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異世界転移して半日で神様殺した件  作者: 雪斎拓馬
第二章 戦場の死神
14/21

3 『背後の圧力』


 背後に何者かがいる気配はある。

 確かに、そこには誰かがいて、俺の体を押さえつけ、首を拘束し、刃物を首筋から胸元へ移動させた。


「これは助かりようがないな」


「ええ、幾らあなたが素早く動けたとしても無理だわ」


 そうだろうな。拘束の力が尋常じゃない。背中に胸の感触。耳元に息。股に膝。そうなるまでしっかりとホールドアップしている。


「要件はなんだ」


「手を引け、というのが一つ。仲間になれ、というのが一つ。このいずれを呑めば殺しはしない」


 アミュステラの路地裏。

 恐らく目撃者はたった一人として期待できないだろう。


「手を引け、と言うということは、つまりおまえはビュルンデッドの神だな?」


「その可能性が高いわね。ただビュルンデッドには複数神が存在するから、さて誰かは答えられないわ」


「仲間になるだけで俺は解放されるのか?」


「そう条件を申し付けたはずよ」


「手を引かずとも? 仲間になるだけで?」


「ええ、そう。いいわ、仲間になる条件を呑んでくれるのなら手は引かなくても」


「ふん、なるほど、どうやらこの要求は呑むべきでないな」


「あら残念」


 口調は穏やかではあるものの声色は依然として鋭い、冷たい。会話のキャッチボールができるということは狂人ではなさそうだが。


「なあ、どうして戦争を続ける。ヴェルゼンの神は悲嘆しているぞ」


「答えられないわ、まだ。あなたが要求を呑むと約束したそのときに話す」


「戦争を終結させたいのはあんたも同じだろう?」


 俺は背後の神へ訴える。


「どうしてこれ以上人を殺す」


「……、知っている? 武器は暴走するのよ」


「人間は駒であり武器であるか。ふん、不愉快だ。おまえらはそうやって人間を『戦争』という鎖で束縛するんだ」


 自由を拘束する。

 現在の俺みたいに。


「武器にもそれ本体を統括する司令塔がある。わたしはもう手に負えないのよ、誰もが戦争を嫌がったとしても、しかしそこには必ず汚れ仕事を生業にする者がある。他人の死肉を食い、他人の血液を飲み、他人の不幸を笑う。まるで病人を見て喜ぶ医者や、犯罪が起きて喜ぶ傭兵みたいな、そんな奴がいる。わたしにそいつらを止める権限はない」


「悲しい声だ。やっぱりあんたはこの不毛な状況を良しと思っていない」


「いいえ、良しとも思っていないし悪しとも思ってないわ。わたしは神なのよ、人間の欲望を満たす存在でもある。ペットに餌を与えるのと同じようにね、超越者は内在者をなだめる」


 嫌な比喩だが否定はできない。


「それに、わたしは前進している。後退は考えてないわ。敗戦しても前を見続ける。今のあなたのように背後を取られたとしても、そのときは背に腹を代えるだけよ」


「……死ぬぞ、それ」


「冗談。わたしは前進しているのだから、そうしたっておかしくはないけれど。わたしの前に立ちはだかる障壁は何だって破壊する。現在、その障壁が隣国ヴェルゼンというだけ。あなたと同じくわたしは合理主義者なのよ? もしヴェルゼンとの戦争を持続させなくても効率の良い道を導いてくれるのなら、そのときはなんとしてでも自分の武器を破壊するわ」


 俺と同じ合理主義者、か。

 そんなことはわかっているさ、そうでなければあんな生ぬるい、そいでいて冷酷な要求はしてこない。


「導こうにも俺はおまえの目標を知らない。教えてくれないか?」


「それはできない、あなたは現時点では未だ敵の工作員なのだからね」


「…………」


 工作員。

 この女、俺を尾行していたのか?――あの激戦区から?

 俺とノエルの会話を盗聴し、作戦を推測した、そうでなければこんなニアピンな言葉は選ばないはずだ。


 そもそもこいつの能力はなんだ?

 誰なんだ?

