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第十二話「重巡洋艦クロンシュタット」②

「事実上の投降って奴か。まぁ、それも悪くないが、どうだ? 柏木准将……少し腹を割って話さんか? 実はこう言う堅苦しい腹の探り合いってのは、どうにも苦手でな」


 セルゲイはそう言うと、手近な椅子に座り込むとだらしなくもたれかかり、そのいかつい顔に愛嬌のある笑みを浮かべると、タバコに火をつけると美味そうに燻らせ無造作に床に灰を落とす。

 

 クロンはそれを見て、ひどーいと言いたげに、露骨に顔をしかめるのだけど、セルゲイはお構いなしだった。


 そんな様子を見て、柏木も椅子に腰掛けると、きっちり被っていた制帽もあみだに崩して、どかっと足を組む。

 その上で、チョイチョイと指だけで利根を招き寄せる。


「ははっ、そうだな……俺もその点は同感だ。んで、お前らの目的はなんだ? 迷い込んだだの事故だの、嘘だってのがバレバレだ……目的次第じゃ、何も見なかった事にしてやるぞ?」


 緊張した様子で、利根が柏木の隣に来ると、持ってろとばかりに制帽を利根の頭に被せて、乱暴にその頭を撫でる。


 ある種の余裕を見せつける演出……と言ったところだったのだが、違う意味に捉えたのか利根は感激したような面持ちで、プルプルと震えていた。


「へへっ、思った通りの奴で結構……。俺はどうも、こう言うのは苦手でな……ふむ、そいつはそっちの艦のドールってとこか? なかなかの可愛コちゃんだな」


 ドール……ウラル側の示現体の呼び方だったかな……と思いつつも柏木も頷く。

 ここは、大事にしていると言うアピールでも必要……と言うことで、利根を片手で抱き寄せると、顎の下をくすぐってみる。

 

「か、柏木様ぁ……こんなところで、いけません……」


 利根の甘えた声に苦笑する……一応、演技……だとは思っているのだが。

 頬を赤らめて、潤んだ瞳でじっと見つめるその様子に……変なスイッチを入れてしまった……柏木も素直に失敗を認めた。

 

 セルゲイのヒューと言う口笛にハッとしたように我に返る。

 

「おいおい……話し合いの途中で何やってんだお前ら……。まぁ、その分だと絶対の忠義を誓ってるって感じだな……こいつらは、軍組織じゃなくて、個人に懐く傾向があるからな……どこも扱いに苦労してるらしい。クロンもそうだろ?」


「わ、私はセルゲイ提督のことなんて、これっぽっちもっ! き、嫌いじゃないですけど……」


 要するに、超好き……ベタ惚れみたいなもんらしい。 

 ツンデレ語だったかな……と柏木もなんとも場違いな感想を抱く。

 

 なんとも弛緩したゆるーい空気が意図せず両者の間に流れる……もはや、戦闘と言う空気でもなくなってきているのだが。

 

 まだ、どちらも本題にすら入っていない。

 

「そ、そうだな……俺の忠実な下僕ってところだ。こいつは俺のためならなんでもするぞ? 沈めろと言えば、インセクターだろうが戦艦だろうが沈める……守れと言えば、当然のように身体を張るだろうさ。まぁ、うちの最強の艦だ……お見知りおき願おう」


 柏木の隣で、いちいち柏木の言葉に反応して頷く利根。

 

 彼女にとっては、そんな事言われるまでもなかったのだけど、なんでしたら夜のお供も! と言う呟きは柏木も聞かなかった事した。


「こりゃまた、ご丁寧にご紹介痛みいる……。だが、そこのドール! てめぇ、こうしてる今もきっちり、砲の射線を向けてるだろ? 首の後がチリチリして落ち着かんぞ! 話し合いをすんなら、銃口を下ろす……んなもん、常識だろ」


 セルゲイの言葉に、利根の雰囲気が露骨に変わる……すぅっと目を細めると酷薄な笑みを浮かべる。


「……あら、お解りになりましたの? さすが……人間の勘って、ホント侮れませんのね……。おっしゃる通り、わたくしのターゲットサイトに貴方達バッチリ入ってますの! この距離なら三発以内で直撃させられますわよ?」


