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異世界転移して半日で神様殺した件  作者: 雪斎拓馬
第二章 戦場の死神
16/21

5 『加速戦争』

 軽塵。水滴。暗闇。捕縄。激痛。女声。愛情。


 ここはどこだ。

 空間を構成する要素は並べられた。


 ここはどこだ。

 空間を支配する要素は並べられた。


 ここはどこだ。

 空間を定義する要素は並べられていない。


「ここは……」


 口が動くようになって全身の触覚が蘇る。

 そこでようやく気付く。


 俺の体に抱き付く女がいる。


「……ノエル」


「ごめん、嬉しくて……あれから一日ずっと起きてくれないから……」


 一日、俺は眠っていたらしい。

 この暗い部屋に。

 そしてこの様子では、彼女は食事もせずに俺を看ていたらしい。


「ありがとう、ノエル」


 四肢を拘束されているため頭を撫でることはできないが、礼は言っておく。


「それよりノエル、俺が今非常に危険であることを理解していないようだな。俺は意識を失う前おまえを蹴ったんだぞ。俺がおまえを襲う可能性だって十分にあるはずだ」


「そうかもね、けど嬉しくって、それに多分あなたに暗示をかけた敵はわたしの能力を恐れているはずだから、むしろわたしに近づかれないように施したはずだよ」


 恐れているから、遠ざける?

 殺すのではなく、逃げる?


「うん、だってどんな暗示だってわたしにかかれば問題ないもの」


「おまえ、そんな強い能力持っていたか?」


「持ってるよ。リーヴェン」


 リーヴェンの鉈剣。

 縁切り。

 いやしかし、そんなことが……。


「できる。勿論ぱぱっとできるわけじゃないんだけれどね、詳細な情報を把握していれば、できる」


 わたしだって必死なのよ、家来を失うのは誰であっても辛いからね、と彼女は言った。

 本当に優しい神だ。

 戦争が嫌いなことはもうわかりきってはいるが。


「教えて、何があったの」


「一言で言えば、負けた。実はというか今もこの部屋のどこかにいるかもしれないが、トレーサーに追跡監視されていてな、敵を騙すにはおまえらから騙さなければならなかった。俺はおまえらに『敵本拠地に乗り込むから荒野で足止めしてくれ』と頼んだが、実際遂行された作戦は『敵を荒野に一人でおびき寄せ、音爆でおまえらを集め、総攻撃する』というものだった」


「そう、なの……トレーサー……」


「だが失敗した。彼女――敵の国の支配神にして恐らく『魔女派』の信仰対象である欲求不満の左手エレナは空間生成魔法を持っていた。俺は彼女の世界に飲まれ、無限の魔弾をかいくぐりながら突撃するも、まるで今俺がされているように拘束された」


「エレナ……聞いたことない名前」


「そうか。実は俺は聞いたことも会ったこともあった。おまえと初めて会ったパシフィカエには実は彼女もいたんだ」


「へえ、全く気付かなかった」


「まあ、気付かないだろうな」


 山奥、シストロークロで何をしていたんだ、エレナは。


「それで、俺は『ケルテットを殺せ』と暗示をかけられた。脳のデッドスポットに心象風景を送り込むのだとか」


「それで無意識を操作するなんて……わかった。どういう心象風景か、わかる?」


「イメージしてもそいつは俺の心象風景であって、彼女のものではない。けれど恐らく裏切りを彷彿させるような世界か、あるいはケルテットを殺害するビジョンを植え付けたのだろう」


