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鳳凰って知ってる?  作者: 刹那 連鎖
10/15

ちょっと戦ってみようか

  カルカッタの冒険者ギルドは帝国の東地区にあり、そこでアリア派は依頼を受けることが多い。

  他の地区にある冒険者ギルドに張り出されている依頼と異なるものも多く、全てのギルドに張り出すには多額のお金が必要になるので、それを実施するのは貴族や組織のトップなどの選ばれた富裕層くらいだ。

  今日も朝からギルドは賑わいを見せている。そんな活気溢れるギルドの真裏にある空き地にレイトの姿はあった。もちろん彼一人がそこにいるわけではない。今日は顔見せのための場であり、レイトとアリア派の面々が会う約束をしていた日だった。


  カルカッタの冒険者ギルドの受付嬢、レミーアという名前の女性もこの場にいた。初めて顔合わせをする時は受付嬢がその場に随行するのが基本らしい。理由はよく分からない。というか見たことないし、知らない人だ。なんかこう会話で和ませたりしないものなのか?こういうときは。なんて思ったりもしたが、すぐに気にならなくなる。

  

「まさかレイトさんが教育係になるなんて……すごい偶然だね」

  アリアは心底意外そうな様子だった。まさにレイトもアリアと同じ感情を抱いていた。まさかこんな早くに再び会うことになるとは思わなかった。これも何かの縁、と思うほどロマンチストでもないので、不思議だなくらいにしか正直感じなかったが……


「まあ名乗ったと思うが、一応な……レイト エルヴィスだ。お前たちのなんだ、教育係?つーのかな?それを担当させてもらう。人に何かを教えるってことは経験したことはないが、短期間でお前たちをSランクレベルまで鍛え上げる」


「「Sランク!?」」

 全員が一斉に声を上げた。いや無理でしょと小声で誰かの声が聞こえた気がするが、一切無視する。

「Sランクってあの赤旗のレッドホークみたいな存在でしょ?」


 モモの言う赤旗とは帝国で唯一のSランク冒険者パーティでアルティミラ聖団と並んで帝国の顔として他国でも非常に名が通っている存在だ。

「そうだ、赤旗はお前たちが目指すべき最上の存在だろう。Sランクにしては人数は少ないし、レッドホークはともかく、他の面々の個々の力はAランクレベル。ただ連携はSランクを凌駕するレベルだ。そこを目指そうか」


 レイトはこの情報を昨日一夜漬けで記憶した。もちろんこれだけでなく冒険者の情報をあらかた全て記憶し、帝国の詳しいや歴史についても専門家レベルの知識を今では保有している。これも全て鳳凰の完全記憶というスキルによるものだ。これの良いところは行使した時のみ発生するスキルだということ。別に覚えなくてもいいかというようなことは行使せずにいれば通常の記憶のように忘れていくのだ。


「赤旗を目指す……常識的に考えて難しいか、と……」

「何言ってやがる、トウマ!そんなネガティブ発言してどうする?冒険者をやってる奴ならSランクを目指すの当たり前だろ!」

「まあ、やるなら最高を目指すのは最もな話だよね!」

 ガントの言葉にモモは賛成の意を示す。

 ミッチェルもトウマもアリアの方に視線を向ける。リーダーはどうするの?という視線だ。

 アリアは決断を迫られる。いや決断というほど重々しい話ではない。が、集団としてのこれからの指針を決めるのはやらなければいけないことだ。最終的にはリーダー、その集団のトップが決めるべきなのは言わずもがな。

「うん、私も目指す目標は高いほうがいいと思うから二人に賛成。いっちょやってみようよ」


「じゃあ決定だ。目標はSランク」

 

 今ここに目標が決まった。

 というかSランクという目標に決まらなければ強引にでもこちらで決めようと思っていたところだった。

「今日はこれからどうするんですか?」


「やっぱりSランクを目指すってんならそのレベルってのを直に体験した方がいいと思ってな。ちょっと伝手があるんで、そいつに会いに行こうと思う。だからいと言っちゃ悪いが、今日は依頼を受けないでくれ」


「へぇ、そりゃあ楽しみだ!つえ―奴に会わせてくれんだな?」

「ああ、ガント、お前が言うつえー奴ってのに会わせてやる」

 

