどいいところが今のアリアの平常心を形作るものだ。

 

「ここから上に戻るのはまず不可能ね。今はどうやら進むしかないみたい」

「さっきのは何だったんでしょう……」

「たぶん罠魔法トラップ マジックだと思うんだけどね。全く気付かなかったから、仕掛けた奴は相当な腕を持つ魔導士だと思う」

 リディアが少し考えこみながらそう言った。

 リディアさんがそう言うのならアリアなど足元にも及ばないだろう。罠魔法トラップ マジックなんて使えないし、使われた経験すらない。これが初めての経験だった。

「でも進むってどっちに?方向が分からん」

 ガントの言う通り、先が見えないためどちらに進めば正解の道か分からない。正しい道があればの話だが。



「「こっちさ。こっちに来てよ。君たちに会いたいんだ」」

 

 空気が硬直し、全員が顔を見合わせる。

 この場にいる誰かが発した声じゃなかった。ということはつまり……


 騎士の鎧の真上に備え付けてある松明の炎が進むべき道を示しているかのように順々に灯されていく。

「呼ばれてるみたい。方向はあっち」

「今は行くしかねぇんじゃねぇか?だろ?アリア」

「うん、ガントの言う通りね。ここがどこなのか分からないし、選択肢は一つしかない。でもみんな油断はしないようにね」

 そんな風にリーダーらしいことを言ってはみるもののアリア自身その言葉に空虚な響きを感じていた。他のメンバーは一様に頷き、了解の意思を示してくれているが、それがまたアリアの無力感を増幅させる。

 この未知なる状況になる前にどうにかできたんじゃないかという思考が頭をよぎる。その度にいけないと思いながら心をコントロールする。

 いつもならもっと容易く切り替えができるのに。今回はあまり上手くいかない。

「大丈夫……焦りや不安は動きを鈍くさせるよ」

「リディアさん……はい、ありがとうございます」

 

 リディアの言葉で多少の安堵を感じたアリアは進むべき方向に一歩を踏み出す。

 ゴクリと喉を鳴らして真上に視線を向けてみるが、そこには暗黒が広がっているだけ。無意識に何度もその動きをしてしまうのはこんな地下深くに神殿のような場所があることが信じられないからだ。

 一定の距離をあけて床に巨大な聖女や悪魔の姿が描かれている。

「これ、アースイーン?」

「みたいね。大聖堂にあるのと同じ姿だもの」

 リディアのいう大聖堂とは帝国中央区にある大聖堂のことで、入堂するのに細かい検査があるほど厳重で神聖な場所だと言われている。もちろん貧民街出身であるアリアはそんな場所に行ったことなど一度もない。中央区に入ったことも人生で数回だけだ。

 それでも書物でアースイーンの姿は何度も目にしている。帝国初代国王であり、大聖女と呼ばれた伝説の人物。およそ八百年前に実在した人物で聖女制度の始まりはアースイーンだと言われているらしい。

 

 聖女制度は世界でその時代に一人だけ選ばれた女性が全ての宗教の中心的な信仰対象となることだ。

聖女は神によって選ばれ、寿命尽きるまで聖女として世界を照らしていかなければならないという。その始まりがアースイーンであり、帝国国民は聖女の始まりがアースイーンであることを誇りに思っている。そこが帝国全体の強気な国民感を引き出しているのではないかとアリアは個人的に思っている。


「でもさ、聖女の姿を壁に掛けるとかならいいけど、床に描くのは不敬だって聞いたことあるけど」

 ミミは聖女の姿を踏まないように壁側に避けながら言った。

 アリアもそれに同意した。特別な信仰心を抱いているわけではないけども、ミミのように避けながら歩いている。足で踏みつけるのはさすがに無理だし、やろうとも思わない。


「何だありゃ!!」

 ガントが指差した方向に黄と黒の斑模様の何かがいた。灯りの上にいるため、暗闇に動く影がみえるだけだったが、すぐにその全容が明らかになっていく。

 八本の足が自由に動き回り、空気が漏れるような呼吸の音が聞こえる。

 巨大な蜘蛛が壁を這いまわっていた。何という名前の魔物なのかは定かではない。ただ一つ分かるのはC級冒険者が対応できるレベルの魔物では到底ないということ。

 敵意は感じられないし、今すぐに襲ってくる雰囲気もない。ただこちらを観察するように近くの壁に張り付いている。嫌な監視者だ。すぐにでも走り出して逃れたい。


 しかしそんなことをすれば襲われるかもしれない。その危険性がある限り、無謀なことはできない。

 できるだけ平静を装いながら歩いていく。何分の時間が経ったのか詳細には分からないが、およそ三十分ほど歩き続けた気がする。ようやく見上げるほど高い両開きの扉が姿を現した。その存在感に圧倒され、皆茫然と扉を見上げる時間が続く。

