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第八話「第610独立機動艦隊の奮戦」②

「こちら、千代田! 前方200km地点に新手の敵性艦と思わしき艦影を確認! 艦種特定……重巡利根型! それに初春型……これ、まさか……ビスマルクッ?!」


「ウソっ! じょ、冗談ですよね……ビスマルクさんがなんで?」


 ビスマルクの艦名が出てきたことに、フッドが茫然自失といった様子で呟く。

 

 ライバルのように扱われがちな彼女達なのだが……プライベートでは、定期的にメールのやり取りをしたり、共通の趣味である猫カフェやらの感想や行けば触れる野良猫情報の交換に勤しむなど、自他ともに認める親友同士でもあった。


 たまに、同じ港湾施設に入港すると、決まって二人で地上世界に繰り出し、つかの間の休暇をともに過ごすのが定番……そんな仲だった。


 そんな彼女にとって、ビスマルクを敵として、本気で撃ちあうなど考えたくもないのだろう。

 

 露骨に戦意喪失してしまったフッドの様子を見て、島風もデータベースにアクセス。

 

 現状、一番危惧すべきはビスマルクがクリーヴァ社に付いた可能性なのだが。

 

 現時点での最新情報によると、戦艦ビスマルクは、現在戦艦武蔵と共に救援艦隊を編成し、こちらに向かっているとのことだった。


 付随情報によると、むしろビスマルクが率先して有志を募り、真っ先に馳せ参じた……どうもそんな調子らしかった。


 そんな仲間の親友を一瞬でも疑ってしまった事を島風も素直に恥じ入る。

 それと同時に確信する……そう言う事なら、あのビスマルクは敵だと。

 

「フッドもよく見なさいよ……私達の知るビスマルクはむしろ、私達の危機を知って増援として、向かって来てるみたいよ。……よく見るとあのビスマルク細かいところが違うみたいね……大方セカンド製のビスマルクってとこじゃないの? ったく、ややこしいわねぇ」


「そ、そうですね……よく見ると、装備や細かいところが結構違いますね……そうですよ! 何より私のビスマルクちゃんは、あんな悪趣味なハーケンクロイツなんて、掲げてませんもの!」


 そんな細かい違いで判別できるフッドもある意味大概だった。

 お前ら仲良すぎるだろう……と島風も思うのだが、それは内心だけの感想に留めた。


 ハーケンクロイツについては……元々こちらのビスマルクもドイツ系艦の例に漏れず、ナチス・ドイツの信奉者だったのだが。

 後世にまで伝わっていたナチス・ドイツの悪行の数々、何よりこの世界でもハーケンクロイツは忌避される空気があった事も手伝って、一緒にされてはいい迷惑とばかりに、彼女はあっさり掌を返したのだった。


 その代わり本来ハーケンクロイツが記されていた箇所に、ピンク色の猫の肉球マークを飾っているのは、なんともはやと言った所で……セカンドのビスマルクがその姿を見てどう思うかは、神のみぞ知ると言った所だった。


「さっきから見てるとなんか、ドイツのZ系駆逐艦やらフランス系の駆逐艦だのと出くわしてるから、恐らくその辺はまとめて敵なんでしょうね。しっかし、ビスマルクなんて、大物が待ちぶせしてるとなるとさすがに、真正面からの強行突破は考えものね……」


 その質実剛健と言った敵性ビスマルクの威容を見ながら、島風もこの日何度目か忘れたくらいのため息を吐く。


「島風……敵艦群から発光信号で、通信要請が送られてるんだけど……提督に繋ぐ?」


 千代田からの連絡……退路を絶った上での通信要請。

 ……その意図は解らなかったが、このまま戦闘突入するのでは、勝ち目が薄いと見ていただけに、交渉の余地はあると島風も判断する。


「交渉したいってのなら、話くらい聞いてやってもいいわね。グエン提督、まずは一度私が交渉してみます……それでよろしいですね?」


「よろしいもよろしくもないだろ……どうせ俺が何言おうが、お構いなしなんだろ? もう好きにやってくれ……」


 半ば呆れた様子のグエン提督を尻目に、島風が敵艦との通信回線を開く。

 

