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第九話「ファースト・コンタクト」②

「お待たせしました! 柏木准将っ! 利根、無事に哨戒任務を終え、帰還中でございますの!」

 

 精一杯背伸びしながら、生真面目な顔で敬礼しているのだが……。

 その表情は、嬉しさを隠しきれないと言った様子だった。

 

「ああ、利根……任務、ご苦労だった。一応、状況は俺も解ってるが、何か報告したいことがあれば聞こうか。一応、プライベート回線だからな。とりあえず、気楽にしろ」


「かしこまりました……あ、あの柏木様っ! わたくし……その! えっとですねっ!」


 日頃から、司令官としての仕事をしろだの、酒を断てだの……顔を見るたびに言って来ていたのだが、無精髭を落として滅多に着ない司令官服に身を固めた柏木の様子に、色々思うところがあったようだったが。

 感情の高ぶりのあまりに、言葉がうまく出てこない……そんな様子だった。

 

「なんだ? 改まって……この格好が気になるか? まぁ、コイツに袖を通すのも随分久しぶりだからな……」

 

「柏木様……えっと、その……やっと真面目に仕事する気になったんですのね! 全く世話の焼ける人ですわっ! アレだけだらしなくって、お酒ばかり飲んでたのに……今日は、その様子だとお酒も抜けてるみたいですわね!」

 

 利根も、内心は飛び跳ねたいくらいだったのだが、敢えて生真面目な顔を作ると、腰に手を当てて偉そうに、説教じみた言葉を口をする。

 

「まぁ、そう言うなよ。なんだか、面白いことになりそうだって言うんでな……今日は迎え酒も無しだぞ。と言うか、蒼島……なんで、またお前まで利根のブリッジにいるんだ?」


 柏木もモニターに見切れるように佇んでいた蒼島を見つけると、目ざとく声をかける。

 そもそも、彼の出撃記録も許可も一切なかったのだがら、当然の話だった。


「はっ! 成り行きです! 最前線と言うのは、なかなか刺激的でオツなものでした!」


 そう言いながら、短い期間の間に最前線の空気の匂いを感じ、何か思うところがあったのか。

 いつものすっとぼけた雰囲気ではなく、僅かながらに戦士の雰囲気を漂わせるようになっている様子に、柏木も感心する。


「ふーん、成り行きねぇ……。やれやれ、佐神の奴も大概だが……お前もつくづく物好きだな……。利根の艦長職が希望なら、お前も佐官昇進させて、正式に任命してやってもいいんだぞ? 重巡艦長なら中佐だから、三階級特進か……まぁ、それくらいうちじゃ珍しくないからな……どうだ?」


「いえ、自分は遠慮いたしますよ。自分はあくまで重巡利根の専属整備士と言う立場に満足しておりますから。それに当艦の艦長はいまだに柏木司令と言う事になっておりますので……」


「……そうなのか……利根?」

 

「わ、わたくしにとって、艦長と呼べるのは柏木様ただ一人ですの! だから……その……」


 もじもじとそう言う利根の様子に柏木も思わず、苦笑する。

 

 彼女は、あくまで柏木を艦長と決め込んでいるようで……酒浸りの日々で、多くのものが柏木を名ばかりの置物司令官扱いする中、最後まで見捨てないでいてくれた者の一人だった。

 

「まぁ、心配かけてすまんかったな……見ての通り、少しは俺もやる気になってるんだからな……ともかく、二人共ご苦労だった」


 そう言って、頭を下げる。

 その様子を感動したような面持ちで見つめる利根。

 

 ……素気なくしようが、冷たく接しようが子犬のように自分を慕い続けていた彼女に、今更ながら申し訳なく思う柏木。

 

 けれども、それを表に出すような真似はしない。

 自分はあくまで司令官なのだから、鷹揚に頷くだけに留める。

 

「……あらあら、なんかいい雰囲気ね……お二人さん」


 利根との直通回線に割り込んできたのは、ブリタニアのレナウンだった。


 この回線は……利根と自分との言わばプライベート回線のはずなのだが、情報連携状態のままだったらしく、演算力の力技で割り込んできたようだった……。

 

 悪意がないのは、その様子を見れば解るのだが……好奇心一つで幾重ものプロテクトを掻い潜って、基地システムにまで、強引な割り込みを実行する辺り、冷静に考えるととんでもない話だった。

 

「ちょっ! レナ様! わたくしのシステムに勝手に割り込みをかけないでくださる?」


「えーっ! だって、利根ちゃんなんか、面白そうな雰囲気なんだもの……相手の方がどんななのかって、気になるに決まってるじゃない……ちなみに、他の子もモニターしてると思うわよ」


 そう言って、モニターの向こう側でニヤニヤと笑みを浮かべるレナウン。

 

 示現体のメンタリティは、ひどく人間染みていると言うのは、柏木もよく知るところだったが……。

 他国の戦闘艦艇示現体と言う未知の相手も、全く同様と言うのは些か興味深かった。

 

