表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移して半日で神様殺した件  作者: 雪斎拓馬
第一章 神殺しの魔眼
9/21

8 『囚われの朱鷺色』

 目を醒ませば知らない天井がそこにはあった。

 木の天井。質素な部屋灯り。視線を自分へ移す。俺はベッドに寝かされていた。妙に眠気を呼び寄せる心地良いベッド。しかし身動きは取れない。取ろうにも不快で不快で仕方がない。


 原因は肌触りでわかる。包帯だ。俺の体の、とくに胸から脇腹が集中的に巻かれている。


「目覚めたか。それでは私は失礼しよう」


 先刻から俺の隣にいたらしい漆黒の男は薄情にも突然声をかけるなりそう言って部屋のドアの方へと向かって歩き出した。


「おい待てよ」と無論呼び止める。何が何だかわかっていないのだ。「確か俺はルベルにやられたはずだ。……そうか。あなたが助けてくれたのですね」


「あなたが助けてくれたのですね、か。ふん、敬語はやめろ、私に遠慮はいらない。というよりは、私に戯言は無駄だ。さて私が君に告げておくべきことは主に二つある。一つはここがどこかということ。ここは幻想の国ベルリアの城近くの宿屋だ。好きなタイミングにチェックアウトするが良い、支払いは済ませている」


 漆黒の男、俺をルベルから救った謎の男、パシフィカエで見かけた旅人は耳につく口調で応答する。

 宿屋。それも、あの屍地獄の近くか。恐らくこいつもそこまでの超人的な怪力を持ち合わせていないらしい。そう遠くまでは運ばないか。


「もう一つ。騎士の国ヴェルゼンの支配神『縁切りの右手』のノエルがルベルに拉致された」


「…………」特に息を呑んだわけではない。むしろあの女、そう来たか、と感心した。俺とテルテトスの喧嘩を目撃していたのなら、俺とノエルが近い人間だと睨んで当然。しかし何のために拉致を。


「目的はおおよそおまえと私への戦争続行宣言だろう。『地獄の右耳』のルベル、元々負けず嫌いの嫌いがある狂気的な上階級神。行動パターンは定まっておらず、しかしその行動は常に常軌を逸しているゆえに一部特別忌み嫌われている存在でもある」


 まあそんなところだろうとは出会って数秒で理解した。やはりこの世界の神から見てもあれは気違い染みているのか。そりゃあ、自分より圧倒的に劣勢の人間を容赦なく殺戮する死神だから、仕方がない。


 その上に、『地獄耳』という能力。ネーミングは俺オリジナルの勝手なものだが、しかし厄介だ。何と言っても俺と相性が悪過ぎる。妄想が全ての俺に対して妄想を読み取るのが全てのルベル。最悪だ。


「現在あの女は『縁切りの右手』をアズール遺跡に監禁している。私に『右手』を救わない気はないし、手伝いを要求されても断るが、今後どう動くか決めるのは君だ。では、検討を祈ろう」


 再び立ち去ろうとする男。


「おい、話は終わっていない。次は俺のターンだ」男は心底面倒くさそうに溜息をついてから、なんだ、と言った。「あんたは誰だ。名前は」


「名前、か。ふん、下らない。名前を答えてどうなるというのだ。それが偽りであれば真の目的など叶うはずもあるまい。……だが、あえて答えてやろう。私はミラだ」


「あんたも神なのか?――ああ、どうやら俺については知っているようだから俺の自己紹介は全て省かせてもらうぞ」


「問題ない。――私も君と同じ無所属の神さ。といっても一文無しの君とは違って、天職に就いているがな」


「そいつはどうも。……、アダマスの剣ってのはなんだ」


 正直、これも非常に興味深い疑問である。異世界転移時から俺の脚にあった謎のナイフ。皇室の中での男曰くそこには『対象の魔術回路を破壊する』という魔術刻印が彫られている。


 そして思い出してみればあのとき――死亡寸前のアミラが言っていた。この短剣には『死の因子(アミュステリアル)を格納する』エングレーブが彫られていると。一体、それはなんだ。死の因子とは、何なんだ。


「矛盾したナイフだ。魔力を使いながら魔力を破壊する剣。とはいえ、できることはたかが知れている。所詮敵本体に直接攻撃を加えなくてはならず、破壊するのは魔術回路であって魔法ではない。火球程度の最弱魔法すら歯が立たない。要するに暗器としか使えないが、暗器としては強過ぎる程の、技術が求められる短剣」


