亜美は秘かに思っている 3
尚美は病室をそっと覗いた。
三人が定数の大部屋だが今は久野さんともう一人、佐倉さんと言う20代後半の女性がいる筈と、尚美は自分の記憶を辿る。
佐倉さんのベットはカーテンで仕切られ見えなかった。
尚美は病室に足を踏み入れる。
亜美は身じろぎもせず横たわっていた。
最初はもう寝てしまったかと思ったが、すぐに目を開けて天井を見ているのが分かった。
やはり、眠れないようだ。尚美は自分の考えが間違っていなかった事に自信を持った。
亜美が気配に気づき尚美の方を見る。尚美の姿を認め、驚いた顔をした。
「あっ、すみません」
尚美は反射的に謝った。
「……
何かありましたか?」
亜美は体を起こそうとする。
「あっ、良いんです。そのままで」
尚美は慌てて言う。亜美はますます不思議そうな顔をした。
「えっと、心細いかなと思いまして。
良ければ、何か力になれないかと……
あっ!でも、処置は済んでいるので特に何かができるわけではなく……」
尚美は話しながら自分でも何が言いたいのかわからなくなった。
亜美の緊張した表情がふっと柔らかな笑みに変わる。
「ありがとうございます。実は心細くて眠れないなぁと思っていたのです。
側にいてくれるととても心強いです」
「あ、はい!
そのつもりできました」
尚美も笑い顔になると、すぐに亜美のベットの横に腰をおろした。
「まだ、痛みますか?」
横たわったまま、なにも言わない亜美の表情を伺いながら尚美は尋ねた。
「はい。さっきよりは少し薄らいだ気がしますが」
「手を握っても良いですか」
コクりと亜美は頷いた。尚美はそっと亜美の手を握る。
「気を楽にするのが良いですよ。
そのうちに薬が効いてくると思いますが。
今は何か、楽しいことを考えて気を紛らす事をするのが良いのかなと思います」
「楽しい事ですか……?」
「そう。家族でどこかに行った時の話とか、友達や学校の話。後は、恋人とか」
「恋人?!」
ピクリと亜美の手が反応する。
「恋人さん、いるんでしょう?
あの大きな学生さんって久野さんの彼氏さんなんでしょ?」
「海道君の事ですか?
一度しか来てないのに何で知っているんです」
亜美は不思議そうに尋ねる。
「ほぼ毎日来てますよ」
「ほえ?」
想定外の答えに変な声が出た。
亜美が入院して1週間になるが、海道は初日に来たっきりで、後は一度も来ていない。ちょっと薄情かなと内心思っていたのだ。尚美の毎日来てる発言は意味が分からなかった。
「うーんとですね。大体平日は病院の中庭に来て、じっと病棟を眺めて、暫くしてそのまま帰ってますよ。この間の土日は昼ぐらいに来て、中庭と病院の受付辺りを行ったり来たりして、結局、そのまま帰りましたね。
それが私たちの間で話題になったんですよ。
あれは何だってね」
「はぁ」
「誰かの見舞いだ。
じゃあ、誰のだ。
久野さんの病室で見掛けた、となりまして。
なら、きっと久野さんの彼氏だろうとなってるんです」
「病院中の看護師さんがそう思っているんですか?」
少し顔を赤らめながら亜美が聞いた。尚美は慌てて否定する。
「いえ、私たち新人ナースの間だけの話です」
「あはははは」
額に手をやり亜美は乾いた笑い声を洩らす。
「違うんですか?」
「う~ん。どうなんでしょう」
「はい?」
今度は尚美が変な声を出す番だった。
「告白はされたんです。それは確か」
「で、受けたんですか?
久野さんが拒絶してたならストーカですよ」
「色々あって受けました。今は付き合ってます」
「じゃあ、やっぱり恋人さんなんだ」
「それが、良く分からないんです。
海道君、良い人なんです。それは間違いない。
でも、好きなのか?と問われると正直良く分からない。
分かります?」
「うー、すみません。余り良く分かりません」
「……ですよね~」
亜美も半ば諦め顔で答える。
「で、でも」
尚美が言いかけた時、カーテンが開く音がした。振り向くと同室の佐倉さんが亜美と尚美を睨み付けていた。
尚美が慌てて立ち上がる。
「す、済みません。起こしてしまいましたか?
済みません、済みません。静かにします」
尚美は慌てて謝った。
佐倉さんは憮然とした顔で尚美、そして、亜美を見る。そして、ニヤリと口許を緩めると言った。
「恋ばな、良いわねー。
私も混ぜてほしいわ。
まず、告白の所から、じっくり聞かせて頂戴」
亜美はポカンと口を開けて、佐倉さんを見る。次いで尚美の方。尚美は目が会うと、キラキラした目で小さく頷く。
亜美は、ため息をつく。やはり、少し話すのを躊躇うが、尚美のキラキラ瞳と佐倉さんのランラン瞳に促され、諦めて話始めた。
「海道君の告白の話ですか?
そうですね。
彼に告白された時、私、このまま死んじゃうかも、と思ったんですよ」
2018/06/03 初稿
2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正
《オマケ》
霧島 「霧島です」
早瀬 「早瀬です。先輩、私たちも名前の由来を語るべきですよね」
霧島 「無いわ」
早瀬 「……
いや、絶対にみんな知りたい筈ですって。
私は、読者に寄り添うキャラになりたいんです」
霧島 「そんなに寄り添いたなら『抱きマクラ」にでもしてもらいなさい」
早瀬 「『抱きマクラ』……」
霧島 「真剣に考えないの。
あなたのような残念なスレンダー美人は絶対ならないから」
早瀬 「ざ、残念なスレンダー美人ってどういう意味ですか」
霧島 「そのまんまよ。コンパス人間みたいな体形ってことかしら」
早瀬 「コンパス人間……
あーー、夜勤の前にこれだけは見ておけっていた教育用DVDに混ぜてた『映ってはいけない物が映っていたシリーズ』に出てた奴ですね」
霧島 「あなた、あれ観たの?」
早瀬 「観ましたよ。
お陰で、初めての夜勤ビビりまくったんですから!」
霧島 「……馬鹿なの?」
早瀬 「何か意味あるかと思って泣きながら観たんですよ。
それを、馬鹿って、パワハラですよ!」
霧島 「ご免なさい。言い直すわ。
あなた、頭もスレンダー美人なのね」
早瀬 「ううぅ(泣き)」