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第九話「ファースト・コンタクト」①

「やれやれ……利根達も馬鹿騒ぎの挙句、どんな厄介事を拾い込んで来たのやら……ははっ、こいつはさすがに酒なんぞかっくらってる場合じゃねぇよな」

 

 斑鳩基地司令柏木城一准将は、気だるそうに独り言を呟きながら自室のベッドから起き上がると、軽くシャワーを浴びて身だしなみを整えると、しばらく袖を通していなかった司令官服を着込み司令室へ向かった。

 

「司令、おはようございます。すでに速報をお送りしていますが……現在、利根ちゃん達が例のブリタニア艦隊と合流、ブリタニア艦隊を追撃してきていたインセクター群と交戦……第一陣を撃破し撤収中です。こちらもすでに龍驤、睦月、如月が出撃し、増援の航空隊も第一から第四、第五及び第七中隊が進発し、基地周辺流域の防衛体制が整ったところです。また、港湾部でも大型艦の受け入れ準備が整ったとのことです」


 司令室に入るなり、副司令の園松楓そのまつかえで大佐が手短に報告してくる。

 

 髪をピンで止めてショートにまとめ、メガネをかけた知的そのものと言った雰囲気の女性。

 彼女は元々斑鳩基地の補給担当士官だったのだが、斑鳩星系の孤立化に伴う高級士官不足の煽りを受けて、佐官へ昇格し、司令部要員に抜擢された者の一人だった。

 

 斑鳩基地所属の士官達は、孤立化に伴い司令官権限による戦時昇進が乱発され、ほとんど全員が昇進……中には2階級、3階級の飛び級昇進を遂げたものも少なからず居た。

 

 なにせ、孤立化の結果……元々辺境の開発部隊だった斑鳩基地は、大幅な組織改編を余儀なくされ、致命的にまでに士官が不足する事となったのだから。

 

 必然的に下士官は次々尉官に抜擢され、尉官クラスは尽く佐官へ昇進し幹部化。

 末端の兵隊レベルの者達もちょっとでも階級が高いものは下士官へ昇進させられるような有様だったのだ。

 

 ……園松大佐も、その辺りの関係で20代前半で大佐と言う、平時ではあり得ない階級となっていた。


 けれど、デスクワークの事務員のような仕事をしていたにも関わらず、園松大佐は今では、すっかり司令部の中心人物の一角だった。

 

 大佐という階級も、その立場故にハッタリの効く階級をと言うことで、半ば柏木が押し付ける形で昇進させたようなものだったのだが……。

 

 元々生真面目な上に、事務能力や統率力に長けていて、柏木自体が何かにつけていい加減で……その挙句に、半ばアル中のような有様になってしまった為。

 

 自分がやらないで、どうするとばかりに妙な使命感に目覚めてしまって、もはや事実上の基地司令のようになっていた。

 

 これは、利根達の世話係でもあったので、彼女達との信頼関係が上々だったと言う理由もある。

 力づくや権力では、彼女達を押さえきれない……それならば、信頼関係を構築する事こそ重要。

 

 もともとは、柏木が打ち出したその方針を彼女は完璧に理解し、きっちり受け継いでいた。

 

 彼女は利根達に対して、まるでお母さんのように振る舞っており、佐神中佐と並んで防衛隊の兵士や士官からも慕われる存在でもあった。

 

 要するに、非の打ち所がないパーフェクト超人のような女傑だった。


「ああ……ここに来るまでに速報は見せてもらったよ。なんだか、厄介そうなお客さんも一緒らしいな。とりあえず、俺もそれっぽく振る舞わねぇといけなさそうだったから、久々にこいつを着てみたんだが、どうよ?」


 徽章やら、大綬やらでやたらゴテゴテとした司令官服を見せながら、胸を張る柏木に、園松大佐も苦笑する。


「一応、上出来ですと言って差し上げますね。先方は、極めて重要人物につき、面会も将官クラス以外は認めないと通告してきてますので、いつもどおりの無精髭に作業服姿だったら、30秒で支度しろと怒鳴ってたところです」


