第二話「帝国海軍重巡洋艦利根の憂鬱」④
そんな調子で……。
割とのんびりとした調子で、和気藹々(わきあいあい)と食事も進み。
「ご馳走様でした……美味しかったですわ」
なんだかんだで、完食してしまいましたの。
……わたくしも割と単独行動が多いので、食事は携帯食とかで済ませることが多いのですけど。
こんな風に大勢での普通の食事ってのはいいものなんですね……なんて思いますの。
やっぱり、蒼島中尉も連れてくればよかったかしら?
由良はいつも駆逐艦達の引率役みたいな事やってるんですけど、そのせいか元佐神艦隊の面々は妙にアットホームな感じで……ちょっと羨ましいですわよね。
せめて、あのメカフェチも、少しはまともなコミュニケーションを覚えてくれれば、いいんですけど。
「……にしても、確かに、虫けら共がやけに静かだな……いつもなら、これだけ艦隊が集まってたら、駆逐種やら飛行種辺りがちょっかい出してくるはずなんだがなぁ……」
食べ終わって、皆で食器を片付けたり、洗い物をしていると、たくあんをポリポリとかじりながら、中佐が呟く。
一応、ここは最前線なのですが……このおじ様はいつもこんな調子。
豪放磊落を絵に描いたような方で、わたくし達のみならず、一般兵や市民にも人気のある御方なのです。
「そうですわねぇ……どうにも様子がおかしいので、先日から瑞雲を通常の4機哨戒から、三倍の12機に増強して、より広範囲の索敵に出してるところですの」
いつもと違う様子の日は、要注意……。
この1年にも渡る孤立無援の籠城生活で、わたくしも痛感した事実なのでございますの。
索敵機については、物体の縮小化フィールドと言う便利なものがあるので、本来5機しか搭載できない所を30機も搭載出来るようになってますの。
さすがに、わたくしは本職の空母じゃないので、同時制御は12機程度までなんですが……。
航空巡洋艦と名乗っても、誰にも文句は言わせませんの。
「相変わらず、気が回るねぇ……この分だと、俺なんてもう要らねぇな……ははっ」
そう言って、おじ様は懐からシガレットケースを取り出すと、中身の葉巻一本取り出して咥える。
でも、火はつけないのが、おじ様のいいところ。
……なんでも、女子供の前では吹かさない主義なんだそうで……。
「そうは言っても、人間って、わたくし達にない発想や勘……でしたっけ? そんな超常の力を駆使して、わたくし達の気付かない事に気づきますからね……佐神中佐も時々びっくりするような勘の良さで、わたくしも驚かされますわ」
「それは……私の艦長さんですからね……うふふ」
何故かドヤ顔で、そのやたらと大きな胸を張る由良。
黙々とデザートのアイスと格闘してた有明と夕暮も何故か中佐の腕を取る。
佐神のおじ様……モテモテなんですの。
「だっはっは……よせやい。こんなもん戦場にいれば、自然に身につくんだがな……で、どうなんだ? 何か気になるような情報は入って来てないのか?」
「まだ何とも……索敵出来た上流500kmの範囲内には一切の敵影なし。どう思われます? わたくしは明らかにおかしいと思います。もう少し索敵機を前進させて、広範囲の調査を行おうかと思ってますの」
「確かにそりゃ変だな……ここらだって斑鳩から500kmは離れてる。十分に敵の勢力圏内なんだがな……正直、利根キッちゃんが深入りしすぎてるって思ってな。用心として有明と夕暮を連れてきたんだがな……こりゃ、要らなかったかな」
「わたし達的には、戦場が呼んでるっ! って、感じだったんですけどね! なんか拍子抜けです」
「つまらないのです! 見敵必殺の心意気っても、敵が居ないんじゃデストローイ出来ません!」
……バーサーカー達の意見はこの際、置いといて……。
「ただ、なんつーかな……どうもさっきから背筋がゾワゾワして落ち着かん。こう言うときは理屈抜きにヤバイ。そうだ……索敵機の中継映像でも回してくれるか? さほど役に立たんかもしれんけど、一応俺にも見させてくれ」
予感……柏木司令も時々おっしゃっていた人間ならではの能力。
戦場での経験……生死の境目を垣間見た記憶の積み重ねが生む、統計情報的なものなのかもしれませんけど……わたくしには、今までの経験データベースを漁っても今と同じ状況は見つかりませんの……。
ひとまず、言われたとおり、由良の艦内システムに割り込みをかけて、索敵機の映像を空間投影モニターに表示。
佐神中佐はまじまじとした表情で空中にずらりと並んだ索敵機の中継映像を見つめてますの。
とりあえず、わたくし達はその様子を見守るのみ。
「なぁ、この4番機の映像のこの辺……拡大しちゃくれないかな?」
一見何の変哲もない映像なのですが。
佐神中佐には何かひっかかる所があった様子。
言われた通りに映像を拡大すると、エーテル流体面を漂う何かが……。
「なんですの? これ……何かの残骸? 由良、映像に補正をかけられますの?」
不鮮明な映像情報でも、連想補完処理をかけることで鮮明な画像化が出来るのです。
由良は、元々旗艦タイプの艦で強力な演算能力を持つ補助コンピューターを搭載してる関係で、割とこう言う細かい処理が得意なのです。
