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Bright Sisters  作者: えくれあ
1/1

1-1 はじまりの日

「……よし。」


 不意にこぼれた自分の声を聞いて、思わず眉をひそめてしまった。まさか、気負っているとでも言うのだろうか。一度深呼吸をして、目の前の鏡に映る自分と目を合わせてみる。短めの銀髪、眼鏡の下に光る蒼と紅の双眸、機能性に優れた黒いシャツとズボン。どこから見てもいつもと変わらないはずの自分の姿に感じた、ほんの僅かな違和感を拭い切れない。平常心を取り戻さなければ…ふと、背後に設置された2段ベッドの下段を振り返る。


「むむ~…もう食べられないよぉ……むにゃ…」


 寝言を言いながら寝返りを打つのは私の姉、エーテルだ。ふと窓の外を見れば、薄暗い東の空にぼんやりと光がにじんでいる。普段であればもう少し寝かせておいてもいいのだけれど、今日はそんな姉を無慈悲にも叩き起こさなくてはならない。


「姉さん、起きてください。朝ですよ。」

「ん~…後1時間……」


 いつもの事だ。姉さんはちょっと声をかけたくらいでは到底起きない。普段であればしばらく放っておいて後で痛い目を見てもらっているが、今日だけはそうはいかない。何故なら……。


「起きてください……っ」

「んん……はうぁっ!?」


 小柄な私と比べて頭1個半は上背の高い姉の身体を力強く引っ張り、ベッドから引きずり出した。姉さんはまだ半開きの目を精一杯開けながら呆けた表情でキョロキョロしている。


「おはようございます、姉さん。今日は卒業式なんですから、遅刻厳禁ですよ。」

「ふぇ…そつ、ぎょ……ああああっ!!そうだよ卒業式だっ!!エクレアちゃんありがとーっ!!!」


 そう、今日は卒業式。長い学びの日々が終わり…全てが始まる日なのだから。


 ----------


「はぁっ、はあっ…ねえエクレアちゃんっ!!わたし達、何で走ってるのかなっ!!」

「そんなこと…姉さんがトイレの中で二度寝するからでしょう……!!」


 姉さんを起こしてから、およそ2時間後。私達は今、寮の部屋を飛び出して私達が通う戦闘訓練アカデミー『サンシャイン』の中央にある記念館へ向かって全力疾走している。全く、姉さんといると計画通りに事が運んだ試しがない……。


「時間は…後5分。よし、間に合いますよ姉さん。」


 ポケットから取り出した端末に表示される時計をチラ見してから、脚の回転を上げる。隣から聞こえる姉さんの吐息が徐々に後ろに下がっていく気がするけれど、あえて振り向いたりはしない。私が記念館に辿り着いてから少し後に、姉さんは息も絶え絶えの状態で追いついてきた。


「相っ変わらず…足が速いねぇ…っ!!」

「これくらい普通です。姉さんの方こそ、そんなことでこれから大丈夫なんですか?」

「えへへ、わたしは頭脳派だから~……」


 苦笑いで微笑む姉さん。丁度その横を、2人の学生が追い抜いていった。おそらく私達と同じ卒業生らしきその男女は、私と姉さんを横目で見ながらヒソヒソ声で何かを話している。


「見たか、エリン。あれが主席卒業生様だぜ…!!しかも俺らより3つ下!!3学年飛び級だってんだからよ…!!」

「うるさいこのバカロリコン。聞こえたらどうすんのよ、隣に姉貴の方も居たっていうのに。」

「どうせ聞いちゃいねえって!姉貴って隣の金髪だろ?あいつ、去年留年して今年も卒業生ドベの成績だったらしいぜ!」

「…キャメル、アンタそんな噂どっから仕入れてくるのよ……」


 聞かなければよかった、と後悔しても仕方がない。どうせ今日を最後に関わることも無い相手だ、品のない噂話に花を咲かせる俗物など放っておけばよいのだ。


「ねぇねぇ、わたし達の席はあそこだってっ!!」


 卒業式のパンフレットをこれでもかと顔に引き寄せながら、姉さんは私の手を引っ張っていく。どうやらさっきの話は聞いていなかったらしい…尤も、聞こえたところで気にするような人種ではないが。ホッと胸を撫で下ろしたことには気づかれないように、私も姉さんに続いて席に着いた。