 偉そうに言ってはみるものの、この発言をしているのにレイトはそのつえー奴に許可を一切取っていない。


 久しぶりに念を送ってみるか。

 レイトはアリア派の面々に午後一時に門外の帝国領アルシェ大草原に集合と伝えて、その場を後にすると速攻でその人物に念を送った。


「何」


 返ってきた言葉はそれだけ。それ以上の言葉は一切返って来ず、沈黙が顔を出す。

 要件を早く言いなさいという無言の時間を即座に感じ取ったレイトは遠回りせずに要件を伝えた。空気が怖いんだよ、空気が、と心の中で批判をする。もちろん声色には一切おくびも出さない。

「マーリンか?少し時間ないか?俺の教え子になる奴らにお前の力を見せてやってほしいんだよ」

「何で、私が?」

「お前以上の実力者で、尚且つ知り合いなんて存在しないわ」

「嫌、私にメリットないでしょ?……それにそんなに暇じゃないし」

 予想通りの拒否権発動。ここまでは想定通りだ。問題はここからどうやって承諾させるか、だが……

「いや俺の相手をして欲しいんだよ。一人で何かするよりも誰かと戦う姿を見せる方がより勉強になると思ってな」

「……レイトと戦えるの?」

 よし、食いついた。計算通りだ。

「ああ、まあ模擬戦みたいな形だから緊迫した殺り合いではないけどな」

 

「いいわ。行く。場所はどこなの?」


「ああ、アルシェ大草原に来てくれ。広くて戦いやすいだろ?一時間後だ。大丈夫か?」


「ええ、構わないわ。じゃあ一時間後に」


  アルシェ大草原はエルシャワ平原の中央に位置しており、生息するモンスターのレベルは低く、新米冒険者にとっては最良の狩場だと言われている。今日も多くの冒険者の姿が確認できるが、どれも貧弱な装備で見るからに新米冒険者だ。

  帝国からするとこの場は冒険者育成の場所であり、人工的に強いモンスターが現れないように周囲に電線を張り巡らせていたり、帝国の騎士が見回りをしたりと工夫しているらしい。

  

  あまりにも低レベルのモンスターが多く、レイトが名前を憶えていないモンスターも多かった。

  こういう場所を作ることによって冒険者が育っていくのかは甚だ疑問ではある。まあ帝国の冒険者のレベルが上がっていない現状を考えるとやはりシステムとしては誤っているのではないかとは思う。


  マーリンに念を送ってから一時間後、アルシェ大草原の中央にはレイトとアリア派の姿があった。

草原を見渡せばモンスターがゆっくりとした歩調でのんびりと歩いているのが確認できる。飼育でもしているのかなと勘違いしてしまいそうだった。

 モンスターを見ているのに何故だか不思議と和やかな雰囲気が感じられる場所だ。


「もうそろそろ来るはずだ」


まあそうは言ったものの、本当に来るだろうかと少しだけ不安はある。マーリンの場合、気が変わったとドタキャンすることもあるので、それだけが心配なのだ。

いやもちろん十回のうち一回くらいの割合ではあるけども、一般的に考えればその割合は多いんだろうと思う。


そんなことを思っていると、いきなり目の前の空間が歪んでいくのをはっきりと視認した。あ、来たと思ったそのすぐ後にはもう目の前に美しいおみ足を晒した絶世の美女が姿を現した。初めてその姿を目にした者は性別問わず見惚れてしまう魅力がそこにはあった。

