第十話「旅立ちに至るまで」②
「……私が知る限り、桜蘭の本国はセカンド側へ進出し、異文明と同盟を結べた様子ですよ? 桜蘭側に送り込んでいた外交員からの連絡筒には、そのような報告がありましたし、レナも実際目にしているのですよね?」
「はい……我がブリタニア艦隊もデルクリア大海への進出に成功し、敵地の強行偵察を行いましたが……。その際、桜蘭側の接続流域付近にて、空母レキシントンと空母加賀が並んで航行しているところを目撃しています。これは見てもらった方が早いかしら?」
そう言いながら、レナは資料として、その際に撮影された映像データを提示する。
半径1000kmにも及ぶ、内海のような巨大なエーテルの海。
デルクリア大海と呼ばれる要衝と、そこに築かれたインセクターの要塞群。
この流域からインセクターを駆逐すれば、幾つもの流域が解放される事となり、各国との連絡線も一斉に確保されることとなる。
それ故に、この流域の奪回に成功すれば、戦況は一挙に有利に傾くと言われており、桜蘭もデルクリア大海の要塞群の攻略を目標としていたのだが。
実際は、攻略どころか防戦一方と言う状況となっていたのだ。
だが、そんなところにまで桜蘭帝国が進出して、ブリタニアもそこを臨む流域にまで進出しているとなると、戦況自体は全般的に好転しているということだった。
その強行偵察機が捉えた映像データには、特徴的な8インチ砲装備の巨大空母レキシントンのみならず、英軍軽巡洋艦ハーマイオニー、桜蘭帝国の国旗を掲げる空母加賀、さらに、日の丸を掲げた日本の空母祥鳳、駆逐艦初霜までもが映っていた。
これは、永友提督がたまたま現地視察に出ていた時に、ブリタニアの強行偵察機がその姿を捉えたものなのだったが……柏木達にとっては、衝撃的なものだった。
「利根! この艦まさか……」
「嘘……これ……初霜じゃないですか! レナ様! これはいつ撮影されたものですか!」
「……えっと、日付は一ヶ月くらい前かしら? その様子だと、利根ちゃんの知ってる艦なのかしら? 一応、言っとくけど……このレキシントンは、ブリタニアのレキシントンとは別物よ。ブリタニア自由宇宙艦隊のレックスは一応知ってる仲なんだけど、こんな8インチ砲なんて無駄なもの積んでないし、本人も良く解らないみたい。ハーマイオニーもうちの所属艦なんだけど、本人も驚いてる始末よ。同じ艦は存在し得ない……これがあたくし達にとっては、常識なんだけどね……それが覆されたってこと」
「ああ、それは俺達も知ってる……同じ艦を作っても、示現体が目を覚まさず、普通のコンピューター制御艦程度の代物にしかならないんだよな」
「そうなのよね……アーカイブにも記録は無いみたいだし、正直この艦隊は訳が解らない存在としか言えない……。あくまで可能性なんだけど、このレキシントンやハーマイオニーは別次元の同じ存在ではないかと推測されてる。仮に別次元同位体とか呼ばれてるけど、要するにこれはセカンドって、限りなく同じような世界で、あたくし達と同じような存在もいる……そう思うべきじゃないかしら」
ブリタニアには、セカンドの詳細な情報までは伝わっていないのだが。
桜蘭帝国経由で入手された断片的な情報や独自の調査結果……なにより、この空母レキシントンの存在から、彼女達はそう結論づけていた。
「……だが、駆逐艦初霜がそんな所にいるとなると、どうなんだろうな。並行異世界に同じ存在がいると仮定するならば、俺達の知る初霜じゃないかもしれない……。だが、ひょっとしたら、あの初霜かもしれない……利根はどう思う?」
「映像分析した限りですけど、わたくしの記録している駆逐艦初霜との一致率は80%と言ったところですわ。一部、見慣れない装備が搭載されているようですが、主砲の電磁投射砲の外観などは完全に同一です。柏木様……初霜さんなら、あのあと異世界で生き延びて、桜蘭に帰還して、ふたつの世界を繋ぐような存在になった……そう言う事なんだと、思いませんか?」
利根がそう言うと、柏木も考え込む。
あの初霜があのまま、異世界で異世界側の軍と迎合したなら……向こう側の軍勢そのものにすら、影響を与えた可能性は否定できない。
あまり、根拠もないのだが……彼女は、そう言う周りに強い影響を与える何かを持っている。
柏木もそんな風に考えていた。
「……有り得る話だな。それは……アイツなら、やりかねん」
「やっぱり、そう思いますわよね? なら、わたくし……確かめる為にも、セカンドに行ってみたいです!」
柏木も同感だった……。
あの時、初霜に影響された利根達は、自己進化を繰り返し、今や恐るべき戦闘能力を身に付けていた。
同様に自己進化を果たし、一歩先を行く存在となり、他の示現体に多大な影響を与えた初霜……彼女の特異性は明らかだった。
彼女ならば、利根が言うような存在になっていても、なんらおかしくなかった。
何より、風前の灯だった桜蘭帝国がデルクリア大海まで進出していると言うことは、インセクターをそこまで押し返したと言うことだった。
あの状況から、そこまでの逆襲を成功させたとなると、従来の運用ではまずあり得なかった。
異世界の軍勢がよほど強力か……或いは、桜蘭帝国軍に何らかの革命的な技術進歩でもあったか。
或いは、その両方か……いずれにせよ、柏木達が知らないところで、大きな流れが出来つつあるのは確かだった。
柏木も焦りに似た感情がもたげるのを自覚する。
「そうだな……俺も正直、興味がある……と言うか、俺達が引き籠もっている間に世の中は思った以上にややこしい事になってたみたいだな。ルクシオン女王陛下……陛下としては、俺達はどうするべきだと思う?」
