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僕のヒーローアカゴケミドロ 9

今回、分量倍です。(当社比)

 警官たちも少年も、三人の小さな証人と中年の女の人、つまり、その場に居合わせた全ての人間が一斉に声のする方に顔を向けた。

 そこには一人の少女がいた。腕に大きな三毛猫を抱いている。


「その子は私とずっと一緒にいました。だから、犬にいたずらするなんてできないと思います」


 少女のその言葉に警官たちは顔を見合わせる。


「それは本当のことかい?」


 警官の一人が気を取り直すと聞いた。


「本当です。ついさっきまで一緒でした」

「この子たちは、この少年があの女の人の飼っている犬に変なものをかけたって言っている。

唐辛子かなにかを溶かした刺激物で犬はひどい苦しみようで病院で見てもらったほどなんだよ」


 警官は探るような目で、その見知らぬ少女を見た。しかし、少女は動じることもなく真っ直ぐに警察官の瞳を見返し、言う。


「どこで、何をかけたんですか?

その子はかけたものをもっていたんですか?」

「あんた、誰よ?」


 赤い服の女の子が少し慌てたように言った。一方、猫を抱いた少女は女の子を一瞥しただけで直ぐに警官たちの方に顔を向ける。


「その子の腕には猫の引っ掻き傷がありますよ。私と一緒にいた時にこの()がつけたんです」


 と言いながら少女は抱いていた三毛猫を愛しげに撫でた。警官が掴まえていた少年の腕を確認すると確かに真新しい引っ掻き傷がついていた。


「この()の爪と一致します」


 少女は警官のところまで歩いていくと、猫の肉球をぷにゅと押して爪を出す。その爪を少年の腕の引っ掻き傷に合わせると、果たしてぴったりと一致した。警官たちは今度は赤い服の女の子たちの方を向く。