 セルゲイの背後で、クロンシュタットがヒィと言った様子で飛び上がって右往左往している様子が見えた。

 

 向こうは言われて気付いたような有様らしかった……示現体としてのスペックは、巡洋戦艦の向こうの方が上のはずなのだが……年季が違った……完全に気迫負けしていた。


「はははっ、利根……今は話し合いの場だ。セルゲイ艦長の言う通り、お互い、まずは銃口は下ろすのがマナーだ……言うことを聞かないと、ご褒美は無しだぞ」


 柏木がそう言って、頭をポンポンと叩くと、利根もクロンシュタットへのターゲットマーカーを外す。

 外では、仰角をつけていた利根の主砲が萎れたように水平になると、定位置まで戻っていた。

 

 利根にしては、随分聞き分けがよかったのだが……どうせ砲の照準は最終段階。

 索敵機が4機がかりで、通信中継を行いながら、位置情報、環境情報を事細かに収集中。

 

 攻撃開始の号令で即座に再照準は可能……何より、利根は自分がまだクロンシュタットに捕捉されていないと言う自信があった。

 

 圧倒的に有利な立場なことには変わりない……それが故の余裕だった。


「やれやれ、よく躾けてあるじゃないか……これでやっと、落ち着いて話し合いが出来るな。まず単刀直入に聞くが、この流域にブリタニアの連中が来なかったか? 実を言うと我々はブリタニアから、女王陛下の捜索依頼を受けていてな……人命救助ってとこだ」


 セルゲイの言葉を聞いて、一瞬柏木も答えに窮するのだが……。

 何事もなかったかのように、軽く笑い飛ばす。

 

「はっはっは……いくらなんでも、ここまで来るような物好きはブリタニアにはいないだろう。しかも女王陛下だと? そんな大物が来ていたら、尻尾を振って一緒に脱出させてくれるように頼み込んでるさ」


「そりゃそうか……ところでお前ら、俺達がどうやってここに来たのか気にならんのか?」


「まぁ、気にならないと言えば嘘になるな……次元転移がどうのと言ってたが……それは本当なのか?」


「ああ、それは嘘じゃねぇぜ……実際俺達は、セカンド経由でここまで来た……お前ら、セカンドがどんなとこか知ってるか?」


「……」


 柏木もセカンドの話は興味があったのだが……あまり、敵に乗せられるわけにはいかなかった。

 腹を割って話すと言っておきながら、こちらの事を探る心づもりなのは見て取れた。

 

 このセルゲイという男……なかなかの策士だった。

 

「だんまりか……つれないねぇ……まったく。だがまぁ、向こうも大体こっちと同じだと思っていい……タコ型の異星人なんていやしねぇ……学者の話だと過去の何処かで分岐した並行異世界なんだそうだ。確かに俺達と違って、銀河統一連合なんてのがあって、戦争のない世界なんてのが実現してるくらいだからな……」


「なんだそりゃ……戦争のない世界なんて……そんな事が実現できるものなのか? だが、素晴らしい世界なんだろうな……それは」


「確かにそうだな……おい、聞いて驚けよ? なんと、セカンドじゃ我ら人類、発祥の地……地球も健在なんだってよ! なんとも羨ましい話じゃないか。インセクターも湧いてきてるようだが、それも力を合わせて水際撃破に成功してて、至って平和なもん。……実に素晴らしい! まさに理想の新天地ってとこだ。まぁ、そんな訳で向こう側に俺達ウラルは総力を挙げて進出することにしたって訳さ」


 当たり前のように、嬉々として侵略戦争の話をするセルゲイ。

 彼らの言う所の進出とは、侵略と同意義だった。

 

「進出だと? それは事実上の侵略戦争じゃないのか!」

 

