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第十話「旅立ちに至るまで」①

「……そうなると、女王陛下はイチかバチかで桜蘭への回廊突破を図ると……そう言う事ですか」


 半ば諦めの境地で柏木は、目の前のブリタニア女王、ルクシオンにそう告げた。

 鼻の所にガーゼが貼り付けてあって、なんとも痛々しい姿ではあったが。


 これは、言わば名誉の負傷であり、誰もそのことには触れない。

 

「聞いた限りだと、その選択しかなさそうですからね……引き返すのは論外。ここでマイクロブラックホールの自然消滅を待つなど、何年かかるか解りません……私が予想するに「悪意」は桜蘭にも手をかけようとしているはずです……手遅れになる前に行動すべきです」


 力強く宣言するルクシオン。

 ……この場にいるのは、桜蘭側は柏木と園松大佐と佐神中佐、そして利根と由良。

 ブリタニア側は、ルクシオンとグローリアス、レナウン。

 

 初っ端から、女王陛下が柏木准将を殴り倒すというトラブルが発生したものの。

 不幸な事故ということで、お互いなかった事にした。

 

 さすがに、ルクシオンも悪いと思った上に、柏木自体にそう悪い感情は抱かなかったようだったらしく……。

 むしろ、とても反省していた……。

 

 柏木も彼女については、悪くは思っていなかった……と言うより、好感をもっていた。

 なにせ、目を覚ますなり、泣きながら平謝りに謝られてしまったのだから。

 

 ブリタニア女王に頭を下げさせたなど、前代未聞であり……。

 ある意味、光栄に思うべきで、何より柏木は女性の涙には弱い……と言うか、基本的にフェミニストなので、女性に対しては寛容なのだ。

 

 なので、柏木は雄々しくも笑顔と共に跪くことで、その場を完璧に取り繕った。

 

 結果、ルクシオン陛下は柏木に妙に好感を持ってしまったらしく……要するにとっても懐かれてしまったのだった。

 

 そんな事もありながらも、現在、斑鳩基地の一室で、この8名による会談が開かれていたのだが。

 

 柏木の提案したイクロブラックホールの消失まで、斑鳩基地に留まるべきだと言う言葉は、女王陛下に拒絶されるに終わってしまったところだった。


「ですが……陛下、現時点で得られた観測情報を元にしたシミュレーション結果によると、最低38の重力断層を超えて、かつマイクロブラックホールの重力場を回避して、突破する事になります。それはいくらなんでも不可能だと断言します。……レナ様、グローリアス様、貴女方の試算ではどうなのですか?」


 園松大佐がシミュレーション結果をまとめた資料を提示しつつ答える。

 100回ほど繰り返したシミュレーションは、その尽くが失敗という結果になっていた。

 

 柏木達も、突破は不可能と結論せざるを得なかったのも、以前にも入念な観測を実施した上で、シミュレーションを実施し、同様の結果が出たからだった。

 当時と比較して、若干マイクロブラックホールは減衰してはいたのだが、寧ろ重力断層帯は広がり、複雑化しており、成功率は下がっているくらいだった。

 

 このシミュレーションも、単なるシミュレーションではなく、利根達による未来予想システムをフル活用したもので、シミュレーションと言うよりも、確定された未来と言うべき高精度のものだった。


「わたくしの試算だと、突破の成功率は0.000001%くらいですの……わたくし達示現体のみで重力制御システム……イナーシャルキャンセラーをフル活用すれば、もう少し突破の可能性はあがりますけど……生身の人間と共にとなると、それは自殺行為と言えます……わたくしは、止めた方がいいと断言しますの」


 レナもグローリアスも利根の言葉を否定も肯定もしなかった。

 

 彼女達も利根達とデータは共有しており、彼女達なりに同様のシミュレーションを実施し、突破は不可能と判断していた。

 

 けれども、それをこの場で肯定するのは、女王陛下に異を唱えるようなものだから、敢えて何も言わないだけだった。

 その様子を見て、ルクシオンも考えを改めるべきだと悟ったらしく、露骨にしょげ返る。

 

 さすがに、柏木も慰めの言葉を探すのだが、強い意志を込めて再び柏木に向き直る。

 

「ならば、別のアプローチは? 例えば、セカンドを経由する方法はいかがでしょう? 桜蘭では成功例があると言う話ですよね……我々ブリタニアでも別次元の別宇宙の存在は確認していますし、人工的に転移ゲートを作り出すことで、安全に向こう側の世界へ行ける術を確立したとの報告を受けていました。……結果的に私が潰してしまいましたけど、セカンドへの侵攻計画も実行直前でしたからね。その方法ならば、この流域からの脱出も不可能ではないはずです」