 せめて顔でも見ておきたい。


「俺については知っているようだが、こうして接触してきたということは勝利を確信しているわけだな? なら拘束を解除してくれないか、俺は逃げないから」


「質問が多いわ。まず、わたしはあなたを知っている。無名の死神、未来視の右眼、アダマスの剣、ノエルの協力者、()()()()()


 アダマスの剣まで知られているのか……というかこの世界、情強過ぎないか?

 ――あれ? そういえばとんでもない情報強者がいた気がするが……。


「次、勝利は確信してるわ。こうしてあなたを拘束している以上ね。わたしがあなたの背後を取り、首筋にナイフを当てたその瞬間から勝利は確信している」


 この女、わかってやがるな。ノエルと良いコンビになれそうだ。


「自然、最後の要求は断らせてもらうわ。ここで顔を見られるのは嫌だからね」


「なんだ? 顔の半分に火傷の痕でもあるのか?」


「失礼ね、わたしは綺麗よ。……まあ、あなたをおとすには苦労するだろうけれど」


「ふん、籠絡してみるか? それだけはされない自信がある」


「そうでしょうね、あなたは特別女には興味がない。勿論男にもね。あなたは全てどうでもいいと思っているのよ。どうでも良いというか、諦めたというか、捨てたというか。虚ろだわ」


「そうやってわかったような口を叩かれるのを心外と思えるほどの感性は残っているがな」


「ならわたしの要求を呑んでくれるかしら。戦争は、暴力だけで終結するのと同じく、言葉だけでも終結するのよ。平和的に、和平的に、わたしはあなたの加担する国を突破したい」


「国ひとつ滅ぼそうとしている奴が大口開けて言える言葉じゃあないな」


「わたしは何度でも要求する、要求を呑んで。わたしにとってもあなたにとっても、ビュルンデッドにとってもヴェルゼンにとっても、今この瞬間こそ分岐点(ダイバージェンス)なのよ」


 分岐点、か。確かにそうなのだろう。

 例えばヤルタ会談、例えばパリ和平会談、例えばジュネーヴ四巨頭会談。

 歴史的分岐点――ダイバージェンス。


 ここまで来ればもう良いだろう。


 恐らくこれ以上話したところで進展はない。

 俺はこの女の要求を断り続け、女は要求をし続ける。

 不毛な対談。


「どうして俺を殺さない?」


 喧嘩にも枕はあると思う。汚れごとにも美的センスを求める馬鹿野郎に思われるだろうが、論争というのはつまり相手を言葉でひれ伏せるマーシャルアーツなのだ。


「殺す理由がない。所詮このナイフだって脅迫よ。確かに、少しでもその脚のアダマスの短剣を握ろうとすれば、地面にねじ伏せる。それくらいは造作もない」


「俺もあんたにとっては武器の一つとなり得るってわけか。気に食わんな。俺は自由を愛する男、主従関係は嫌いだ」


「誰だって武器であり使用者でもある。誰がどう指示をしようと、それはやはり武器への労働命令に過ぎない。本来二者の間に関係があるなら、主従でない関係などないのよ」


 危険な思想、とノエルなら呟くだろう。


「協力は言ってしまえば両方が両方従属関係であるという状態。両者ともに主人であり従者である」


 どこの論理学だよそれ。

 つまり必要十分条件みたいだ、とか言いたいのだろう?


「それでも嫌いだ。あんた好みの言い回しを真似すれば、知覚外からの攻撃ほど恐ろしいものはない、ってことだ。俺は一方的に命令、束縛されるのが嫌いだ。命令が嫌いなわけじゃない」


「何ならあなたの要望を叶えて、対等な権力を持つ仲間になる、という要求を呑んでくれても良いのよ」


「主従関係よかは幾分マシだな」


 俺は目を瞑る。


 いちかばちか。


「けれど俺はあんたの要求は呑まない」


 

 イメージする――全身に張り巡らせるアダマスの術式刻印を。

 


 同時に女が後方へ飛び退く。それはあまりにタイムラグのない動作で、まるで俺の作戦を読まれていたような業だったが、彼女の声を聞く限り素で驚いているようだった。


「矛盾を全身に内包する男……」


「ああ、そうだ。どうやらうまくいったようだな」


 彼女は魔術の国の神だ。ならば勿論魔術については相当詳しい。そこで俺のアダマスの剣の術式刻印が恐れの対象となるのは必然。


 実際問題女は必要以上に短剣を警戒していた。

 なぜなら、この短剣で一度切られれば今後の生涯に支障をきたすレベルの致命傷が入るからだ。生命力を魔力で賄っているらしい魔術師ならば尚のこと。魔術回路の断絶はイコールで絶命を意味する。


