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イチゴうさぎの奇跡 8

「『ぴょんぴょんうさぎのイチゴレアチーズケーキ』下さい」


 女の子はもう一度言った。


 今日はうさぎさん大人気ね


 里中(さとなか)(まい)はレジの上から覗き込むように女の子を見下ろし、心の中で呟く。

そして、困った。

 女の子は小学生1年生か入学前くらいか。キラキラした目で舞を見上げている。


「えっと、ごめんなさい。今日は、うさぎちゃん売り切れちゃったの」


 チクリと胸に痛みを感じながら舞は言った。

 女の子はきょとんとした表情になりながら、もう一度、今度は前より少し小さな声で言う。


「……うさぎさんのイチゴレアチーズ……ないの?」


 こんな時は真剣な顔をすべきか笑顔になるのが良いか悩む舞。

 結果、薄笑い、見方によっては般若のような最悪の表情で女の子に対する事になったのだが。笑顔を浮かべようと頑張る当人はそれに気づかない。


「うん、ごめんなさい。売り切れです」


 女の子の目がとたんにうるうるとなり、口許が歪む。


 ああ、やめて、やめて。お願い、泣くのだけは……


「……ないの、うさぎさんないの……

ヒック……ママとやくそくしたのに……ヒック

これじゃ……ママに会えない、いやだ、ヒック……うぇーん」

「え、えっと、うさぎさんはいないけど、ぞうさんはいるよ。

ほら、これ。ぞうさんじゃダメかな?」


 舞に言われて女の子は『パオパオぞうさん(以下略)』を一瞥するが直ぐにぷいっと横を向く。


「いや、うさぎさんじゃなきゃ、ダメなの」

   

 あう、ぞうさん、又フラれちゃったよ。もう、ぞうさんもわたしも泣きそうだゾウ~


 舞は心の中で泣きながら、店長の方を見て、口パクで訴える。


《店長。もう一回作って。ツ・ク・ッ・テ》


 対する店長も口パクで返してくる。


《ダメ。材料ない。イ・チ・ゴ・ナ・イ》


 終わった……


 舞が天を見上げた時、ドアが開き男が一人入ってきた。

 中肉中背。赤ら顔でうっすらとアゴヒゲをたくわえている。


「どうしたんだ。何を騒いでいる、さくら?」


 口ぶりからして女の子のお父さんのようだ。


「うさぎさんが。うさぎさんがないの!」

「そうか。じゃあ、別のを買って、ママのところへ行こう。早く行かないと面会時間が過ぎちゃうぞ」


 涙ながらに訴える女の子に対してお父さんはしれっと答える。お父さんにしてみればケーキが何であっても構わないのだろう。


「いや!

うさぎさん、買って行くってママとやくそくしたんだもん。

うさぎさんじゃないとダメなの」


 さくらは足を踏み鳴らし訴える。


「そんな我が儘を言ったってないものはないから仕方ないじゃないか」


 お父さんは少しイライラしながら答える。しかし、それは逆効果にしかならなかった。


「もう、お父さんがいけないんだ。

早く、早くって言ったのにちっとも行こうとしなくて。

だから、うさぎさんが買えなくなっちゃっんじゃない。もう、さくら、ママに会えない……会えないよぉ……うぇーん」

「こら、いい加減にしないとお父さん、怒るぞ」


 お父さんはさくらの頭に手を置こうとするが、さくらは体をよじってそれを避ける。


「いやだ、いやだ。もう、みんな、キライ」


 金切り声を上げるさくらは勢い余りにバランスを崩して転びそうになった。

 周囲の者が皆、あっと息を飲んだところにさくらを支える一本の手。

 転ぶのを覚悟していたさくらは瞑った目を恐る恐る開ける。と、そこには見たこともない大きな男が立っていた。

 さくらは驚きと恐怖で泣いていたのを忘れてしまう。


「子供。そんなにお父さんの事を悪く言うものではない」


 健は低い声で言う。

 そして、さくらと目線を合わせるためにしゃがむ。


「お父さんは、お前やお母さんのために一生懸命仕事をしているのだ。色んな都合がある。思い通りにいかないことばかりだ。分かるか?」

「さくら、分かんないよ」


 健は少し笑みを浮かべる。


「そうか、分からないか。

つまり、今日、お前がケーキを買えないようなことが世の中ではたくさん起きると言うことだ」

「そんなのヤダ!」

「そう、やだな。でも、起きるんだ。

そんな時はどうすれば良いと思う?」

「う~ん。分かんない」

「一番大切なことは何か?一番やりたいことはな何か?を考えるんだ。

お前が一番やりたいことは何だ?

ママに会いたい、じゃないのか?

なら、会うことを一番に考えろ。他の事は御免なさいって謝ってしまえ」

「で、でも、ママ、赦してくれるかな」

「赦す」


 健は力強く答える。


「赦すとも。ママもお前に会うことを一番に考えているからな」

「そ、そうかな。さくら、謝れば、ママに会える?」


 健は無言で頷く。


「分かった。さくら、ママに謝るよ」

「良し。良い子だ。なら、ご褒美にこれをあげよう」


 健は箱をさくらに渡す。

 受け取った箱を開け、さくらは驚きの声を上げる。


「わっ、うさぎさんが一杯」

「し、しかしそれは!」


 慌てて口を挟もうとしたお父さんを健は手で制する。


「いや、良い」


 そして、健はそのまま店を出た。

 日が大分傾いていた。


2018/05/07 初稿

2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正


《オマケ》

優花:「わっ、あの人、体を折り曲げて女の子の目線に合わせましたよ」

店長:「子供と会話する時の基本だね。若いのに感心、感心」

優花:「って言うか、あの大きな体が良くもまあ、あんな小さな子の目線まで低く出来ますね。手足の折り曲げ方が尋常じゃないですよ。トランス○ォーマー見たいです」

店長:「見かけによらず体、柔らかそうだね。若いのに感心、感心」


次話は5月8日 10:00を予定しています


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