「…それでは、これより戦闘訓練アカデミー『サンシャイン』の卒業式を行う。まずは本校校長より式辞を賜る。」


 席に着いて間もなく、司会の職員の声が記念館中に響いた。壇上には恰幅のいい初老の男性がマイクを握って立っている。リオン・ヴィーリグ…私達が10年間通ったこのアカデミーの校長だ。


「今日は、このようなよき日に1万人余の卒業生諸君の門出を迎えることができ、たいへん嬉しく思う。この式をもって、君達は賞金稼ぎ(ハンター)としてこの世界、『ハイリヒトゥーム』の各地へと旅立っていく訳だが……」


 校長という立場の人間は、何故こうも話が長いのか…余りの退屈さに瞼を閉じようとしたその時、隣から腕をつつかれる感触がする。


「……なんですか。」

「エクレアちゃん、校長せんせーは何の話してるのかなっ?難しいねぇ…っ?」

「…退屈なら居眠りでもしていればいいんじゃないですか。」


 時々、本当にこの姉は自分より4つも年上なのかと疑いたくなる時がある。私とて、同級から「17歳には見えない」と言われたものだけれど、姉さんを21歳だと言って一体誰が信じるのだろうか……そんな事を考えているうちに校長の話は終わり、式は次へと進行していたらしい。


「…続いて、卒業証書の授与に移る。主席卒業生、エクレア・エルドラドは前へ。」

「はい。」


 私が返事をした瞬間、記念館中が静まり返る。立ち上がって、壇上へと上がっていく。背中に感じる視線は、きっと姉さんのものだけではないだろう。今、この空間にいる全ての人間が私に注目している…緊張はしないが、どこかむず痒い思いがした。


「卒業おめでとう、エクレア。」


 壇上で私にそう声をかけてきたのは、担任のトルステン・メルケルス先生だった。真面目で無骨で、でも確かな実力があるこの教師が、私は嫌いじゃなかった。


「ありがとうございます、メルケルス先生。」

「お前は…最後まで相変わらずだな。」

「ええ、先生。私は私ですから。」

「ふっ…全くお前という奴は…さて、校長先生、これを。」


 僅かに苦笑いを浮かべたメルケルス先生は、リオン校長に卒業証書を手渡した。そして、それが校長から私へと手渡される。


「エクレア君、卒業おめでとう。今後の君の活躍が聞こえることを、願っているよ。」

「はい。ありがとうございます。」


 証書を受け取った私は、台本通りに一礼してから壇を降りていく。途中、何かひそひそと話している者も居たが、一切無視。席に戻ると、姉さんが満面の笑みで私を出迎えた。


「お疲れ様っ、かっこよかったよーっ!!」

「ありがとうございます。でも煩いから静かにして下さいね。」

「えへへ、ごめんなさ~い。」


 その後も式はつつがなく進行し、私達が記念館を後にする頃には、陽の光が真上から降り注いでいた。


「さて……と。私はメルケルス先生に呼ばれているので研究棟へ行きますが…姉さんはどうしますか。」

「一緒に行くよーっ!研究棟は…こっちだねっ!!」


 姉さんはそう言うと、真っ直ぐ指を指して歩き始めた……研究棟とは真逆の方向に。


「…姉さん、研究棟はこっちですから…一体何年このアカデミーに在学していたんですか。」

「おーっ!そうだったそうだったっ!あれだね、『さるもあるけばなんとやら』ってやつだねっ!!」

「いや、それを言うなら猿じゃなくて……はぁ、もういいです。」


 指摘する気力も失せた私は、ため息をつきながら姉さんの手を引っ張って歩いていく。こうでもしないとこの人は、いつの間にかどこかへ迷子になってしまうのだ。しばらく歩くと、3階建ての研究棟に辿り着き、私達は2階にあるメルケルス先生の研究室前で足を止めた。


