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第八話「悪ノ華」③

「……何機か取り逃しましたが……敵の観測網を大幅に削ったはずですの……ほら、案の定狙いがいい加減になりましたわ……フロストも意地悪しないで、そう言う事はもっと早くおっしゃってくださらない?」


「敵の隠蔽技術が予想以上に高度でした……カメレオンみたいに背景色に溶け込む塗装を施してたみたいです。それにプラズマ雲に紛れ込まれると、視認も探知も出来ない……わたしが気づいたのも、たまたまプラズマ雲から翼がはみ出したところを見つけただけ。もっとも、トーンのブレイドフィンなら、索敵と迎撃を同時に行える……適切な対応です。むしろもっと早くそれをやれと言わせていただきます」


「それは無理な相談ですわ……。ブレイドフィンは使い捨てで、あまり長時間は飛ばせませんの。でも、潜行艦がごっそりやられたのは痛いですねぇ……まさか、クラスター核爆雷なんてものを使って、辺り一帯ごと吹き飛ばすなんて、デタラメですわ。Uボートも36隻も居たのに、行動可能なのは僅か一桁……被害甚大です。おかげでこちらも観測情報不足になった上に、向こうは強電磁界シールドを展開して、一気に迂回突破するみたいです。このままだと逃げられますの」


 先制攻撃を仕掛けカイオス達を足止めした上で、包囲陣を敷いた潜行艦を対セカンド潜行艦対策として、開発されていたクラスター核爆雷による広範囲飽和攻撃でまとめて吹き飛ばし、一気呵成で敵中強行突破を図る。

 

 これが島風達の作戦だった。

 

 島風もカイオス達が時間前に攻撃してくることを読みきった上で、その機先を制するタイミングを図っていたのだ。

 

 具体的には、カイオス達が攻撃行動を起こす直前。

 やれる時こそやられる時……まさにそれを地で行った形となってしまった。

 

 島風達は、パッシブソナーの僅かな反応を頼りに潜行艦の布陣が終わった事を看破し、カイオス達が攻撃準備を整え終わったと悟り、攻撃直前の一瞬の隙を付き、先手を打つ事で、完全に戦いの主導権を奪い去ったのだ。

 

 まさに戦機を読みきった……寡兵ゆえの身軽さをフルに活用した歴戦の司令官の如き、卓越した判断力だった。

 

 勢いに乗った610の突撃は凄まじく……セカンドのウラル連邦の提供してきた黒船もどきの艦艇群もその進路を塞ごうとしているのだが、呆気なく打ち沈められていく……。

 

 ビスマルク達も砲撃を続けているのだが、610は強電磁界フィールドをカイオス達に指向した状態で、進路を塞ぐ正面の相手だけを、手際よく集中砲火を仕掛けることで、確実に沈めていった。

 

 これならば、強電磁界シールド越しの射撃にならず、命中精度の低下などの問題も起きない……使い方としては、実に理想的だった。


「……まったく、あのメガネ……やってくれた! とんだ女狐だったな……完全に一杯食わされた。セカンドの露助共の作った黒船もどきも、ありゃ全然駄目だな……所詮は数合わせの無人艦と大差ないって事か。けど、これぞ本物の戦争の醍醐味って奴だね……今回は僕らの負け……かな」


「そうですわね……さすがに、これは敗北を認めざるをえませんの。敵ながら、お見事……なんでしたら、追撃いたします? この状況で深追いするのは、あまりお薦めいたしませんが」


「うん……追撃は止めておこう。深追いした所で、向こうの増援と鉢合わせなんて最悪のパターンだろ。……未確認情報だけど、例のスツーカ大佐が出張ってきてるそうだ。あれこそ、まさに不条理の塊って奴さ……無策で挑んで良いような相手じゃない」


「マスターの判断をわたしは支持します。この感じ……かなり危険な予感がします。急いで我々も撤退しましょう。有象無象の相手は、同じく有象無象にしていただくに限ります」


「そうですわね……わたくしの勘ですけど、敵の増援はもう目と鼻の先に来てます。完全に流れが向こうに行ってしまいましたね。……いえ、むしろ流れを手繰り寄せた……これが歴戦の猛者と言うもの……なんですかね」


「勘だの予感だの……君達って、機械とはとても思えないよね。でも、君達の言うとおりここは撤退が賢明だ。クリーヴァのハゲオヤジもなんか調子のいいこと言ってたけど、正直怪しいもんだねぇ。……ビスマルクくん、君は大丈夫かい? 初撃で良いのもらってたみたいだけど」


「……第二砲塔と左舷副砲群が全壊、電子システムが半壊……被害甚大です。まさか初弾で迷わず、ブリッジ直撃を狙ってくるとは……ブリタニアのフッドも厄介な相手でしたけど、こちらのフッドも侮れません……さすがは我が好敵手」


「あのタイミングでの荷電粒子砲の奇襲砲撃に、対応できた君も十分大したもんだと思うよ。なんだよ……あいつらの公開データも嘘ばっかりじゃないか……とんだ詐欺師共だ。まぁ、貴重な戦訓を得れたと思うべきかな。そう言えば、君の同位体がこっちに向かってきてるみたいだけど、試しに相手してみる?」


