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イチゴうさぎの奇跡 10


*未成年者の喫煙は(法律で)禁止されています。


*喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。

 エレベータの扉がゆっくりと開く。

 蛍は人がまばらになったロビーを横切り外にでる。

 結局、健が現れなかった事がささくれになって蛍の心に刺さっていた。

 中庭を過ぎようとした時、蛍はふと立ち止まる。

 中庭は赤レンガのブロックで作られた半円形で円周沿いに花壇とベンチが交互に置かれていた。すり鉢状なので円の中心に行くほど低くなっていた。

 昼間だと入院患者の憩いの場として賑わう所だが、今の時刻になると人はいない。

 その中庭の外周の花壇とベンチの間から頭が一つ覗いていた。後ろ向きなので顔は見えないが、被っている帽子に蛍は見覚えがあった。

色褪せ、ひしゃげた学生帽。

 あんなものを被る奴は一人しかいない。


「やっぱり、健君か」


 蛍の声に健は視線だけで反応する。

 無言のまま、視線をすぐに空に向ける。ゆっくりと右手を口許に待っていき、息を吸い、吐く。

 まるで煙草を吸っているような仕草だったが手には何も持っていない。


「何やってるの?」

「エアタバコだ。タソガレている時にやると心が落ち着く」


 蛍は鼻で笑う。


「はっ、もうね、意味分かんないから。

こんなところでタソガレてるんなら亜美のところに行けば良いじゃない」

「それは!それはできん」

「なんで?ケーキ買えなかったから?」

「な、何故それを!堂本はエスパーなのか?

それとも俺、何か叫んでたか?」

「別に何も叫んでないし、エスパーでもない。ぐだぐだ言ってないで良いから来なさい」


 蛍は健の腕をひっつかむと引っ張ろうとするが健は微動だにしない。


「むぅ。抵抗するな。あんたって人は、なんでこうも面倒くさいのよ!」


 歯を食い縛り、全体重をかけて引っ張るがやはり、健は動かない。


「何をする。俺の事は放って置いてくれ。

お前には関係ないだろう」

「関係なくない。あんたたちが固まんないと、わたしがつらいのよ」

「意味が分からん。分かるように説明しろ」

 蛍は額に玉の汗を滲ませ、きっと健を睨みつけた。

「説明なんかしない!

じゃあ、あんたはなんでこんなところに未練がましく突っ立てるのよ。

本当は亜美に会いたいんでしょ。

本当に大切な事のためなら、御免って謝るんじゃなかったの?