「トールせんせーっ!!トールせんせーっ!!」


 いきなり扉を叩きながら叫びだす姉さん。場所が場所なら他人のフリでもするところだけれど、用事があるのは自分なのだからそういう訳にもいかない。仕方なく姉さんを扉から引き剥がして、コンコンコンコン、と4回ノックをする。


「メルケルス先生。失礼します、エクレアです。」

「うむ、入りたまえ。」


 扉の向こうからメルケルス先生の声がする。私はゆっくりと扉を開いた。すると、私を追い越して姉さんが部屋の中へと飛び込んでいった。


「トールせんせーっ!エクレアちゃんに何のご用事かなっ?」

「…エーテルよ、お前を呼んだ覚えは無いのだが。」


 部屋の中では、メルケルス先生がデスクに座っていた。その表情が曇っているのは、恐らく姉さんの騒がしさ…というより、呼んでもいないのに勝手に部屋に入ったことだろうか。


「そりゃあ、わたしはエクレアちゃんの行くところにはどこへだってついて行くんだよっ!!」

「…すみません。妹離れができない姉なものでして。」


 私が深々と頭を下げると、メルケルス先生の苦笑が聞こえた。表情は見えないが、きっと険悪な状態は避けたはず……ゆっくりと顔を上げると、先程よりはいくらか表情が柔らかくなった先生の姿があった。


「まぁいい。本来は当人にしか知らせないものではあるが…つまらん風習だし、どうせお前達は2人で旅に出るのだろうから同じことだ。エクレア、これを受け取りなさい。」


 そう言って先生は1つの包みを差し出した。その紫色の包みを開いてみると、臙脂色の鞘に収められた2本の片手剣が現れた。鞘から取り出してみると、鋼鉄でできた刃が光を反射して爛々と輝いている。存外軽いその剣は、小柄な私にもとても扱いやすそうで、すんなりと手に馴染んでいた。


「先生、これは……?」

「主席卒業生にのみ寄贈される特別製の武器だ。素材、加工共にそこらの大量生産品とは比べるべくもない逸品だ……まぁ、学業を頑張った人間へのささやかなご褒美ってヤツさ。」

「…はい、ありがとうございます。」


 私はもう一度メルケルス先生に頭を下げてから、2本1対の剣を背負った。


「おっ、エクレアちゃんかっこいいーっ!!」

「ふっ…流石、主席卒業生様は画になるな。」


 姉さんと先生が揃って茶化してくる。別段不愉快ではない、というより褒めてもらって悪い気はしない。それでも、あえて不機嫌そうに眉をひそめて言い返してみる。


「別に、剣を背負ったくらいでどうということもないでしょう…さぁ、行きますよ姉さん。」


 大げさに肩をすくめながら部屋の出口へと歩いていく。そして私が扉に手をかけた、ちょうどその時だった。


「待て。」


 部屋に響くメルケルス先生の声。瞬間、部屋の空気が変わる。咄嗟に振り向くと、目の前には今まさに拳を私へと繰り出さんとしているメルケルス先生の姿があった。


「なっ……」


 私の鳩尾目がけて迫る先生の右手を、間一髪で身を翻して躱す。時間差で繰り出された左手を、今度は右手で押さえ込んで防いだ。組み合った先生の背中越しに、口をあんぐり開けて呆けた姉さんの姿が見える。


「ふえっ、トールせんせー何してるの…っ!?」


 正直、姉さんと同じ気持ちだった。ふと、組み合ったままの先生と視線が合う。ところが、その瞳からはどうしても敵意らしい感情は読み取れない。ということは…。


「…試されている、という訳ですね。」

「全く、相も変わらず可愛気のない教え子だ…!!」


 先生はニヤリと笑みを浮かべると、飛び退って間合いを取って身構えた。私もそれに合わせて背中の2本の剣を抜く。


「来い…エクレア!」

「それでは…尋常に…!!」

「ふえっ!?ええーっ!?」


 1人で混乱している姉さんをよそに、私は先生に向かって真っ直ぐ斬りかかる。まずは初撃、右手の剣を脳天目がけて振り下ろす。先生はこともなげに身を翻して躱したが、その躱した方へ左手の剣を薙ぐ。


