第十話「旅立ちに至るまで」③
「解った解った! 全員寄ってたかって、俺一人に決断を押し付けるな! そうだな……そう言う事なら、利根……全艦隊を率いて、一緒にいってやれ!」
柏木も腹をくくる事にした……ここはもう景気良く全戦力を送り込む。
自分は、残される事となる人々の為にも見送らざるをえないだろうが……利根達なら、柏木なしでも十分にやっていける。
実際、今までだって何の問題もなくやっていけていたのだから。
自分の出る幕ではないと……柏木も弁えていた。
「は、はいっ! かしこまりました。けど、利根のわがままをひとつだけ、聞いてもらえません?」
「なんだ? 改まって……まぁ、俺に出来ることならいいんだがな」
「本作戦ですが……。柏木様がわたくしの艦長様に復帰するよう要請させて頂いてよろしいでしょうか?」
「……んな! なんで、俺が……」
柏木は、あくまで自分は見送る立場……そう考えていたのだが、まさかの利根のお願いに言葉をなくしてしまう。
「これだけの大作戦ですの……こちらも相応の立場の指揮官が率いていないと、わたくし達では、女王陛下に振り回されてしまいますの」
「わ、私は……そんなあなた達に無茶言ったりしませんわ!」
ルクシオンが慌てて、立ち上がって抗議するのだけど、背後からレナがその口を塞ぐ。
「まぁまぁ、陛下……なんか、面白そうだから、ここは黙って見てましょうよ」
モガモガと騒いでいるのだけど、レナはお構いなし。
無礼も良いところなのだけど、止めるべき立場のグローリアスまでもあらぬ方向に視線を向けて、黙認する構えだった。
実際問題、桜蘭帝国との交渉にあたって、佐官レベルの者や示現体しか同行していないのでは、身の安全の担保にすらならない……。
その点、曲がりなりにも一個艦隊と1000人からなる将兵を率いる柏木という将官が同行するとなると、相応の権限がある以上、かなり融通が効くはずだった。
グローリアスとしても、この場はルクシオンに余計な口を挟んでほしくなかった。
彼女が真っ直ぐなのは、美点なのだが……他国の軍勢に助勢を求めるのに、これ以上妙な約束をされてはたまらない。
出来る限り、柏木たちには自主的に協力してもらったと言う形式が必要なのだ。
……彼女もなかなかどうして抜け目ない策士だった。
と言っても……それはあくまで、建前上の話。
本音を言うと、彼女も女の勘と言うやつで、この二人の関係が気になっていた。
「で、でもなぁ……俺は基地司令官としてだな……」
「司令……今まで散々、飲んだくれてサボりまくっておきながら、今更司令官として……なんて、何を虫のいい事を言っているのですか?」
園松大佐が、怒気を孕んだ声で柏木を睨みつける。
その迫力に、柏木も二の句が継げなくなる。
「あ、はい……そ、そうだな……でも、現状名目上とは言え、俺はここ斑鳩の最高権力者でもあるんだが……。さすがに市長や議会だって、無責任だって糾弾するに決まってるだろ」
「基地を放棄して引きこもる前提なら、どのみち司令官なんて不要ですよ。いいですか? 相手はブリタニアの国家元首なんですよ? だからこそ、まがりなりにも将官である閣下が行かなくてどうするんですか! 斑鳩市長や議会の議員たちもブリタニアに恩を売って、救援が来るなら、それで構わないと言質をもらってます。ゲート艦は元々補給艦ですから、陸戦隊や整備班も連れていけますね。司令部要員もせいぜい50人程度ですから、これはもうそのまま利根に引っ越せば済みます。利根ちゃんも問題ないですよね?」
園松大佐の根回しは完璧だった……。
市長と議会が揃って、むしろ行ってこいと言う立場とあれば、文民統制と言う面からも柏木の逃げ道は無いも同然だった。
「問題ありませんの! 当艦は居住性もバツグンですのよ!」
「私も、時々利根ちゃんのとこで、お風呂借りたりしてますから、勝手知ったるもんですからね! うんうん、これで何の問題もありませんね」
そう言って、二人が笑い合う様子を見て、柏木も頭を抱える。
佐神中佐も無言で頷いており、柏木の味方は誰ひとりとして存在しなかった。
「うう……なんだそりゃ。さては、お前ら……初めから、俺を嵌める気でいたな!」
「さぁ……何のことですか? 私も言いましたよね? ……そろそろ本気出しましょうって! 司令はやれば出来る人なんですから、こうなったら、宇宙を救う英雄でも目指してみてはどうでしょう?」
「はははっ! 大英雄柏木将軍か……俺達はその一番の子分って事か……悪くないな。歴史の教科書に名前が残りそうだ……実にいいな! 俺は乗ったぞ!」
佐神中佐が豪快に笑う。
利根も、なんとも複雑な顔で、柏木の前に来るとじっと見つめる。
……もはや、完全に外堀を埋められた柏木も、観念したのか……大きくため息をつく。
「はぁ……しゃあねぇな。なら、のってやろうじゃねぇか。では現時点より、俺は重巡利根艦長に復帰、ついでにセカンド遠征軍司令でも名乗らせてもらう……それで構わんな?」
「……はい、かしこまりました。ところで、ルクシオン様……柏木司令にも貴国の勲章なり称号の一つでも与えていただけませんか? 桜蘭本国に帰還した際やブリタニア本国で行動する際、司令の箔付けになるかと思いますので……」
「いいですねぇ……ちなみに、あたくしもレッドリボン持ちなのですわ。此度の戦働きで頂きましたの!」
そう言って、礼服に掛けられていた赤いリボンの大綬を得意そうに見せびらかすレナ。