「わかった。もう大丈夫、解除できるよ」


 安堵の表情を浮かべる彼女。

 俺も肩の力を抜く。


「じゃあ、早速するね」


 と言って。

 ノエルがぐっと顔を近づけてくる。


 まるでキスをするように。


 いや、というかこいつキスする気だ。


「おい待て待て、何しようとしてやがる」


「……駄目?」


「駄目に決まっているだろうが」


 そんなの知らんと言わんばかりに体も距離を詰める彼女。暗闇の中、ここだけ温度が上昇しているように思える。やがて彼女の体が俺に巻きつく。


 自然顔が近づき、目と目が合う。

 咄嗟に逸らすも、両手で顔を固定されてしまう。


「か、関係ないだろ解除には」


「麻酔だよ、甘い麻酔。それに悲しかったんだよ? 起きてくれないから」


「…………」


「まさか、アイギス、照れてるの? え、恥ずかしがってるの!?」


「うるさい」


 嬉しく微笑むノエル。

 どうにも、止められそうにない。


「良く頑張ったね、アイギス。これからもよろしく」


 そう言って彼女が目を閉じ、キスをした。


 頰じゃない。唇と唇の、完全なキス。

 それじゃ飽き足りないのか、俺の体に手を回し、強く抱き締める。


 暫くその状態が続き、息継ぎのために顔が離れる。


「はあ……おまえなあ」


「実は初めて……だった」


「あ、え? この痴女が初めて?」


「わたしは支配神であり処女神なのよ」


「……おまえなら幾らでも男は寄ろうものを」


「褒めてくれてるの、ありがとう…………あ」


『あ』?


「解除するの忘れてた」


「意味ねえ……」


「じゃあもう一回ね」


「おい待――」


 再び唇が重なる。


 しかし今回はしっかり解除を憶えていたのか、途中で頭痛が襲った。

 まるで何か大切なものを喪うような喪失感。

 その隙間を埋めるようにノエル。

 なるほど確かにこれは麻酔だ。


 暫くして離れる。


「どう、成功した?」


「性行? そこまではしてないぞ」


「え? 成功してないの?」


「はあ……? あ、成功か」


「え、ん、ええ?」


 二人揃って頭がどうかしてしまったらしい。


「一応、邪念みたいな、強い犯罪的思考のようなものは消えた。恐らく成功だ」


「そう、良かった」


 再び安堵の表情を浮かべる彼女。


「それじゃあノエル、拘束を解除してくれ」


「…………」


「おいノエル……」


「ちょっと、この状況に快感を覚え始めてきた……」


 こ、こいつ。

 待て、ただでさえ猥談はそこまで好きじゃないんだ、これ以上長引かせるつもりか。俺の人生の尺におまえとの猥談は含まれていない。


「アイギス、最後まで」


「ふざけるな、早く拘束の方も解除しろ」


「むん、わかったよ」


 可愛気に頰を膨らませる彼女。


「今も恥ずかしがってるのにね」


「いや、俺は……」


「まさかあなたも初めてなの?」


 黙っていると暫くして妙に悪戯っぽい笑い声が聞こえた。ふふーん、と。


「可愛いところもあるんだね、アイギスは」


「あのなあ……」


 と言って、ようやく思い出す。


「おい、さっき言ったよな『トレーサーがこの部屋にいるかもしれない』って」


「あ」


 凍りつく神二人。


「ままままあ良いんじゃない、大丈夫よ、きっとエレナっていう神だって、流石に戦争に必死なんだし、それに戦場での色恋なんて沢山あるでしょ!」


 ああ、こういうタイプかおまえ。

 流石だな、と呟いて俺も苦笑する。


「そうだな、きっと彼女もわきまえてくれるはずだ」


 あの女なら、次会ったときにどうせ『お楽しみにところ面白く見させてもらったわ』とかからかってくるのだろうが。


 ……失態。


 兎にも角にも、俺たちは「地下牢」を出た。


 


 その知らせは戦争のラジカル化を意味していた。


 深夜、地下牢を抜けたエントランス。何かイベントとが起こるとすればエントランスと相場が決まっている。

 その大広間に甲冑を着た兵士が二人ほど飛び込んで来て、俺とノエルを視認するなり大声で報告した。


「ノエル様、大変です、グリーディンにて大量の敵歩兵が進軍を開始し、突破されそうであります」


「大量の……敵、歩兵」


 歩兵。歩兵だと? 魔術都市の軍が、歩兵だと?

