10 『前書きが如き予兆』
朝、目覚めると同じベットの中に裸のエレナが眠っていることに気付いた。
「…………」
一糸纏わぬ裸である。誰がなんと言おうと裸である。薄い下着とか露出度の極端に多い水着とかでなく。ただ単純に全裸。
とても綺麗な顔立ち。髪型と身長の所為でかなり大人っぽく感じるが割と幼い顔。さらさらな長髪。すらっとした体型。胸はノエルと同じかやや小さいくらい。色白の肌。
極め付けにその過激な格好で俺の腕に抱きついている。力は案外強く、簡単に外れない。
「うむ、とりあえず思い出そう」
昨夜、彼女と一夜を過ごすシチュエーションがあっただろうか。いや、ない。ありえない。そもそも昨日はエレナと会っていないし、この俺のことだ、例え女と同じベッドで寝たとしても、裸にさせるような状況は作らない。
ということは寝ている間に侵入されたようだ。そう考えるとこの国のセキュリティの甘さが露呈するな。
「うぅん……」
と、裸のエレナが声を漏らした。
「おい起きろエレ――」
「おっはよーっアイギスー――、…………、……え?」
タイミングが悪いにもほどがある。ノエルが部屋のドアを開け放ちずかずかと這入り、この状況を目の当たりにしてしまったのだ。
「う、うぅん…………ん、ああ、アイギス……」エレナが寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。「おはよう、昨夜はどうもありがとう……」
「んん!?」
「おい待てノエル、誤解だ、俺はこいつと一緒にいた覚えはない」というかそもそもなぜ俺はこんなことを慌てて弁解しなければならないんだ。
「わたしが勝手に入っただけ」とエレナ。
なんの意図があっての行動だこの野郎。
まったく、ノエルと言いエレナと言い妹と言い、どんだけおまえらは人のベッドに侵入してくるのが好きなんだ。それになぜいつも露出度が高いんだ。
「ああ、服を脱いでいるのは暑かったからよ」
「暑い?」
「ええ。ビュルンデッドは年中寒いからね」そいでいてあの薄手のローブ。「ここにずっといると汗をかいてしまうのよ」
「悪かったね」と不機嫌そうにノエル。
エレナは一伸びして服を投影した。その服は今までの彼女とは対照的な白のドレスであった。彼女にはあまり似合わない衣装と意匠だと感じたが、それも一瞬のことで、美人は何を着ても美人だという答えに落ち着いた。
特に戦闘する用事のない気楽な日はそのファッションで過ごすのだろう。
「朝食だよ」
「わかった。エレナは食っていくのか?」
「用意してないよ」とノエル。ジト目。
「じゃあ頂こうかしら」
「だから用意してないんだってば」
「あなたの分を七割、アイギスの分を三割貰うってことで」
「わたし舐められてる!?」
と、まあ、ゆるやかに日常が展開され、食堂。毎日ここで食事をしているとどれほど豪華でも飽きてくる。料理は未だ一度も被ったことがないほどバリエーション豊富なのだが、食堂を変えるわけにはいかない。
ということで、食卓を変えるべく、王城のだだっ広い庭に出て、三人で料理を頬張っていた。ちなみにエレナの分は本当に俺とノエルから差し引かれた。
「今日、縁を感じる」
一見優雅な食事の最中、ノエルは真剣な顔で言った。
「そうか。何との縁だ?」
「多分、誰かと会う縁だと思うけれど……。アイギスと初めて会った日と同じ感じ」
ということは、可能性は一つか。
さて、今日の昼は「彼」に会いにアミュステラに赴こう。恐らく、今日なら会える気がする。あいつとは会話が弾むだろう。それにあの風貌にあの雰囲気にあの言動。フィクション上では、ああいうキャラは何かを知っている。問い質せば第三勢力の話も聞けるやもしれん。
それから暫く雑談をして、食事を終える。
「では、俺はアミュステラに行く」
「わかった」とノエルが頷き、一時解散。
天上都市アミュステラ。
