第八話「悪ノ華」①
「……とまぁ、連中はフライングして、時間前に突撃してくるのは間違いないね。だから、その前にこっちの準備が完了次第、先制攻撃を仕掛ける」
したり顔で、トーンの艦橋で、ビスマルクとフロストに島風達の考えを説明するカイオス。
彼は彼なりに、610が律儀に指定した時間まで大人しく待っているはずがないと予期していた。
「マスターカイオス……相変わらず、あなたはとても嘘つきなんですね」
フロストの言葉に、カイオスはにやりと口の端を吊り上げた。
「だって、あいつら時間を守る気も降伏する気もなさそうじゃないか……。まぁ、どうせ降伏したって、まとめて沈めるのは変わんないんだけどね。あいつらは危険だ……野放しにしておくと、イレギュラー要素にしかならない。……あれは、そう言う類の奴らだ。さっき会談中に見かけて、僕はあいつらを確実に殲滅しないといけないって、直感的に感じたのさ」
「その為に、せっかくクリーヴァ社が進めてた交渉まで、ご破産にしちゃったんですから、酷い話ですよね。けど随分、あの娘達を高く評価されているんですのね。あの程度の奴ら……普通に真正面から戦っても勝てると思いますの……わたくしは、こう言う騙し討ちって、好みじゃありませんのよ」
小首をかしげながら、不服そうな様子のトーン。
「トーンは、意外と正々堂々と戦う派なんだね。ロストナンバーズの暗殺任務でもそんな調子だったみたいじゃないか」
「だって、不意打ちじゃ味気ないんですもの……同じ殺すにしても、ちゃんとこちらを認識して、命乞いしたり、必死の抵抗を押し潰してってのが、やっぱり最高の殺し方ですの」
「めんどくさい……対象に気付かれずに、自分が死んだのも解らないくらいあっさり一瞬で殺した方が良いと思います。一瞬で氷漬けにさせれば、苦しむ暇もないから、人道的だと思いますし……」
「……僕は、氷漬けになって死ぬとかやだな……。まぁ、どっちかと言うとトーンのやり口の方が僕好みだな。やっぱり殺す時は、相手にも自分が殺されるって解ってもらわないと駄目だよ。その絶望も恐怖も存分に堪能して、最後にその命を摘み取る……ああ、また殺ってみたいなぁ」
「まぁ、よく解ってますのね……マスター。ああ、そうそう……先程到着したU型潜行艦群、全36隻から、全艦配置についたと伝達がありましたわ……全艦逆位相音響中和システム搭載艦なので、連中全く気づいていない様子ですの」
「逆位相音響中和システム……セカンドの対アクティブソナー技術みたいですけど、対抗技術も流出してるんですよね? それに向こうは駆逐艦が5隻もいます……わたし達駆逐艦は潜行艦の天敵ですからね。本当に大丈夫なんですか?」
「よくご存知で……でも、その対抗技術も職人芸みたいなものらしいですよ。複数艦で、周波数変調をかけたピンガーをタイミングを微妙にずらして打つ。言うほど簡単じゃないと思いますわ。それに、そんなの使われたら一発で解りますからね……。報告によると、普通にピン打つばかりで、それをやってきた形跡もないそうなので、向こうは気づいていない……潜行艦隊の指揮官もそう判断しているようです」
「お互い初見同士だからねぇ……向こうもこっちの手札を見きれてないって事か……まぁ、そんなもんだろうさ」
「でも、ナチどもの航空機は、緒戦であっさりやられましたわよ……なんでも4機かかりで1機仕留めるのがやっとだったとか、無様な話ですわ……」
