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異世界転移して半日で神様殺した件  作者: 雪斎拓馬
第一章 神殺しの魔眼
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2 『外れ農村』

 町の中枢と見える煉瓦造りの建物の群れへ向かう。


 のどかな町だ。例えるならどこだろう、長野県かな、山梨県かな、日本以外の土地をあまり把握していないのでひょっとしたら北欧にぴったり合う景色があるかもしれないが、強引に説明しよう。


 一面平坦な草原と田畑。木はまばらに生えているが、まるで孤高と言わんばかりに一つ一つがモンキーポッドのように大きい――さすがにそれは言い過ぎか。煉瓦造りの建物が群がっているだけで、町というか集落だ。山に囲まれているが、結構その山は遠い。空は高く、透き通っている。


 平穏な野道を歩きながら二つ思う。


 右眼。神様も右眼がどうたら言っていた。俺は右眼をどうかしたのか? 左眼を塞いでも正常に見える。では何なのだろう。


 もう一つ。ノエルは剣を下げていなかった。この世界ではあまり騎士やら狩人やらはいない設定なのだろうか。獣はいても魔物はいない、そんなとこだろうか。


 異世界に転移して早々。まだ三十分も経っていない。そんな中で伏線というのは一体何個貼られたのだろうか、と少し疑問を抱いた。俺は気付けていない。決定的な何かを見逃している気がする。

 伏線を、見過ごしている気がする。

 あるいはこれは……。


 町に到着した。噴水や街灯、煉瓦のタイルに煉瓦の建物。そこそこ住民がいて、規模的には申し分ない町だ。


 といっても、やはり集落といえば集落だ。ちょっとした人間の集まり。高低差がなく、城もなく、本当、RPGの途中の村程度の町。雰囲気や群れの外にある延々の田畑を見れば、農村で栄えていることは明らか。かなり簡潔に言えば、西洋の田舎。


 町の中心部に入っても、町の名前を表すものはなにもなかった。その上やはり城のような中枢機関も存在しない。城下町でないとすれば本当に農村なのだろう。せめて現在地名を把握しておきたいので、俺は近くの老人に声をかける。


「旅の者ですが、ここはなんという町なんですか?」


「パシフィカエ。しかしまた旅人とは珍しい、外れ農村になんの用だ?」


「いや、何の用もないんですが。まあお願い事なら一つあります」


 老人はやや怪訝な顔をして、無言で「言ってみろ」と睨んでくる。


「シストロークロに行きたいが、話しによれば山奥という。流石に歩きつかれたから馬車でも貸してください、とお願い事を」


 そういえば俺は異世界に通用する金銭どころか日銀一つも持ち合わせていないのであらかじめ断っておく必要がある。


「俺は一文無しだから、ボランティアとしてそこまで送って欲しい、ということですが」


「そんな馬鹿な要求を呑む奴があるか、小僧。そもそもかの聖域に何の用がある。まさか邪神の討伐ではあるまいな?」


「邪神?」なんだそれは。それに、聖域に邪神だと? やや矛盾している。


「神だ。今となっては害悪でしかない、神。おれたちパシフィカエは、昔は栄えていた。しかし今となっては人もよりつかぬ穀倉地帯。神の逆鱗に触れたのだろう」


 逆鱗に触れたのなら、それは神を害悪とするのは筋違いだろうに。


「おれが餓鬼のときだ。同年代のやんちゃな子供集団が山奥へ探検だと走って行った。そこである祠を発見したという。シストロークロの文字。それは神の名前だ。当時のそいつらも耳にしていた。……祠には三つの宝玉があったという。そいつらは物珍しい宝玉を手にし、誤って落とし、慌てて町へ帰ってきた。子供たちはその夜高熱で魘され、そして朝には消えた」


「消えた? どうして」


「神の裁きだ。話によれば子供らは、壊した宝玉はたった一つのはずなのに自らの過ちを隠蔽するため残る二つも手にとって、全て木っ端微塵に粉砕したのだ。それを神が罰した」


 子供の集団消失、ね。しかしどうして神を恨む形になる。それは子供が悪いだろう。


「神はおれたちの逆鱗にも触れたのだよ。その事件からこの町は十数年間、数十年間、今でなお、栄光を失った。なにもなくなっちまった。神は罰しすぎた」


 なるほど、天災だと思ったわけだ、凶作を。それによる町の衰退も。これも一種のニヒリズムなのだろうか。責任を人間以外の、実際に存在しない架空の存在に負わせるというのは。――けれど、この世界に神は実在するのだったか。

 案外近い位置にスポーンしてくれたな、神よ。


「それで、邪神の討伐だ。小僧、邪神を討つなら足を貸すぞ? まあ命を粗末にする馬鹿しかしようとなんて思いもしないがな」


「かっこいいですね、老人」素直に言った。「わかりました、邪神を倒してきましょう」


「自分で説明していながらなんだが、それは愚かな選択だぞ。無益に自殺するようなものだ」


「いえ、構いません。所詮俺はこんな世界にも興味ありませんから。……ええと、武器になるようなものも貸して頂ければ嬉しいのですが」


「……そうかい。それでなんだ、武器が欲しいだって? 何を言っている、既に持っているだろうが、立派なナイフを」


 老人はそう言って俺のズボンを指差す。ちなみに俺の現在の服装は日本にいた頃と寸分違わない、まったくお洒落でない地味なそれだ。

 というのに、そこにはシースと、それに収められた高貴そうなナイフがあった。日本なら一瞬で刑務所行きだ、実世界から持ち歩いていたわけではないとすると、神様がくれたのか? 親切且つ馬鹿な神なことよ。