 普通に、越権行為も良いところなのだが、交渉事や作戦を立てるのが苦手なグエン中将としては、どちらも率先して引き受けてくれる島風のことは、全面的に信頼していたので、今更問題にする気もなかった。

 

 モニターに映し出されたのは、偉そうに足を組んで、豪奢な椅子に腰掛ける陰気な糸目のボンテージファッションを着込んだ若者……カイオスだった。


「……やぁ、通信要請に応えてくれて、ありがとう。僕はカイオス・ハイデマン……君は? 610艦隊の司令官は疾風怒濤のグエンなんとかとか言う人じゃあなかったっけ?」


 妙に気に触るその口調に島風は聞き覚えがあった。

 この男は永友提督同様に、グエン提督にも面会要請をしてきていたのだ。

 

 島風は絶対裏があると断定して、問答無用で断ったのだが……結果的に、永友提督への警告までは至らず、不幸な結果となってしまった。

 

 今思えば、あの時敢えて面会させて、その意図を探るなり、難癖をつけて強引に拘束する手もあっただろうに……今更なのだが、島風も後悔する。


 だが……この男が永友提督達を医療カプセル送りにした張本人……そう思うと自然に怒りがこみ上げてきた。

 

「あら……誰かと思ったら、いつぞやの三下の坊やじゃないですか。貴方のような外道、グエン中将が直接話すまでもありません。何か言いたいことがあるのなら、まずは私が聞かせてもらいます……ああ、私は艦隊参謀を務める島風です。そちらは話し合いをご要望ということでしょうけど、単なる使い走りならもっと偉い人を出してもらえませんか?」


 この手のプライドの高そうな若造は、まずその鼻っ柱をへし折ってやるに限る。

 島風はそう判断して、初っ端から三下の坊や呼ばわりする……当然ながら、使い走り呼ばわりもわざとだった。

 

 島風自身も中学生程度の見た目で、見た目だけならば、むしろカイオスのほうがよほど年上なのだが。

 その子供のような見た目の割に、妙な貫禄と威圧感があり、坊や呼ばわりも当然と言わんばかりの態度だった。


 さすがに、これは気に触ったらしくカイオスもいつも浮かべている冷笑を消し、眉をひそめる。

 けれど、それも一瞬だけ……すぐに元のように笑顔を浮かべると、鼻で笑い飛ばす。


「……はっ! いきなり、三下だの使い走りだの好き勝手言ってくれるね……そんなガキみたいなナリして、よく言うよ。そういや、思い出した……グエン中将に面会要請したのに、君に門前払いされたんだっけね……。あの時点では、僕はまだ何もする気なかったんだけど……独断と偏見で問答無用で追い返すなんて、ひどい話だよねぇ。まぁ、とりあえず、用件なんだけどさ……正直、君らもう無理だと思うから、ここらで一度話し合いをしてもいいかなと思ってさ……どうだい?」


 ここで、キレたら負け……とでも、思っているらしく努めて、冷静さを装うカイオス。

 けれども、島風もその様子を見て取って、爆発させず、かつ冷静さを失わせる程度の挑発と言うことで、次に並べるべき言葉を吟味する。


「ふーん、ショボい外見だから、使い走りかと思ったら違うのね。でも、話し合いするにしても……まず後ろからせっついて来てるハーケンクロイツ背負った雑魚蝿どもを、下がらせていただけます? 話し合いたいなら、白旗でも掲げて見せて、一時休戦と言うのがお約束でしょう。こっちは通信要請なんて無視して、先制砲撃したってよかったんですよ? 敢えて、こうして話し合う姿勢をみせてるのだから、そちらも相応の誠意くらい見せてはいかがかしら? まぁ、そんな馬鹿丸出しのコスプレするような非常識な若造なら、解らなくても仕方ありませんけどね」