 会話の様子から察するに、グリーディンとは恐らくあの荒野の地名だろう。


「迎撃はしてないの? こちらにも対軍魔導士がいたはず」


「それが、彼らの戦力を上回る量でして、そろそろ迎撃ラインが突破されかねません。ケルテット様が戦場にあらせられていますが、苦戦なさっている様子であります」


「わかった。すぐに出向く」


 ノエルは言葉通り一瞬にして方向転換し、彼女の部屋へ、そして間もなく広間に戻ってきた。


「アイギス、渡してなかったけど、これ」


 差し出された彼女の右手には割と大きめの鉄の箱を吊るす紐が握られていた。箱の大きさはスマートホンの一回り大きい板を二つ重ねたくらいだ。


「なんだ、この箱は」


「通信機よ」


「あるのか……通信機」


「うん、知らなかった? 機械の国では普及してるらしいけど、わたしの国だとわたしたち上層部くらいしか持ってないからね。……大事にしてよね、高いんだから」


「ああ、大丈夫だ、扱いは慣れている。幾ら自由奔放な放浪生活を送っていたとはいえ、携帯電話がなかったらとっくに息絶えていただろう。扱いは慣れている」


「ケータイデ……なに? 変なこと言ってないで行くよ」


 頷いて、通信機の紐を腰に巻きつける。

 布の擦れる音が、静かで緊迫した空間に響く。


 俺とノエルは城外へ出、馬車に乗った。

 馬車が荒野もといグリーディンに向かって走り出す。

 操縦士は伝達兵だ。


「ノエル、グリーディンってのは、あの荒野のことで違いないな?」


「うん、そう。ユーザグリーディン」


「ユーザ?」


「地形のこと。バイオームって言うのかな?」


 多分地形イコールバイオームではないと思うが、なるほど要するにあの荒野と森林と山岳とで構成された環境をユーザと呼んでいるわけだ。


 景色が後ろへ猛烈な勢いで流れて行く中、彼女も疑問に思ったそれを尋ねる。


「魔術の国に歩兵なんているのか? あの戦争、見た感じ奴らは遠方から戦力を削いで戦闘するタイプだったが」


「歩兵なんて、聞いたことない」


 やっぱりそうか。おかしいんだ。


「何考えているんだ、エレナ……」


「それよりも、ケルテットが苦戦してるっていうのが、信じられない」とノエル。


「強いのか?」


「あなたは対人型だから相手の幹部を叩くのに特化しているけれど、彼は対軍型だから戦場に向いているのよ」


「対軍の騎士。そりゃ神のはずだ」


「対人だって申し分はないよ。けれど、今は苦戦を強いられている……全く状況が把握できない。……アイギス、未来視は使える?」


「ああ、使ってみよう」


 言ってイメージする。


 焔立つ激戦の荒野、前進を拒む馬、数え切れぬ敵歩兵、後方で腕組む敵指揮官、騎士神苦戦強いられ、まるで武器が機能しないように一方的に進軍を許す。

 ケルテットが特技を使おうとしても、何かにジャミングを受けて発動できない。これは魔力供給を妨げる類の結界だ。そのことをノエルに伝えると、彼女はケルテットとジャマーの縁を断ち、特技を発動する。


「これが、俺が戦場に到着したときのビジョンか」


「どんなだった?」


「まず、魔力供給を妨げる類の結界が張られている。予想するに、ヴェルゼン側だけに効果しているようだ。そのためケルテットは対軍の特技を発動できない。だから、あの場に到着するなりおまえは彼とジャマーの縁を断ち切る必要がある」


「わかった、リーヴェン」


「次に、敵歩兵は予想以上に多い。どこからそんな量出陣できたのか知らん。……最悪、他の勢力も加担している可能性が考えられる。だが、歩兵の後ろに指揮官がいる。戦闘終了次第そいつを尾行して問い質すのが善策かと」


「それでいこう。とにかく、戦場に到着しないとね」


 馬車は依然と全速力で進路を駆ける。


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