あまりの美しさには自然と恐怖を抱かせてしまう冷たさが含まれており、マーリンのそれはまさに絶対零度の如き冷々たるものだった。

「さあ、レイト。早速始めましょう」


「いやさすがに早すぎるだろ?まずこいつらにお前を紹介しないとな」

相変わらず血の気が多いな、いつもはこんな感じじゃないのにな。

  レイトと戦えるとなると途端に猪突猛進で、なりふり構わずに物事を進めようとする癖がある。


「さっき俺が言ってたつえー奴ってのはこいつのことだ。名前はマーリン。結構名が知れてる有名人だ」


ははは、どうだ?凄いだろ?っと有名人の知り合いを気取ってみるが、アリア派の面々は誰もレイトの方を見ていなかった。

それもそのはず、レイトが思っている以上にマーリンの存在は世界的に桁外れなのだ。

レイトはそういう世間の常識みたいな慣習や因習に疎いので、マーリンがどれだけ凄いのか本当のところは理解できていないのかもしれない。


「マジかよ」

「え、は」

「嘘でしょ?まさか、ね」

「いやでも本物だよね?あんな綺麗な人世の中に何人もいないでしょ?」

「ないない、こんなところにいるわけない」


驚愕や疑問、否定の言葉が空中を旋回していく。鼓膜を揺らすその声にマーリンは一切表情を崩すことはない。

何を考えているのか分からない、大抵の人はそう思うだろうが、レイトは違う。何となくだが、マーリンが何を思っているのか分かるのだ。


 今回の場合は早くしてもらえない?だ。


「マーリン、そんないらいらするな。すぐに戦ってやるから」

 レイトは宥めるようにそう言った。

「ええ、よろしく頼むわ。そのために来たのだから」


「今からマーリンと俺が模擬戦をする。お前たちはまずそれを目に焼き付けてくれ。Sランクを超えるレベルの戦闘を見るのはかなり貴重だぞ?」


 もちろんマーリンの実力はSランクを遥かに超えており、アリア派の面々にとっては未知のそのまた奥の世界だと言ってよい。正直何の魔法を使用しているかさえ分からないだろうし、発動した瞬間を肉眼で捉えることも不可能だろう。それくらい異次元の力をマ-リンは示してくれる。

その実力を垣間見ることができるのは彼らの将来ににとっては本当に幸運なことだ。

 

 草花をわずかに揺らす微かな風が吹くなかでレイトとマーリンは相対し、魔法を発動する。

 次の瞬間、草原に巨大な円形のドーム状の空間が広がった。対峙する二人の他にその殻のような空間の中に存在する生命はいない。アリア派の面々はその空間の外から目の前の光景に釘付けになっていた。

 二人が同時に障壁魔法を発動したからか、通常よりも強度が高い障壁が出来上がっていた。これで内部と外部を遮断して、魔法の被害が多方面に及ばないようにしているのだ。魔法の模擬戦を行う上でごく当たり前のことだ。


 レイトとマーリン、二人はその場から一歩も動くことなく魔法だけが踊り狂うように発動される。

 業火の炎が巻き起こったと思いきや、黒い雷鳴が視界を覆い、鼓膜を激しく揺らす。巨大な水の柱が突如として現出し、大地は狂ったように隆起する。まさに天変地異とはこのこと。魔法を学んでいる者、魔法の存在を少しでも知っている者ならば目の前で起きていることの恐ろしさを理解しているだろう。開いた口が塞がらないのはアリアだけでなく、他の者たちも同一だった。


 一進一退の攻防に見えるが、マーリンは憮然とした表情を浮かべていた。まあその表情もレイトにしか気付けないほどの僅かな変化だったが……

 彼女としては一つ一つの魔法の質や強度は圧倒的にレイトの方が上だと感覚として理解できていた。レイトもその気持ちを悟っていたし、こういう風な魔法のぶつけ合いをしたときはいつもマーリンはその劣等感を抱いているのだ。でもたぶんその劣っているという気持ちを確認したくて自分に挑んできているのだろう。なんとなくだが、そう思う。


「マーリン、こんなもんか?いつもよりも遠慮気味なんじゃないのか?」

 

「……まだまだ終わりじゃないわ」

 マ-リンの瞳に宿る光は弱まることなく、逆に荒々しく対流し、全てを飲み込むかのごとく強まっていた。

「そうこなくっちゃな」

 レイトの方はというと、何度も行われてきたマーリンとの魔法戦闘を心から楽しんでいた。

 魔法でマーリンに押し負けたことはないが、それでも戦う毎に力が増しているのは感じ取れていた。げんに前回手合わせした時よりずっと魔法の威力は増していた。たぶん魔法に込める魔力の質の問題だろう。


 そこから魔法戦闘は二十分を超えて行われた。そんなにも魔力が持つ人間なんてほんのわずかしかいない。そしてそのほんのわずかしかいない人間のうちの二人がここにいるのだ。

 アリア派の面々のレイトを見る目が明らかに変わった。

 もちろんそれまでも尊敬の目で見てはくれていたようだが、マ-リンと互角に戦えると知ってしまった今、レイトを神格化してしまうのではと思うほど熱のある目で見られるようになった。

