第十三話「旭光回廊会戦」⑤
「セルゲイ艦長……敵艦、未だ沈まずです。……どうしましょう、砲身冷却システムが限界に近いです。強制冷却フィンも全て展開してるんですけど、加熱しすぎてキャビテーション抵抗が発生、艦速が落ちてきてます。艦速が落ちると放熱効率が低下。これって悪循環ループのような気が……」
「ったく……向こうの冷却システムはどうなってんだ? レールガンの砲弾を迎撃する時点で、大概だが……あれだけの勢いでぶっ放したら、普通は冷却システムが音を上げるだろうに……」
「……利根周辺のエーテル流体温度推移からすると、こちらと同じ様にエーテル流体内へ放熱フィンを展開して排熱してると思うんですけどね。効率がいいんだか、素材がいいんだか……。利根の主砲付近の赤外放射の観測情報によると、なんか全然余裕みたいですよ。とりあえず、こちらは砲撃頻度を下げて対応せざるを得ない状況なんですが……相手に砲撃パターンを読まれてるみたいで、そもそも一発も当たってないんですが、直撃見込み弾の数もただ下がりで、はっきり言って当てられる気がしませんよぉ……」
「情けねぇこと言うなよ……仮にもお前、ウラル最高精鋭の戦艦様だろ? 相手は1万トン級の重巡……格下相手にそんな弱気でどうする」
「無茶言わないでくださいよ。ぶっちゃけますけど、あんなのとまともに撃ち合ったら多分負けますよ? あんな化物共相手じゃ、インセクターの艦隊も一蹴されておしまいですって……。それに、あのヤバそうな駆逐艦達がじりじりと寄ってきてるし……敵にはあのアマゾンもいるんですよ? あいつ、絶対どっかにいるはずなんだけど、全然見えないし、いきなり撃ってくるから、超やばいですよ! これ絶対ピンチですって! もういやーです!」
身も蓋もない上に、悲観的極まりないクロンシュタットの戦況分析に、さすがにセルゲイも怒る気すら無くす。
実際、セルゲイから見ても、示現体の練度もだったが、彼我の技術力の差は歴然だった。
同じレールガン装備艦である以上、勝負になると踏んでいたのだが……。
索敵能力、砲撃精度、冷却システムの完成度、何もかもがクロンシュタットでは利根に遠く及ばない……真っ向から砲戦を挑んだら最後、一方的に撃ち負ける。
戦艦と重巡洋艦で、正面から砲戦を挑むとなると、本来相手にすらならないはずだったが。
それはあくまで、通常砲で撃ち合った場合の話。
利根のレールガンの精度と単純な速度による衝力は、クロンシュタットの複合複層装甲ですら、たやすく撃ち抜かれるだろう。
駆逐艦同士の戦いも、向こうが防戦に徹しているからこそ、被害も出ていないのだけど、わずかでも手を緩めれば、間違いなく牙を剥いてくるはずだった。
情勢は極めて不利。
その点については、セルゲイも同意するところだった。
「やれやれ……こりゃ、予想の遥か斜め上ってとこだな。いわば、虎の尾を踏んだってとこか。まぁ、ルクシオン様の安否確認が取れたのと、連中の戦力の一端が知れたのは収穫と言えるだろうよ。ここはインセクター共に時間を稼いでもらって、いったんセカンドへ逃げ帰って、本国に戻る……それか、素直に白旗でも挙げるかね?」
「……降伏は性に合わないんじゃなかったんですか?」
「まぁな……とは言っても、はっきり言ってこりゃ勝負にならんな。やむをえん、ここは逃げの一手だ……幸い、クイーンシップが生き残ってるから、まだ目がある……」
そう言いかけたところで、クロンシュタット艦橋の戦術モニターに緊急報告が入る。
「あの……報告です。クイーンシップが被弾……大破炎上中とのことです」
「冗談だろ? 何処から撃たれたんだ? ……連中から、軽く300kmは離れてたはずだろ?」
「……分析結果出ました。どうやら、敵は分散配置された雷撃機による超遠距離雷撃を実施、敵ステルス艦アマゾンの最終誘導により、精密雷撃が殺到……クイーンシップは40発近い直撃と、アマゾンの砲撃を食らって、敢え無く轟沈した模様。あの……これって、詰んでません?」
