第十一話「いつかのティータイム」①
(まぁ……体のいい子守みたいなもんか。さすがに他のやつには任せられんし、適材適所と思うべきか)
基地内の喫茶ルームで、柏木もコーヒー片手にそんなことを考えてみたりする。
昔から、ここは無駄に内装も立派で格調高い雰囲気で、女王陛下の接待用に使っても何ら問題はなかった。
思えば、三年前……全ては、ここから始まったようなものだった。
そして、またこの場から大きな一歩を踏み出す。
そう考えると、感慨深いものがあった。
利根とルクシオンは、何やらケーキのお勧めとやらについて、熱心に話し合っているようだった。
どう言う訳か、この二人……妙に気があったらしく、二人並んで肩寄せあって座りながら、一緒にメニューを見て黄色い声をあげていた。
柏木は、一人寂しく蚊帳の外。
ルクシオンも……こうしてみれば、十代前半の女の子と大差ない。
レナ達の前では、主君として気張る必要があったのだが……利根とは、利害関係も何も無かった。
ブリタニアの女王の相手と考えると、柏木も恐縮してしまうのだが……利根は、そんな事お構いなしのようだった。
一応、本人は敬意を示すべき相手だとは解っているのだが……人間の上下関係と言うものに、利根達はイマイチ理解が乏しかった。
何度か彼女達に補助要員をつけることも考えたのだが……部下を持って、部下を使うと言う士官にとっては当たり前の感覚を彼女達はさっぱり理解できなかった。
この問題は特に龍驤で顕著に起きていて……彼女の制御下の有人機での戦闘は毎回酷く混乱したものになってしまった。
理由は龍驤が人間に命令するのではなく、あくまでお願いに留めた結果、人間側が勝手に行動したり、龍驤も勝手に制御を乗っ取ったりと……組織戦闘と言う意味では、酷い混乱を生む結果となってしまったのだ。
それもあって、航空機隊の急速な無人機化が進み、無人化が進んだことで航空戦力の著しい向上に繋がったのだが。
彼女達にとっては、人間はあくまで庇護対象であり、命令し動かすような者では断じてなかった。
この決定的な価値観の違いが、彼女達と人間達の境界と言えるものであったのだが。
それを柏木達人間側が、理解し受け入れた事で、彼女達はその真価を発揮できるようになっていった。
人より強大な能力を持つ彼女達が前に出て、人間サイドは足りない所を補ったり、バックアップに徹する。
この関係が構築できたことで、彼女達は極めて強力な存在となり得たのだ。
どちらが欠けても、機能しない……言わば共生関係とも言える関係。
それが利根達と柏木達の関係と言えた。
だからこそ、利根はルクシオンを特別扱いすると言う発想がそもそもなかった。
あくまで自分と対等な相手と見なす……それ以上でも以下でもなかった。
そんな利根の態度に、ルクシオンは最初は戸惑っていたようだったが。
むしろ好感をもち、一切咎めることもなかった。
今、屈託なく笑っているのは、恐らく彼女の素……と言えた。
その様子を見て、柏木は微笑ましくも思った。
「……柏木様、なんですの……そんなじっと見つめられると、わたくし照れますわ」
そう言いながら、メニューで顔を隠す利根。
……彼女の場合、柏木に恋慕に似た感情を持っていることを柏木も気付いていた。
もちろん、人間のそれとはまるで違うものなのだとは思うのだけど。
それ自体は……ある種の信頼と思えば、決して悪いものではなかった。
「そうですね……レディの顔をあまりジロジロ見るものではありませんよ」
ルクシオン様からも叱責され、柏木も素直に頭を下げる。
「ああ、すまないな……何となく、和んでな……んで、二人共何を頼むか決まったのか?」
「わたくしは、ダージリンティーとレアチーズケーキがいいですの!」
「奇遇ですね……私も、同じもので……アールグレイとガトーショコラの組み合わせも捨てがたかったのですが……」