 まあでもだからといっていい気分になるわけではなかった。求められるハ-ドルが高くなるからだ。人に何かを教えるのは非常にリスキーで、責任がついてくる。教える側も失敗できないと背負い込んで、悩む者も多いだろう。今はまさにそれだ。彼らを成長させる目標を達成しないと、レイト自身の目的も達成することができないのだ。

 魔法の応酬が止み、静けさを取り戻す。

 お互い魔力が無くなったわけではないが、これ以上やっても無意味だと同時に悟ったようだった。

 それにこれ以上やれば障壁の方がもたないのではないかという懸念が頭をもたげる。魔力が収束していくにつれて、周囲の張り詰めた空気も弛緩していく。


「マ-リン、本気出してなかっただろ?」

「それはこっちの台詞よ。あなたも本気じゃなかったでしょ?」

 射抜くような視線をこちらに向けるマ-リンに対してレイトは誤魔化すような苦笑を浮かべる。

「こうなるだろうとは思ったけどね・・・まあいいわ。でも必ずあなたを越えて見せるから」

マーリンが醸し出していた剣呑とした空気は弛緩し、ふわりとした柔和な雰囲気に切り替わった。まえるでそこに魔法の激戦の後は見られなかった。


 そんな二人の様子を呆気にとられた様子で見つめるアリア派の面々だったが、意を決してマーリンの元に足を進めた。彼女に近付くのはとても勇気がいる。その姿を肉眼で見ることすら一生に一度あれば幸運だと言われているくらい。そんな人が目の前にいる何とも言いようがない不安を払いのけてマーリンが認識する場所まで接近した。


 俺でも近寄り難いような空気を放っているのに凄いな、度胸があるなという気持ちとマーリンがどう反応するのかが楽しみだという気持ちがレイトの中に渦巻く。

 マーリンに向かってアリアはすっと頭を下げる。まるで好きです、付き合ってくださいと言い出しそうな勢いだった。

「マーリン様ですよね……?」

「……ええ、そうだけど、あなたは?」

「はい、えっとアリアと言います。あ、あの大ファンです。あ、握手してもらえますか?」 

 マーリンは無言で表情も変えずに右手を前に出した。アリアはそれをそっと掴む。

 レイトはアリア達が自分の教え子だということを伝える。

「へぇ、本当だったのね。……あなたが人に何かを教えるなんてね。どういう風の吹き回しなの?」

 マーリンは少し面白がった様子でレイトに視線を向ける。

「まあちょっとな。俺にも目的があるんでね。そのためにもこいつらをS級冒険者にしないといけないんだよ」

「まあ、あんたが育てたのがどう力を付けていくのか……楽しみにしてるわ」

「お前は興味ないのか?後進を育てること」

「まだ納得していないの。分かるでしょ?」

「まあ、な。愚問だったか」


 マーリンはアリア達一人ひとりと握手を交わしてから一瞬にしてその場から消え失せた。圧巻と言えるテレポートの魔法だった。それは一度瞬きをするだけの時間。

 まるで今までの時間は夢だったのでは?と思わず疑ってしまうくらいで、アリア達は呆けたような表情を浮かべていた。


「世界最高の魔法はどうだった?なかなかできない経験だったろう?」

 レイトの言葉に彼らの反応はない。しかしすぐに大波のような勢いで迫ってきた。

「何ですか、今の!ってかあなた何者ですか、レイトさん!?」

「やばいやばいやばいこれはやばい!!サイン欲しかったああ!」

 いつもと違う様子のトウマといつもより少しだけ興奮気味のモモ。二人のレイトを見る目が明らかに変わった。

 アリア達も興奮はしているようだが、二人とは違い、ぼーっとした感じで思考を巡らせている。

 全員が全員、物理的な距離も心理的な距離も先ほどよりもずっと近くなっていた。

 第一段階は成功だろう。次は本腰入れて修行をつけなければ。これからが始まりだ。

 レイトは慣れないことに多少の溜息を漏らしてしまう。


 

 アリア派のメンバーは全員で五人。リーダーはアリア。燃えるような赤いショートカットの髪がトレードマークで、職業ジョブは魔導士。修行の様子を見ていると基本は出来ているし、B級魔法も難なく使えている様子だった。筋がいい、センスもある。けれど今まで自己流の魔法訓練しかしてこなかったのだろう。魔力を魔法に発現させるのに粗さが目立っている。そこを改善できれば今よりもずっと早く、効率よく魔法を使用できるだろう。