うぁっ」


 突然、抵抗が無くなり蛍は前につんのめった。

 驚き後ろを向く蛍に健はため息混じりに答えた。


「ああ、確かに。そうだったな」



「済みません。もう面会時間終わっているのですが……」


 廊下を通ろうとした蛍と健にナースステーションから声がかかる。


「ご免なさい。ほんの少し時間ください。

ほら、あんたは行く!503だよ」


 蛍がナースステーションのカウンタに身を乗り出して宿直看護師と交渉を始めた。

 看護師さんから見えない位置から手で早く行けと合図する。


「おう。すまねえ」


 健は小さく礼を言うと503へ走った。


 亜美は手持ちぶたさ気に髪を弄っていた。

 目は少し虚ろ。何処をみているか分からない。窓から差し込む西日が頬を朱色に染めていた。

 病室に入ろうとした健はその姿を見て、固まる。そして、どうしても一歩が踏み出せないでいた。

 ふっと気配に気づいたのか、亜美が健の方を見た。


「ああ、海道君。遅かったねぇ」


 まるでそこに健がいるのが当たり前のように柔らかな笑顔を向ける。

 健はノロノロとベットの所まで歩き、立ち止まる。


「おう、遅くなった」


 健はそれだけ言うので一杯一杯になる。


「座ってよ。首が疲れちゃう」


 亜美は首を上げたまま、静かに言う。

 健は馬鹿の一つ覚えのように、おうと言うとイスに座った。

 ギシリと椅子が悲鳴を上げきり病室に再び沈黙が訪れる。

 ゆっくりした、しかし、決して居心地の悪くない時間が流れる。


「済まなかった」


 大分してからぼそりと健が言った。


「うん…… 何が?」

「いや、ケーキ、買ってこれなかった」

「ああ、それねー」


 亜美が突然可笑しそうにクスクスと笑う。


「実はね。ケーキ、一つあるんだよ。ほら」


 亜美はベットの横に置いてあった箱を取り、中を見せた。


「佐倉さん、あ、お隣の方の娘さんがねケーキ買いに行ったら大きなお兄さんから丸ごと貰ったんだって。で、そのお裾分け」

「そ、そうか。それは良かったな」

「その大きいお兄さんも、このケーキを誰かのため買ったらしいんだけどね。それを丸ごとあげちゃうなんて優しいよね。

海道君もそう思わない?」

「そ、そうか……そんなもんかな。俺には良く分からん」


 上目使いで見つめてくる亜美に目を合わせられず、健は上ずった声で答える。


「でも、大きいお兄さんもねえ」


 亜美はゆったりとした動作で箱のケーキを取りだし、お皿に乗せながら話を続ける。


「丸ごと渡すのではなく、半分こにするとか機転が利けばねぇ、良かったのにね。

はい、召し上がれ」


 白磁の皿に載せられたケーキを差し出されたが健は手を出すことが出来なかった。


「うん?」


 一向に動かない健を亜美は不思議そうに見つめる。


「いや、俺は良い。久野、お前が食べれば良い」


 健の言葉に亜美はふっと笑う。

 亜美は添えられたフォークでケーキを半分にする。


「そう来ますか。なら、半分こで。

私は海道君と一緒に食べたい気分だよ」


 ケーキを差し出し、小首を傾げる亜美とケーキを交互に見つめる健。が、意を決するとケーキの半分を掴み、乱暴に口に放り込んだ。


「美味しい?」

「おう」

「そう。良かった」


 健の言葉を聞き、亜美は月の輝きのような微笑みを見せる。

 健はケーキを飲み込む事も忘れ、ただ、その微笑みを見つめ続けた。


2018/05/09 初稿

2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正



遂に第1章完結です

ここまでお付き合い頂きまして有り難うございます。

一先ず、御お礼奉ります。


《オマケ》

蛍:「亜美、あんた、なんやかんや良いながらイチゴレアチーズケーキを一人で二個食べたでしょう」

亜美:「えっえー、食べてないよ。ちゃんと海道君と半分こにしたもん」

蛍:「いいや。わたしはあんたがケーキを円周方向に切って、ちゃっかり外周分を食べたのを知っている」

亜美:「ち、ちゃんと半径が半分になるように切りました」

蛍:「そこよ。良い?

円柱の体積は円の面積に高さを掛けたもの。つまり高さが同じなら円柱の体積は円の面積に比例する。

今、半径rの円を半径r/2の内円と外周に分けると外周の面積は半径rの円から半径r/2の内円の面積を引いたものになる。

半径rの円の面積はπ×r×r。

そこから半径r/2の内円の面積 (1/4)π×r×rを引いたものが外周の面積、即ち(3/4)π×r×rよ。

従って外周の面積(=体積)と内円の面積(=体積)の比は3:1。そして、その関係は円を等分したものにも成り立つ。

つまり、外周を食べたあなたは1個+0.75個=1.75≒ほとんど2個食べてるのよ!」

亜美:「だけど、だけど、内円の方を選んだのは、か、海道君よ。私じゃない!」

蛍:「あなたは、ケーキを差し出す時に内円の方を向けて健君に差し出した。あの状況では健君は内円を取るしかなかった。そうでしょう、亜美さん」

亜美:「だ、だってあのイチゴレアチーズケーキ大好きなんだもん。うわーーん」

蛍:「真実はいつも一つ(ピシッ)」


《オマケのオマケ 或いは次回予告》

亜美:「えっと、次回開幕は5月末になりそうだって」

蛍:「えっ、なんで?」

亜美:「なんか作者、第1幕のプロットしか考えてなかったんだって」

蛍:「また、いい加減な……

でも、これ構想的には7幕か8幕あるんでなかった?こんなペースで完結するのかしら。

そもそも5月には終わるとか言ってなかったっけ」

健:「あれは嘘だ」(ババーーン)

蛍:「わっ、び、びっくりした。あんたは、ジョルノ・ジョバーナか!

