第八話「第610独立機動艦隊の奮戦」③
島風はカイオス達の一連の行動について、考えてみる。
ここまで彼らは、計算づくのように行動していたのだが。
いくつか、不可解な行動も多かったのも事実だった。
例えば、永友提督の襲撃にしてもそうだった。
本気で永友提督を亡き者にしたいのだったら、あんな中途半端な攻撃ではなく重力爆弾を使うとか、もっと容赦のない手段も使えたはずなのだ。
実際は、それをせず、あくまで一時退場させれば、それで満足と言わんばかりだった。
施設の破壊も徹底されておらず、プロクスターもその要と言えるゲート機能に被害は出ておらず、基地としての機能も、その日のうちにほぼ復旧……その程度には未来人の建築技術はチートじみている……。
だからこそ、拠点を破壊するならば、港湾施設を構成する浮遊体まで吹き飛ばすくらい徹底したものでなければ意味がないのだ。
それに、先の公式会談の現場での襲撃も……。
当然ながら、何度も事前交渉を繰り返した上で直接会談に臨んだはずだったのに、話し合いの真っ最中に襲撃を仕掛けてきたのだ。
クリーヴァ社も営利企業……金にならない戦いなど、御免こうむるはずなのに、話し合いの途上ですべてをひっくり返しにかかってきた……あまりに浅慮と言えた。
エスクロンもアドモスも所有戦力の多くを失い重役を拘束されて、かなりの痛手ではあるのだが……致命的には程遠かった。
元々、こんな騙し討で、被害を与えられたくらいで、どうにかなるような規模の組織ではないのだ。
どうにも彼らはやる事なす事、中途半端で一貫性がない……そんな風に島風も感じていた。
それに、今の状況……。
こちらを殲滅しようと思えば出来る状況にも関わらず、わざわざ降伏勧告をしてくるのも良く解らない。
損害が無視できないという向こうの言い分も解るが、その本当の意図については恐らく別にある……島風はそう判断した。
「そうね……そう言う事なら、二時間ほど時間をくれないかしら? 私も提督の代理で話をしてるだけ……要するに使い走りみたいなもんなのよ。悪いけど、提督や仲間とじっくり話し合って、どうするか決めさせてもらうわ。まさか今すぐ私に即決しろとか無茶は言わないわよね?」
とにかく、時間を稼ぐ。
それが島風の出した結論だった。
時間さえ稼げば、増援艦隊の来援もありうるし、島風達も艦列を整えたり、戦闘体制を整えることが出来る。
弾薬類は、千歳と千代田に満載していたので弾薬切れで戦えなくなる心配は無かったが……各艦手持ちの即応弾薬がさすがに心もとなくなっていた。
それに、もう少しでクリーヴァ社の勢力範囲から抜けられるのだ……その後一歩のところでの待ち伏せ。
この最後の関門を乗り越える事が出来れば、610の事実上の勝利と言っていいだろう。
とにかく、この包囲網を突き崩す隙……それを慎重に見極める必要があった。
そのタイミングを見切る意味でも、今は時間稼ぎに徹するべきだった。
今の状況のまま戦ったら、前後から挟み撃ちにされ、包囲殲滅されるのは確実。
膠着状態を作り出し、蜘蛛の糸のようなか細い勝機を力づくで手繰り寄せる。
まさに死中に活あり……そうでもしなければ、この窮地……乗り越えられそうもなかった。
「ははっ……露骨な時間稼ぎっぽいけど、丸一日待てとか言わないだけ殊勝な要求だよね。いいよ……相談する時間が必要なのも解る……ただし、こちらが待てる時間は30分だけだ。それ以上は待てない」
カイオスの返答は容赦のないものだった。
もっとも、島風の出した二時間と言う要求は、はっきり言ってふっかけも良いところだった。
むしろ、30分とはなかなか豪勢な回答と島風は思っていた。
……交渉の主導権を持っているのは向こうなのだから、5分だけ待つ……などと言われても文句も言えない立場なのだが。