「クイーンシップが沈んじまったら、ゲートも開けられんってことだ。退路も絶たれ、敵中孤立。本格的に駄目だなこりゃ……」
「あの……我々の任務は、ルクシオン陛下の安否を確認後、セカンドへ侵入、ルート開通を確認後、一旦撤退……なんですよね。後日、シュバルツ艦隊と共同で、誘き出した敵の主力艦隊と……殲滅って話なんですよね……。こっちがここで白旗あげて行方不明になちゃったら、シュバルツの連中どうするんでしょうか?」
「知るか……だいたい、中継ルートに過ぎねぇはずの極光回廊に、こんな化物共がいるなんて聞いてねぇよ。あの野郎慢心して、希望的観測で作戦立てやがったな……。クソが!」
「……とりあえず、どうします? いい加減砲弾備蓄も怪しいし、向こうさんはそろそろ突撃の構え見せてますよ。私達……退路もないとなると、蹂躙玉砕あるのみって感じじゃないですか? ネウストラシムイ達も、動揺して逃げ腰になってるみたいです」
「玉砕とか馬鹿言うな……そこまで付き合う義理はねぇ。幸い柏木とか言う野郎は話の解るやつみてぇだからな。敵艦との回線を開け、我降伏するとな。ついでに、呼び寄せたインセクター共の処理は当方が責任を持って行うが、出来れば手伝ってくれと付け加えてくれ。全艦砲撃を中止、然るべき後に反転……目標インセクター! 全艦突撃隊形を取れ!」
「敵艦利根より、降伏受諾および、インセクター駆逐の支援申し出あり……提督、我々……なんかいいとこなしですね。泣いていいですか?」
「泣くなバカ……まぁ、喧嘩を売った相手が悪かった。こんな僻地で孤立無援で延々戦ってたんだからな……。少数戦力でインセクター共相手に必死の防戦やってるうちに、外の世界の技術を軽く追い越しちまったんだろうな……とんでもねぇ奴らだ。それにしても、こんな化物共を囲い込んだとなると、案外あのお嬢様、本物かもしれんな……むしろ、こりゃ面白くなってきたかもしれんな。まぁ、あの若造にとっては、とんだ計算違いだろうけどな」
「提督……負けたのになんか楽しそうですよ?」
「解るか? 実は俺はあの小僧やシュバルツのバカ共が大嫌いでな……反面、あの柏木とか言う将軍もだが、ルクシオン様もちょっと気に入ってたんだ。こりゃ、聞かれてもいないことだってべらべら喋っちまうかもしれんな」
「私は……提督にどこまでも着いていきますからっ! とりあえず、手土産代わりに、私の手製のボルシチでも作って、敵指揮官を歓待するってのはどうでしょうか?」
そう言って、クロンシュタットはエプロンを付けながら、生真面目に敬礼する。
「そうだな……俺の分や駆逐艦共の分も作っておいてくれ。お前のボルシチは普通にうまいからな。あととっておきのウォッカも出してきてくれ、祝杯用に取っておいた分だが、柏木の野郎にくれてやるさ。こちとら敵のお情けにすがらねぇと、生きて帰れるかも怪しいからな……」
セルゲイも晴れ晴れとした表情で答礼をする……。
かくして、ウラル連邦の精鋭セルゲイ艦隊の降伏により、極光回廊会戦はあっけなく幕を閉じた。
この戦いは、利根達未来予測システム搭載艦と従来艦の史上初の本格交戦となったのだが。
その戦いの経過は、後々に戦争の転換点だったと言われるほどの圧倒的なものだった。
……もっとも、当の当事者達はそこまでの事とは認識していなかったのだけど。
桜蘭帝国の公式記録ではとっくに沈んだとされながらも、後に銀河最強と言われる事となる重巡洋艦利根の存在が、歴史上に現われた最初の戦いがこの戦いであった。
ふたつの銀河の歴史の重大な1ページ。
その瞬間が人知れず訪れていたのだけど……その事を知るものは、まだ誰もいなかった。
宇宙駆け、第二部、第二章は一端ここで終了です。
次章は、また別の艦隊の別視点から始める予定ですが。
その前に、一度旧作宇宙駆けの外伝回が入ります。
と言うのも、次章の主人公になる予定の再現体提督の外伝回なので……。
こちらも、意外とポイント伸びたり悪くない感じなので、地味に続けます。




