第二話「帝国海軍重巡洋艦利根の憂鬱」⑥
「佐神中佐、睦月と如月も陸戦隊の搭乗後、出撃するとの事です。けど、ひとまず最終防衛ラインへの配置に付かせますわ。龍驤は春日井少佐達がマニュアルで出港準備中ですが、少し遅れそうです。それとゼロの二個中隊が増援として急行中だそうです。あの……准将の様子はどうでしたか?」
由良の佐神中佐とのホットラインを確立し、状況報告。
「すまんな……あの呑んだくれは「任せる」だとよ。まぁ、例によって、俺が前線指揮を取るが構わんな?」
……もとより指揮については、否応ありません。
陸戦隊や春日井少佐の率いる有人航空隊の軍人達は、わたくし達だけに戦わせるのを潔しとせず、一緒に戦ってくれる心強い仲間……そんな感じなのですから。
わたくし達が口出しして、死地に赴かせるなんて、そんなの気が引けますの……。
「申し訳ありませんが、いつも通りよろしくなのですわ」
「はっはっは! まぁ、俺達の力なんて微々たるもんかもしれんが、是非頼りにしてくれ! そういや、蒼島のヤツはどこだ? せっかくだから、いっちょハッパをかけてやる! おい居るなら、返事くらいしろ! この唐変木っ!」
「おおおっ! まさかの戦闘配備っすかぁ! 蒼島、出頭しましたぁあああああっ!」
ブリッジにワタワタと蒼島中尉が飛び込んできて、ズッコケてますの。
「……大丈夫ですの? 中尉……足元には気を付け……はぅわっ!」
蒼島中尉に手を貸そうとしたら、床を這ってたケーブルに足を引っ掛けて、わたくしが転びそうに……。
しかも、その先には蒼島中尉が……。
「ああーっ! 中尉、よけてーっ!」
と言いながら……とっさに目をつぶってしまったのだけど。
硬い床にぶつかると思ったら、ふわっとした感触と共に勢いが落ちる。
微妙な抵抗感とともに倒れ込むのだけど、思っていたような衝撃もなければ、どこかぶつけたりもしない。
な、何がどうなったんですのーっ!
「ごめん、システムチェック用のケーブルがそのままだったんだ……危ない危ない、大丈夫?」
顔の直ぐ上辺りで、心配そうな声……。
……目を開けてみると、蒼島中尉が目の前に居て、わたくしをしっかりと受け止めて、抱きしめてくれてましたの……。
肩と頭に腕を回されて……わたくし、その胸の中にしっかりと受け止められて……。
まるで、むしろわたくしが押し倒したような感じになってて……。
こ、この展開はなんですのーっ!
「だ、大丈夫ですわっ! と言うか、どこ触ってるんですのーっ! このヘンタイっ!」
思わず横に飛び退いて、反射的にそばにあった青島中尉のスネを蹴飛ばしてしまいますの!
「どほぅわっ!」
スネを押さえて悶絶する蒼島中尉……我ながらとっても理不尽。
……そりゃ事故だって解ってますし、とっさに抱きとめてくれるなんて、ちょっと男らしくって……とか思ったりなんかしちゃったりするんですけどっ!
「い、今のは痛いよ……ま、まぁ……手加減はしてくれたんだろうけど」
「あわわ……思わず、足が出ちゃったんですのーっ! ごめんなさーいですのっ!」
とりあえず、駆け寄って隣に座り込んで、手を差し出す。
「あ、ごめん……そ、そうか……君達って、普通の女の子と変わりないんだっけ……確かに……はは、凄く柔らかかったよ」
そう言って、困ったようにボリボリと頭を掻きながら、わたくしの手を取りながら立ち上がる蒼島中尉。
でも……何のことを言ってるのか……なんとなく気付いて、顔が真っ赤になるのが解りましたの!
「ううっ! 蒼島中尉のばかーっ! このヘンタイっ! ヘンタイっ! ヘンタイっ! ですのーっ!」
騒ぎすぎかもしれませんけど……。
そもそも、人間に触られるなんて……わたくしにとっては、レア体験なんですの!
もう、レア度にしたらSSR相当ですのーっ!
しかも、思い切り身体押し付けちゃったし……絶対、わたくしのささやかなお胸さんの感触だって……。
だって、もにょっとなりましたのよ! もにょっと!
「ううっ……蒼島中尉のばかっ! ですのーっ!」
そんな風に騒いでいると、呆れたような佐神中佐とモニター越しに目が合う……。
とりあえず、髪と服装の乱れを直してビシっと敬礼。
中尉もわたくしの隣に並び立つと、慌てたように敬礼……もう今さらなんですけどね。
「改めまして、蒼島中尉……出頭しましたっ! 重巡利根の戦闘支援任務……拝命させていただきます!」
「ん……ああ、その……なんだお前ら、割と仲がいいんだな。だが、一応戦闘配置中なんだから、痴話喧嘩も程々にな」
ち、痴話喧嘩って言われたんですの……って言うか、痴話喧嘩ってなんですの?