「俺でも、その魔術回路破壊の魔法は使えるのか」


「鍛錬次第だ。さて、私は退場を望んでいる。質問はあと二回だ」


 二回。えらく限定してくるものだな。さあ何を聞くべきか。

 俺はそこまで自分の脳を整理整頓できる人間ではない。まず一回は棒に振ってやるか。


「あんたは誰だ」


「私は通りすがりの神だ。……というよりは私も国王に用事があって、街で神のオーラを放つ君を見て後をつけたというわけだ」後をつけた……あの若者が俺の背後を覗き込んだときにいた人物はおまえだったのか。「おっと、それは違うぞ。確かにあの場に私も同席していたが、若者が見ていた人物は他でもない『右手』のノエルだ」


 ノエルだと? なぜベルリアへ?

 まさか、あの馬鹿、俺が心配だからとかいう理由で後をつけて来たというのか。それで城にまで入って、ルベルに拉致された? そのルベルに負けた俺が言うのもあれだが、全くなにをしているのだ。


「アダマスの剣について詳しく聞かせてくれ。どうしてアダマスの剣なんだ、それとなぜ所有者ではないおまえがいとも簡単に扱える」


「質問は二回だと言っただろうが、アホ。ふん、まあいい。アダマスの剣の説明は先刻のもので全てだ。簡単に扱えるのは私の天職が『魔術編者』、いわゆる『魔術学者』だからだ。魔術を探求し、新たな魔法を編み出さんとする些か競争率の高い職業さ。ゆえに魔術式の解読は心得ている」


 そういうものなのだろうか。まあ、元よりこのアダマスの剣は何も俺専用に作られたものとは定義されていない。異世界転移時に付属してきた携帯品だったため勝手に俺のものだと思い込んでいたが、そうとも限らない。


「以上で質問は締め切る。後は君次第だ、検討を祈る――と、そういえば君の挨拶はこうだったかな。――君に自由あれ」


 なんだその挨拶は、と心の中でお決まりのように突っ込んだと同時、ミラはそそくさと退室した。そういえば俺の治療、彼がやってくれたのだろうが礼を言いそびれた。まあいいか、礼を要求されたわけでもないし、またいつか会えそうな人物だ。


 謎多き漆黒。


 これは厨二病心をくすぐる。この世界が一つの小説なら主人公はああいう人間なのだろう――いや神だったか――なんにせよ、あの動き、ただ者ではないことは明らかだ。後でノエルに「ミラという人物を知っているか」と尋ねておくか。


 と、独白したところで思い出す。

 そうか、あいつルベルに捕まっているのか。


 正直忘れていた。

 自分の素の鬼畜ぷりには呆れるが、だがこれも正直な話、彼女が死んだところで俺としてはプラスになるだけだ。何と言っても巨人器官が一つ無条件に消滅するからだ。


 しかしそれによってヴェルゼンの王座に空きができて、またルベルやテルテトスのような奴が現れるのは厄介だ。とするとプラマイゼロ。


 良く考えればわかりきっていること、俺は彼女に一つ頼みごとがあるので助けに行くのは確定している。彼女がその頼みごとを承諾するか否かで対応は百八十度転ぶが。

 あいつ、生きていれば良いけれど。


 ともかく、今俺がすべきことは「アダマスの剣の習得」だ。


 宿屋で短剣を振り回す馬鹿野郎がそこにはいた。

 ――もちろん、そいつは俺だった。




    *




 無名の死神即ち俺は本来絶無他人とある程度隔絶した存在である。何にも影響されない、何にも束縛されない存在。自由を愛し、放浪を続けてきた人間。


 元の世界でも幾度も死を経験してきた。愛すべき人間の死を受けた。赤の他人を犠牲にしたこともあった。これは卑下でも自虐でもない。ただの事実であって、それ以上のなにものでもない。


 他人を助けるということを今まで一度だってして来なかった。人助けに自分の存在意義を見出すあいつとは正反対に、俺は万人を見捨ててきた。決して生に執着していたわけではない。ただ、苦しむ人々に同情できなかっただけなのだ。


 冷酷な人間であることは否めないが、要は、俺は他人に同情することが下手で、その上同情しようとも思っていないということだ。


 他人に影響されない。言い換えれば、自分の道は自分で築く。行動の命令者は常に自分である。


 とはいえ、言うほど鬼畜な人間ではないと思う。人が死んでもなんとも思えないだけ。人を殺してもなんとも思えないだけ。それは結局「他人事」に過ぎないと考えているというだけ。特に死体を集めたいわけでも、女を犯し散らしたいわけでもない。


