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異世界転移して半日で神様殺した件  作者: 雪斎拓馬
第一章 神殺しの魔眼
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9 『死神と白兎の契約』

 未来視は使えない。使うだけで不利になる。とはいえ使わないだけでも不利に違いないが。しかしいずれ未来視なしで戦闘する状況にも直面するだろう。そのときに未来視任せでいたら一巻の終わりだ。

 これは予行練習。大丈夫、まだ死なない。


 初撃、俺は彼女の手から放たれたナイフを避けることができなかった。

 それは肩の肉を抉り、後方へ通過する。残るものは激痛と流血。まったく、ファンタジー世界は命の価値が低くてたまらない。


 すかさず距離を詰めるルベル。このフィールドもかなり暗い。その動きはまるで暗闇に紛れるようで、上手くタイミングを計れない。

 ならばここで仕掛けなければならない。

 集中しろ。右手に握る短剣に。


 アダマスの剣の術式刻印が稲妻色の光を帯びる。


「――っ!」


 警戒したのか動きを止めるルベル。無理もない。魔術回路はすなわち生命線。それをショートさせられた彼女は次こそひとたびこの矛盾の攻撃を受ければ、確実に動けなくなる。


「ふん、元々俺の剣なのだ。あの男にしか使えないなどとは思うまいな」


「面白いね……そいつには借りがあるからね、絶対に壊す」


 戦闘が再開する。

 既に縮まった距離、彼女はハルパーでもう一度俺の肩を落とさんと振りかざす。前回の戦闘から学習するに、ここで下手にガードしては必ず空いたスペースへ攻撃を仕掛けられる。

 何とかして左に避けるも、彼女のそれを握る手は左。簡単に俺の方へ方向転換できる。全体重を乗せた素早い一撃が俺を襲う。


 これは流石に受けざるをえない。短剣の鎬でガードし、何か動かれる前に蹴りを繰り出す。

 だがこれがまずかった。彼女は自分の右手を俺の脚へ巻きつけ、それに続いて鎖で拘束する。


 完全に不利な状態。ここで刺されればチェックメイト。何としても防がねばならない。

 彼女がナイフを振りかざすその直前に俺の攻撃は通った。鎖と共に固定された彼女の右手に魔力全開のアダマスの剣を刺したのだ。


 稲妻色のスパークと肉が熱で溶ける不愉快な音、焼け焦げたような臭いと彼女の絶叫がする。


 このままでいては危険だと察したのか、彼女は全力で俺を壁まで吹き飛ばした。六十キロほどの人間を片手で薙ぎ払うとは、いかれてやがる。俺の体は空中をライナーで遺跡の壁に打ち付けられる。肺の中の空気が全て持って行かれる。

 心臓が止まりそうだ。こんな怪我をしたのはひょっとしたら人生で指を折れる数しかないと思う。


「アイギス……!」


 ノエルの息を呑むような声が届く。見れば、暗闇の中、それでも目元に影を落とし、泣きそうな顔でこちらへ寄ろうとしている。だが彼女の両手と壁を繋ぐ枷によって願い叶わず。


 そろそろ頃合いだろう、俺は全速力でノエルの元へ駆けつけ、迷いなく枷に繋がれた鎖を断ち切る。まだ両手は解放されていないが、それを外す時間はないようだ。


「逃げろ、ノエル」


「……ごめん」


「謝るな。おまえは悪いことをしたわけじゃあない」


 剣を後ろへ振れば、激しい金属音が鳴り響いた。

 無論、ルベルの攻撃を防御したのだ。

 素早くノエルを背に対峙する。


 ルベルの表情は特に変わってはいなかった。それもそのはず、この人質はあくまで俺とミラを釣るための餌だからだ。片方しか来なかったわけだが、俺がここにいる以上人質は必要ない。

 その上こいつは人の思考が読み取れる。ならば、もしここで彼女を殺しても、俺がなんとも思わないことを認知している。そんな敵を相手にするなら、人質殺しなんていう時間の無駄は省略すべきだ。


 戦闘というのは案外停滞するものだ。早く決着がつくか、攻防が断続するか。どちらにせよ必ず波がある。気は常に緩めては駄目だが、喉は緩めて良い。

 今こそが脱出のチャンスだ。


 行け、とノエルに指示する。それを受けて彼女は走り出し、ルベルは見送った。


「……、逃がして良いのか?」


「あたしの目的はあんた。あんたの目的はあたし。ならもう必要ない」


「確かにおまえは俺の命がいち早く欲しい。そしてその奥に見据えるベルリアが欲しい」


 やや論理が煩雑だが、要するに、最終的に国が欲しい彼女は自分を殺さんとする俺を排除したい。またそれを早急に叶えたい。

 俺を速やかに殺すための釣り餌はもういらない。


「だが勘違いするな、俺の目的はおまえの抹殺で違いないが――俺の場合、おまえが支配神にならない限りいつでも良い」


 ルベルの脇をすり抜けて出入り口へ向かう。つまり、ノエルに続いて脱出しようというのだ。


「戦闘放棄する気か! 逃がさないぞ!」


 鬼の形相でルベル。


「ふん、ノエルを逃したのが、今回の勝負の分かれ目だ」


 部屋を脱出し、遺跡の出口へ全力疾走。無論追いかける彼女。流石に魔術回路が一部切れてる彼女とはいえ俺に追いつくには容易いという。

 すぐに距離を詰められた。俺は右の部屋へ飛び込む。この突然の行動に反応できるのもまた彼女。地獄の右耳。回避中に鎖が俺の腰を打った。


「これで終わり」


 ルベルはハルパーを構え、一歩踏み込む。


「ああ、これで終わりだな」


 対して俺は床に手をつき呟く。


「アイギス!」


 やはり心配だったのか俺の命令を無視したノエルが両手を未だ縛られた状態で、ルベルの背後から怒鳴る。

 ノエル、どうして出会って間もない俺のために涙を流せるんだ。本当どこまで馬鹿なんだおまえは。


 だが問題ない。


「まさか――これは!」


 即座に空中へ跳躍するルベル。


 

