蒼 ~神戸鳴海の記録(神木星那との会話)~
※この作品は、過去に別ペンネームで『野いちご』にケータイ小説風に書いたものを、少しアレンジしてまとめた作品です。
此処は異世界である。
「主にひとつ質問が」
「何かな?」
「どういうつもりですか?」
「何が?」
「どういうつもりであのような許可を出したのですかとお訊きしているのです」
「何か問題でも?」
「大いにあります」
「いいじゃないか」
「よくありません。私を含め此処の者達が人間界に行くのを許可する立場の貴女が自分で自分の許可を出すなど、職権乱用です」
「人間みたいなことを言うね。彼について行って、すっかり人間界の色に染まってしまったかい?」
「そんな冗談で話を逸らさないでください!」
「わかった。わかったから落ち着け。ここで稲妻を身にまとうな」
「私を無駄に怒らせたくなければ質問に答えてください」
「わかったよ。――仕方ないだろ? 許可を出せるのはボクだけなんだから」
「私にはその許可に異を唱える権利が与えられていますが」「却下」「そうでしょうね」
「即答に即答出来るほどわかってるなら、深々とため息ついてないで、早く支度しなよ」
「わかっているからこそため息がでるのですが。……やはり、私も一緒に行くのですか?」
「当然だろ? キミはボクのパートナーなんだから」
「そうだったんですか?」
「知らなかった?」
「初耳です。ですが、下僕やペットなどと言われるよりはマシですね。――わかりました。早急に支度を整えます」
此処は異世界である。
人間たちの言うこの世でもなければあの世でもない。
ただ、人間が来ることがまず出来ないという意味で言えば、あの世に近い世界かもしれない。
稀にこちらに来ることが出来る人間も存在するが、当人がそのことに気付くこと自体さらに稀である。そもそも此処が存在する次元が人間界とは異なっているので、人間たちのほとんどはこちらの世界の認識すら出来ない。
反対に、私たちは人間界を認識している。行き来も出来る。ただし自由に行き来出来るわけではない。許可が必要になる。
すなわち、私の主の許可が。
しかしながら、彼のような事例で許可が降りたのは極めて稀だ。
少なくとも私の知る限り、前例がない
これは、人間界より高次元に存在しているこの世界の規定に違反した《門》の者――つまりポルタ・コリッサに主から裁定が下された、その時から後の記録である。
「ボクの下した裁定に、何か言いたそうな顔だね」
「ええ、主にひとつ質問が」
「何かな?」
「通例ならば、《門》が対象の転生を故意に妨げた場合には罰せられるのではなかったですか?」
「そうだね。通例通りならば」
「それはどういう意味でしょうか」
「言葉通りさ。彼のケースは異例だってことだよ。それはキミだってわかってるだろ?」
「もちろんです。ポルタ・コリッサやウィア・エクレーシアに限らず、私たちと人間たちとの恋愛は禁止されています。ただし、人間に対して特別な感情を抱くこと自体は、その限りではありません」
「それはなぜ?」
「……貴女がそれを訊くのですか?」
「いいから答えて」
「過去の数え切れない前例から、禁じたところで止めようがないとわかったからです。平たく言えば、諦めたのです」
「その通り♪」
「嬉しそうな顔ですね。……諦めさせた張本人のクセに」
「何か言ったかい?」
「いえ何も。補足として、《門》が転生対象の身代わりになった場合についても、罰則がありません。理由は、規律制定時にまったく想定されていなかった事例であり、なおかつ前例が皆無だったからに他なりません」
「大正解。そこまでわかっていて、いったい何が疑問なの?」
「いかに前例がないからと言って、なぜ対象の転生を阻害したポルタに罰則を与えないのか、納得がいかないのです」
「ん? ちょっと待った」
「なんでしょう」
「もしかしてキミは、ボクが彼に何の罰も与えなかったと思ってるの?」
「仰っている意味がよく理解できません。他でもない貴女自身が、ポルタの願望を叶えると仰ったではありませんか」
「そうだね。けど、罰を与えないとも言ってないよね?」
「は?」
「でもそうか、彼はともかく、キミまでそういう風に受け取っちゃったのか……」
「あの、それはどういう意味でしょうか」
「知りたい? ていうか知りたいよね? なら確かめに行こう」
「…………………………………………はい?」
ここから、ダ・カーポ、つまり冒頭のやり取りにつながり、それからこの次へと繋がる。
しつこいようだがここは異世界である。
人間たちからすると私たちの世界が異世界であるように、私たちからすればここ人間界が異世界である。あれからすぐ、私は主とともに人間界に来て人間の姿を借り、転生後のポルタとウィアの生活圏にほど近い場所で生活を始めることになった。
「ひとつ質問がって顔してるね」
「人の決まり文句を取らないでください」
「今でこそ人間の名と姿を借りてはいるけれどボクたちは人じゃないし、決まり文句というよりは口癖じゃない?」
「どちらもどうでもいいことです。それより、ひとつ質問が」
「やっぱりね。ていうか、そう言われてひとつで済んだ覚えがないんだけど」
「私たちはなぜ、人間界に来たのですか?」
「無視されると会話が成立しないんだけど」
「私たちはなぜ、人間界に来たのですか?」
「……答えるまで話の主導権を渡さないつもりか。昔からこういうとこは頑固だよね。まあいいけど」
「私たちはなぜ人間界に来たのですか?」
「わかったよ。それはね、転生対象に対する恋愛感情から自らの職務を放棄し、そればかりか、なんと自ら身代わりになってボクたちの世界へ戻って来た《門》にボクが下した裁定事項が、本当に罰に当たらないのかどうか。それをキミと一緒に確かめるためだよ」
「本当にそれだけですか? もしそれだけならば、元の姿でも十分可能なはずですが」
「そうだけど、それだと地上に存在することは出来ないだろ? 文字通り高みの見物になっちゃうじゃない」
「だからと言って私たちが人間の姿をしていては、人間界に要らぬ影響を与えかねません。そればかりか、今後のポルタとウィアの関係の邪魔になる可能性さえあり得ます」
「うん、そうだね」
「いやにあっさりした反応ですね」
「そう?」
「…………あの。まさかとは思いますが主、それが貴女の本当の目的ですか?」
「さすがだねー。――そうだと言ったら?」
「天空神ともあろうお方が、嘆かわしい……」
「そんな褒められても」
「褒めてません!」
「冗談だって。それに、今のボクは次元の扉を司る天空神ユピテルじゃなくて、神木星那って名前の女の子だよ。キミだって、人間を転生させる蒼き稲妻の雷獣フルグルじゃなく、神戸鳴海という名の女の子だ」
「名前までしっかり考えてあったんですか」
「もちろん。それぞれの生い立ちもちゃんと考えてあるよ。聞きたい?」
「遠慮しておきます。今後のことも、貴女が人間の姿を借りて、二人が教師を勤める学校にほど近い看護学校の学生寮に住むことにしたという事実だけで、大方想像がつきます」
「さすが我が従者だね♪」
「パートナーじゃなかったんですか?」
「人間界じゃ、従者と書いてパートナーと読むんだよ。知らなかった?」
「初耳です」
そしてこの次の日から。
主がポルタを羽丘土門という人間に転生させた本当の理由が目に見えて明らかになり、それは非常にラブコメな日常の始まりでもあるのだが。
それはまた、別の記録である。