 そこで俺が何をすべきか。

 簡単だ、女をアダマスの剣で刺せばいい。

 だが無論警戒されているため実際の短剣は使えない。


 そうなると、残された方法は唯一。


 自分自身を武器とすることだ。

 皮肉にも、今し方女と交わした会話に重複する部分もあるが。


 俺は全身にアダマスの剣の術式刻印を張った。

 この攻撃はつまりアダマスの剣と同等の力を持っていながら、俺の体に触れると絶命するという超危険物人間的なものなのだ。

 前回はルベルに対して、床全体を武器として強制的に跳躍させたが、今回は自分自身を武器として強制的に拘束を解かせたのだ。


 踵を返すとそこには黒いローブを着た女性が立っていた。しかし肝心の顔が見えない。フードが深い所為だ。


 ちなみに彼女の武器を持つ手は右手だ。


「ここで争っても不毛だろう、それぞれ作戦がある。一時解散としないか?」


「ええ、そうね、そうすることにするわ」


 瞬間、女が消えた。


 ――瞬間移動か。


 意外と冷静に考察をしていた。


 


    *


 


「それで、作戦ってなに?」とノエルが尋ねた。


 夕暮れ、アミュステラから帰還して、ノエルと少しいちゃついて、ヴェルゼンの王城内食堂。

 官僚やら軍関係者やらが各々好きな席で好きな奴と食事をする中、俺は俺含めた上層部四人で会談していた。


 無名の死神アイギス、騎士の国支配者ノエル、騎士神ケルテット、そして迅速の迅雷ダリア。


「戦争の勝敗は何も領地の制圧だけではない。勿論、敵の脅威を排除するために兵士を殺戮するのもありだが、それは消耗戦の泥沼にはまる」


 俺はプレゼンをする。

 ノエルは真面目に耳を傾け、ケルテットは蔑んだ表情を浮かべ、ダリアという女はつまらなそうに虚ろを向いている。


「戦争は指揮官の排除でも勝利を収めることができる。そのために俺はこの夜激戦区を通過、敵の王城に侵入して指揮官を殺す。勿論、神も、人間も」


「あの国は二つの宗派で構成されている」とダリアが口を挟んだ。視線は相変わらず明後日。「おおもとに『信仰教』があり、純粋な宗派『起源派』と支配者の死後国を統治した新神を祭る派生宗派『魔女派』」


 ダリア――諜報班の統括者。

 巨人器官ではないが、その群を抜く戦闘能力は戦場でこそ発揮される。

 ケルテットには敵わないにしても、迅速なる圧勝、見事なまでの破壊力に由来し迅速の迅雷と呼ばれている。


「つまり、政治が完全に二つに分かれている、ということですね?」


「ああ、そうだ。もし君の作戦を決行するなら、君はそれぞれの宗派の頭を殺す必要がある、が、それはあまり関心したことではない」


「……なるほど、確かに殺すべきではない」


 俺が察したと察したのか、彼女はこれ以上何も話さなかった。


 信仰対象の死とはすなわち絶望であって、信仰対象殺しとはすなわち最悪の敵。イエスを殺したとされるユダヤが何千年と憎まれ続けてきたように。


 つまりここで敵の頭を殺しても、やはり泥沼にはまる。


「では、交渉をしてみます……まあ、交渉とはいえ脅迫をするんですけれどね」


「それが、良いと思うよ。うん、悪くない、流石アイギス」


 褒めるな、幸先が悪い。


「しかし、口に出すのは簡単でも、実際にこれができないから消耗戦に発展している。ことは簡単ではない。だから俺が一人で出向く」


「貴様が?」ケルテットが強く料理にフォークを刺す。「意味がわからんな。どうすれば『だから』などという言葉が使える」


「俺の能力は『未来視』ですよ、成功するか失敗するか既に見えている」


「……ほう、成功する算段でも?」


「ええ。ついています。成功するビジョンが見える。城に潜入して、神を言いくるめる未来が」


「便利な能力だね」とノエル。


「それじゃ、俺は支度をします。――あなた方は激戦区に出向いてゲリラ戦を展開して下さい。弓も持って、なるべく闇に紛れるように拠点にゆっくり近づき、制圧すると相手の背後を取れますよ」