思わず、そんな事を尋ねてしまう柏木。
言ってしまって、馬鹿なことを聞いてしまったと後悔する。
相手は一国の女王……当然、こちらの協力を期待しているのだから、こんな迂闊なことを口走ってしまったら、それこそ協力要請の口実にされてしまうのは間違いなかった。
「私は……この世界を破滅へ導こうとする悪意の存在を確信しています。……このまま何もしなければ、間違いなくどちらの世界にとっても良くないことになるのは確実です。二つの世界をまたにかけて、際限なく拡大していく戦乱……そんなものは誰も望んでいないはずです。柏木司令も座して、流れに任せるか……或いは自らの手で己が正義を為すか……選ぶべき時が来たのではないですか? 私は……貴殿らがどのような決断をされようとも、何も言えません。ですが、私は私の正義を為す為の最大限の努力をする……これだけは断言いたします」
返ってきたのは意外な言葉だった。
あくまで決断するのは柏木だと、そう彼女は告げていた。
柏木も素直に恥じ入る……まったく、子供だと思っていたら、とんだ出来物だった。
彼女がここに至った経緯も事前にレナ達から聞いてはいたのだが……彼女の言う悪意から、障害となると認識されたのは間違いなかった。
彼女を守るレナ達は十分に精強なのだが……利根達ほどではないのは確かだった。
そして、彼女達は自分達の無力さを痛感しているようだった。
あの日、利根達が初霜から受け継いた強大な力……この一年の籠城戦を通して、それは開花し、文字通り宇宙最強レベルにまで至ってしまった。
そんな強大な力を有しておきながら、無為に彼女達を見送るなど、柏木には出来そうもなかった。
けれど、柏木もこの斑鳩を守るという責務があった。
一万人もの民間人と防衛隊の兵士だけでも1000人は下らない……彼らを危険な賭けに巻き込むのは論外と感じていた。
「……すまない……俺は……」
断りの言葉を口にしようとして、利根の表情に悲しそうな失望の色が浮かぶのを柏木は見てしまい、言葉が続かなくなる。
「司令……斑鳩星系については、例の「R・E・D」を沈めれば、独力で守りきれますよ。レナさん達の戦闘記録を確認した限りだと、上流方面の拠点の2/3くらいは掃討してしまったようですし、最寄りのポイントαの残存インセクターと「R・E・D」を殲滅すれば、事実上斑鳩周辺から脅威は無くなります……私は今こそ好機と判断します」
園松大佐の断言。
てっきり反対すると思ったのに、意外な言葉だった。
「だ、だが……もし女王陛下のセカンド行きに同行するとなると、利根だけでは心もとないと思うぞ……できれば、全艦隊を引き連れて行かせるべきだと思う……だが、そうなると斑鳩を守る戦力がなくなってしまうじゃないか」
「イザとなれば基地とゲートを放棄して星系に引き籠もってれば、10年くらいは独力で耐えれるでしょう。元々そのプランもあったのに、利根ちゃん達が自分達が守るからって、その言葉に甘えてただけじゃないですか。それに無事に女王陛下を送り届けてから、ブリタニアの方々から救援艦隊を出してもらえれば、万事解決です。ルクシオン陛下も当然それくらいしてくれますよね?」
さすが、園松大佐は抜け目なかった。
協力の見返りに、ブリタニアによる斑鳩星系の住民救出の確約を暗に求めていた。
桜蘭本国からの救援は、マイクロブラックホールがある限り当分望めないが、ブリタニアなら話は別……それくらいやってもらっても、バチは当たらない位にはこれは大きい貸しになる。
何より、柏木達が協力する事でブリタニアと桜蘭は強い絆で結ばれることになる……これは、国益という意味でも多大な意味があった。
「それは、当然の事です! 我が目的を無事に果たして、ブリタニアに帰還した暁には、我が国の総力を挙げてでも、救援艦隊の派遣と斑鳩星系の全住民の救出をお約束させていただきます。いえ、これは貴方がたの助勢を得られなかった場合でも、それだけは必ずやらせていただきます」
その言葉を待ってましたと言わんばかりの様子のルクシオン。
この辺はもう少し恩着せがましく言っても良いような話なのだが。
腹芸を使いこなすには、彼女は程遠かった……所詮はまだまだ子供と言ったところだった。
この辺りのどことなく頼りない部分も、柏木も彼女に力を貸してやりたいと思う理由の一つだった。
「だそうです……口約束とは言え、ブリタニアの女王陛下が約束してくれたなら、斑鳩の住民の未来は約束されたようなものです。本国なんかより、よほど頼りになりますね。ならば、私達はそのご期待に沿うべく持てる戦力の全てを投入してでも、女王陛下の手助けをするべきでしょう。陛下が本国に帰還しないと、ブリタニア軍も動かせないでしょうからね」
「……それは助かる……我が手勢は現状、レナ達しかいないのだ……。向こう側の世界もどうなっているか良く解らないし、そちらの利根殿達ほどの戦力ともなると……恐らく、ブリタニアの数個艦隊にも匹敵する助勢であろう」
「口惜しいですけど、それは事実ですね……ねぇ、レディ利根……あたくし達はそれくらいには貴女達を評価してるの……柏木司令も宇宙が未曾有の戦乱を迎えつつある中で、こんな強者連中をこんなとこで、燻らせてちゃ駄目でしょう?」
挑戦的な様子のレナ……佐神中佐も何も言わないだけで、同感と言った様子だった。
利根もキラキラした目で柏木を見つめていた……その目は是非やらせろ……そう語っているようなものだった。
つまり、ほとんど全員一致……四面楚歌と言える状況だった。




