イチゴうさぎの奇跡 4
キキキッー
健が入ってきた時、耳障りな金属音をたてながらワインレッドの高級車がスィーツフォートレスの前に急停止した。
ドアが開き、茶髪のチャラそうな男が出てくる。ドクロをあしらったシャツにレザーに無数のメタルが埋め込まれたズボン。装飾のチェーンが歩く度にガチャガチャと音をたてた。
ほぼ、同時に助手席からこれまた金髪の女が出てくる。白と赤のツートーンのタンクトップにエナメルの黒のホットパンツ。
いかにもなカップルだった。
「達ちゃん、ここよ。ここが、最近話題のお店」
真っ赤なルージュを塗りたくった口を開き、女は大声で叫ぶ。
「はー、ちいせぇ店だな。本当に旨いのか?
ま、いいや。お前が食いたいってーなら、買ってこうぜ」
勢い良くドアが開く。
ドアベルがけたたましい音を立てた。
店内には健も含め、待っている客が大勢いたが、男はその人たちを押し退けるようにショーウインドウの前にでる。
両手をポケットに突っ込んだまま、男はウィンドウに並ぶケーキを覗きこむ。
「んでぇ、どれがいいんだ?」
「何でもいいんじゃないの。適当に高いの買えば」
女はスマホを弄りながら気のない返事を返す。
「ああん?
なんだよ。おめぇが言い出したんじゃないかよ。
ま、いいか。んじゃ、そこの高そうな奴、右から順に二個ずつくれや」
男はレジの女子店員に言った。
店員は少し戸惑ったが、やがて小声で答える。
「あ、あのお客さま。既に待たれているお客さまがおられるので、大変申し訳ありませんが列の後ろに」
バン!
男はウィンドウのガラスを激しく叩いた。
女子店員は文字通りビックリして飛び上がった。
「俺たち急いでるのよ。分かる?
チンタラ列の後ろに並んでる時間なんてないだよ。良いから言われた通りにしろよ。
金は払うんだから文句ねぇだろ」
男の強引な物言いにレジの店員は泣きそうな視線を男の肩越しに店長へと向けた。
店長と優花は男の後ろで両手を互いに握りあって突っ立っている。
「ほら、店長。なんとか言ってくださいよ」
優花が店長に小声で言う。
「いや、なんとか言えって、だって、ちょっと、怖いじゃない」
店長も小声で答える。
「もう!こう言う時にビシッと言うのが仕事でしょ」
「いや、僕はパテェシエでケーキ作るのが仕事なんで、むしろ優花ちゃんの方が適任と言うか……なんと言うか」
「わたしにやれって言ってますか?!」
二人は男の後ろで小声で言い合っていた。
「ほら、さっさとケーキ包めよ。俺たちは忙しいんだからよ。待ってるお客さまにも迷惑だろ。へへへ」
言い争う二人にお構い無く男はレジに強圧的に迫りながら、自分の冗談に満足そうに笑う。
それでも店員は動かない。
「チンタラしてんなよ」
業を煮やした男は再び手を上げた。
が、その手が降り下ろされることはなかった。
「な、なんだ?」
男はピクリとも動かなくなった自分の手を見上げる。そこには自分の手首を握るもう一つの手があった。その手を目で追うと、その先に健がいた。
「おう!」
ゴリラのような厳つい顔にガンをつけられ男は驚きの声を上げる。が、直ぐに気を取り直して怒鳴る。
「なんだ?てめぇ、
え、え、ええええ」
が、怒鳴り声は途中から驚き声に変わる。
健に半ば持ち上げられて、ずるずると引きずられたからだ。
健は男を無言で店の外に放り出した。
「な、何しやがる。俺を誰だと思ってる!」
辛うじて転倒するのを堪えた男はヒステリックに怒鳴った。しかし、健はただ面倒くさそうに首を傾けただけだった。
「お前が誰かなんて知らん。知りたくもない。
俺が今、興味があるのは、お前がこのまま消えてしまうか、それとも列の最後尾に並ぶかのどちらを選ぶか、だ」
「うっせえ!どっちも選ばねーよ」
男はそう言うと健にいきなり殴りかかる。
男の右手が健の顔面にまともにヒットした。
2018/05/03 初稿
2018/10/22 誤記訂正
2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正
あっ、レジの店員さんの名前決めてないや
次話投稿は5月4日予定です