亜美は秘かに思っている 10
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次の瞬間、健の渾身のストレートが教諭の顎にめり込んでいた。
「ぐへらぁ」
教諭が奇声と共に吹き飛ぶ。
「この女に触るんじゃねぇ」
健は憮然とした表情で吐き捨てる。
もう一人の教諭は一瞬あっけに取られるが直ぐに気を取り直すと真っ赤な顔で健に向かって怒鳴った。
「お前、何をしてるのか分かってるのかぁ!」
そして、猛然と健に突っ込んできた。が、健は軸をずらして教諭の突進をかわす。
「ぐはっ」
教諭が呻く。
すれ違い様、健の膝がカウンターで教諭の鳩尾に入っていた。
教諭はエビのように体を曲げ、胃液を吐きながら廊下をのたうつ。
一人残された教頭は健に睨まれただけで一目散に逃げだしてしまう。
「ふぅ」
健は廊下にしゃがみこんだ。背中の傷からの出血は続いているようで、さっき見た時よりもシャツの赤色が濃さも面積も増していた。
「あの、傷の手当てをしてください。
放送は私が続けますから」
「ならば、お前を守るために俺はここにいる」
「う~ん、それじゃ意味ないのですけど……
じゃあ、後20分だけ続けましょう。時間が来たら手当てを受けてください。お願いします」
「いや、そう言う訳には……」
健は提案を拒否しようとしたが、途中で口をつぐんだ。
亜美が泣きそうな顔で自分を見ていることに気づいたからだ。
軽く息を吐き、健は言葉を続けた。
「分かった。そうする」
■
「あの事故の当事者さんだったんですか」
尚美はため息混じりに呟いた。
「丁度、この病院に入って直ぐの大事故で、病院は大騒ぎになりました。
重軽傷者合わせて20人以上の大事故でしたね。
奇跡的に死傷者はいなかったですけど……」
「もしも、海道君がいなかったら一人、ううん、二人死んでたと思う」
と、亜美は静かに答えた。
「事故の時の騒ぎも凄かったですけど、私は事故の後に本当に沢山の高校生が献血に来てくれたのが印象的でした!
もう、ずらーっと行列ができて。
私、感動で目をうるうるさせながら血を取ってました」
その時の感動を思い出したのか、尚美は少し鼻をぐずぐすさせながら言った。そこへじっと聞いていた佐倉さんが入ってくる。
「献血の話は美談としてテレビや新聞でも取り上げられてたわね。
その発端が、久野さんの彼氏だったとは……」
「私!尊敬しちゃいます。後で霧島さんにも教えてあげなくちゃ」
「あはは、お手柔らかに」
亜美は苦笑する。
「確か知事から人命救助で表彰されたわよね。
でも、海道君の名前はなかったような」
佐倉さんの指摘に亜美の顔が少し曇る。
「そうです。表彰されたのは学校と生徒会です。
公式発表は、学校と生徒会が一致協力して献血を提案したとなっていますから。
いち不良が勝手に献血を呼び掛けたなんて口が裂けても言えない。
それが学校の判断でした」
「判断ってそんな、酷い!
事実と全然真逆じゃないですか!
久野さんは文句言わなかったんですか?」
「言いたかったけど、一番文句を言って良い人が何も言わなかったんです。
だから、私がどうこう言うわけにいかなかった」
「海道君ね。
あの人はきっと何も言わなさそうね。
何となくわかるわ」
佐倉さんが呟く。
「えーー、何で?納得できないなぁ。
文句を言わないのは良いとして、良いことしたのに何もないなんて世の中おかしいですよ」
尚美は立ち上がると叫ぶ。
「良いことかどうかわからないけど、この話の最後にこんな事が起きましたよ」
亜美は胸に軽く手を当てると話の続きを始めた。
2018/06/10 初稿
2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正
《オマケ》
『海道健 キャラクターメモ』
健は不良ですが、何時でもどこでも暴力をふるう人物ではありません。どちらかと言えば降りかかる火の粉を払うため仕方なく使うタイプです。
しかし、自分の意思を押し通すためには躊躇なく暴力を行使する一面もあります。
暴力のもつリスク、暴力を行使するものは、自分より強い暴力に蹂躙されても文句を言えないリスクについて無自覚ではなく、常に覚悟をしています。