「……は、入ろうか」

「そうね。ここまで来たんだもの。それしか選択肢はないわ」


 あまりにも場違いな状況にアリアは心のコントロールの方法を見失っていた。自分がパニックに陥っていることに目を背け、なんとかこの場に立っているといった感じだ。

 もうやけだ!という風に扉の取っ手に手を掛け、思い切り開いた。


 吹き抜けの天井に色鮮やかなステンドグラスが輝きを放ち、扉を挟むように円柱がずらっと並んでいる。柱には神話の一説を表現した彫刻が刻まれている。

 真っ白な床に真っ白な天井、そして真っ白な壁。全ての始まりは白、白は無垢。大聖堂や教会といった神聖なる場所はどこも白を基調とした内装が施されている。ということはここも理由は同じなのだろうか。


「ようこそ!ここまで来た地上人は久しぶりじゃないかな?」

「ちっ。俺は反対だ。すぐにでも殺すべきだ。対話?必要ねぇだろ。お前の自己満足に付き合ってる暇はねぇぞ」

「まあまあ。最終的には殺すのは確定なんだからさ。イワンの隙にしてやりなよ」

「けけけけけ。人肉を僕の愛しの悪魔蜘蛛テッド スパイダーちゃんにやるのはどう?」



  人型の化け物。そう言っても差し支えない。

  もう恐怖を隠し切れない。震えを隠し切れない。身体がずっしりと重く感じ、一歩踏み出すのすら嫌になる。

  目だけを動かし、聖堂らしき場所にいる存在を確認する。全部で六人。どの人物も多様な表情でこyちらを観察している。まるでモルモット……実験動物を見るかのように。


「私たちのこと知ってる?ねえ知ってる?」

 汚泥にまみれた黒髪の少女が不気味な笑みのまますぐ傍に立って、アリアの袖を引っ張っていた。

 いつの間にこんなところにいたのか。慌てた様子でガントとトウマが武器を握った。

「物騒。物騒。やめてやめて。気が散るから」

 少女がガントとトウマの二人に向けて膨れっ面を見せた。すると二人が手に持っていた武器がドロドロに溶け出し、粘性の金属が地面を汚した。


「な……」

「武器が溶けて……これは一体?」

 

「あははは、驚いてる驚いてる。たのしー」

 目の前で走り回る少女は言葉通り本当に楽し気だ。それが逆にこちらに恐怖を抱かせる。

 

 ここにいる六人は全てアンノウンの最高幹部。汚泥にまみれた少女も同様にそうである。

 帝国全土に手配書が出回っているのは二人だけだが、アリアはその二人すら知らない。アンノウンを含めた闇ギルドなんて自分には全く関係のないものだろうと学ぶことすらなかった。

 少女は貧民街にいてもおかしくない風貌だ。戦いとは無縁のような……だが違う。感覚がそれを訴えてくる。勝てない。逃げないとやばい、と。

「そんなに緊張しなくてもいいのに。私、友達いないから久しぶりに嬉しい、遊び相手ができて」

 

 少女の名はエメラマ。アンノウンの最高幹部第三位にして、泥という特異な性質の魔法を使用する魔導士でもある。多くの帝国騎士や富裕貴族を殺め、二年前の中央区の百人虐殺を起こした張本人。 

 アンノウン史上最年少の四歳で最高幹部に就任した極悪の天才児で、その無機質な心のうちを知る者はアンノウンの内部にもいない。


「エメラマ、あまりはしゃぎすぎるなよ。これからでかいパーティーが待ってるんだ。地上に出てからはしゃいだ方がいい」

「えーそうかな?う~ん、でもこの人達はどうするの?」

「どうするんだ、イワン」

 

 筋骨隆々な巨人は一番奥の玉座のような椅子に腰かける男に聞いた。

「すぐ殺すのはもったいない。それにあの屋敷に入ってきた理由も知りたいしな」

 不敵な笑みにアリアは思わず身震いしてしまう。もしかしたら本当に、今回は本当に生きて帰れないかもしれない。


「あ、最後は殺すから。それだけは知っておいた方がいい。んじゃ話してもらおうか」






 

 


 




 

 

 



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