 困っている奴がいれば助ける。苦しんでいる奴がいれば助ける。ただしそこに利益があれば。何らかのプラスな報酬があれば。しかしその経験は無いが。

 俺はきっと合理主義者なのだ。

 

 ところで現在俺にはアイギスとかいうヘンテコなものしか、名前を持ち合わせていない。

 無論、元の世界込みの話、俺は長らく名前を持っていない。この背中に大傷を負ったあのとき以降、名乗らねばならないときは毎度異なる偽名を使ってきた。この世界に転移されて三回、そうしたように。


 そして現在、俺は人を助けに寒い真夜中を歩く。


 ちなみに、大量の血によって汚れてしまった服を現在このまま着ている。現時刻は丑の刻。服屋が開店しているわけがない。また諸事情あって赤ペンキを携帯している。中々身動きの取り辛い状態だ。


「まったく……余計なことを」


 夜空に吐き棄てる。

 彼女だって敵に捕らわれることを予想して俺の後をつけたわけではあるまい。恐らく、こんな出会って早々の俺なんかに助けを求めるほど切迫した状況に苦悩していて、我慢ならないのだろう。


 と言っても、おまえを助けるのは俺なんだ。要求をするときはもう少し好感度を下げないようにした方が良い。……上がることも下がることも、ないんだが。


 アズール遺跡に到着した。


 閑散とした郊外の遺跡。一度見たのでおおよそ構造はわかっている。遺跡は、神殿というよりは洞窟に近い。建造物ではあるが建築物ではない。比喩が難しいが、探検家の好きそうな遺跡のイメージだ。


 この中には色々部屋があり、その内一つに世界樹階段が設けてある。神々は――アミラ以外――この遺跡からアミュステラへ上がることになり、また人間は世界樹階段に踏み入ることすら許されない。


 しかし今回世界樹階段に用はない。恐らくその部屋に囚われているだろうノエルにあるのだ。

 ルベルは既に準備万端だろう。何せ夜の始まりに意識を途絶え夜の終わりに到着したのだ。十分に時間があった。これでまだ俺を万全な状態で迎えられないなら瞬殺してやる。


 また無論俺にも準備時間というのは与えられるべきだ。平等に。

 俺はアズール遺跡の中へ堂々と踏み入り、世界樹階段のある部屋から少し離れた部屋に入室。そこで上着を脱ぎ、床へ赤インクをぶちまけ、動き易い状態になる。これで俺にとっては準備万端。


 いざ敵陣へ乗り込む。


 世界樹階段のある――正確には、階段に繋がる扉のある部屋に、朱鷺色の彼女が囚われていた。ノエル。騎士の国ヴェルゼンの支配神。縁切りの右手。俺へなにゆえか近づいてくる馬鹿な女。優しい神。


 彼女の肌にはアザや傷があった。中には出血する切り傷すらある。表情はよく見えないが気分が悪いことは判断できる。


「手間かけさせやがって」


 呟くと、徐々にその力のない顔がこちらへ向く。そして少し恥ずかしくなったのかまた俯く。本当馬鹿な女だ。俺がおまえのどんな姿を見ようと気にしないことなど知っているだろうに。それでも、自分が支配神でありながら無所属に負けるという無様を見られて、恥ずかしいのだろう。

 ならば俺も言ってやらねばなるまい。


「気にするな。俺もこいつには負けた。人生ってのは死んだらそれまでだが、死なない限り何でもある。勝敗なんて些細なものさ。自分の信じるものを守るために生きることができれば、その程度足元に及ばぬ」


 俺の信じるものは『自由』だ。それを愛し、それを求め、放浪した。他は全て些事。俺だっていつもは偉そうに振る舞っているが、完璧な人間ではない。一般に外れず、普通に幸せで普通に不幸せな人生を送っている。だから、この程度、気を落とすまでもない。


「あんた。あの黒い男は?」


 ノエルの前で身構えるルベルが問うた。

 割りかしやつれているように見えるが、それでも俺を軽々倒せるほどの力は残っていよう。


「あいつは来ないそうだ。――ということで、そろそろノエルを解放してくれないかな」


 ルベルは笑った。鎖の音と共に。


「嫌らね」


 それを合図に一本のナイフがこちらへ距離を縮めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