「入った……っ!?」


 左手の剣の一撃は、入ったと確信できる一振りだった。けれど、剣は先生の身体に触れること無く空を裂き、両手を交差する形になった私へ先生の掌底が繰り出された。


「その程度で勝ち誇られては困る…まだ青いな、エクレア。」

「くっ…けほっ……まだまだ……!!」


 胸部をモロに打たれたせいか、呼吸が安定しない。若干ぐらつく視界に何とか先生を捉える。流石は何万という学生達に戦闘指導を行うだけのことはあって、ちょっとやそっとの戦法では歯が立たない…ならば。


「行きます…!!」


 今度は左手の剣を床においてから、左手を先生に向けて突き出して意識を集中させる。


「凍てつく刃よ、生命を穿け…アイシクル!!」


 詠唱を終えると、私の左手からナイフのような氷の刃が3本表出し、先生へ向かって飛んでいく。それを追うように、私も左手の剣を持ち直して駆け出した。


「小賢しい真似を…この程度で俺を倒せると思うのか。」


 先生は苛立ちを見せながら氷の刃を拳で地面に叩き落とした。さらに私との間合いを詰めようと一歩前に踏み出そうとする。


「…もらった……!!」

「何だと……くっ!?」


 その瞬間、私は両眼を閉じて再び体内の魔力を喚び起こす。その魔力を向けた先は、先生がはたき落としたばかりの氷の刃。私の魔力を帯びた氷は床を這うように薄く広がっていく。そこへ足を踏み出した先生が僅かに動きを止めて、バランスを崩さないように踏ん張った。その一瞬こそ、私の狙いだった。


「覚悟……!!」


 私は一気に先生の眼前まで踏み込み、両手の剣を交差させるように横に薙ぐ。2本の刃は、先生の首筋でピタリと止まった。


「…見事だエクレア。俺の負けだ。」

「ありがとうございました。最後に先生と手合わせができたこと、嬉しく思います。」


 先生が苦笑しながら右手を差し出した。私も剣を鞘に収め、右手を差し出す。僅かに口元が緩んでいるのが自分でも感じられた。


「お前みたいな優秀な奴を指導できて俺も楽しかったよ…達者でやれよ。」


 初めて、7年間指導を受けたメルケルス先生と気持ちを通い合わせることができた…そんな感覚を覚えながら、私はもう1度深々と頭を下げた。


「ねえねえっ、結局どういうことっ!?けんかしたのっ!?仲直りしたのっ!?どーゆーことかなっ!?」


 何故か後半は怒りながら、姉さんが頬を膨らませて近寄ってくる。どうやらこの姉、本気で一切合切状況を理解せず、本気で私と先生が大立ち回りを始めたと思っているのだろうか……。


「メルケルス先生は私を試していただけですよ。このサンシャインの主席卒業生として、これからやっていくに足る力を持っているか…ですよね、先生。」

「まぁ、まさか一本取られるとは思っちゃいなかったがな。エーテル、お前もやっと卒業できたんだから、妹の足引っ張らないように頑張れ。」

「…おおっ!!トールせんせーに褒められちゃったよっ!!これから頑張ろうね、エクレアちゃんっ!!」


 先生に激励されたのが嬉しかったのか、姉さんはにこにこしながら子犬みたいにぴょんぴょん飛び跳ねている。とりあえず、褒められているわけではないことは伏せることにして、私は姉さんの手を再び引っ張って、部屋を後にしたのだった。