「了解!」


 ノエルの馬鹿元気な声を聞いて、俺はやや後ろを睨む。

 普段誰も注意して視界に入れようとは思わないだろう通気口。


 そこに小さな球状のオブジェクト。


「トレーサー……」


 小さく呟く。恐らくあれが、アミュステラで会った女の追跡装置だろう。

 あれを介して俺たちの行動を監視していたのだ。

 魔法のある世界ならあって当然のシステム。


「さて、では、いただきました……と、俺はいつも往生際が悪いな」


「ん? どうしたのアイギス」


「ノエル、さっきは言っていなかったんだが、少し『電気(エレクトリック)』を借りて良いか?」


「わかった。ええと、ケルテット、確かあの子が電気属性だったよね?」


「ええ、そうです。ではフェネラには私からこの男の元へ出向くよう伝えておきます」


 食器を片づけてから、自室に戻り机には座らず、だだっ広い床に腰を落としてモノを展開する。


 どうやらこの世界には薬品というものが少ないらしい。流石に元の世界と比べるのはタブーというやつだろうが、材料は結構豊富に揃うのだ、化学の発展も力を入れてはどうだろうか。


 床に並べられるは割かし多めの材料。

 木炭、食塩水、岩塩、氷と塩、硫黄、水、赤燐。


 用意しろと言ってすぐに用意できるほど材料はある。例えば硫黄は灼熱の国オーゲントの火山から産出する鉱石であり、つまりここまでの流通は少なからず成立しているわけである。

 だが隣国ビュルンデッドとの仲は悪い。


 話によれば魔術の国ビュルンデッド、不死の国アンディリュエ、海底の国ハインヅェルは異常なまでの閉鎖国家で、情報収集もままならないという。

 友好国はあるものの、それは密輸のみの外交というだけで、中枢に迫ることはできない。

 支配者の名前が全くといってわからない。どんな政治をしているかもわかれば十分。


 やっぱり、この世界は広く、本格的で、けれど幼稚だ。国があって、争い合う。それを生業とする奴がいれば、チェスのように娯楽として命令する奴がいる。

 元の世界と何も変わらない。


「鳥籠が鳥を探しに行った……」


「ふぇええぇっ……」


 と、戯言を呟いた直後声がした。

 背後、ドアの前。室内。俺を怖れた顔でおどおどする女。人間。清楚な服だが髪型は活発なお団子二つ。幼い顔だが恐らく俺より年上。


「ご、ごめんなさい、返事がないか、から、いらっしゃらないのかなって思って、ごめんなさい」


「返事がない、ね。ノックをしたんですか? 何にせよ、聞こませんでした、すみません」


「え、あ、はい、ノックしました、ツンツンって」


 そりゃ聞こえねえわな。


「ええと」と俺は尋ねる。「あなたがフェネラさんですか?」


「はい、そうです、フェネラです、ヴェルゼン軍技術班所属、機械工学のフェネラです」


「そんな部署があるのか……。フェネラさん、唐突で申し訳ありませんが、この食塩水を電気分解してくれませんか」


「電気、分解?」


 知らないか……ということは水素もまだ発見されてないんだな。これは痛い。

 というか機械工があってなぜ化学がない。ひょっとして俺の想像とは違う機械工か?


「電流には向きがあるというのは知っていますか?」


「は、い」


「ではこの食塩水に刺さった電極二つにそれぞれ源流と末流を加えて下さい」


「わかり、ました」


 なんとも変な女だったが、少しして目的物が完成した。これで問題は一つ解決。


 残りはアドリブでどうにかするしかない。


 ちなみに混合物の合成を――元の世界では幾らか簡略化できこの世界では本来こんなことする必要がないものの合成を――いちからみた彼女は目を大きく見開いて、興味津々に作られた筒を見回しながら、神様は凄いとか何だとか呟いていた。


 さあ、敵陣へ赴こう。

 ここからが本番だ。


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