相も変わらず賑やかな神々の街。その広場から少し外れた大通り。急ぐわけでもなく、ふらふらと歩いている。
二人で。
「エレナ、なぜついて来る」
「悪いかしら」
「いや、悪くはないが……。そうだな、おまえともしっかり話をしておかなくてはならないな」と溜息まじりに尋ねる。「いつから俺を尾行していた?」
「それは今この状況のこと?」
「違う。おまえは戦時中俺をストーキング……とは違うな、そう、トレーシングしていただろう? それはいつからだと聞いている」
「山ですれ違った時からずっと」
「……通りで。『無名の死神』は確かテルテトス戦でしか名乗ったことがないからな」
「ふふ、ここ最近で色々あったそうね」
「色々あったな。何度死にかけたことか。――それで、ユーザグリーディンで俺に暗示をかけた後、おまえは突然姿を消したよな」
「ええ。第三勢力の尻尾を掴んだからね。多分ダリアをさらった者だったろうけれど、結局、何もわからなかった」
そうか。意外と強敵になりそうだな、第三勢力。
「けど安心して」
「?」
「あなたとノエルの猥談は終始見させてもらったから」
「……あったなあ」
まあ、キスはあの後数回強制されたし、今となってはどうでもいい。
「今後どうするかは決めているか?」
「決めているわ。不死の国アンディリュエに行く」
「奇遇だな。俺もそこへ行こうと思っていた」
理由はやはりあの歩兵だろう。ガレルのこともそうだが、それよりも二度続いたイレギュラーな攻撃。一度目はあり二度目はなかった武器無力化の結界。そして弱過ぎる魔術士歩兵。
あの歩兵は、見ようによっては不死者のようにも思える。ならまず連想するべきは不死の国。
一体何が。
「死、か……俺が行って良い場所なのだろうか」
「無名の死神の杞憂。大丈夫よ、あなた特有の矛盾力、すなわち『物語を壊す力』は確かに強いけれど、あなた自身は結構優しい。主戦力、不謹慎な言い方をすれば主な登場人物たちがケルテットたった一人で済んだだけと思えば良いのよ」
全く不謹慎極まりない。
「彼は英雄だった。ヴェルゼンの優秀な指導者にして武勇の天才。元人間の神。人間の国王に仕える稀な人格者。俺はそんな一人を殺した」
「英雄譚なんてこの世界には幾らでもあるわ。免罪符を売りさばいて儲けていた悪しき『起源派』に両手を上げさせたわたしだって、言ってしまえばビュルンデッドの英雄ね」
「まあそうかもしれないな」
「アミュステラにも英雄はいる。アルトラ伝説とか言われているわね。聞いたことないかしら」
初耳だ。アーサー王伝説なら知っているが。
「アルトラ。伝説では彼ら『オーライジンの神々』にして『反逆者達』の元締め、王位のヨハネの部下。特別な出自ではないが、大改革事変時に運命を揺るがすほどの大成功を収める。それが英雄たる所以」
「オーライジンの神々、ってのは世界の初まり近くからいた神々ということか?」
「そう。アルトラは割と遅い誕生だったけれど、事変時に立ち会っているのだから大先輩ね。と言っても、もう長いこと誰も彼のことを見たことがないから、どこかで死んだという説が濃厚だけれど」
「大改革事変とはなんだ」
「巨人を倒し、自由を手に入れ、規定の価値に気付き、アミュステラの巨人を作り出した神々が、その権力を振るった。それを好ましく思わなかった神々が反乱を起こした。俗に言う大改革事変ね。そのとき王位のヨハネ率いる反乱側の神々を『反逆者達』と言っているわけ」
「王位のヨハネはえらい歴史のある神のようだな」
「そりゃあ、この世界の中心、みたいな存在だからね」
「なるほど、ありがとう」礼を言って考える。
そんな英雄譚を持ち、英雄譚を生んだ世界の中心は、なぜ現在人に顔を見せぬ引きこもりになっているのだ。いや、俺は確か会ったことがあるのだったか。いったいなぜ。どうして俺の前に現れた。まさか、俺のイレギュラー性に気付いたのか?