 こいつが一番教えがいがある。


 続いてはミッチェル。彼女は副リ-ダ-らしい。冷静だけれど突然の事態に弱いと聞く。彼女の職業ジョブは治癒士。回復魔法の基礎基準はクリアしているが、如何せん魔法をかけるタイミングが良くない。それを改善できればパーティがよりスムーズに動くことが出来るだろう。彼女が一番すぐに一流の仲間入りを果たせると思う。

 

 付与術士の職業ジョブに付いているモモは五人の中で最も冒険者として改善するべきことが多い気がする。何よりも付与魔法のレベルが低級すぎる。今のままではお世辞にも役に立つとは言えない。といっても付与魔法は通常の属性魔法よりも習得するのに時間が掛かるし、誰にどのタイミングで掛けるかのお判断をするのも難しい。この部分は経験で感覚を養っていくしか学ぶ方法はないので、ある程度の時間は掛かるだろう。といっても付与術士の職業ジョブを持つ者がパーティにいるのは貴重だ。付与術士の職業を選択する冒険者は多くない。やはり戦闘力の部分で物足りないため、誰かに助けてもらわないとやっていけないからだ。

 ……時間は掛かるが、でも問題はないだろう。


 次はトウマ。彼は一言で言えば頭がいい。C級冒険者にしてはよく勉強している。彼の職業は侍。前衛を張るメイン火力の一人だ。最も優れているのは素早さ。これはパーティの中なら一番で、その長所を伸ばしていくのが全体を考えてもいいのではないかと思う。


 ガント。こいつは絵に描いたような脳筋だ。矯正するのに一番時間絵を要するだろう。見た目通り、細かい動作が苦手らしく、繊細な動きや素早い動きをする相手と相対した時は無力になる。

 ただ持って生まれた体の大きさはパーティの壁、タンク役としては申し分ない。いるだけで安心感を与えるし、壁となることで作戦を考える時間を確保できる。そう考えれば今のように物理攻撃、物理防御の鍛錬をひたすらに課すのが正解だろう。


 今の段階では五人のバランスは良くない。アリアの魔法能力が比較的高いため、近接担当と遠距離担当では偏りが見られるようだ。近接戦闘がメインのガントとトウマのレベルアップがまずは必要不可欠。それだけで間違いなく今よりもずっと難しい依頼をこなすことができるだろう。

 数週間個別もしくは全体の訓練を行いつつ、レイトも含めた六人で駆け出し冒険者でも問題のないダンジョンに潜ったり、アルシェ大草原やその奥に位置するルト森林などにも訓練のために入ったりした。

 何度も訓練を行っていくうちに個人の魔法や肉弾戦の練度は洗練されていった。ただこの数週間でレイト独自の練習方法を教えたりはしていない。まだそれを教える域に達していない。基礎中の基礎をしっかりと習得してからだ。じゃないと感覚の部分で理解できないだろう。

 まあいわゆるコツみたいなものだ。モノに出来るかどうかはこいつら次第だが……


 アリア達の顔に不満の色は見えなかった。レイトが見せた規格外の魔法はそれだけの影響を与えているということだろう。また自分たち自身も理解しているのだろう。基礎的な部分さえ疎かになっていることを。足りないところがどこなのかを承知できているのはこいつらの利点だ。

 レイトはアリア派に一日休みを与えると、その日にカルカッタの冒険者ギルドに足を運んだ。

 目的はというとC級にはちょっと難しいくらいの依頼がないかどうかを探すためだ。嫌になるほどの基礎練にも根を上げず、訓練をひたすらに行うアリア達はもうレイトのいう練習方法を教える域に達したと判断したのだ。


「ああ、レイトさん。お久しぶりです」

 お久しぶり!?と心の中で一瞬慌てるが、胸元に付いているネームプレートを見て納得する。対応してくれたのは受付嬢のレミーアだった。アリア派との初顔合わせの時に立ち会ってくれた女性だとレイトは名前を見て思い出した。顔で思い出せって話なんだけど。なんか申し訳ない。レイトはバレない程度に軽く頭を下げた。