情報処理や情報集積は、もっぱら彼女が担当……まぁ、演算力の力技ならわたくしの方が上なんですけど、こう言うのは適材適所ですわね。
「了解です……それでは、映像拡大の上で連想補正処理を実行しますね」
ボヤけた何かの塊にしか見えなかった物が徐々に鮮明な形を描き出していく。
簡単に言ってしまうと、膨大な集積情報を元に、似たような形のものを探し出して、この形なら本来こうなるだろうと言うデータを積み重ねて、最適化を繰り返す……演算力に物を言わせた力技。
言ってみれば、総当りのパスワード解析みたいなのものなんですけどね。
この処理を行えば、原型をとどめていない状態からでも、その元の形をある程度まで復元できてしまいますの。
そして、その残骸の映像はやがて、翼やプロペラのような形となっていく。
「こいつは……レシプロタイプの戦闘機の残骸じゃねぇか? 明らかに人類製のだ……かなり損傷が酷いから、詳しい機種までは判らんが……なんで、こんなところに……」
流石に驚愕……わたくしだって、映像解析チェックくらいしてましたのに……。
これを見抜くなんて、どう言う洞察力なのかしら……これだから、人間は侮れませんの。
「機種特定……ライブラリ照合にて、該当機あり……ホーカー ハリケーン? なんですか……これ」
由良が不思議そうに応える。
いかんせんわたくし達は、日本艦なのでその名を聞いても、海外の機体だと言う事しか解りませんの。
「米英系の機体……アメリカ機と言えば、グラマンですわよね……でも、グラマンより華奢な感じですわね……」
F4にF6……割と敵機として馴染み深かった戦闘機。
不格好な空飛ぶビア樽とか言われてましたけど、やたら頑丈で25mmで蜂の巣にしてもさっぱり落ちない……厄介な相手だったと記憶していますの。
「ホーカーハリケーンと言えば、確か英国製の木と布で出来た戦闘機……だったかな? はっきり言って、ゼロの方が余程強いんだが……こんなもん酔狂な代物を使ってるとなると、英国ゆかり……そうか、ブリタニア軍かっ!」
ブリタニア合衆連合王国……。
かつて、二次大戦でドイツに敗れたイギリスとアメリカの連合を由来とする銀河最大の版図を誇る星間連合。
元々第二次大戦の前半、英米は日本の敵として戦っていて、言わばわたくし達のライバルと言えるのですけど……。
日本軍が沖縄上陸戦で米軍を打ち破って勝利し、日米講和の目が見えて来たタイミングでのソ連の日米同時宣戦布告。
それに伴う佐渡ヶ島の不法占拠、北海道とアラスカへの同時侵攻と言う事態に直面し、お互い争ってる場合じゃないと悟って、なし崩し的な休戦と共闘……。
以来、共に共産圏の暴威と戦う勢力として共闘を重ねる仲となり、宇宙時代になっても、それは続き……。
インセクターが現れる前にも相応の交流があり……経済的な対立などもありながらも、困った時は相互に助け合える程度には良好な関係であったとわたくしも聞いています。
けれど、インセクター出現後は、両勢力間を繋ぐ回廊が全て閉ざされ……音信不通となって久しく、ボトルレターのような通信筒が時折流れ着くことで、お互い無事らしいと言う事が解る……その程度でしたの。
「ブリタニアの勢力圏までは、ここからだと相当ありますよ……たまたま古い残骸が流れてきただけなのではありませんか?」
由良の意見はもっともなのだけど。
ブリタニアの勢力圏までは、長駆10000kmの彼方。
向こうで戦闘があったとしても、ここまで残骸が流れてくるのは、まずあり得ないのです。
「そうだなぁ……由良、残骸の劣化具合から、距離とか割り出せんかな?」
「あ、はい……やってみますね」
由良がぼんやりと中空を見つめる……演算処理中の様子。
演算力貸与要請……はいはい、了承ですの。
元々、わたくし達はこんな風にお互いのシステムに割り込んだり、演算力を融通し合ったりなんて出来なかったんですけどね。
複数艦の意識統合なんて状態を経験してしまったので、お互いのシステム的な境界がえらく曖昧になってしまい……こんな事は日常的に行ってますの。
なのでお互い、隠し事も出来ません……別に問題ありませんけどね。
「……構造材の腐食状況から判定、およそ120時間ほど前に撃墜されたものだと推測されます。本流域の流速は平均20kmなので……撃墜地点はおよそ2400kmくらいと断定……誤差範囲としてプラマイ5%と言った所ですね」
「……おいおい、そうなるとほんの4、5日前に、ブリタニアの奴らが上流で虫ども相手にドンパチやってたって事かよ……2400km……決して遠くはない距離だな」
経済速度の20相対ノットなら、120時間……。
全速力の35なら、50時間もあれば到着するけれど、それはあまり現実的ではありませんの……。
でも、それは、上流へ向かって遡る場合の話。
むしろ、その距離なら全速力で逃げれば、とっくにこの辺りまで来ててもおかしくないのです。
「そう言う事になりますわね……佐神中佐……この状況、どう判断されます?」
現実的に考えて、救援に赴くには少々距離もある上に、向こうの動きが読めないせいで、判断が難しいところ。
こう言うときは、佐神中佐や柏木司令の判断を仰ぐべき……わたくし、そう考えてますの。
有明&夕暮は、アホの子バーサーカーです。(笑)