「……まあ、これもあいつに質問すれば何か手掛かりが掴めるかもしれないが」
「あいつ?」
「ミラという名の魔術編者だ。現在進行形で捜索中」
「その必要はない」
と突然背後から声がした。俺とエレナはいっせいに振り返る。
「ふん、仲が良さそうでなによりだ」
そこに立つ男にはもちろん見覚えがある。このタイミングで現れる男はただ唯一。
「ミラ」俺は彼の名を呼ぶ。
そうして彼が以前していた怪盗マスクをつけていないこと、その代わりなのか顔をむしろあらわにするオールバックの髪型、しかし変わらない真っ黒なトレンチコート、極め付けに見知らぬ少女を連れていることを確認した。
「お子さんか?」
「未婚だ」
素っ気ない回答も彼らしい。
だがそんな良い年の大人がなぜ子供を連れているのだ。ロリコンか? 良く見れば少女は、外見は小学生くらいの中身は幼稚園児みたいな雰囲気を醸し出している。
「あなた……それは何の能力?」
エレナが怪訝な表情で問う。何の話だ?
「能力じゃあなくて体質だな。私は上階級ではない。魔女様となれば気になっても不思議ではないだろうが」ミラが無表情で答える。だから何の話だ。
「そう。なら良いのだけれど」
それはそうとして、とエレナは話題を変える。
「あの子は誰」
指差すその先に、少女。茶色に近い金髪の幼い子供。見るからに生意気そうな幼子。未だ口を開こうとせずとはいえ人見知りではないのかミラの足に隠れたりもせず、ただ彼の後ろに立っている子供。
質問を受け、ミラが答える。
「貴様らへの渡しものだ。『神童の左耳』にして右耳のルベルの妹レイラ――よろしくしてやってくれ」
そのレイラという少女は、ミラの態度を真似してか、腕を組んでむんと威張った。
毎度お読み頂きありがとうございます。
これにて第二章「戦場の死神」は完結です。
※以後余談なのでその類が嫌いな方は飛ばしてください※
今回もキャラ紹介で終わりましたが、徐々に真相への伏線が張られつつあります。規模の割に情報量がかなり少ない作品なので、きっと第二期を迎えたところで雰囲気に差はないでしょうけれど。
予定では第一期すなわちキャラ紹介パートは次章の第三章「髑髏の王」で完結します。とはいえもちろんストーリーは相変わらず展開されます。
ところで伏線の本来の意味は「ほのめかし」らしいのですが、そう考えると当作品はわかりやすすぎて伏線とは言えませんね。理解が容易である、無理に純文学のような美しさを求めるわけではない作品も必要でしょうが、しかし当作品はストーリー構成が安直すぎる節があります。
作者側の話はさておいて。
ストーリーの話をします。
第二章はのっぺりした話でしたね。起承転結がない。同じことばかり繰り返している。新鮮味は少ない。ノエルが真面目。戦闘がメイン。
これは「繰り返される似たような事象の中で、些細な差が物語を進めるというカオス」というテーマを描くための策略だ。
と胸を張って言えれば恐らく私はもう少しマシな小説を書くことができるでしょう。つまるところ、今回のストーリー構成は予期しないものでした。
――裏話を語るのは時に興醒めですが、私は秘話が異様に好きな人間なので語らせて頂きます。
元々ケルテットは「虐殺の一撃」を振るったあの戦場で、アイギスの目の前で殺される予定でした。例の黒い人物によって。そしてビュルンデッドの王城(王政ではないので正確には神殿か何かでしょうが)に実際に乗り込み、そこでエレナと戦闘する予定でした。
これ以外にも色々執筆直前で方針が変わったことばかりで、とにかく即興性の強い章です。予期しない形での現行。基本的に詳細なプロットを書いていないのでこんなことが起こるのですが、さてはて、現行かプロットかどちらが面白いかは、私にはわかりかねます。
あとがきは以上です。
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