「それで今日はどうされました?」

「ああ、C級の冒険者が少し手こずるくらいの依頼がないかと思ってな」

「アリアちゃん達に、ですか?」

「まあな。少し難しいのやっておかないと刺激が足りないだろうし」

「そうですね……それでしたらこれなんてどうでしょう?つい最近持ち込まれたばかりの依頼なんですけど」

 ピシッと整えられた深緑色の髪を少し乱しながらレミーアが奥の方から小走りで戻ってきた。

 彼女がレイトの前に出した紙には「カルカッタ廃墟にある金庫の持ち出し」と書かれていた。どこにあるのかの詳細も書かれているが、確かこの場所は……

「ここってアンティーク伯爵の邸宅じゃないか?」

「ええ、そうなんですよ。私も見てびっくりしたんですけどね。ただ最近アンティーク伯爵が亡くなったのでもう誰も住んでいない廃墟となってるそうなんです」

「アンティーク伯爵は独り身だったのか?」

「数年前に奥さんを亡くされてからは独り身だったはずです。お子さんはいるかどうかはちょっと分からないんですけどね」

「この依頼は誰が出したんだ?」

「依頼主は名前を出されるのを拒否していますね」

 金庫の持ち出しってことはたぶん遠戚がそれを全て自分の物にしたいということなのだろう。

「廃墟になってるんなら国は動かないものなのか?」

「うーん、そうですね……国が動くとしても三か月は掛かるはずですね。土地や資産を引き継ぐ人がいなくても三か月は故人のものだという法律が一応あったはずです」

 レミーアが一応と付けたのは国が法律というのを守るかどうかは国の判断にかかっているから。帝国は皇帝が絶対的で全ての権力を握っているため、法律も帝国が作り出したものになる。だからこそそれを守るも破るも皇帝の判断になるのだ。

「でもこれ普通に持ち出せばいいよな?……簡単には持ち出せない理由があるってことか?」

 じゃないとギルドに依頼を持ち込んだりしないか。

「ギルドの事前調査の結果、廃墟には魔物が潜んでいるそうです。しかも一匹ではなく相当数の」

「ああそういうことか。なるほど」

 いやなんで廃墟に魔物がいるんだよ!と突っ込みたいところだが、それを言ったらおしまいだろう。レミーアがそれを知っているわけもないだろうし。

 レイトはレミーアにお礼を伝えてギルドを後にしようとした。が、何か黒い玉のような小さな丸い物体がレミーアに飛んでくるのを察知した。

 ものすごい速度でまるで弾丸のようだ。

 やれやれとレイトは内心溜息をつきながら左手の人差し指を軽く動かした。

 するとレミーアの方に飛んでいった黒い物体は青い炎を明滅させながら放射状に消失した。青い花火が生み出した爆音によってギルドの壁がみしりと音を上げ、軋んだ。

 その場にいた者は驚愕の声を上げ、驚きすぎて尻もちをつく者、茫然と時を止めたままの人、様々な反応を示している。

 その中でも二人の冒険者らしき男女が睨み合うように相対していた。というか今の黒い玉は片方の男が持つ魔道具から放たれたものなのは明白だった。

 あれはダンジョンや魔物がいるエリアでしか使用を認められていない魔導銃という武具だ。どんな非力な人間でも魔物から身を守れると冒険者や兵士ではない一般民が購入することが多いと聞く。

 

「……あんた今、何したか分かってんの?」

「リディア インストラグル……お前はいつもいつもいつも!……煩いんだよ」

 目を血走らせながら涎を口元から垂らしている男。

「ボーグ……あんたさっき持ってた袋に入ってる物、出して」

「ああ!何だ!何の話だ!おい!」

「いいから出しなさい!」

 リディアがどれだけ言おうともボーグは否を突き付けるばかりだ。

「……レミーア!ギルド長を呼んできて!ボーグは違法薬物を使用してる!」

 誰もが息を呑んだ。ええ!!という心の声を聞いた気がした。

 レイトは至って冷静だった。何故みんなそんなに過剰な反応をしているのか疑問だった。

 もちろん違法薬物を了承しているわけでは決してない。多種多様な違法薬物がこの世界にはあるが、そのどれもが快楽以上に酷い幻覚などの副作用をもたらすと知っている。違法薬物で戦闘力を上げる者も数多く見てきた。レイトにとってはそれほど珍しい存在ではなかった。

 周囲の反応を見るにカルカッタでは違法薬物を使用するような人間は今までいなかったのかもしれない。少なくとも知っている限りはいないのだろう。この新鮮な恐怖の反応はそういうことか。