「あー、その……なんだ……君の名を聞いておこうかな」


「あたくし? あら、ごめんあそばせ……あたくしはブリタニア王立宇宙機動艦隊、特務艦隊ブラックウォッチ所属、装甲巡洋戦艦のレナウンですの……でも、レナって呼んで下さって結構ですわ! ……貴方が斑鳩の総司令官の柏木様で?」


「レナくんか……よろしく頼むよ! 俺は柏木……准将だ。当斑鳩基地の司令官だな……今回は、利根達と共同戦線を張ってくれたそうで……少しばかり、不幸な行き違いがあったようだが……君達との邂逅を嬉しく思う」


「ああ、そっか……一応、これって正式な外交の挨拶になるのよね……。あたくしったら、出過ぎた真似を……一応、ブリタニアの外交特使のグローリアスに代わるべきですよね?」


「いや、気にしなくてもいい……俺はこう見えても、君達示現体に理解があるからな。君らには、人間の指揮官や艦長とかはいないのかな?」


「あたくし達は、人間の指揮官などは必要としませんの……あたくしの上官としては、フッド様がいますけど、今回の作戦はあたくしの独断で付き合ってますし、最高指揮官のたる方の勅命もありますからね。……と言うか、実はあたくし……殿方とお話するのって、あまり慣れてないので……あの、言葉使いとか話し方とか、おかしかったりしませんか? それと、この格好も……これは言わば我が国の文化の体現とでも言うものでしてね……!」


 唐突に殊勝な態度を見せながらも、いい機会とばかりに、聞いてもいないことを次々と並べるレナ。

 その様子に、利根達に通じるものを感じて、柏木も思わず苦笑する。

 

「そう言えば、普通に会話してたけど……君達は日本語が通じるんだな。まぁ、問題はないな……そのメイドさんの姿も実に可愛らしいな」


「あらやだ……お世辞がお上手なのね……柏木閣下。あたくし、本気にしちゃますわよ?」


「本気で褒めているんだから、本気にしてもらわないと困るなぁ。だが、プライベート回線に勝手に割り込むのはマナー違反だな……今後は気をつけてくれ」


「あら、そうでしたの……ごめんあそばせ」


 あまり悪びれた様子もないレナ。

 利根達もどんなに厳重なセキュリティも、電子的なものなら、無いも同然なのだ。

 電子戦や情報戦では、人間が彼女達に敵う道理などまったくなかった。


 であるからこそ、柏木はもっとも単純な方法を選ぶことにした。


「要は二人きりの会話に割り込むようなもんだからな……俺達が微妙な会話をしてたらどうしてたんだ?」


 ちょっとした意地悪でもしたくなって、そんな風に切り返した。

 要するに、教育と言えなくもない手段。

 

 彼女達の想像力を刺激して、そう言うこともあり得るのだから、自重することを覚えてもらう。

 それが一番手っ取り早い方法だった。

 

 柏木の言葉は効果テキメンで、何を想像したのかレナは頬を赤らめると露骨に狼狽える。


「……あわわ……も、もしかして、利根ちゃんと司令って、そう言う関係なんですか?」


 両手で顔を覆って、もう照れ照れと言った様子ながらも、好奇心には勝てないらしく、踏み込んだ質問をしてくるレナ。


「ち、違いますわっ! まぁ、司令が望むなら、わたくし何だってしますけど……」


 そう言いながら、やはり頬を赤らめて、もじもじと下を向く利根。

 

 彼女は昔から、柏木に対してはこんな調子……お互いの立場を考えて、自重するように言ったこともあるのだけど。

 元々感情を隠すのが下手なので、たまに言葉をかわすとすぐこんな調子になっていた。

 

 とは言え、柏木も相応の立場の人間なので、星系でのゴシップ記事のネタにされるのも心外。

 おまけに、彼女自身は大人ぶってはいるものの……背丈といいメンタリティといい……。

 柏木に言わせれば、良いところ中学生辺りと大差ない。


 さすがに、三十路半ばの柏木としては、彼女を一人の女としてみるとか、無理な相談だと認識していた。

 

 それもあって、身代わりとばかりに蒼島中尉にそれとなく彼女の相手をするように言ってはいたのだけど。

 ……彼は彼で特殊性癖の持ち主で、朴念仁でもあるので、柏木としては人選を誤ったと思わなくもなかった。


「あ、あたくし! 大変なことを知ってしまいましたわ! ……利根ちゃん、素敵ですわっ! キャーッ! あ、あとで色々お聞かせ願いますわっ! それに柏木様もっ! 一度、あたくしとゆっくりとお話をですね……」


「レナ様っ! 柏木様はわたくしの艦長様なんですのっ! 余計なちょっかいださないでくださいませっ!」


「きゃーっ! わたくしの……なんて、利根ちゃん大胆ですわーっ!」


 初対面のはずのレナの黄色い嬌声を聞きながら……何と言うか、墓穴を掘ったような思いの柏木だった。

 

 けれども、モニターの向こう側で嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるレナの様子や、真っ赤になって照れまくる利根を見て、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。

 

 かくして、柏木達斑鳩の首脳陣と、レナ達ブリタニア勢のファーストコンタクトは、当人達が思ったよりも打ち解けた雰囲気で始まることとなった。

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