第二話「帝国海軍重巡洋艦利根の憂鬱」①
2671年12月8日。
今日は、奇しくもあの太平洋戦争が始まってから、730年目の節目を迎える日。
あの戦争自体は、とっくの昔に終わってしまったのだけど。
わたくし達の戦争は、今日も続いていますの。
この戦争に終わりはあるのか? ……そう思わなくもないのですけど。
戦いのない日々なんて、わたくしには想像も出来ませんの……。
太平洋戦争から730年も先の未来……それが今、わたくし達のいる世界。
けど……数字だけ聞かされても、それがどれくらいの年月なのか、まったくピンと来ませんのよね……。
前に柏木様に聞いた時は、富士山が形を変える程度……なんて言う、解るような解らないような例えが返ってきました。
要するに、昔過ぎて誰もがピンと来ない……そんな風に理解しましたの。
考えてみれば、わたくし達にとっては、感慨深い特別な日ではあるのですけれど。
だからと言って、特に何をするわけでもありません。
現在のわたくし達は、決して楽観視出来ないような状況なのですから。
この斑鳩基地を臨む、コリードール……通称「旭光回廊」
そんな風に呼ばれているこの回廊は、上流方面に多数のインセクターの母艦が巣食って久しくて……。
元々、銀河最大規模の星間連合……ブリタニア合衆王国と接続されていたのですけれど。
ブリタニアから来るものもいなくなって、随分経つそうです。
元々、コリードールの逆走は無駄が多く、一方通行が基本でしたから……わたくし達、桜蘭帝国側からはさほど不都合はなく。
幸い近場にインセクターが巣食うような事もなく、散発的な攻撃程度しかなかった為、あまり問題視はされていなかったようなのですが……。
下流方面へと続くルートが重力爆弾の使用の影響で、事実上通行不可能となってしまい……その復旧には年単位の時間がかかるような状態になってしまったのです。
本国との連絡は道中に出来てしまったマイクロブラックホールのせいで完全に途絶状態。
……要するに、わたくし達は孤立無援……本国側でも全滅したと判断されているようで、救援の気配も全くなし。
幸い斑鳩基地に併設されたゲートの向こう側の斑鳩星系が無事なので、補給などの問題は起きては居ないのですが。
戦力的には、わたくしこと重巡利根、軽空母龍驤、軽巡由良、それに駆逐艦の有明と夕暮、睦月と如月。
たった7隻だけ。
あの日……初霜さんがセカンドへの帰らぬ旅へと赴いてから。
彼女に影響を受けた示現体は、雪風さん以外は皆……この斑鳩基地に押しとどめられてしまったのです。
第904無人稼働実験艦隊。
……通称セカンドフェイズ……そんな風に称されてはいるのですが。
最前線から遠く離れたこの基地で、戦術研究や新兵器開発などに携わる……そんな日々を送ってました。
……理由はなんとなく解ります。
帝国軍上層部が恐れたのは、わたくし達エーテル空間戦闘艦艇が人の意志を離れて、独自の戦争を始めかねない。
そう危惧されたから。
あの時、わたし達が見せた可能性。
それは、人の手を借りずに独自進化を遂げ、人間の制御すらも振り切る……そんな危険な存在となる可能性をも垣間見せてしまったのですから。
実際、由良達には幾重ものの拘束処置がかかっていて、自らの意志でそれを打ち破る事などありえなかったはずなのですが。
彼女達は、ほぼ自力で自己進化を遂げた挙句に、あっさりその拘束措置を無力化してしまいましたの。
要は、わたくし達がその気になれば、人類の作った拘束措置など何の意味もない。
そのことをわたくし達は自ら証明してしまったのです。
だから、その可能性に恐れながらも、さりとて処分も出来ず、あまり人目に触れない所で大人しくさせる……体のいい厄介払い……と言う訳ですわ。
もっとも、わたくしは……わたくし達が人に反旗を翻す可能性などある訳がないと、断言しますけどね。
理由は簡単……わたくし達は人と言う存在と、故国日本とルーツとする桜蘭帝国と言う国を心から愛しているからこそ、この世界に再び舞い戻るという選択を自ら選んだのですから。