「……いえ、私の同位体相手に万全でない状態で戦うのは、自殺行為でしょうね……私もこの場は撤退すべきと判断します」


「なら、決まりだね……ここは尻尾を巻いて逃げるが勝ちだ。次のミッションは銀河連合の後方へセカンド経由で潜入、奇襲攻撃を仕掛ける予定なんだ……まぁ、セカンドでも軽くひと騒ぎ起こすことになるだろうけどね。……全艦、180度回頭! 最後の最後で一杯食わされたけど、この戦い自体は総合的に見て僕達の勝ちだ……勝者として堂々と凱旋せよ! なんてね……アハハッ!」


 カイオスの号令とともに、三隻は一斉に方向転換。

 

 完全に包囲網を突破した610艦隊は、エーテルの霞越しにまだ微かにその後姿を見せつけていたが……カイオスは余裕ありげな不敵な笑みを浮かべると、敢えてそれを見送った。

 


 ……この戦いののち。

 

 クリーヴァ社は自社支配流域のエーテルロードの1/3に当たる流域を全面的に封鎖し、銀河連合からの脱退と独自星間勢力としての独立国家の樹立を宣言し、その支配流域内でクリーヴァ社へ迎合せず、銀河連合への所属を宣言した各星系への武力侵攻を開始する。

 

 当初は限定的な企業間抗争程度に留まるだろうとタカをくくっていた星間連合軍は、慌ててこの事態に対応しようとしたのだが……。

 

 もともと対人類戦を想定しておらず、責任の所在が曖昧な組織形態が災いし、星間連合軍の討伐艦隊も逐次投入の形となり有効な反撃が出来ずに居た。

 

 もちろん、610艦隊を中心とした一部艦隊は相応に奮戦したのだが。

 

 ……クリーヴァ社の支配流域以外にも各地に潜伏していた偽装艦の奇襲攻撃が相次ぎ、第二世界側からの黒船の侵攻などが多発し、彼女達は火消し役として、それらの対応に忙殺される事となってしまった。

 

 この事態を重く見た星間連合軍は、対人類戦の蓄積のある桜蘭帝国への救援要請と、それに伴い星間連合軍の主力を送り込んでいた楼蘭帝国派遣軍からの大幅な戦力引き抜きを決定する。

 

 異世界の危機より、自分達の世界の危機ともなれば、これは当然とも言える措置だったのだが。

 折り悪く、それは黒船の大規模要塞の攻略戦の真っ最中に強行される事となった。

 

 もちろん、それは後詰の予備戦力を中心に引き抜きが行われたのだが……戦場において、予備戦力とは往々にして、勝敗を左右するほどの重要戦力となるものなのだ。

 

 それが失われた事で、元々想定以上だった黒船の戦力の前に、ギリギリの状況で戦っていた要塞攻略戦は破綻し、戦線崩壊に至り、楼蘭派遣軍と帝国軍の連合艦隊は手痛い敗北を喫することとなった……。

 

 これは、要塞の反対側で連合艦隊の攻勢に呼応する構えを見せていたブリタニア艦隊が突如、反転離脱を行い戦場から立ち去ってしまい……敵の主攻が集中したと言うのもあったのだが。

 

 主力となっていた桜蘭帝国派遣軍が、予備戦力を失い更にその兵站を支えていた後方司令部たるプロクスターが機能停止した事で、指揮系統と補給網が混乱し、様々な問題が生じていたのも大きかった。

 

 なにより、両者の橋渡し役となっていた初霜と永友提督の戦線離脱により、欠いてしまった星間連合軍には、代わりになるような人材がおらず、代理としてその立場に収まった経済官僚出身の未来人が無能さを露呈した事も相まって……。

 

 ものの見事に、相互コミュニケーションが不随状態となり、せっかく築き上げた両者の信頼関係が急速に冷え込むこととなってしまったのが致命的だった。

 

 とは言え、最前線の者達同士は戦場の絆とも言えるもので、篤い信頼関係で結ばれていたし、桜蘭側もオリジナル世界側の苦境を理解し、関係断裂とまでは行かなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 けれども、騙し討ちのテロに始まった永友提督の戦線離脱と……クリーヴァ社による大規模反乱。

 

 そして、時を同じくして発生したセカンド側のブリタニアの政変……。

 桜蘭帝国派遣軍の敗退……すべてが最悪のタイミングで重なってしまった。


 これが、偶然の重なりであるはずがなく……明らかに人為的に仕組まれたものだった。

 カイオスの言っていた「戦争をデザインする」と言う言葉。

 

 その言葉の意味するところは、未だ誰にも計り知る事は出来なかった。

 

 かくして、便宜上この場ではオリジナルと呼ぶ世界において、人類の銀河進出後……史上初となる大規模星間戦争が勃発することとなり、セカンドの桜蘭帝国もようやっと掴みかけた希望が潰えた事で、再び絶望感が広がりつつあった。

 

 ……二つの世界の混迷は深まる一方だった。

 

 この状況を打開出来うるものは……まだ、歴史の表舞台には立っていなかった。

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