まずは絶対相手が飲めなさそうな条件を提示して、相手の反応や妥協点を探る……そんなものは、交渉の基本と島風も心得ていたのだが……意外とあっさり引っかかったようだった。
それに、多分この30分と言うのは、向こうもそれくらいの時間が欲しいと言う事なのだろう……。
本来、悟られていいような物ではないはずなのだが……島風のふっかけに応える事で、それを露呈していた。
もちろん、罠という可能性もあるのだが……このカイオスとか言う若造……一連の会話で、見た目通りの若造なのだと島風も何となく、理解していた。
裏の裏をかくような老獪さを身につけるには、少々人生経験が足りていない。
交渉相手としては、案外チョロいと島風も内心でほくそ笑む。
なのだが、島風は如何にも苦渋の決断でも迫られたかの様な、苦々しげな表情を見せていた。
ほんの僅かな時間で、熟練のネゴシエイターのような腹芸を彼女は身につけつつあった。
「まったく、30分とは渋いわねぇ……。まぁ、さすがに二時間も待てなんて、無茶がすぎたかしら。……なら、間を取って一時間、それならどう?」
「ふむ、双方妥協しようって事だね……OK、それでいいよ。そっちの要求はそれだけかい?」
「そうね……一応、警告しとくけど、私達から半径200km以内に近づかない方がいいわよ? 射程に入ったら、即座に発砲する……悪いけど、その時点でこっちも貴方達を撃破して、強行突破させてもらうから。それから、もう一つ警告なんだけど、こちらと同様頭脳体がいる艦艇なら、そいつを潰すのが一番早いからね……だから、やり合うなら艦橋直撃狙いで行かせてもらう。最悪貴方……死ぬかもしれないわね。一応、アンタがどの艦艇に乗ってるのか聞いておくわ……狙いを外すくらいのお情けはかけてあげるから」
「怖いなぁ……それ本気で言ってるよね? 正直に言ったら、むしろ狙い撃ちする気でしょ? 怖すぎるよ……君!」
「あら、バレた? アンタみたいな奴は、一回くらい死ぬ思いした方が良いと思うわ」
そう言って、島風はニッコリととびきりの笑顔を見せる。
さすがに、その様子を見てカイオスも引きつったような笑みを返すだけだった。
「ははは……笑えないジョークだ。けど、この戦力差でその強気……さすが、星間連合軍でも有数の精鋭艦隊だけはあるね。まぁ、いいさ……この状況から、どんな逆転の秘策があるのか……むしろ、興味が湧いてきたから、ここは君に乗せられておくよ。じゃあ、これから一時間と言うことで、停戦協定を結ぼうじゃないか。こちらからは全艦現在の位置から動かないでいるよ。一時間経ったら、もう一度通信を寄越すから、いい返事を聞かせてくれると期待してる。じゃあ、また……楽しかったよ。島風ちゃん!」
そう言い残して、カイオスからの通信が切れる。
……島風も盛大なため息を吐くとその場に座り込む。
「提督……とりあえず、一時間の時間稼ぎに成功したわ。でも、アイツの考えがイマイチ読めないし、今は何も思いつかないよーっ! 皆も打開策を一緒に考えて……」
そのまま艦橋の床に大の字になって寝転ぶと、手足をばたつかせる島風。
……思わず気が抜けて、素に戻ってしまったらしく、いきなり、こんな有様だった。
先程まで鉄面皮で、ハッタリまみれの綱渡りのような交渉を仕掛けていたとは、とても思えない豹変ぶりだった。
「お、おう……正直、ヒヤヒヤもんだったぜ。……でも、よくやってくれた! しっかし、時間が稼げたってだけで、状況としては厳しいのは変わんねぇな……ビスマルクなんぞ相手じゃ、俺達だけで強行突破は難しいんじゃねぇか? それに人質を盾に取られたら、こっちは白旗掲げるしかない……難しい状況だな」
グエン提督も、何時になく気弱な様子だった。