「ゼロファイター……それも改良版相手だったからねぇ……アドモス社製らしいけど、連中の技術力も侮れないよ。それに気化爆弾でまとめて殺るとか、エゲツない装備持ってたからね。いずれにせよ、航空隊なんて初めから足止めと囮……元々僕は潜行艦が本命のつもりだったよ。いくら連中が手練でも全周飽和雷撃なんて仕掛けられたら、もうどうしょうもないだろう……ビスマルクはどうだい? 初手でフッドを沈めてもらえると、展開としてはとっても楽なんだけど」
「こちらビスマルク……38cm電磁投射砲の照準、敵艦フッドに指向完了。シュミレーションの試行回数も3桁を超えた……初弾から当ててみせる。当たりさえすれば、フッドの装甲など、ボール紙のようなものだ……いつぞやのように一撃で葬ってやる」
ビスマルクは、すでに攻撃準備が完了していた……トーンやフロストは言うまでもなかった。
続いて、追撃艦隊からもカイオスのもとに、続々と攻撃準備完了の報告が届く。
カイオスが待っていたのはこれだった……一連の報告を聞き終わると、実に満足そうな笑みを浮かべる。
確かに、島風の要求通りに、航空機群は引き上げさせたし、追撃艦隊の配置も相対位置を揃えることで一切動いていないのだが。
流体面下では、ドイツのUボートタイプの潜行艦群が包囲陣を完成させていたし、ビスマルクの主砲も火薬式の砲に偽装しているだけで、レールガン式の砲だった。
照準補正についても、高度なステルス処理を施した偵察用の小型Uボートから観測用浮遊ナノマシンを放った上で至近距離での情報収集中だった。
この長大な射程距離のレールガンと潜行艦による至近距離での着弾観測。
この組み合わせがビスマルク達、ドイツ系の艦艇群の編み出した超長距離砲撃戦の最適解だった。
要するにカイオス達は、とっくにその射程に610を捉えていたのだが。
敢えて、これまで撃たなかっただけだった。
なにせ、610は全艦レールガン装備の最新鋭艦艇群。
航空隊の攻撃は散々な結果に終わったし、その練度は最高精鋭の名にたぐわぬものだった。
まともに撃ち合うとカイオス達の損害も馬鹿にできないものになる……その事は十分に予想されていた。
追撃艦隊や伏兵として配置していた艦も、真っ先に撃沈されたル・ファンタスカとル・トリオンファンを皮切りに、すでに12隻もの駆逐艦、軽巡洋艦が沈んでいた。
いずれもシュバルツ・ハーケンの送り込んだ精鋭のはずだったのだが、輸送艦に偽装配置していた所を動く前に沈められたり、スマート機雷にやられたりと、燦々たる有様だった。
航空機隊もBf109などの戦闘機隊とスツーカ隊、合計すると100機近くが失われており、機動艦隊の航空戦力の半数近くが失われていた。
もちろん、予備戦力としてその数倍の量の無人艦載機は用意しているのだが……被害甚大な事には変わりなかった。
グラーフ・ツェッペリン達が一度に受けた損害としては、過去最大規模と言うことで、彼女達もすっかり腰が引けてしまっていた。
だからこそ、カイオスも敢えて交渉を持ちかけて時間を稼いだのだ。
610艦隊の後方に連なる追撃艦隊は、増援に増援を重ね、すでに軽く100隻を超えていたし、本命の潜行艦群も追いつき、厳重な包囲網を敷くことに成功していた。
時間は、カイオス達にこそ味方となる……そう認識していたのだが、その通りの展開となりつつあった。
宣言通りに一時間も待つ必要など無い……向こうも増援を当てにして、時間を稼いだつもりなのだろうが。
敵の増援艦隊は、まだまだ遥か遠く……610を始末して、引き上げてもお釣りが来る……そんな状況だった。
当然ながらフッドの荷電粒子砲は情報公開されていたので、その存在はカイオス達達も知るところだった。
射程自体は、従来の化学エネルギー砲と大差ないと言う話で、近づかなければさしたる脅威でもなく……。