……嘘なの。ふーん。まあ、良いけど……」

健:「なぁ、なぁ」

蛍:「それで次回はどうなるの?」

健:「なぁったら」

蛍:「何よ?」

健:「俺、ずっと気になってたんだが。俺は二人の事を久野、堂本って呼んでるよな。

で、堂本は俺の事を健君、久野は海道君って呼ぶ」

亜美/蛍:「「それが?」」

健:「いや、これ位置関係おかしくないか?」

蛍:「つまり、今の距離感を反映してるんでしょ」

亜美:「じゃあ、おかしくないかもー」

健:「いや、おかしいだろう。俺、亜美の恋人だろう?」

蛍:「う~ん。亜美、実はマッチョ苦手なんだよね~。基本、この()、腐女子だから、ショタか鬼畜メガネ系が好きなのよね」

健:「マジか」

亜美:「腐女子いうなー」

蛍:「呼び方で距離感計るなら、亜美と私は名前で呼びあってるから一番近いかも。

はっ!と言うことは2章はまさかの百合展開!?

腐女子だけにありうるわね。

健君、早くも2章で亜美に振られるかもしれないわよ!!」

健:「マジか」

亜美/健/蛍「「「第2幕『亜美は秘かに思っている』は5月末頃開幕予定です」」」

亜美:「腐女子いうなーー」


《第1幕の登場人物》

久野(ひさの) 亜美(あみ)

高校二年生。

高校に入った時に一方的に健にプロポーズされた。

亜美いわくタイプではない。


海道(かいどう) (たける) 

高校二年生。亜美の通う高校の番長。番長連合の四天王の一人。 

学ランを着たゴリラと揶揄されている。見た目はゴツくて怖いが実は心優しく、真面目で筋を通す男。


堂本(どうもと) (ほたる)

亜美の中学からの同級生


平田(ひらた) 源太郎(げんたろう)

高校一年

健の舎弟分 調子がいいだけで強いわけでも悪いわけでもない

つまり雑魚或いはモブ的存在


佐倉(さくら) (なつ)

亜美の病室の患者さん

キャンディーキャンディーが好きで、勢いで娘の名前を桜にした事を少し後悔している。勿論、娘には内緒


佐倉(さくら) さくら

夏の娘。小学1年生。可愛い盛り。


佐倉(さくら) 敏夫(としお)

夏の夫で桜の父。当たり前か。

中肉中背。赤ら顔でうっすらとアゴヒゲをたくわえている。

自営業で居酒屋をやっている。

仕事の都合でケーキ屋に遅れ、ケーキを買いそびれ娘になじられる。父親の信頼ががた落ちになるところを健に救われた事を実は大変に感謝している。(浦島の亀くらい)

しかし、今後、活躍する場があるかは不明。


霧島(きりしま) 春菜(はるな)

亜美の入院している病院の看護師


奄美(あまみ) 大樹(だいき) 

ケーキ屋 スィーツフォートレスのオーナー店長

本当は甘みの森という意味(=スィーツフォレスト)にするつもりだったが間違えて甘みの要塞としてしまった。

開店直前に気づいたが、看板などを作ってしまっていたので、まあ、いいかとフォートレスで通したおおらかな男。

でも有名なパテェシエ大会で優勝経験もあり、腕は確か


堅守(かたもり) 優花(ゆか)

スィーツフォートレスの店員

店長とは迷コンビ

第1章以降に出番があるかは謎


里中(たなか) (まい)

スィーツフォートレスのバイト店員


武田(たけだ) (わたる)

茶髪のヤンキー。

武田建設の御曹司。

第1章で健に一蹴された。

その後、病院に行ったら足首にヒビが入っていたのでそのまま入院。病院は亜美が入院しているのと同じ。健への復讐を虎視眈々と狙うが出番があるかは不明


北条(ほうじょう) キナコ

金髪の女 

スィーツフォートレスで健に一蹴されたカップルの片割れ

実は子供の頃、タッチの浅倉みなみに憧れ新体操をやっていた。

どこかに夢を見続けているところがあるが現実は厳しく、何事も思うに任せない。そのせいで世の中をちょっと拗ねて生きている。実は気のいいお姉さん。入院した渡の世話を甲斐甲斐しくする一面もある。




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