 さすが、伊達にブリタニアの最高権力者はやっていなかった。

 彼女が言っているのは、要するにセカンドを経由して、向こう側から桜蘭へ向かうルートの提案だった。

 

 柏木達も最高機密としていた人為的な次元穿孔発生による次元転移技術の事を彼女は知っていたようだった。

 その上、ブリタニアが次元転移技術を実用段階まで漕ぎ着けていた事に、柏木は驚愕していた。

 

 彼女の言うとおり、次元転移自体は、不可能ではない。

 ……柏木達も独自研究の末、次元転移技術は完成させ、ほど近い流域に次元穿孔が存在する事もすでに確認していたのだ。

 

 だが、初霜の例を出すまでもなく、向こう側には敵対的な文明の存在の可能性が指摘されていた。

 それ故に、その技術は慎重に取り扱うと取り決めたのであり、柏木にとってもそれは目の前で初霜を失った悲劇もあり、半ば禁忌だと認識していた。

 

 けれど、そんな最高機密とするべき技術がブリタニアに漏洩したとすれば、ただ事ではなかった。

 

「女王陛下……失礼ながら、その次元転移技術の出処は? あの技術は我が国独自の技術……相応の犠牲の末に完成された門外不出と言えるもの……いくら友邦と言えど、安々と渡せる技術ではないはずです」


 ある程度の条件はあるものの、セカンドコリドールへ続く門を開く事自体は、通常宇宙とコリドールを繋ぐゲートを大型化したものがあれば、それで十分なのだ。

 それについても、すでに転移ゲート艦とでも言うべき大型艦が完成しており、実験結果も良好だった。


 問題は、次元穿孔を安全に通過するための方法なのだが……。

 ゲートを通過する際に発生する重力震……これを向こう側に押し付ける事で突破する側は安全な通行が可能となる。

 

 重力波を予測し、精密に制御する……これがまさに次元転移の際のキモと言えるもので、そのノウハウの確立には、初霜が最後に送ってきたデータが極めて有用だった上に、ここでも物を言ったのが利根達の未来予測システムだった。

 

 だからこそ、次元転移技術がブリタニアで実用化されたと言う話は、にわかには信じがたい話だった。


「あたくし達の知識の保管庫……通称アーカイブがその出処ですわ……。利根ちゃんとも話したんだけど、どうもあたくし達は同じ共有データベースにアクセスできるみたいで、その次元転移技術もそこから入手できましたの……。あたくし達は、女王陛下の意志もあって、それを実行するには至りませんでしたけど、アメリカ由来の連中はお構い無しで色々実験してたみたいですし、ネオナチ共……欧州勢や露助連中も同じ技術を手にした可能性が高いと見てますの……実際はどうだか解りませんけどね」


 柏木もそのレナの言葉に衝撃を受ける。

 それは……こちらの世界の軍勢によるセカンドへの侵攻が現実となっている可能性を示唆していた。

 

「利根……それは本当か?」


「ええ、確かにアーカイブにその技術は登録されていますわ……誰がそれを行ったのかは解りませんけど。桜蘭以外にもわたくし達の同類がいて、データベースも共用していると言う事実は、実際に出会うまで、わたくし達も解っていませんでしたから……誰かが情報共有として、アップロードしたのかもしれません」


 駆逐艦初霜の遭難事故を経たのちも、次元転移の技術研究開発は継続され、その技術開発自体は本国の別の研究開発部門で行われていた事は、柏木も把握はしていた。

 結局、その完成を見る前に、柏木達斑鳩基地は本国から分断孤立してしまっていたのだが。

 ……斑鳩でも予備研究ということで、開発が続行されていたのだ。

 

 当然ながら、斑鳩でも脱出計画のひとつとして、セカンド経由での脱出プランも検討され、それ故に次元転移技術も完成されることとなったのだが。

 

 利根達もあの事件は、無為に同胞を失った忌むべく技術として記憶しており、異世界との戦端を開く可能性もあって、棚上げされていたのだった。

 

「女王陛下……セカンドを経由すると言っても、向こうの文明が敵対的でないとは言い切れないのではないでしょうか……実際、我が国の無人戦闘艦がセカンドへ侵入し、未帰還となっております」


 柏木としては、セカンドへ進出することは、あまり賛同出来なかった……遠回しながら、反対意見を述べてみる。

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