わたくし達の根底にあるのは、ただ人の為に尽くすこと……。
人の為に戦い、人を守る為に戦い、人の為に我が身を捨てることすら厭わない……それがわたくし達の本質とでも言うべきもの。
だから、わたくし達が人間を裏切るとかそんなのは、杞憂に過ぎないのです。
まぁ、その辺りは……今となっては詮無きこと。
この孤立無縁の状況で、わたくし達が唯一の戦力である以上、わたくし達は斑鳩に取り残された人々を守りきるつもりです。
それに、この斑鳩基地の方々だって……もう3年も一緒に過ごしていれば色々愛着のようなものも湧きますの。
わたくしの敬愛する艦長様……柏木様。
あの方は今や准将となり、この斑鳩基地の司令官と言う立場となってますの。
こんな辺境の実験部隊と言う地味な役回りも、柏木様の為ならの一心でなんら苦もありませんでしたの。
けど、そんな日々も……今や遠い昔の思い出。
最前線とは程遠いはずのこの基地周辺流域に、インセクターが押し寄せると言う事態が発生。
……激戦の末わたくし達は、この斑鳩基地を守りきることが出来たのですが。
敵戦力の大半は、下流の本国方面へ殺到。
守りが手薄なこの流域の突破を図るインセクターの大群を押しとどめるために、本国は重力爆弾による回廊封鎖を実施。
つまり、わたくし達は見捨てられてしまった訳です。
現状、本国との連絡も取れず、本来ならば絶望的な状況なのですが。
それでも、何とかなっているのは、わたくし達セカンドフェイズがあの方から受け継いだ力のおかげ。
それにこの斑鳩基地は、新兵器開発の最前線でもあったので、数々の新兵器や新戦術……いくつもの僥倖もあって、この一年なんとか凌いでこれましたの。
そんな訳で……今日のわたくしは……と言いますと。
斑鳩基地から500kmほど上流の位置で、単独哨戒行動に出ています。
と言っても、艦載機の瑞雲を四方八方に飛ばして、周辺監視をしてるだけなんですが。
要するに見張り……ですの。
元々わたくしは、偵察機の運用と砲撃戦に特化した重巡洋艦ですので……単独での強行偵察などお手の物なのですわ。
けど……今回の偵察行は、いつもと様子が変……インセクターが妙に静かなのです。
何もないのは、むしろ良いことだと思うのですが。
敵の勢力圏下にほど近いにもかかわらず、哨戒の飛行種や潜行種すらも見つからないと言うのは、明らかに異常ですの。
本来3日ほどで撤収する予定でしたけれど、急遽こちらも現場待機と言うこととなり、今日でまもなく5日目に突入しかけていますの。
本来ならば、そろそろ活動限界に達するのですけど……その辺は休眠モードを使いながらですので、もう数日は問題なさそうですの。
人間だったら、24時間体制で5日も活動していたら、寝不足でとっくの昔に倒れてるでしょうけど、わたくし達は不眠不休、飲まず食わずでも一週間くらいなら、何とかなりますの。
……さすがに、お腹が減るのは辛いですけどね。
そう言えば、わたくし達って餓死とかするんですかね……誰も試したこと無いから、良く解らないのですけど。
聞いた話では、最前線で撃沈された艦の示現体が、半年後くらいに回収されたなんて話もあるそうで……。
示現体が機能停止状態になるような損傷を受けて、エーテルの底に沈んだ艦が、示現体諸共しれっと帰還した例もあるようですし……どうもわたくし達の艦には、示現体の再生機構のようなものも備わっているようなのです。
自分で言うのも何ですが、わたくし達って良く解らない存在なんですの……。
それにしても……。
本来は、こんな単艦哨戒任務……本来は退屈で孤独なものなんですけどね。
今回は、妙なお邪魔虫が一人いますの……それがわたくしの悩みのタネのひとつ……なのですわ。
そんな風に思いながら、フッとため息ひとつ。
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