 

 リディアに声を掛けられたレミーアは頷き、すぐに奥の方へ姿を消した。

「どこでそれを手に入れたの?ボーグ!」

「どこで?は、さっきから何の話かな!」

 聞く耳を持たないボーグは巨体に似合わぬ速さでリディアに接近し、両刃の斧を振り下ろす。

 リディアも腰に携えた細身の剣を抜こうと手を掛ける。が、リディアが剣を抜くこともなく、ボーグはががあ!と苦悶に満ちた声を上げ、両手で目を覆う。

「……いったい何が?」

 予想だにしないボーグの異変にリディアも状況を理解できていない。

「あまり煩くするな。耳障りだぞ」

「誰だ、何だ!目が痛え!!くそがあ!」

 悶絶しながら地面に転がるボーグを複数人の帝国騎士が拘束する。いつの間にかギルド内に帝国騎士が入り込んでいた。どうやらギルド長が呼んだらしい。

 瞬く間にギルドの中は喧騒の嵐に包まれた。

「離しやがれ!!!くそがあ!!!」

 唾をまき散らし、目を血走らせるその表情はやはり薬物を使用した者の症状だ。

 ボーグは拘束され、速やかにギルドから連れていかれた。

 あっという間の出来事だった。ギルドの待ち合い場にいた冒険者の感想はそれだけだった。それからは冒険者パーティのオブリビオン所属ボーグ ヘイトリッチの禁止薬物使用の話で持ちきりになった。

レイトはあの大男が誰なのか全く知らなかったし、興味もなかったのでギルドを後にしようかと思ったが、一人の女性に呼び止められる。

 リディアというボーグと揉めていた女性だ。彼女も冒険者の身なりをしている。体格や武器から察するにおそらく侍の職業ジョブだろうか。

「なんか用か?」

「すみません。先ほどはご助力いただきまして……」

「ん?いや煩かったからな、別にあんたのためじゃないさ」

「それでもお礼は言わせてください。ありがとうございます」


 真面目だな。生き辛いだろう?たぶん。


「……不躾な質問で申し訳ありませんが、先ほどは何をなさったんですか?」

「先ほど?ああ、あのボーグとかいう男に何をしたのかってことか?」

「はい。少し気になりまして……」

 ボーグに使用した魔法は閃光波フラッシュだ。誰もが知っている光魔法だが、確かにボーグという男に向けてだけ放ち、明滅の強さも最上にした。何の魔法か分からない者がいても不思議ではない。

 レイトはリディアに説明した。閃光波フラッシュだと知ってたいそう驚いていたが、元々勉強家なのだろう。それを知識にしようという意思がはっきりと垣間見えた。

彼女の実力が今の段階でどれくらいのものなのか分からないが、きっと今よりもずっと強くなれるだろう。不思議とそんな気がするのだった。

「レイトさん!……あ、リディアも一緒だったんだ!大丈夫だった?」

「レイトさん?ってことはアリア派の?」

 リディアは目を大きく開き、なるほどといった表情を浮かべる。

 話を聞くとリディアとレミーアは幼い頃からの親友で、普段からもランチをしたり、お茶をしたりしているらしく、アリア派に教官が付いてレイトと言う名前だということも話していたんだとか。

「君はリディアと言ったか?アリア派の奴らと知り合いなのか?」

「はい。まあ顔合わせたら世間話するくらいですけどね」

 リディア インストラグル。カルカッタの冒険者の中でもトップクラスの実力者で、赤の盾のリーダーだ。しかし最近はパーティで活動することはほとんどなく、一人で自らの技術だけを磨くことを日課としていた。

 つまり今は自由が利く。ということはアリア派のサポートもしてくれるかもしれない。

 実を言うとそういう人材を探していた。今回の依頼は未知数な部分が多い。かといってレイト自身がともにいると難度が容易になってしまう。

 これも何かの縁かと思い、リディアに頼んでみるとあっさりと承諾の答えが返ってきて少し驚いた。正直断られるかと思っていた。

「いいのか?」

「はい、もちろんです。なんか……ちょっと楽しそうですし」

 見た目によらず好奇心は強いようだ。まあありがたいことに変わりはないか。

 依頼の開始予定は明後日。どうなるのか……結構楽しみにしている自分がいるみたいだ。



 




 






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