 心底バカにしたような島風の言葉に、カイオスのこめかみには、ピキピキと青筋が立っていた……けれども、懸命に怒りを鎮めようと努力はしているようだった。


 ここで、キレで怒鳴り散らすのは簡単だったが……この交渉は彼の配下にある全艦、全将兵が耳にしているのだ……怒りに負けて、喚き散らすなんて論外。


 自分から、交渉を仕掛けておいて、安い挑発に乗って激昂……まさに三流のすることだった。


 島風としては、カイオスの立場など知ったことではなかったが。

 このカイオスと言う人物像を見極めるべく、ギリギリのラインで挑発を続けるつもりだった。


 同時に、この若造を手玉に取ることで、精神的に優位になった事も自覚する。


 緒戦の挑発合戦は、島風の勝利と言えた。


 一方、そんなギリギリの舌戦を続ける島風の返答を聞きながら、グエン中将は思わず天を仰ぐ……もう初めから話し合う気などさらさら無いと、言外に言っているようなものだった。


 そもそも、言葉尻からして、どう聞いても喧嘩を売っているようにしか聞こえなかった。

 まだ何とも言えないが……敵指揮官を挑発して、冷静さを失わせる作戦ならば、このまま戦闘突入もあり得た。


 とりあえず、艦隊のメンバーへはグエン提督から、砲撃準備を下命する。

 誰もが一触即発の状況と思っているらしく、全員緊張した面持ちで島風の交渉を見守っていた。

 

 距離はまだ200kmほどあるが、砲戦モードの千歳、千代田の20cm電磁投射砲なら射程内……レールガンの火力なら戦艦相手でも、上手くやれば沈められる……。


 本来は視認範囲外なのだが、千歳千代田の偵察機はすでにその上空に定位しており、観測データも十分揃っていた。

 

 フッドの38cm口径の大口径荷電粒子砲もその火器管制システムの改良を重ね、初霜のもたらした未来予想システムの限定版とも言えるものの実装に成功し、結果、200km先の目標を数m程度の誤差で、撃ち抜ける程度の命中精度を確保していた。


 この強力な兵器の実用化の成功で、もはやフッドは単艦で黒船の要塞クラスや1000m級の超巨大種すらも屠れるまでになり、星間連合軍でもトップクラスの戦力とみなされていた。

 

 もっとも、巨大なジェネレーターや粒子加速器、弾道予測補助コンピューターやら、高性能光学観測装置、冷却システムなどが必須となるので、搭載艦は大和級やUSNのノースカロライナ級など、相応の巨大戦艦クラスに限られていたのだが……。


 このエーテル空間で使用可能な兵器では、間違いなく最強の兵器だった。


 とは言え、グエン中将も演習以外での人類艦との戦闘経験はほとんど無く、何より異世界側のビスマルクのデータは一切無い。

 随伴艦の利根型や初春型についても同様だった。

 

 何故、これらの艦艇がクリーヴァ社の艦隊として行動しているのか見当もつかなかったし、果たして、こちらの持つ攻撃手段が通用するかどうかも未知数だった。


 それを考えると、このやたらと挑戦的な島風の交渉姿勢は、些か考えものだった。

 さすがに、グエン提督も口を挟むべきか悩む……悩んだのだけれども、この場は島風に一任すると決め込んだ。


 島風も大概だが、この若造も大概だった……グエン中将もこんな若造と会話をしたら、早々にブチ切れる自信があった。


「と言うかさ、これ……降伏勧告のつもりなんだけど、解ってんのかな……島風ちゃん。見ての通り、後門の狼、前門の虎って状況じゃない? そっちもなかなか優秀な装備持ってるし、ここまで逃げ切ってくるとか、よくやってくれたけどさ……さすがに、そろそろ限界なんじゃないの? けど、君の言うこともごもっとも……なら、一時休戦と行こうか……まずは行動で、君の言う誠意を見せることにしようじゃないか」


