第二話「帝国海軍重巡洋艦利根の憂鬱」⑤
「敵がいねぇのも、ブリタニアの迎撃に回って、俺達にちょっかい出してる場合じゃない……そう言うことか。本国が一切救援も連絡もよこさない中、やっと来てくれたのがブリタニアの奴らってのが少々不本意だが……。待望の援軍とも言える……何とか支援くらいしたいところだが。俺達も斑鳩を守らねぇいけねぇからな……手薄にする訳にもいかん……正直、悩ましいところだな……連中の予想位置とかは流石にわからんか」
ここで即座に救援に……とか言い出さない辺り、さすがですわ。
わたくし達は所詮寡兵……航空戦力の要たる龍驤が抜けている状態では、航空戦力もわたくしの瑞雲のみ。
この回廊のインセクターは飛行種が中心……流石に荷が勝ち過ぎてますの。
「ブリタニア艦隊の進軍速度がどの程度か解らないのでは……けど、ブリタニア艦隊が流れを下ってくる事を考えると、極めて近くまで来ているの可能性もありますわ。ひとまず、ここは司令の判断を仰ぎませんか? むしろ、一度撤退して準備を整えた上で改めて、救援プランを検討すべきかと」
わたくしの助言に佐神中佐は、腕を組んで考え込んでますの。
「いや、この状況……むしろ、斑鳩から大至急増援を呼ぶべきだろう。柏木と春日井少佐には俺から説明しとくから、皆は戦闘配置に着いてくれ。利根キッちゃんは、哨戒機を出来るだけ遠くへ、それもなるべく絶え間なく展開しておいてくれ……ほんの僅かな異変も見逃すな」
「中佐は……こちらへの敵襲があると予想してるのですか?」
「そうだな……俺がブリタニアの指揮官なら、敵中強行突破を狙う……。4-5日前に2400kmってことなら、そう遠くないうちに団体さんを引き連れて、ブリタニアの奴らがやってくる……俺はそう見てる。つまり、今は嵐の前の静けさ……下手に下がって、基地周辺でお祭り騒ぎなんて冗談じゃねぇ……だから、ここで迎え撃つ! ……それが正解だと思うんだがどうよ?」
言われて、始めてその可能性に気付く。
ブリタニア艦隊の目的地……それは間違いなくわたくし達の斑鳩基地。
ブリタニア艦隊が圧倒的な兵力で、途中のインセクターの母艦を全て殲滅してくれるのならともかく、向こうにそんな余裕があるとは、とても思えない。
……狙うとすれば、少数精鋭による強行突破……であれば、必然的にインセクターを引き連れて……と言う事になるのは、想像に難くないのです。
そんな事に気付けないなんて……相変わらず、わたくし……戦士の領域には程遠いですの。
「佐神中佐、かしこまりました……相変わらずの慧眼、御見事なのですわ。……由良、わたくしは利根に戻ります。そちらも戦闘準備を……」
「お任せですー。私も艦載機を出しますから、利根ちゃん相互情報連結よろしくします」
そう言って、びしっと敬礼を決める由良……わたくしも答礼で返しますの。
次は、有明と夕暮に指示……と思ったら、とっくに居ませんの。
位置情報を検索すると、すでに由良の甲板上……弾丸のような勢いで、それぞれの艦へとかっ飛んでいきましたの。
あの二人、普段はボケボケなんですけど、戦闘になるとスイッチが入るらしく、滅法強いのです。
実は、うちの艦隊のダブルエース。
初霜さんの忘れ形見みたいに思ってましたけど、何気にあの方顔負けの実力者……なんですの。
もっとも……割と考えなしで、かつ好戦的にすぎる所があるのが問題なのですけどね……。
「話は聞かせてもらいましたーっ! 睦月と如月も直ちに出撃しまーっす!」
唐突に、ウィンドウが開いて、ピンク髪のおかっぱ頭と、ウェーブのかかった同じくピンク髪ロングが顔を見せる。
「如月はお眠なのですけど、頑張って出撃しますぅ……ZZZ」
……如月は、寝てる所を叩き起こされたのか、半寝ぼけで襟首掴まれて引きずられてる有様……。
揃いの黒に三日月のマーク入りのジャケットとプリーツスカートを履いてるのだけど、如月の方は足元がパジャマズボン……。
この娘達は……隊の中でも一番のおチビちゃんズ。
元々駆逐艦の示現体は小さい女の子の姿を象る事が多いのですけど、この娘達は群を抜いて小さい。
人間で言うと、小学校低学年……くらいらしいのです。
でも、何故か人間の兵隊さん達には大人気。
有明達と違って、最近インセクターが取るようになった小型の陸戦種を大量に押し寄せさせる戦術への対抗用として、機銃や小口径荷電粒子砲を多数備えた近接戦専門、どちらかと言うとインターセプト艦と言う位置づけですの。
戦闘時には、更に銃火器で武装した陸戦隊の方々も搭乗して、物凄く賑やかになるのです。
けれども、この娘達が活躍するのは、迎撃戦でもかなりヤバイ状況……港湾施設への着上陸阻止戦。
わたくし達は、とにかく頭数が少ないので、数で押されるとさすがに突破を許してしまいますの。
以前それで、陸戦隊を総動員しての泥沼の地上白兵戦を強いられた事がありまして、その戦訓を元に、彼女達は小型種対策に特化した艦として改装されましたの。
その代わり、魚雷も長距離砲も一切積んでないので、駆逐種辺りを撃破するのも一苦労。
なので、今回は……お留守番役……決定!
