晧 ~羽丘土門の手記~
※この作品は、過去に別ペンネームで『野いちご』にケータイ小説風に書いたものを、少しアレンジしてまとめた作品です。
あなたがいまこれを読んでいるということは、おそらく、自己紹介の必要はないのだろう。
僕の名前は、ポルタ・コリッサと言った。――前にいた世界では。今の僕の名は羽丘土門という。
本当は、彼女が転生して来るより前に、今の世界に転生していたかったのだけど。結局、五年……いや六年? 彼女の転生に遅れをとってしまった。
彼女というのはもちろん、ウィアのことだ。あなたもすでに知っているはずのウィア・エクレーシア。
今の彼女は、火村道代という名の教師であり、ヨーロッパの片田舎で代々続く教会を守るシスターの孫娘でもある。
ちなみに、その初代シスターは、あの焼き討ちがあった日にウィアが救った子供たちのひとりだ。
これは、あなたはもとよりウィアも火村道代も知る由もないことなのだけれど。実はウィアは、かなり早い段階から、その初代シスターの血縁者に転生することが決められていた。
〝あのひと〟の〝蒼き稲妻〟によって。遥か遠い未来へ。
その理由を僕は知らない。それを知る立場にはないから。
もともと僕が負っていたのは、彼女の転生を見届ける役目だけ。以前の僕の名前に「門」という意味があるのはあなたも知っていると思うけれど、それは僕が〝転生の門〟と呼ばれる特殊な蒼い鉱石をあずかる、監視役である〝しるし〟なんだ。
本当は、黙って見届けなければならなかった。ウィアが〝蒼き稲妻〟に撃たれるその瞬間を。
でも出来なかった。嫌になってしまったんだ。自分の役目が。
出来るわけがなかった。愛してしまった女性が死ぬ瞬間を、黙って見届けることなんて。
一度目は、この身を挺して、二人一緒に稲妻を躱した。だけどその際、足を挫いてしまい、二度目を躱すことが出来なくなってしまった。だからやむなく、銀貨のようなものにカモフラージュして、ウィアの服のポケットに忍ばせておいた〝転生の門〟を自分のポケットに呼び戻し、それを高く掲げて、彼女の身代わりになることを選んだ。
けれど、その判断は大きな間違いだった。僕がしたことは結果的に、死者とその死を嘆き悲しむ者とを逆転させただけだった。
ウィアが僕に好意を抱き、愛してくれていたことには、僕だって気付いていたのに。
そんな人を、僕自身が哀しませてしまった。
ばかなことをしたよ、本当に。
〝向こう側〟で、ウィアのその後を知った僕は、〝あのひと〟に懇願した。
転生後のウィアに逢いたい! と。
そんな僕を、〝あのひと〟は大声で笑った。
「キミは面白いね。本来なら役目を果たせなかった者を再び〝彼の地〟へ送ったりはしないばかりか、罰として無期限に檻の中へ閉じ込めるのだけど……」
〝あのひと〟のその言葉に、僕は冷水を浴びせられた思いがした。
自分が役目を果たさなかったことを思い出し、その上で身の程知らずな願い事をしてしまったことを思い知って体が震えた。
「今回は特別だ。キミを、無期限で〝彼の地〟に閉じ込める」
「…………?」
どんな罰を与えられるのかと、うつむいて怯えていたところにそう言われて、その意味がすぐにはわからず、僕は〝あのひと〟の顔を見て、視線だけで伺いを立てた。
「わからない? キミの願いを叶えてあげると言ったんだけど?」
「……あ、ありがとうござ――」
「ただし。キミが再び〝彼の地〟へ行くのは、彼女が転生した後だ。その後、姓に『丘』、名に『門』という意味を持つ人間が〝彼の地〟に生を受ける。それまで、檻の中で待っていてもらう。いいね?」
「わかりました」
その時は、彼女が転生した直後にすぐ転生出来るものと思い込んでいた。
後になって、具体的な時期を言われていないことに気付いたけれど、時すでに遅し。まさか五年以上も間を空けられるとは、夢にも思っていなかった。
まあ、気まぐれな〝あのひと〟らしいと言えば、その通りなのだけれど。
「ごめんね。彼女の死が予定より早まったり、キミが転生する予定の人間の出生が予定より遅れたりしたものだからさ」