こんな時は、ライブラリ検索ですわっ!
『男女間の愛情のもつれがもとでおこるたわいもないけんか』
……思わず無言になりますの。
「はいっ! 重巡利根は最高の軍艦です! 自分は日々、愛情を持って整備、調整に務めさせていただいております! 今の彼女は万全の状態だと断言いたします!」
わたくしの内心の動揺をよそに、安定の蒼島中尉が爽やかな笑みを浮かべる。
……やっぱり、中尉ってどっかズレてるんですの。
「わたくし、ここは愛が重いわ……とでも言うべきかしらね……」
思わず、ぼそっと独りごちる。
「利根ちゃん……がんばっ! です!」
目の前にウィンドウが開いて、笑顔の由良がサムズアップ。
なんか……どっと疲れましたわ。
でも、かつて……初霜さんの頃は……。
わたくし達示現体って……普通の人間からは怖がられて、まともに相手にされなかったそうなんです。
それを思えば、こんな風に普通の女の子を相手するみたいに、接してしてもらえているのは、ある意味ありがたいと思うべきなのかもしれませんね。
孤立無援の状況で共に戦ううちに、わたくし達と人間との間に確かな絆と信頼関係と言える物が生まれている……それは確かなこと。
こんな時代が来ているなんて……初霜さんが知ったらどんな顔をするのかしら。
けど戦闘になる以上……少なからぬけが人や戦死者だって付き物……。
戦場の常ということで、誰もわたくし達を責めたりはしないのですが。
出撃前に、言葉を交わしたり、名を知る人が戻らないと言うのは……何度経験しても慣れません。
……可能な限り、誰一人として死者を出さずに……そう願わずにいられません。
今回も上手くやれますように……。
蒼島中尉だって、何も言わないけれど……。
わたくしだって、艦橋に直撃を受けて酷いことになった事もありますの……わたくしの場合、手足が折れようが、普通の人間の致命傷レベルの傷を負おうが、あっという間に自己修復してしまうのですけど。
そんな状況……生身の人間なんてひとたまりもない。
最前線の戦闘艦の艦橋……こんな安全とはほど遠い場所で、蒼島中尉……怖くはないのかしら?
そう思いながら、よく見てみると、少し膝が笑ってますの。
けど、そこは見てみないふりをするのが、乙女の気遣いってものですわ。
……大丈夫、わたくしがちゃんとやればいいんですから。
イザとなったら、身体を張ってでも守って差し上げますから。
わたくしに、あの人のような……全てを守れるような強さを……心から、そう思う。
「よぉーっし! じゃあまぁ、全艦第一種戦闘配備! っても……皆、もう配置に着いてるのか。利根キッちゃん、蒼島中尉どっちもしっかり頼むぜ! 何かあったらすぐ報告な!」
佐神中佐に敬礼で答えると、わたくしも艦長席に付きますの。
戦闘用のヘッドセットを被ると、視界が船体各所のカメラとリンクし、360度モニターに切り替わりますの。
……利根の艦体と、果てしなく広がるようなエーテルの海が広がる。
各種砲塔、機銃、火器管制システム、推進機関、各種操艦電子システムとのリンクが確立。
電探システム、各種センサー群とリンク……身体の感覚がぶわっと広がっていくような錯覚を覚える。
このヒューマノイドボディから、重巡利根へと身体感覚が切り替わっていくと、嫌が応にも自分が戦闘兵器なのだと自覚する瞬間。
けれど……この姿こそが、わたくしの重巡洋艦利根としての本領なのですから。
中尉も適当な座席に付くと、艦内システムチェックを始めているようですの。
同じように視覚遮断バイザー付きの電子ヘッドセットを付けた中尉の姿が視界の隅に表示される。
「利根ちゃん、全システムオールグリーン……システムリンクも全て正常。うん、調整はばっちりだったな……機関出力も安定稼働中……遠慮なくフルパワーで回してくれていいよ! 僕もサイバーコネクティングで、モニタリングと微調整くらいさせてもらうよ……まぁ、サブシステムだとでも思ってくれ!」
こう見えても蒼島中尉は、普通の人間じゃありませんの……補助電脳を埋め込んでいる半サイボーグ体。
防衛隊の方々も……生身でエーテル空間の戦場に出ることの無謀さは解っているので、誰もが多かれ少なかれ、この手の身体改造を受けていらっしゃります。
……誰もが志願して、そうしているので、わたくし達からは何も言えませんの。
「了解です……全索敵機をオートから、ダイレクトコントロールへ移行。蒼島中尉……まずは本艦が前に出ます……サポート頼みますわ……重巡洋艦利根! 抜錨いたしますわっ!」
流速等速航行状態から、機関全開へ……ゆっくりと由良を追い越していく。
これより、わたくしは皆の目となりますの。
索敵艦としての腕の見せ所……ですわよねーっ!
とりあえず、外伝後の利根達の日常と、キャラ紹介パートでした。
以上、導入部……次から本編。
基本的に、三人称で進めます。
その方が良いのかな?