「はいはい、アンタ達はいつも通り最終防衛ライン担当、陸戦隊の門松大尉達と相談して、良きに計らえ……ですわーっ!」
「えーっ! またお留守番ですかーっ!」
「お留守番……なら、出番が来るまで二度寝するのですよ……ZZZ」
「くらぁーっ! 如月、寝るなぁっ!」
「あん、蹴らないで……如月、痛いのはイヤイヤなのですの……」
ピンク髪コンビが何やら騒いでますけど、次っ!
先程から、延々続けてた龍驤のコールにやっと応答あり。
「龍驤っ! 遅いっ! スクランブルですのーっ! って、春日井少佐?」
モニターに映ったのは、いつもの袖なし被布着たバカガキ……じゃなくて、五分刈り頭で割とイケメンと評判の少佐さん。
「ああ、すまん……龍驤の奴はまだ起きてないんだ……。ひとまず、状況概要は佐神中佐から聞いている。龍驤については、メンテと補給を中断して、俺の部下達が出港準備をマニュアルでやってるとこだ。龍驤の奴も休眠中だったから、すぐには動けんだろうからな……そんな訳で、少し時間をくれないか? なるべく急いで出せるようにするから」
「春日井少佐……甘いですわ! あのバカは多少スパルタな位で丁度いいのですわっ!」
龍驤さんを一言で言い表すのであれば……。
『有能で怠惰な怠け者』
この一言に尽きますの……そんな彼女の艦長役を押し付けられてしまった春日井少佐は、苦労人ポジと言うやつですの。
「まぁ、どのみち龍驤は前に出ないからな……睦月と如月を護衛に付けて、基地近辺防衛に回そう。哨戒艇と雷撃挺も出撃準備中だ。航空機隊は、イザとなれば俺達が支援に出るから、それで妥協してくれないかな? ひとまず、待機中だったゼロの第6と第8中隊にスクランブルをかけたから、一時間ほどでそちらに到着する予定だ」
二個中隊……無人タイプのハイ・ゼロ16機と有人機4機……思った以上の戦力ですの。
いつもはせいぜい一個中隊程度でスクランブル待機なのに……これも佐神中佐の事前準備のひとつってところかしらね……わたくしの報告だけで、臨戦態勢を整えている辺り、ホント良い勘してますこと。
「仕方ありませんわね……司令は?」
「いつも通り……好きにやれ……だそうだ。すまないな」
諦念感を言外に見せながら、申し訳なさそうに春日井少佐が告げる。
柏木司令……結果的に初霜さんが未帰還となり……それをきっかけに、あの方は塞ぎ込むことが多くなってしまいましたの。
閑職とは言え、基地司令に任命され、責任ばかりが増えていき、挙句に半ば見捨てられる形で敵中孤立無縁。
そんな状況のストレスからか、すっかり酒浸りとなってしまいましたの。
もうかつての面影はどこにもなくて……わたくしだけの艦長様だった頃が懐かしいですわ。
でも……わたくしは、あの人を信じてます。
酒浸りのアル中状態でも、これまで何度かあった危機的状況下で自ら指揮を執って、勝利へと導いた手腕は本物でしたの。
きっかけさえあれば、きっと戻ってきてくれる……わたくしはそう信じてますの。