「千歳、千代田……アンタ達の20cmレールガンならどう? それにフッドの38cm荷電粒子砲なら、ビスマルク相手でもいい線行けるんじゃない? ビスマルクさえ潰せば、重巡と駆逐艦くらいなら、突破できるでしょ……なんか初霜っぽいのがいたけど、あれって永友提督のとこのじゃないよね?」
島風の脳裏に、半年ほど前に初霜相手に模擬戦を行って完敗した時の苦い記憶が蘇る……あの化け物駆逐艦と一戦交える事だけは、島風も勘弁して欲しいと思っていた。
電磁投射砲やハイマニューバスラスターなど、装備も同等レベルに進化し、スペック的にも、あらゆる面で島風のほうが優秀なのだが……あの艦の頭脳体……初霜はそう言うハードウェアの優劣を軽く覆してくる手合だった。
そう言う恐るべき相手がセカンドには、ゴロゴロしていると聞き、島風も戦慄を覚えたものだったのだが。
……それが現実になりつつある……さすがに暗澹とした思いを抱くしかなかった。
「ちょっと偵察機で遠隔サーチしたんだけど、あのビスマルク……強電磁界シールドを実装してるみたい。あれ使われたら、この距離じゃレールガンも荷電粒子砲も駄目だと思うわ」
千代田からの報告……案の定と言ったところだった。
「フッドが実証実験艦として、荷電粒子砲を搭載してるのは、全銀河中継されて、すっかり有名だからな……当然、対策くらい立てられているだろうさ」
千歳が珍しく真剣な様子で、呟く。
いつも強気で突撃番長な彼女もさすがに、この状況では慎重にならざるをえないようだった。
二人の言葉に、島風も思わずため息を吐く。
当たれば、一撃必殺の荷電粒子砲も対抗防御兵装の強電磁界シールドにかかれば、容易くその弾道を曲げられてしまう。
レールガンも遠距離砲戦用の軽量高速弾を使っている限り、強電磁界の影響を受けてしまいその弾道が予測不能になる為、まず当たらない。
要するに、この距離で強電磁界シールド装備艦と撃ち合っても、ほぼ無効化されるのだ。
強電磁界シールド自体は、ピンポイントで瞬間的に強電磁界を発生させ、砲弾や荷電粒子の弾道に干渉し、命中率を大幅に引き下げると言うもので、跳ね返したり、受け止めるようなものではなかった。
対抗手段としては、ある程度間合いを詰めた上で、対応しきれなくなるほどの飽和攻撃を行うか、強電磁界干渉を物ともしない重質量弾を使えば打ち破れるのだが。
いずれにせよ最低でも視認可能距離まで接近しないとあまり意味がない……もしくは、無防備な状態で不意を打つか……。
現状では、どちらも無理な相談だった。
「あの初霜は……外観からして別物だし、プロクスターでのテロの際に確認されたのと同じ艦影だから、あの初霜ちゃんとは別物って考えていいでしょうね。疾風や永友提督の話だと、ロストナンバーズって特務の艦らしいけど、そもそもロストナンバーズってなんなのさ?」
千代田の当然のような疑問。
ロストナンバーズについては、一切の情報が公開されていなかったから、これは当然といえば当然だった。
将官クラスの提督には、その存在と概要程度の情報は開示されているのだが……グエンのような中将クラスの高官でも、その詳細な情報を知る権限は与えられていなかった。
利根と初霜の同型艦……プロクスターでは、単艦だったとは言え、歴戦の猛者だった永友艦隊の疾風を一蹴しており、相当な戦闘力を持つと予想されていた。
その上、その装備には未知の兵器がいくつか配備されているようで、その能力は未知数だった。
艦を沈められながらも、きっちり生還した疾風の話だと、凍結弾頭のような兵器を使ってきて、至近弾を受けただけで、艦体が凍りついてしまい反撃もままならないまま、沈められたと言う話だった。
ロストナンバーズ……実は島風も風のうわさで、その名前や問題児達の寄り合い所帯らしいと言う話を耳にしたことはあったのだが、その実態はまったく表には出てきておらず、その任務も装備も全く不明。
いずれにせよ正面切って戦うのは、リスクが大きい相手だった。