何も同じものを頼まなくてもいいものを……と思いつつも、しっかり柏木も同じものを頼む。
元々、甘いものは嫌いでもないのだが……ケーキ好きな司令官と言うのも色々示しがつかない気がして、自重していたのだ。
やがて、みっつのレアチーズケーキと紅茶セットが運ばれてきて、なんとも平和なムードの中、舌鼓を打つ。
「陛下、ここのケーキはなかなかのお味でしょう? 地上世界から、様々な天然食材が入ってくるようになった上に、ここのシェフは元々ケーキ職人を目指していたそうで……って、細かい事はどうでもよさそうですな」
無言で、レアチーズケーキをパクついていたルクシオンの様子を見て、柏木も余計なうんちくを披露するのを止める。
彼女の態度は、何も言うまでもなく絶品だと物語っていた。
「あ、はい? ごめんなさい、美味しくて思わず夢中になってました! 私ったら、はしたない真似を」
「ルクシオン様、仕方ありませんわ。ここのケーキは絶品過ぎて、わたくしもいつも無言になってしまいますの……そう言えば、初霜さんなんて、ここのスイーツ……端から端まで全部頼むとかやってましたわね」
「懐かしいな……アイツのことだから、向こうでも似たようなことやってそうだな」
「……セカンドですね……やっぱり、向こうの世界の人達も、こんな風にケーキ食べて談笑してたりするんでしょうかね」
「そうかもしれないな……そう考えると、理解し合えそうな気もしてくるな……ルクシオン様もそう思いませんかな?」
「そうですね……話し合いの出来る相手というのは、それだけで違いますね。ところで、その初霜という方……どんな方なのですか? 私も少し興味があります」
ルクシオンがそう訪ねてきた。
思わず、柏木も利根と顔を見合わせる。
かつては……彼女の思い出を語るのも何となく憚っていたのだが。
彼女の安否が知れた今となっては、むしろ知っていて欲しい。
利根も柏木も思いは同じだった……かくして、ルクシオン相手に、二人の初霜の思い出話が語られることとなった。
「よかったですね……偶然ながら、お二人に初霜様の無事をお知らせできて、私も嬉しく思います。けど、そうなると……ますます、セカンドに行く価値はありますね。私もその初霜さんに会ってみたくなりました」
「そうだな……ルクシオン様なら、すぐに仲良くなれそうだ……でも、あいつに付き合うと、クソ甘い紅茶飲まされたり、ケーキに蜂蜜ぶっかけられたりするぞ! しかも、向こうは善意でやってくるからな……飲まない、食わないは無し……なかなか厳しかったな……あれは」
「……わたくしも、あれにはゲンナリしましたの。きっと変わってないんでしょうね……」
「んー、変わってないだろ。実にアイツらしい話だ」
そう言って、二人で笑い合う。
柏木としても、よもや利根とこんな風に初霜のことで笑い合える日が来るとは思ってなかった。
朗報をもたらしてくれたルクシオンには、感謝してもし足りないくらいだった。
「さぁ、ルクシオン様、次はなにがよろしいかしら? ねぇ、柏木様……このゴールデンボンバーパフェってどんなのですの?」
「私もそれ気になってました……なかなか、良さげですよね」
……どうやら、二人はまだ食べるつもりらしかった。
ちなみに、ゴールデンボンバーパフェとやらは、普通のパフェっぽいものに金色の綿飴やら飴細工をゴテゴテとデコレーションした無駄に凝っていてかつ、やたら甘そうな代物だった。
(二階堂シェフ……何を思って、こんなもんをメニューに載せた? 誰が頼むんだ……これ)
何と言うか、地雷臭のする代物だったが……まぁ、別に止める理由もなかったので、好きにさせよう。
そんな風に思ったところで……不意に柏木の持つ携帯端末に入電があった。
今日は日曜なので、土曜に引き続きアップしてます。
メリークリスマス!(笑)