 ----------


 それから10分後、私達は『サンシャイン』の正門に辿り着いた。辺りは卒業生と、それを祝う在校生、卒業生を迎えに来た家族で埋め尽くされていた。


「すっごい人だかりだねぇ~っ!」

「まぁ、こんなものでしょう。」


 やがて私達の周りにも何人かの在校生が集まり始めたけれど、それは相手にせずに正門をくぐり抜けていく。


「いいなぁ~っ、お父さんやお母さんに迎えに来てもらう人もたくさんいるんだね~っ!」

「だから……探しに行くんじゃないですか。」


 そう、全てはその為に今日までここで学んできたのだ。物心付いた頃から、私達姉妹は孤児院で過ごしてきた。父も母も、顔も見たことがなければ名前さえ知らない。そもそもまだこの世に生きているのかすら、分からない。私はいつの日か両親を探したいと願い、この『サンシャイン』へと入学したのだ。賞金稼ぎ(ハンター)として力を付けながら旅をしていけば、いつかきっと、両親の手がかりも手に入る…そう信じて、学び続けてきた。だからこそ、本来10年間必要な課程も3年分の飛び級が認められて7年で卒業することができたのだ……まさか、姉さんが留年して同じタイミングで卒業することになるとは思わなかったけれど。


「お父さんとお母さんか~、もし会えたらどうしよっかっ?」

「もし会えたら……一発ぶん殴ってやります。姉さんと2人きりで生きていくのが、どれだけ大変だったことか。」

「あはは~…わたしはそれなりに楽しかったけどなぁ~っ!!」


 無邪気に笑う姉さんだけれど、きっと小さい頃は姉さんなりに苦労があったに違いない…。いつの間にやら、こんなとぼけた性格になってしまったけれど。


「ねぇねぇ、この後どうするかって決めてたっけ?」


 姉さんの質問に、私は持っていた地図を広げて説明を始めた。


「ええ。まずはこのまま南西のアシュヴィツアル地方を目指して峠を下ります。その先のペルケンス川の傍にあるユピミル村を目指す予定です。」

「峠を下るのか~何だか疲れちゃいそうだね~…。」


 一体あなたは『サンシャイン』で何を学んできたのか…移動で疲れていて賞金稼ぎ(ハンター)が務まるのだろうか…そんな突っ込みをぐっと腹の底にしまい込んで、1つだけ嫌味を言ってやることにした。


「…姉さん、シャイニングはかなり高い場所に設立された学校ですよ。峠を下らないなら空でも飛ぶおつもりですか?」

「うぅ~分かってるよそんな事~………よしっ、じゃあ行こっか!!」


 気持ちの切り替えの早さだけは、見習わなくてはなるまい…そんな事を考えながら、私は姉さんと並んで歩き出した。ふと振り返ると、7年間過ごした『サンシャイン』が少しだけ小さく見えた。何だか鼓動も早くなっていく。


「エクレアちゃん…もしかして緊張してるっ?」

「えっ?」


 私は驚いた。姉さんの問いに、ではない。私自身が緊張していることに、今やっと気が付いたからだ。今朝から感じていた違和感、その正体がこの緊張だ。もう学生として学ぶのではなく、自分の身を自分で守りながら旅をしていく…そんな当然の、ましてや待ち望んでいたことに、柄にも無く重圧を感じていただなんて。私は大きく深呼吸をしてから、姉さんに向き直った。


「まさか、緊張なんかしているわけないじゃないですか。」


 平静を装って言えた…と思うのだけれど。私の返事を聞いた姉さんはにこにこしながら私を見つめている。時折、鋭いところを見逃さないことがあるのが、この姉の怖いところではある。


「そっかーっ!!じゃあ大丈夫だねっ!!」


 が、この反応を見ると恐らく緊張は見透かされていないだろう。私がしっかりしなければならないのだから、緊張していることを姉さんに知られて不要な気遣いをさせる訳にはいかない。


「よーし頑張ろーっ!!それっ!!」


 突然叫びながら走り出す姉さん。放って置く訳にもいかないので、私もそれに合わせて後を追う。何も疲れてまで走ることはないのだが、ともかく私達の旅が始まった。姉さんと2人でやっていけるのか、両親は見つかるのか……不安なことはいくらでもあるけれど、目の前で嬉々とした表情を浮かべる姉さんを見ていると、不思議と何とかなる気がしてくる。


「…あんまり走ると、後で疲れますよ。」


 さぁ、行こう…新しい冒険の、はじまりだ。

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