 さすがに、柏木もその感覚に呆れるのだが、ウラルの国是を考えると、納得のできる話でもあった。

 侵略できる新天地があるなら、我先で乗り込む……そうやって、版図を広げてきたのがウラルという国なのだ。

 

「侵略とは人聞きが悪いな……どちらかと言うと、向こう側の内戦への助太刀ってとこだな。武力介入とも言うな……虐げられた弱者へ救済の手を。驕れる強者に鉄槌をってな! まぁ、見返りに、セカンド側の領土を我々に提供してもらう事になっているんだがな……それだけの話さ」

 

 ……如何にも善意のように言っているが……実際はどうだか……だった。

 

 命知らずばかりを集めた特務機関を持ち、スパイや工作員をインセクターの領域を越えてまで、桜蘭に送り込んでくる……それがウラルという国の連中なのだ。

 

 おそらく、セカンドにも多大な犠牲を出しながらも、工作員や諜報員を送り込んでいるに違いなかった。

 その上で、セカンド側に内乱を起こさせて、その援助と見返りに領土を得て、橋頭堡にする。


 その先は、侵略を繰り返してセカンド側に自分達の帝国を作る……大方、そんなところだろうと柏木も看破する。

 

「建前上はそうなんだろうが……どうせ、その内戦ってのもお前らが手引したんじゃねぇのか? そう言うのをマッチポンプって言うんだ……そもそも、こちらの世界が危ういと言うのに、セカンド側へ侵略だと? そんな事やってる場合か!」


「まぁ、そう言うなよ……俺達の世界の歴史はいつもそんなもんだ……。欲しけりゃ力づくで奪う、奪われたくないなら力づくで追い返す。戦争の真理って奴だな……だが、向こうの連中は戦い方すら忘れてるような惰弱な連中だ。俺達にとっては、そんな奴らは格好の獲物……だからこそ、我が国も向こう側の争いに介入し、どさくさに紛れて進出することにした。シュバルツの連中はもう少しややこしく考えて、回りくどくやってるようだが……まぁ、これは言ってみれば当然の流れだろう?」


 酷く身勝手な理屈だった。

 

 けれど、柏木も桜蘭帝国の方針は知っていた……初霜による異世界転移が成功したなら、それを皮切りにセカンドへ進出して、新たな後方支援基地として、民間人もドンドン送り込む。


 そうすることで、星系防衛の負担を減らし、インセクターの駆逐に戦力を割り振る。

 それが桜蘭の大方針だと聞いていた。

 

 その為の研究が……次元転移システム。

 桜蘭のそれは、初霜の未帰還により、その計画に大きく躓きを見せ、大幅な遅延が見込まれていたのだが。

 方針自体は、変わりない……そんな風にも聞いていた。


 ブリタニアもルクシオンが反対したからこそ、自重しただけであって、セカンドへの侵略は、誰もが考えていた事なのだ。


 この世界の惨状を考えると、そうなるのも無理はない……と思うのだが。

 

 別の可能性だってあった……。

 百倍にも及んだであろう戦力差を覆し、インセクターを敵としないまでに進化を遂げた利根達の奮戦と、その潜在能力の凄まじさ。

 

 彼女達の持つ可能性を柏木は誰よりもよく理解していた。

 

 柏木は……この世界からインセクターを駆逐できると考えていた。

 

 それに……柏木も見たのだ。

 

 セカンドの軍勢と桜蘭の軍勢が手を取り合って、デルクリア大海まであと一歩のところまで迫っていたと言う現実を。


 インセクターからコリドールを取り戻す……それはもうほんの僅かで手がとどくところにあるのだ。

 

 セカンドへの侵略戦争など、愚かな真似をしているような場合ではないのだ。

 だが……それをセルゲイに言っても無駄だろうと、柏木も諦めに似た気分を抱いていた。

 

「あなた達は間違っています!」


 そんな中……ルクシオンの声が響き渡った。

今年最後の投稿です。


次回投稿は、明日元旦を予定してます。

まぁ、初詣とか色々あるので、夜になると思いますが。


ちなみに、クロンちゃんは割りとぽんこつです。(笑)

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