「だ、だって私たち……」


 赤い服の女の子は激しく動揺した。


「も、もしかしたら、見、見間違えたかも」


 突然、傍らに立っていた少年が言った。女の子はきっと少年を睨み付けた。何か言いたげに口を開いたが何も言わずに閉じる。


「それは本当かね?」


 警官が困惑したように言った。冤罪となれば一大事だ。自ずと警官たちの顔は強張った。その強張った表情を見て少年は更に慌て出した。


「えっ、うん。と、遠かったし……

ご、ごめんなさい、僕、やっぱり見てません!」


 少年は突然、叫ぶと一目散に駆け出した。


「あっ、コラ!待ちなさい」


 今度は女の子が叫ぶと少年を追いかけて走り出しだ。


「あっ、待ってよ~」


 最後に残された男の子は、小さくなって行く仲間と警官を二度、三度と見比べていたが、ついに半べそをかきながら仲間の後をヨタヨタと追いかけて行った。

 後に残された警官たちは声もなく互いに顔を見合わせる。どうしたものか判断がつかないようだった。


「この手を放せよ」


 少年の抗議の声に警官たちはようやく我に返えり、反射的に手を放した。


「いや、君の容疑が晴れたわけでは……」


 警官の一人が言い訳がましくそう言った。


「その子は私と一緒にいました。だから、関係ないです」


 猫を抱いた少女の言葉が警官たちに止めを刺した。こうなっては、警官たちは互いに頭を掻くしかなかった。

 解放された少年はひとしきり警官たちを睨み付けたが何も言わずにその場を立ち去る。その後を少女が追いかけた。

 少年は少女を無視して歩き続けたが、やがて、二人きりになると、くるりと少女の方に向き直り、いらいらしながら叫んだ。


「なんでついてくるんだよ!」


 かなり大きな声だったが、少女はあまり動じる様子もなく、首を少し傾ける。


「なんでって。ニャーのことをね、言っておこうと思ったから」

「ニャー?」

「この()のことだよ」


 怪訝そうな少年の目の前に少女は抱いていた猫を誇らしげに見せた。


「この()ね。家で飼うことになったんだ。

お母さんとお父さんに話したら、飼って良いって。

ニャーと名前もつけたんだよ」

「そ、そうか」


 予想外の言葉に少年は少し狼狽えた。だが、すぐに気を取り直す。


「だから、それがお前がついてくるのとなんの関係があるって言うんだ」

「あなたもこの()を世話してたから、急にいなくなったら心配すると思ったの。

それに、飼って良いか、あなたの意見も聞かないといけないと思ったのよ。

なのにどんどん先に歩いていっちゃうんだもん」


 少女は少し口を尖らせて文句を言った。


「なんでさ。そいつは捨て猫なんだから、飼うのにいちいち俺の許可なんていらないだろう」

「う~ん。そうかなぁ。

私がこの()に会うよりも前から、あなたこの()のお世話してたでしょ。

だから、う~ん」


 そこまで言うと、少女はこめかみに指を当てて難しい表情になる。少しの間、思い悩んでいが、やがて、パチリと目を開くと言った。


「やっぱり、あなたの意見も聞く必要があるよ!」


 笑顔になる少女と対照的に少年はうんざりしたように頭を掻きむしると、再び少女に背を向け歩き出した。


「あっ!?

待ってよ。やっぱり怒ってるの?

私がこの()を飼うのが嫌なんだ」

「飼えば良いさ。その方がそいつのためだ」

「じゃあ、なんで怒ってるの?」

「怒ってない!」

「怒ってるよ!

わ、わっ?!」


 少年が突然立ち止まり、振り向いたので追いかけようとしていた少女は危うくぶつかりそうになった。

 少年はじっと少女を見詰めた。確かに少年はさっきから怒っていた。だが、それは少女が猫を飼うからではない。少年のわだかまりは別のところにあった。


「嘘つき!」


 少年は吐き捨てるように言った。少女はきょとんとした顔になった。


「嘘なんてついてないよ」

「ついたじゃないか。ずっと俺と一緒だなんて嘘だ」

「一緒にいたじゃない」

「お昼までだろ。3時間も前の話だ。それをつきさっきまで一緒だったなんてよく言えるな!」

「10分前でも3時間前でもついさっきはついさっきだよ。私がそう思ったんだから」


 少女の物怖じしない物言いに少年は言葉を失う。


「でも。じゃあ、俺が犬にいたずらしてないなんて言えないじゃないか」

「言えるよ」


 少女はニコリと微笑むと言いました。


「だって、あなたはそんなことしないもの。

優しいから、犬や猫を虐めるなんてしない。

そんなの、私、見てなくてもわかる。

だから、あなたはそんなことしないって言っただけ。

……

それとも、本当はいたずらしたの?」

「するもんか!

大方、あいつらがやってそれをよってたかって俺のせいにしたんだ」

「でしょう~。

だから、私もウソなんてついてないよぉ~」


 少女はニコニコ笑いながらそう答えた。

 そんな少女を少年は生まれて初めて出会った生き物を見るような目で見詰めた。

 後ろをポニーにまとめられた黒髪は陽の光をツヤツヤと反射させていた。それに負けないぐらいキラキラと輝く大きな瞳が少年を静かに見つめ返している。

 柔らかな微笑みをたたえた小さな口元を見ていると少年の胸の奥がモヤッとなった。


「マジでいってんのか。意味わかんないや」


 少年は激しく首を横にふり、怒鳴った。激しい言葉を使わなくては、初めて感じたこの奇妙な感覚に飲み込まれそうで怖かったからだ。

 ここに長く居ては行けない。

 少年は本能的にそう感じていた。少女に背を向けると慌てて走り出す。


「ねえ、この()、私が飼ってもいいよね」


 走り去ろうとする少年に少女は叫ぶ。


「勝手にしろ!」


 少年はもう振り向きもしない。足も止めない。もし、このまま、足を止めたらもう二度と動けなくなりそうで怖かった。


「亜美よ!」


 少女はもう少年を追いかけようとはしなかった。ただ、走り去ろうとする少年の背中に向かって叫ぶ。


「私の名前は久野亜美。もし、この()に会いたくなったらいつでも来て!」



「健さん、健さん!」


 源太郎の声に健は我に返った。


「なに、ぼうっとしてんすか?」

「いや、なんでもない。

昔のことをちょっと思い出してただけだ。

自分に関係ないことに首を突っ込んでくる妙な奴のことをな。思い出していたんだ」


 健はそう言うと、深い紫煙(と言う設定のただの息)を吐き出した。

2018/11/17 初稿

2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正

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