その対抗防御兵装である強電磁界シールドもビスマルクはもちろん、トーンとフロストにも搭載済みで、いつでも展開可能の状態だった。
荷電粒子やレールガンの砲弾の軌道を捻じ曲げることで、無力化する強力な防御兵装……強電磁界シールド。
その重大な欠点についても当然よく解っていた。
強電磁界シールドは、自艦の砲の弾道もその影響を受け、まともに当たらなくなる諸刃の剣なのだ。
だからこそ、荷電粒子砲の搭載艦と相対した場合、とにかく先手を取ることが必須と言えた。
……つまり、先に戦端を開いた方が圧倒的に有利な状況だったのだが、どちらも時間を欲していた。
だからこそ、交渉という物が成り立っていたのだ。
カイオスと島風の間で繰り広げられていたのは、要するにお互いの腹の探り合い……交渉とは名ばかりだった。
カイオスは、島風との交渉で彼女達が時間を欲しているのを理解していた。
島風達もカイオス達に時間を与えると、包囲陣が堅牢になる事は勘付いていた……それでも彼女達は時間稼ぎを選んだ。
恐らく敵の増援艦隊はかなり近くまで来ていると予測されていた。
ただし、増援艦隊の正確な現在地は杳として知れない。
当初は、星間連合軍の各艦隊の行動情報も公共ネットワーク上に垂れ流し状態で、カイオス達にも筒抜けだったのだが……。
プロクスター基地の襲撃を境に、真偽の定かでないデマ情報が大量に飛び交うようになっていて、正確な情報の入手が困難になっていた。
その出処を探ると、610の島風が一般市民向けの公共ネットワークに欺瞞情報をばら撒いた形跡があった。
前代未聞のテロの発生に、誰もが憶測や又聞き程度の不確定情報を交わし合っていたのもあったのだが……それを煽るように、膨大な情報が飛び交いクリーヴァ社側の情報分析担当の処理能力が飽和してしまったのだ。
その為、カイオス達も今回の戦いは今まで勝手が違い……まるで霧がかったように、あやふやな情報を元に行動する羽目になり、辟易していたのも事実だった。
あの島風と言う頭脳体……切れ者と言う話をカイオスも聞いてはいたのだが。
予め情報戦を仕掛けた上で、戦場に臨むその用意周到さには、カイオスも内心舌を巻いていた……実に厄介な相手だった。
これまで、銀河連合の杜撰な体制も手伝って、やりたい放題だったカイオス達にとって、始めて現れた気骨ある難敵。
カイオスなりに610艦隊は、危険な存在だと認識していたのは、それなりの理由があった。
その先進兵器群も脅威だったが……。
この艦隊は、常識はずれの圧倒的戦力差をも何度も覆した実績がある極めて強力な艦隊だった。
セカンド側の艦艇との史上初の交戦……伊400戦では、島風は潜行艦との連携で、全くの未知の相手、伊400と五分以上に戦い撤退に追い込んでいたし、彼女達がかつて戦い単独で撃破したネスト・グランデと呼ばれる黒船の要塞。
あれを僅か一個艦隊で仕留めるなんて、セカンドでも例はなく、こちらの世界でも同様だった。
そもそも、本来は610艦隊こそ最優先で殲滅する方針で、不意打ちの物量作戦で押しつぶす気でいたのに、交渉決裂前にいち早く動き出して、十重二十重に敷いていた包囲網を容易く突破。
追撃艦隊や輸送艦に偽装配置していた伏兵を次々に屠りながら、本来ならば星間連合の増援艦隊を牽制すべく、最外縁部に配置されていたカイオス達のところまで、逃げ切ってきたのだ。
この時点で十分、計算外もいいところ……恐るべき艦隊だった。
カイオスのデザインする戦争に、こんなイレギュラーは不要、むしろ危険……そう判断していた。
だからこそ、カイオスはこの場で610艦隊を、なんとしても葬り去らなければならないと断じており、容赦するつもりは一切なかった。