 見下ろせば部屋の床全体が稲妻色に光っていることだろう。

 そう、荷物を下ろしたこの部屋、赤ペンキで記されたアダマスの剣の術式刻印が床全体を矛盾魔法の武器と化しているのだ。

 


「ノエルを逃したのが勝負の分かれ目なら、おまえの跳躍は敗因そのものだ」


 魔力を供給していた左手を床から離し、右手に握るアダマスの剣に集中する。部屋全体の光は消え、剣が代わって部屋を灯す。

 そうだ。もしおまえはジャンプをしていなかったら床の術式刻印に触れ死亡、例えジャンプしようともそれ以上身動きできない。


 アダマスの剣をルベルに突き刺す。


「がああああああぁぁあああ!」


 蜂のようなアナフィラキシーショックとは違うが、既に一度回路を断たれた身、二度の破壊に耐え得るはずがない。

 彼女は剣士ではあるもののやはり回路が生命線であることに変わりない。これで完全に無力化したことになる。


 彼女は力なく地面に自由落下し、動かなくなった。

 目は虚ろを向き、口はだらしなく開いている。だがまだ死んではいないようだ。


「アイギス……」


 やや安堵の息を含めた声が届いたが、関係ない。短剣で頸動脈を描き切ってから、ノエルの枷の鍵を探し、彼女へ投げ渡した。

 彼女は引き攣った顔でこちらを見、おもむろに枷を外し始めた。


「殺す必要はないと言いたいのか、あるいは、私も殺す気かと言いたいのか。ふん、どちらも俺にとっては愚問だが、おまえに話す必要はあるようだな」


 彼女は枷を外し、こちらへ、正確には死体へ歩み寄った。更に正確に言えば死にゆく死体へ。


「殺す必要はあった。俺はこれから巨人器官を殺しに行く。その二人目だ。また私情だけでなくこいつは不当な方法で支配神の座に着こうとした。合理的に判断して、殺す必要はあった」


 足音。憎悪も憤怒も悲哀もない通常の足音。

 彼女はどこからかククリナイフを取り出し、右手を光らせた。


「そして俺にはおまえを殺す気は微塵もない。理由は簡単だ。おまえの誘いに乗ろうというのだ。……だが些か問題が生じたな。俺はおまえの前で神を殺した。そんな奴の仲間になろうだなどと、普通は思うまい」


「――リーヴェン」


 と彼女は呟いた。直後、死体をククリナイフで切りつける。


「そこで今度は俺が頼むことになる。この通り頭を下げて。『俺はおまえを殺さない。加えて依頼とあらば尽力しよう。その対価として俺をおまえの仲間にしてくれ』。最後に――」


 彼女はどこかへククリナイフをしまい、こちらを向いた。


「薄々気付いているだろうが、ベルリアの支配神だったアミラを殺したのは、俺だ」


 それでも、俺を仲間にしてくれるか。そう頼んだ。


「あなた……自由を愛してるんじゃないの? そんな制約付きで良いの?」


「真の自由までのちょっとした制約さ。もちろん嫌いだ。だが、自由を得るためには制約するのが手っ取り早い」


「わたしは『右手』だよ? それでも殺さないの?」


「俺は合理主義者だ。利益があれば殺さない。言ってしまえば俺だって巨人器官だ」


「もし断れば?」


「口に出して答えた方が良いか?」


「いいわ。それより、わたしよりあなたの方が強いんだから、強制すれば早いんじゃないの?」


「俺は自由を愛しているんだ。おまえの自由を奪ってどうする」


「優しいのね」


「ああ、皆誤解しがちだが、俺は優しい死神だ」


 彼女は数秒黙り込んでから「わかった」と言ってポケットからアクセサリーを渡してきた。


「これは?」見た感じ懐中時計だが。


「魔力仕掛けの懐中時計。これをもって契約を交わす。まあ、その……お礼っていうの?」


「俺はまだ何もしてないぞ」


「今回助けてくれたし、これからも助けてくれるお礼。あなたにとってはこれこそ枷になるかもね。そう感じるんだったら真の自由を手に入れたときわたしに返して。いっそう解放感を味合うだろうし」


「……俺が裏切る可能性だってあるだろうに」


「大丈夫、その懐中時計、裏切った瞬間にあなたを殺すよう設計されているから」


 怖えな……。


「冗談冗談。わたしはあなたがわたしを裏切らないことを知ってお願いしてるの。だって合理主義者なんでしょう? わたしにはあなたが必要であなたにはわたしが必要。あなたがわたしの仲間でい続けるためには、あなたが尽力して、わたしがあなたの仲間でい続けるためには、わたしが盛大なおもてなしをする必要がある。この関係が崩れない限り裏切らない」


 その通りだな。出会って最も仲の良い異世界人だ。俺だって生活を逃したくはない。


「ああ、それ実は世界で一つだけの、この、わ、た、し、の懐中時計だから、くれぐれも壊したりなくしたりしないでね」


「おまえ、わざと俺から自由を奪ってるだろ」


 相変わらず優しい奴だった。

 では長引き過ぎた余談を終わらせよう。閑話休題だ。


 

「これからよろしく、ノエル」


「うん! これからよろしくね、アイギス」

 


 無名の死神と朱鷺色の白兎の契約は交わされた。


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