〝あのひと〟は、まるでいたずらが見つかった子供のような口ぶりで、この日まで五年も間が開いた理由を話した。
「お詫びと言ってはなんだけど、いまの記憶を保ったまま〝彼の地〟に行くことを許可するから」
その言葉に僕は目を見張り、側近たちがどよめいた。〝あのひと〟お詫びとしてとった措置は、過去にまったく例のない、極めて稀なことだったからだ。
「本当にいいんですか?」
「ああ。正確には、物心ついた頃によみがえるんだけどね」
「大差ないですよ」
「キミが彼女と出逢う頃には彼女の方も、前世の記憶が呼び覚まされる」
「…………本当に罰なんですか、これ?」
僕にはむしろ、褒美のように思えてならなかった。
しかし〝あのひと〟は、その問いには答えず。
「ほら、時間だよ」
ただ微笑んでそう言うと、僕を――正確には、僕の魂を――出生後、土門と名付けられることになる羽丘家の赤ん坊の体内に送り込んだ。
かくして僕は、ウィアの転生体である火村道代と出会った。
男子高校生と、その学び舎にやって来た教育実習の教師見習いとして。
教育実習初日の放課後に廊下で彼女とすれ違った時の出来事は、あなたも知っての通りだ。
彼女のスマホのストラップに〝転生の門〟が付いていたのがふと目に入って、問いかけずにはいられなかった。自分がポルタの転生体であることを示すために、ポルタとウィアのことについて彼女が知っている限りのことを一方的に打ち明けた。
だけど「あの、ごめんなさい。たぶん人違いですよ」とだけ言われて、その場をあとにされてしまった。
意味不明のことを言われて、すっかり警戒されてしまったのか。
結局、教育実習中には、彼女に振り向いてもらうことすら出来なかった。
蒼い稲妻や〝転生の門〟のこともある程度、彼女が知っている限りのことを打ち明けたのだが。
その時の彼女の表情は「何わけのわからないこと言ってるの、この子?」という感じではなかった。むしろ、本当に僕がポルタのような転生体かどうか判断に迷っている様子だった。前世の記憶が呼び覚まされているとみて間違いないだろう。
人違いだったとは思えない。これが、運命のいたずらというやつか。それともただ単に〝あのひと〟の気まぐれのせいか。
もしかしたら、この困難が罰なのだろうか。現状をそんな風に考えた僕は、一計を案じた。
「……呆れた。あなた、教師になったんですか? 私と再会するために?」
「はいっ! これからよろしくお願いします、火村先輩っ!」
向こうから来るのを待っていてはダメならば、こちらから出向けばいいのだ。自分でも、我ながらどうしようもなく短絡的な発想だとは思ったけれど。それしか思いつかなかった。
もちろん、今やただの人間である僕に、晴れて教師になって初の赴任先を決められるはずも無く。
それなのにまさか、そこが彼女の職場だったのは。
それこそ、〝あのひと〟の気まぐれに違いない。
彼女が受け持つクラスの副担任として働けることが決まり、彼女との初顔合わせの日。
彼女は、まさに喜色満面で元気良く挨拶した僕を見て、しばし呆然としていた。
「ポルタがウィアを大事に想っていたのは知っていましたけど、ここまで一途に思ってくれていたなんて――」
その日の帰り道。
並んで歩いていて、ため息のあとのそのつぶやきをよく聞き取れなかった僕は、彼女に問いかけた。
「いま、何て?」
すると彼女はそれには答えず、いきなり僕に頭を下げて、先ほどの言葉を口にした。
「ずっと否定していてごめんね。本当は私も、彼女も、ずっと君に逢いたかったの」
このときに。彼女はようやく、自分の本当の気持ちを、僕に打ち明けてくれた。
「……え?」
「え? いま私、何か変なこと言った?」
「い、いやいや。何でもありません。ウィア――じゃなかった。火村先輩が僕をそんな風に思ってくれていたと知って、驚いただけです」
細かいことは、取り敢えず後回し。
「あらためまして、これからよろしくお願いします、火村先輩」
「ええ、こちらこそ、羽丘後輩」
まずは、改めて笑顔から始めよう。
時を越えて再びあいまみえた、二人の物語を。