「……準備万端」俺は呟く。「さて、老人、馬車を……ご老人、お名前はなんですか?」


 今更な質問をしながら、しかし俺は名前を予想していた。

 一瞬、右眼に激痛が走り、思わず眼を塞ぐ。

 塞ぎながらも「オーウェルとかいう名前そうだなあ」とか思う。


「おれの名前? オーウェルだ。ローラン・オーウェル」


 鳥肌が立った。

 わけもわからない事態に、鳥肌が立ち、ただ当たっただけだと気分を沈めた。


「あんたは名をなんという」


「俺ですか?」


 ええと、と思い出す。そういえばさっき一度名乗った気がするが、忘れてしまった。けれど西洋風の名前にした気がするので、こう名乗ることにした。


「ハルとでも呼んで下さい」


 オーウェル老人は、了解した、と頷き手招いて言った。


「ついて来い。到着次第いつでも出発できる」




    *




 馬車に揺られ草原を進むこと数時間。

 やがてステージは山へとさしかかり、馬車が停まる。

 魔獣の気配はない。草原にはスライムも巨人もいない。龍も魔王も、いるはずがなかった。この世界、神は存在するというのに魔獣エンカウントは芳しくない、か。これでは自分の戦闘能力の測定もできまい。


「オーウェルさん、魔獣っていうのはここら辺にはいないんですか?」


「ああ、近頃は滅多に見かけないな。魔獣も人間と同じ、生き苦しい区域になっちまったのだろう。これも全て邪神の所為だ」


 元はと言えばあんたら人類の所為だ。


「しかし神の近く、加えて邪神の近くとなれば、それこそ魔獣も増えそうなものだが」


「何を言っておる小僧。獣は食料にして幸だ。殺し殺され、憎悪しながらも互いを恵として捉えるなら、減少は喜ばしいことではない」


「邪神の討伐は」


「ん?」


「邪神の討伐は、人類を救うことにも繋がるのですか。一体その行為にはどれほどの付属結果があるんだ?」


「それは小僧自身が決めることだ。確固たる意味なんてない。ただ、おれたち村人一同は邪神の死を望み、解放を望んでいる」


「神ってのは一体どういう力を持っているんですか」


「支配力――ってのが主な力だろうな。ゆえに、おれたちが神の死を喜ぼうと、世間を騒がせる原因にはなり得るだろうな」


 質問攻めに飽きたのか、彼は話題を強制的に遮断して俺の背中を叩いた。


「さあ行け。おれにとってはおまえが死のうが成功しようが知ったことじゃあない。以後は自分で敷いた道を歩め、ハル」


 ハル?

 ああ、そういえばそう名乗ったのだったな。


「それはいらぬ心配ですよ。俺は大昔から自由奔放な人間ですからね」


 そのようだな、と老人は苦笑した。


「では、ありがとうございました」


 俺は山へ登り始めた。




 農村での一件を思い出す。

 オーウェルさんの家へ向かう道中、村の中心部にて一風変わった女と男を見た。

 大きな帽子を深ぶかかぶった金髪の女。漆黒の服に身を包む紳士。


「オーウェルさん。あれは誰でしょう」


「旅人だという。今日は珍しい日なものだな、おまえもあやつらも、こんな佗しい外れ農村に何の縁があって流れてくるのか」


「…………」


 まあ、確かにそうなのだが、けれどあいつら……あの男女。


 突然、脳に映像が流れた。


 ――俺へ向かって剣を抜く男。振り向けば邪悪な笑みを浮かべた女。


 虫の知らせという奴か。異世界に転移してから色褪せた映像を良く見る。そしてそのおおよそがまるで「予知」しているかのように現実に起こる。

 何の偶然だ。それとも俺の勘が抜群に良いのか? いやまさか。こんな何の推測材料のない状況で勘も何もあるまい。第六感にしてはあまりにも厳密過ぎる。


 どうやら意外と強い視線で見つめ過ぎた所為か、二人に気付かれてしまった。男女は俺へ振り返り、何か言葉を交わした。

 読唇術を本気で利用したわけではないが、少し、聞こえたような言葉があった。女から男へのものだ。


「The Third Generation」


 しかしやはり聞こえたところで意味はわからなかった。




 登山は順調に進んでいる。どうしてか敷かれている登山用階段を永遠と上り、爽やかな緑に包まれながら徐々に天を目指す。


 半分ほどに到達してやや身体に異変が起きた。まるで大気の重量を倍にしたような全身への謎の負荷と、埃の蔓延した部屋でしたような小さな呼吸。息苦しく、生き苦しい。


 その違和感を覚えながら一段一段天に近づく中、俺はやや身構えた。


 いかにも「魔女」と言わんばかりの女が上からこちらへ歩んで来ているからである。


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