10 『騎士の国ヴェルゼン』
眠い。まだ眠い。しかし光が鬱陶しい。
眩しい。カーテンを閉めろ。太陽よ滅びろ。
いや、関係ない。眠気に身を委ねろ。起きなくたって良い。起きる必要などどこにもない。そもそも俺は永遠に眠っていても良い存在だ。どころか喜ばれるだろう。
ああ、妹よ、母よ。
俺は自らの死を持ってようやく解放される。背中の傷など消滅する。名前ももう記憶にすらない。
――ス……。
声がする。
そうか無名の死神であるところの俺にもとうとう死神が舞い降りたか。それはありがたい。だが同時に惜しくもある。真の自由を手にする前に一つ、やり残したことがある。
――アイ…………、……。
死神よ、どうか俺に、妹と母と会わせてくれ。
謝罪がしたいんだ。
どうか、それだけが唯一の心残りなんだ。
――おそ……ちゃう…………いい……ね……。
謝罪を、させてくれ。
生きててごめんなさい、って。
――アイギス?
「ぐえっ!」
結局目を醒ましてしまったようだ。
何か嫌な夢を見ていたようだが思い出せない。
未だ眠い、しかし眠気眼をこすりながらとりあえず頭を下げておく。
「……すまん、どうにも人と寝るのは慣れていなくて……実は就寝直前と目覚めだけ寝相が最悪なん、だ……?」
うん、ちょっと待て。
俺は誰かと寝たのか? この俺が? しかも同じベットで? そんなまさか。
だが実際俺の寝返りの犠牲になった何者かの声がしたのだが。それも女性。この俺が女性と寝たというのか。いやいや、やはりありえない。
「アイギス、突然目を覚ますんだね……」
「アイギス? なぜいきなり盾の名前なんて……ああいや、そういえば俺の名前だったな……っていうことは、おまえ……」
すぐ横に目をやれば、そこにはノエルがいた。
それもほぼ半裸と言っていい露出度の服で。
極め付けに、俺に抱きついた状態で。
天蓋付きベッドの上。無駄に広い寝室。王城。そして騎士の国ヴェルゼン。
色々記憶を取り戻してきたぞ。そうだ、ここは異世界なんだ。どおりでベットの材質が違うわけだ。とはいえ包帯によって寝心地は相変わらず悪かったが。
朝日が異様に大きい窓から差し込んでいる。快い朝でなによりだが、しかし、現在俺は大分眉間にしわを寄せていることだろう。
はあ、こいつは本当になんなんだ。
「俺はおまえと一緒に寝た覚えなんてないぞ」
「それはあなたの記憶力が悪いだけだよ、お馬鹿さん。ほら昨日あんなに激しく――」
「――しとらんわ。ふん、おまえどうやら無断で俺のベッドの中に入って来やがったようだな。なんのつもりだ」
「ハニートラップ?」
「…………」
「ともかく、えっちいことしようよ!」
「…………」
「え、あの、アイギス? その、しようよ」
「ノエル」
「なにかな?」
「断る」
こんな調子で始まった異世界生活三日目。
色々不安は残るが、今後の行動の方針は定まっている。後はなるようになるだろう。
さて、早速こちらから動くかと、ベッドから足を下ろしながら想起する。昨日の、アミュステラで会った謎の女性との会話を。
やっぱり、俺はどこへ行っても変われない。だが、この自由と束縛が明瞭化された異世界ならあるいは真の自由を得られるかもしれないと、そう思った。
*
アミュステラの昼、ヴェルゼン行きゲートの前。
――異世界生活二日目。
ヴェルゼンはどうやら大分厳重な警戒体制が敷かれているようで、まずノエル以外の神の入国が禁止されているらしい。
そのため彼女と共に入国することになり、彼女を待っているのだが……
「右眼は元々気性の荒い奴だった。その所為で聖なる泉に身を投げ不死を手に入れんと欲した。どうやら大分優秀な錬金術師だったらしいが、そのふとした好奇心とその場限りの気の高揚が罰せられ、神に相応しくない存在として冥界に落とされた。……だがここで疑問が生じる。一体誰が彼を冥界に堕としたのだろうか。答えは単純、他の神だ。小賢しい彼はあらゆる神の反感を買っていた。まるでちょうど今日朝方殺された右耳のように。そのため他の神はこれを狂気と睨んで彼を追放した。さて。この話の教訓は――結局裁きを与えるのは他者の私情である、ということだ」
変な奴がいた。
そんな長ったらしい何かをぶつぶつと呟きながら道を歩く女性は、しかしやがて俺のところまで徐々に距離を詰め、とうとう俺の前でぴたっと足を止めた。
金髪の、かなり目つきの悪い、勇ましい、しかし可憐な体をしている、女性。どこか既視感を覚えるが、思い出す前にアクションがあった。
「やあ、未来視の右眼。初めまして。では早速本題に入ろうか、耳を傾げ」
「は、はあ、なんでしょう」
未来視の右眼という名前はいまや多くの神に知れ渡っている。それは通行神の会話を聞けばわかる。テルテトス戦は多大な効力を持っていたらしい。
「君はまさか、これでひと段落ついてしまうだなんて思ってはいないだろうね? 現在はまだ起承転結の結には辿り着いていない。まずそもそも伏線回収をまるでしていない」
「なにが言いたいんですか?」