この勲章自体、ブリタニアではほぼ最高位に近いもの……グローリアスも同じものを身に着けていた。
本来、安売りして良いような勲章でもないのだが……形式上、勲章のたぐいは、女王陛下が授与すると言う事になっているのだから、彼女の独断で授与したとしても、何ら問題なかった。
別に勲章自体は、さほどコストもかからないし、乱発したところで誰も困らない。
「解かりました。国外の者へ授与するとなると……ロイヤル・ヴィクトリア勲章とディスティンギッシュト・サービス・オーダーあたりが妥当ですかね……それと、ブリタニア騎士の称号……陛下、このあたりで如何でしょうか?」
グローリアスが過去の事例などから、見繕ったらしい勲章名を挙げていく。
「うん、それで構わない……では、我が名に於いて、桜蘭帝国軍准将柏木殿に、両勲章とKnights Of Britanniaの称号を授ける……本国帰還の暁には正式な授与式を執り行うので、今はこれで勘弁して欲しい。本来なら、ブルーリボンくらい授けてもよいくらいなのだが……あれは、ブリタニア国民のみに授けるという暗黙の了解があるのでな」
「陛下、ブリタニア騎士の称号を与えられた時点で、名誉国民として認定されますので、その辺りは問題ありませんよ。せっかくなので、名誉少将の階級も進呈されては如何でしょうか? それならば、柏木閣下が我々を指揮しても何ら問題なくなります」
「それはいい……ならば、決まりですね! 柏木殿、貴殿にはブリタニア軍の名誉少将の階級を授ける。本来名誉階級なのだが……公式にも通用するものだから、レナ達の指揮官として振る舞っても何ら問題ない。むしろそうしていただきたいと私は考えています……レナはどう思う?」
「あたくしは、問題ありませんわ。利根ちゃんがベタ惚れするような殿方ですもの……そんな方が指揮官なんて、素敵だと思いますわ」
上機嫌そうな様子でレナが賛同する。
どことなく恋する乙女のような雰囲気なのだが……。
彼女も彼女なりに、柏木のような将官に指揮されると言う立場に憧れのようなものを持っており、まさに渡りに船だったのだ。
「なかなかのご采配です陛下。……柏木閣下にとっては、異国の勲章など、あまり価値はないかもしれませんが……これは言わば、快く迎えてくれた閣下への陛下の感謝の印です。どうかお納めください」
初めから、その段取りだったのか……グローリアスがうやうやしい手つきで足元に置いていた小箱から、勲章やら階級章を取り出すと、元からズラズラと勲章やらが並んでいた柏木の将官服に、新たな勲章を追加していく。
更に、ブリタニアの少将を示す星1つに三本線の入った階級章を首元にピン留めする。
そして、その肩に青いリボンの大綬がかけられ、それの意味を知るレナ達が感嘆の声を上げる。
なすがままの柏木は……色々と諦めたようだった。
「ブリタニア騎士の称号なんて、桜蘭帝国でも何人もいませんよ? それに二つの国で将官の階級を持つなんて、最高の栄誉だと思います。よかったですね! それでは……改めて、セカンドへの侵入プランと、基地の放棄の段取りを煮詰めましょうか。あ、これから先は、柏木司令もお暇になるでしょうから、よろしければ、陛下のお相手を……なんなら、利根ちゃんとお茶でもご一緒されては如何でしょうか? いつもの士官喫茶室とかいいんじゃないでしょうか」
園松大佐が、そんな風に提案する。
要するに、いても役に立たないから、女王陛下の接待でもしていろと言う事だった。
その程度には、柏木は役に立っていなかったのだから、ある意味我が身から出た錆のようなものだったが……。
なかなかに酷い話ではあった。
「そうね! とりあえず、陛下の護衛も利根ちゃんがいれば十分でしょう。こっちも全員呼び集めるから、そっちも示現体っていうんでしたっけ、とにかく、全員集めていただけます? それと幹部連中も全員集めちゃって、大作戦会議開催よ!」
「そうですね……では、大会議室に場所を移しましょう! 皆様、場所の移動をお願いします!」
レナと園松大佐が勝手に取り仕切る中、柏木とルクシオンはものの見事に蚊帳の外。
実際、細かい段取りのような話となると、基本的に柏木はプランを提示されて、頷いてゴーサインを出すだけだ。
ルクシオンについても、自分のやりたい事を提示すれば、細かい段取りはグローリアスやレナが煮詰めてくれるから、細々としたことに一切口は出さない。
しばらく、お役目のない暇人同士、思わず顔を見合わせると、お互い釈然としないモノを感じたようで、しばし見つめ合ってしまう……。
「お互い、何と言うか……薄情な部下を持ちましたな」
苦笑しつつ、そう柏木が問いかけると、ルクシオンも苦笑する。
「そうですね……レナもグローリアスも、戦となると私の事などお構いなしですから。確かに、難しい話が始まると私の出る幕ではないのも事実なんですよね……」
「では、ここはお言葉に甘えて、我々は優雅にティータイムと洒落込みますかな……利根、お前は護衛兼、接待係と言うことで、我々に同行しろ……復唱っ!」
「はい、わたくし利根は、柏木様、ルクシオン様の護衛兼接待係として、ご同行かしこまりましたわっ!」
……酷い復唱もあったもんだと思いながらも、柏木は、利根とルクシオンを引き連れて、その場を離れるのであった。
えーと、更新間隔空いてますが。
とりあえず、頑張って続けます。
当面、週2-3回ペースでの更新となりますが、ご了承ください。




