第十三話「旭光回廊会戦」④
「ふむ、確かに奴らも完全にコントロール出来ているなら、戦列に加えるのが効率的なのに、そうしてない。であれば、青島中尉の分析が正しそうだ。利根……後方の大型艦はここから狙えるか? あれがいる限り、敵の増援が次々と来襲しかねない……最優先目標は、敵超大型輸送艦とするっ! 敵艦を排除後、然るべきのち、インセクターを排除。その後は、ウラル艦隊の出方を伺うとしよう……恐らく、アレが連中の切り札だ。どうだ? 邪魔が入らないって条件なら、あのクロンシュタット相手に勝てるか?」
「愚問ですわ……敵艦クロンシュタットの砲撃パターンはすでに解析済みです。荷電粒子砲の有効射程まで距離を詰めれば、一撃で沈めてご覧にいれます。ただ現状、どうやってもインセクターが邪魔になりそうですわ……。なので、そちらを先に排除することを進言いたしますわ」
「そうだな……誘導してる母艦を黙らせることが出来れば、話は早そうなんだが……。そうだな、ここはひとつ春日井少佐に働いてもらうとするか。少佐聞いているな? 敵大型輸送艦を沈めることは可能か?」
柏木が告げると、戦術モニターに気密服を着込んだ春日井少佐の姿が映る。
「どうやら、出番のようですね。すでに龍驤から戦術プラン受領。あいつもなかなかどうして仕事が早い。どうもアマゾンが敵超大型艦の直近にまで忍び寄ってるそうで、雷撃機による超長距離雷撃が行けるみたいです」
「ほほぅ……無線封鎖の上、位置情報送信すらしないと思ったら、そんな所にいたのか。実に抜け目ないな」
「奴らの目を誤魔化すためにも、我々が敵艦隊への攻撃を仕掛けますんで、そちらはインセクターへの対応を願います」
「なんだ? 君らは敵航空兵力への予備戦力じゃなかったのか?」
「まぁ、そう言わんでください。インセクター共も航空兵力の随伴なしって話じゃないですか。このままじゃ一戦も交えずに引き上げる羽目になりそうですからね。それじゃ、航空隊員の士気に関わりますんで、やらせてください」
「そうだな……それと一応、言っとくが、奴らの防空戦闘力は一級品だ。先制攻撃に向かわせたハイ・ゼロも落とされたのは少ないが、結構撃たれたようだったからな。下手すりゃお前らのヘビーゼロでも落とされるぞ。あくまで牽制程度に留めとけ……これは命令だ」
「そのようですなぁ……無人のハイ・ゼロの機動性能に、初見で当ててくるとか、なかなか大した奴らです。もっとも、こっちの利根や有明達と来たら、平然と砲弾叩き落とすとかもっと上を行っておりますからな。正直、インセクター相手ならまだしも、示現体搭載艦が相手となると、航空機もステルス性能を上げるとかレーザー対策をしないと、本格的に役立たずになりそうですな……」
「まったく、敵がインセクターだけなら、気楽だったんだがな……。示現体搭載艦と言うのは、敵に回すと恐ろしく厄介だと痛感しているよ。貴官の仕事も終わりがなさそうだな……では、詳細は任せたっ! 健闘を祈る」
春日井少佐との通信を終えると、利根がご機嫌な様子で、柏木のもとへやってくる。
「うふふ……柏木様、お見事なまでの将軍様って感じですの。さすがですわ」
先程、妙に可愛がって見せたことが尾を引いているらしく、利根も柏木に甘えるようにしなだれかかって来る。
少し前までは、人前でここまで甘えてくるような事は無かったのだけど……対応を間違えた気もしないでもない柏木だった。
けれども、邪険にするわけにはいかず、適当に頭をなでて見せる。
「お前も余裕かましてるけど、本当に大丈夫なのか? 一向に砲撃が止まんようだが、敵の照準レーザーは振り切れないのか?」
「敵もこちらの動きをかなり正確に予測してますからね。照準レーザーも四隻がかりで撃たれてますから、振り切れそうもありません。向こうも砲撃を止めるとこっちに撃たれるって解ってるから、必死なんですわ」
「……おかげで、有明達も撃たれずに済んでるしな……。ここは甘んじて、撃たれるしか無いわけか。しかし、持ちこたえられるのか? これだけ砲撃されると流石に不安にもなるんだが……」
「心配ご無用ですわ。こちらは20cm砲、向こうは30cm砲ですからね。連射性能はこちらの方に分があります。迎撃システム稼働率も80%ってところなんで、まだまだ余裕。距離が開いてるんで敵火砲の命中精度が下がってきてるし、敵艦の砲撃も衰え始めてますの……向こうの砲って冷却効率に問題あるんじゃないんですかね。駆逐艦との情報連携も甘いです。砲撃が止んだら、有明達と連携して、一気にインセクターを沈めて、肉薄して粉砕いたしますわ」
利根の砲身冷却システム……超電導リニアレールガンを採用する以上、この冷却システムは要と言って良い技術のひとつだった。
利根の場合は、ヒートパイプと液体窒素を使うことで、砲身を常に絶対零度近くにまで冷却する事を実現できており、極めて完成度の高い砲撃システムを組み上げていた。
当然ながら、レールガンを連射すると凄まじい熱が発生するのだが、効率の良い熱交換システムの実装に加え、艦底部に羽のような放熱フィンを多数展開することで、効率よくエーテル流体へ強制排熱する仕組みとなっている。
その放熱フィンの素材や形状についても、極めて高い技術力が要求されるものとなっており、レールガン実装艦であるレナウンなども、その完成度は高いものではなく、言わば未だ発展途上の技術だった。
100発程度までなら、問題も起きないのだが……現在、利根が強いられているような、砲弾の迎撃ともなると、その砲撃の発射数も凄まじい事になり、レナウン達の実装している放熱システムではとてもここまでは処理できない。
けれども、利根の場合、フィン自体の形状をリアルタイムで可変させたり、熱伝達効率を可変する特殊素材を用いると言った他に類を見ないほどの高度な技術を完成させていた。
ここに至るまでに、常軌を逸するほどの凄まじい回数の改良と試行錯誤の繰り返しが行われているのだが……それを苦もなくやってのけるのが利根であり、その専属技官の青島中尉達なのだ。
同じ示現体搭載艦であり、先進装備のレールガン搭載艦となれば、戦闘力自体は互角と言えるのだが。
そこで、差が出てくるとすれば、示現体の経験値のみならず、このような細かな技術の積み重ねがものを言う。
そもそも、砲の命中精度も桁違い……クロンシュタット側の命中率は一桁台なのだが、利根の砲弾迎撃率は8割近くあった。
クロンシュタット達は、一見優勢に見えるのだけれども、その実、追い詰められているのだ。
利根も各種データから、自らの優勢を確信しており、それ故の余裕。
唐突に始まった戦いは、否応なしに最高潮に達しようとしていた。