「わかりきっている質問を投げるな。それでも合理主義者か。頭の悪い人材ならとっとと死ね。ふんまあ良い。脱線は良くないからな、お兄ちゃん。さあ本題に戻ろう」
俺より身長が高い。なんだこの女。小説のキャラとして存在していたらかなりメタいぞ。
「君は本当に疑問にも思わないのかい? どうして右手のノエルと左手のエレナはパシフィカエにいた。どうしてアミラは異世界転移の召喚者についての質問に『十全ではない』と答えたんだ。どうしてアミラは君の元いた世界の知識を持っていた、行ったわけでもないのに。どうして王城の扉は開いていた。どうして皇室で突然松明に火がついた。どうして右耳のルベルは支配神への昇格を急いていた。どうして右手は右耳の死体を切りつけた。どうして見たこともない短剣を所持している。どうして同じ経緯で自殺した者と会わない。――どうして右手は君を欲しがっている」
「――! あなた、どうして異世界転移のことを!」
「特別サービスに答えてやろう。今から挙げる選択肢の中から選べ。一、あたしの能力が『全てを知る』というものだから。二、あたしと左眼のアミラが大の親友だったから。三、異世界転移の召喚者は左眼ではなくあたしだから。四、あたしも君の元いた世界の住民だったから。五、その他」
「あなたは、誰なんですか」
「あたしはこのアミュステラじゃあ『王位のヨハネ』と呼ばれている、魔術編者だよ」
「そうじゃなくて――」
「おおっと待ち人の到着寸前だ。おさらばさせてもらうぜ。それじゃあな、お兄ちゃん。最後に一言」
――運命ってのは確かに変えられないものだが、運命の観測者の目を騙すことはできる。
虚偽はばれなければ真実だと言いたいのだろう。
しかし。待て。格好つけては帰さねえぞ。
「まるで未来を知っているようですね」彼女の背中へ問うた。
「未来を知っているのは君だろう? それにあたしは未来を知っているというより、過去を知っているのかな。まあ何にせよのちにわかることだよ『神殺しの魔眼遣い』のお兄ちゃん」
神殺しの魔眼……。
厨二病かよ、この女。
彼女はクールに去って、
「アイギス、さっきの人は?」
とノエルが手を振りながらやってきた。
「良くわからないが、自分のことを『王位のヨハネ』と名乗っていたぞ」
「え!? 本当!? そのヨハネさんって、流石のあなたも聞いたことはあるでしょう?」
聞いたこともなにも初耳だ。
「魔術編者の中の英雄にして、表に一切顔を出さない謎の人物! あなたどういう人間なのよ!」
俺の肩を掴みながら揺らす彼女。
「俺も知らない。まったく、どこまでが本当なんだか……ともかくヴェルゼンに行こう。俺は数時間しか寝ていない所為で疲れが残っているんだ」
「そうだね」と彼女は言ってゲートをくぐる。
続いて俺もゲートをくぐる。
暫く俺と彼女の間に会話はなく、ただひたすらに階段を下りるだけだった。
出口が近づくと、意を決したのか彼女は俺へ告げた。
「どうしてわたしがあなたを欲しがっているのか、説明していなかったね」
出口を抜けヴェルゼンへ足を踏み入れる。
どうやら神殿の中のようだ。しかし神殿の出口もそこそこ近いらしい、奥に光が見える。
「わたしの国ヴェルゼンは現在」
光を抜け、いざヴェルゼンの大地へ。
「隣国のビュルンデッドと戦争しているの」
丘の上。森林の上。山の上。
この神殿からはヴェルゼンの景色が一望できる。そこは綺麗で、幻想的で、都市的だ。
しかし視界の右側で煙が立っていた。
「戦争、している……?」
「うん、だから、助けて欲しいの」
騎士の国ヴェルゼンの支配神にして縁切りの右手ノエルは酷く真剣な表情でそう言った。
毎度お読み頂きありがとうございます。
これにて第一章「神殺しの魔眼」は完結です。
※以後余談なのであとがきが嫌いな方は飛ばして下さい※
少しこの作品についての話をさせて下さい。
この作品で最も特徴的な点は〝主人公が無感情過ぎる〟ということだと思います。
普通、「え!? マジで!?」とか言って大はしゃぎそうなシーンを無表情でやり過ごします。というかどこかの絶望と同じく女体を卒業している節があります。
ただ、これはこれで一つの主人公像だとも思います。もし、超正義感の強い引きこもり高校生がヒロインを救うために無双する話がお好みでしたら、少しこの作品はあわないでしょう。
この作品のもう一つの特徴としては厨二病でしょうか。言葉選びは厨二病度を上げるために結構慎重に行っております。
素で厨二病ワードが書ければ良いのですが、いかんせん私にはそこまでの文才はありません。実は『亜空間の左眼』には未だ全く納得がいっていません。
さて。
第一章は全て伏線頒布に費やしました。連載させない気満々です。終わりがあります。作者は収納法で書いております。
最後に余談。
私(作者)は『王位のヨハネ』のような、また、どこかの人類最強のようなキャラが割と好きです。
あとがき終わり。
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