 にこやかに笑みを浮かべる中佐の笑顔に、言い知れぬ迫力を感じながら、柏木も背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「てか……ホントに言いかないから怖いんだよな……楓姉さんは。しっかし、連中……ここが行き止まりだって解ってるのかな……すまんが楓姉さん、君も立ち会えるよう交渉してくれないか? ここで将官って、未だに俺一人だし……そんな訳の判らん重要人物と一人で交渉するなんて、御免被りたい」


「まぁ、その辺は初めから司令一人に任せるなんて、無謀な事はしませんから、すでに私と佐神中佐の同伴をねじ込ませてもらいました……ところで、戦闘の推移や結果は気にならないのですか?」


「そんなもん、聞くまでもない……あいつらが負ける訳がねぇだろ。……スタンピートでも起きない限り、いつも通り一蹴だろ」


「まぁ、実際そんな感じだったみたいですね……今回は、むしろブリタニア艦と言う助っ人がいたんで、殲滅戦の様相を呈したみたいです……撃破総数は艦艇タイプだけでも100隻は沈めたみたいだし、飛翔種も300匹は落としたみたいです」


 楓の報告に、柏木も司令席のモニターで確認していく。


「そりゃまたすげぇな……そんだけ狩りゃ、しばらくは安泰だな。しっかし、現場即応で、異国の艦艇共とシステム統合とか相変わらず、あいつら無茶苦茶やってるな……と言うか、両国の艦艇でシステムの互換性があったって……なんだそりゃ……」


 戦闘の推移については、問題にならないのは、初めから解りきっていた。

 

 実際の所、この籠城戦も苦戦していたのは最初の半年程度まで、テラフォーミング中だった斑鳩星系の開発を大幅に前倒ししたことで、物資供給が安定し、利根達の装備更新が進むに連れ、インセクターとの戦い自体は、ほとんど問題にならなくなっていた。

 

 補給の問題がなくなった状況で、装備やシステムの進化に一切の制限をかけず、好き勝手にやらせた結果……10倍以上の戦力差ですら、物ともしない強大な戦闘力を彼女達は手に入れる事となった。


 駆逐艦初霜によるセカンドの強行突入とその支援作戦の際に、利根達が自力で作り上げた統合情報システムとその副産物と言える未来予想システム「ラプラスの魔」は、その程度には強力だった。


 そして、宇宙空間戦闘艦で使われていたテクノロジーのエーテル空間戦闘艦への応用についても、人間が散々試して頓挫した数々の問題を彼女達は、戦場から人間を排除することや、その演算力の力技、敵性技術をも貪欲に吸収する事でいとも簡単にクリアしていった。

 

 彼女達の好きなようにやらせれば、インセクターを遥かに凌駕する戦闘力を有することとなるのは、柏木も予想していたが……。

 こんな短期間で、インセクターを一方的に屠るほどになるとは……さすがに、その予想を遥かに上回っていた。


 もし、彼女達がこの斑鳩の実験部隊に留まらず、最前線に投入され、桜蘭帝国軍の全戦闘艦艇の無人化と統合情報運用、そして未来予想システムの実装が実現できていれば……インセクターなどコリーロードから、とっくに駆逐できていただろう。


 ……柏木はそんな風に考えていたし、おそらくは、そうなっていただろう。

 

 問題となっていたのは、先の見えない状況と、桜蘭本国やブリタニアも全滅してしまっているのではないかという不安……要するに人間側の問題だった。

 

 もちろん、ブリタニア方面への脱出計画も立案はされていたのだが……防衛戦ならともかく、斑鳩星系に移住していた一万人にも及ぶ民間人を引き連れて、長駆一万キロの旅路となると、戦力も物資もとても足りないのは明らかだった。


 何より、ブリタニアが果たして健在かどうか?

 長旅の末にブリタニアが全滅していて、インセクターの巣窟が広がるだけ……そんな絶望的な状況の可能性もあったのだ。

 

 結局、諦めてマイクロブラックホールの自然蒸発まで粘る……それが最も現実的と言うことで、もっぱら持久戦の方針となっていたのだ。

 

 そんな中、このブリタニア艦隊の来訪と言うのは……世界が滅んでしまっているのではないかと言う、誰もが思いつつあった不安を打ち消す一大ニュースとなっており、星系の地上世界でもちょっとした大騒ぎになっていた。

 

「ところで、司令……先方からの要望で、例の重要人物の出迎えと滞在の際は、国賓待遇を要望とか言ってるんですが……どう対応いたしますか?」


「国賓待遇? おいおい、どれだけのVIPが乗ってるんだ?」


 柏木も司令官職に任じられる前は、外交などまったく縁がなかった。

 そもそも、帝国軍に任官して間もないうちにインセクターとの戦争が始まってしまい、各国とも分断されていたのだ。

 本来ならば、経験すべく海外派遣なども経験しないまま、将官にまで上り詰めてしまったのだ。

 

 とは言え、士官ともなると国外のことや、外交について無知で許されるはずもなく、知識自体は、士官学校で一通り学んではいたのだが、実地となるとまったくの未経験だった。


 園松大佐もその辺の事情は似たようなものなのだが……至って、落ち着いたものだった。


「先方が詳細情報の開示に応じないので、何とも言えませんが……一応、外交用のマニュアルがあるので、それに準拠でよろしいのではないかと……でも、このマニュアル記載の赤絨毯と儀仗兵の衣装なんて、ありましたっけ? とりあえず、過去の映像情報でも参考にしようかと思ってますが……」


「俺に聞くなよ……元補給担当官。すまんが良きに計らえだ……資材も人員も好きに使ってくれて構わん」


「司令の無茶振りは相変わらずですね……。では、歓迎式典の準備と実施責任者と言う事で、拝命させていただきます。この場は司令に引き継ぎますので、そこに座って寛いでてください。……いいですね? すでに段取りは司令部の皆に伝えてますので、ほっといても万事滞りなく進むはずですので、余計な口出しも手出しも無用です……私は忙しくなりそうなので、いったん失礼させていただきます」


「やれやれ、俺の仕事はいよいよ置物か……ちょっと一杯やってていいか?」


「せっかく、珍しくアルコール臭がしないんですから、それは却下です。水でも飲んでてください。それと、たまにはあの娘達をちゃんと労ってあげてくださいね……そろそろ、司令も真面目にやってもいいと思いますよ? それでは、失礼します」


 それだけ言い残して、園松大佐は足早に司令室を立ち去る。

 他の者達もそれぞれに仕事があり、柏木にかまけている暇はないらしく、目があってもおざなりな敬礼を送ってくる程度だった。

 

「楓姉さんも相変わらずだねぇ……そう言う事なら、利根にでも一言ねぎらいの言葉でもかけてやるかな……おい、重巡利根と回線を繋いでくれ」


 柏木が通信オペレーターにそう言うと、司令席の前に空間投影モニターが開き、利根との直通回線が開かれる。

 ご丁寧に秘匿回線……プライベート回線で繋いでくれる辺り、オペレーターも気を使ってくれたようだった。

 

「はぅわっ! か、柏木様! ちょ、ちょっとお待ちを!」


 生真面目な顔でモニターの前にいた利根は、一瞬満面の笑顔を浮かべるとドタバタとフレームアウトしてしまう。

 

 ドタバタガッシャンなどと、騒々しい音と「鏡! 鏡ーっ! 蒼島中尉、そこの櫛取ってー!」等という叫び声のようなものが聞こえてくる……。

 

 どうやら、おめかしでもしているようだった。

 

 やがて、髪の毛をきっちり整えて、うっすらと化粧までして、何事もなかったかのように、利根が戻ってくる。

 

 どこからツッコんでいいか、柏木も迷ったが……この場は敢えて、何も見なかった事にした。


 ……柏木も、女心と言うものにそれなりに理解があるのだ。

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