 カイオスがそう言って、片手を上げると、610艦隊を半包囲しつつあった敵機群が一斉に反転し後退を始めた。

 更に半月陣を敷いて、追いすがっていた敵駆逐艦群も停船した様子だった。


 更に先行する千代田の艦載機からの情報で、すでにこの三隻の後ろに多数の黒船もどきの艦艇群が展開し、包囲陣が完成しつつあることを悟る。

 

 これ以上の接近は相手に付け入る隙を与えると判断した島風も、全艦に停船命令を発令する。


「ふん……きっちり、待ち伏せしてたって訳ね。随分と手際が良いし、用意周到ですこと。……けど、騙し討ちが当たり前のアンタ達が何言ってんだか……どうせ、白旗上げた所でブチ込んでくるって算段なんでしょ? 見え見えだっての……ほんと卑劣な奴……呆れるを通り越して、感心するわ」


「まったく島風ちゃんは、口が悪いねぇ……大人しそうな見かけの癖に口を開けば酷いもんだ。と言うか……正直、こっちも想定以上にやられてるからね。さっきの無人艦は数ばかりの雑魚だったけど、まさか君達みたいな小艦隊を追撃して、被害総数が二桁を超えるとは思わなかった。輸送艦に偽装してるのに、躊躇いなく沈めに来るなんて、君らも大概だ……本物の民間船だったら、どうしてたんだい?」


「アンタも、つくづく非常識よね……民間船に偽装なんて、20世紀の戦場でも禁止されてたのよ? ああ言うのは海賊行為って言うのよ……どうせ、私達にはそんな小細工通じないから、ああ言うケチなマネは金輪際止めるべきね……無駄な努力って奴よ。思い知ったんじゃない?」


 尚、島風達の判断基準は、至近弾を撃ち込んで、一目散に逃げる奴は民間船、逃げようとしない奴は敵……と言うシンプルかつ、乱暴極まりないものだった。

 

 結果的に、それは正解で島風達は一隻たりとも誤射すること無く、敵艦のみを沈めていた。

 

 当然ながら、そんな事実はカイオスには告げない……無駄な努力だったと、自重するならそれで良し……同じことを繰り返すようなら、容赦なく沈めるだけの話だった。


「やれやれ、その調子じゃ誤爆しても、こっちが悪いって事にされそうだ。それに、なんだよ……その反則級の装備は……。データと全然違うじゃないか。……おかげで、艦載機群の被害も三桁を突破しそうな勢いだ。このまま、君らを殲滅しようしたら、もっと被害が出るのは確実。そうなると流石に計画に支障が出かねない。だから、ここは潔く降伏して欲しいんだ……全然信用されてないみたいだけど、大人しく降伏してくれるなら、騙し討ちはしないと約束するよ。だいたい、そっちのエスクロンとアドモスの連中の事、忘れてないかな? そいつらの頭に銃突きつけて、武器を捨てて投降しろって迫る手だってあるんだよ? それを敢えてやらない僕らって、紳士的だと思うんだけどなぁ……」


 暗にいつでも人質を盾にするとでも言いたげな物言い……。

 こんな外道に降伏は論外……と島風も早々に見切りをつけた。

 

 もっとも、意思の疎通が出来る人間が相手の交渉と言うのは、島風にとっても未経験の領域。


 一応、黒船以外の敵との戦いは、伊400戦や桜蘭帝国戦で経験済みではあるのだが。

 駆け引きや騙し合いとなると、さすがに未知の世界……けれど、相手の意図や目的を読んで、それに対抗する戦術を練る。


 それと同次元と考えれば、島風にとっては、まさにそれは彼女の戦場と同義だった。

 

 このカイオスと言う男については、追撃艦隊が大人しく引き上げた様子から、彼が指揮官か、それに準ずる権限を持つと見て間違いなかった。

 

 敗色濃厚の中、こうして敵の指揮官と交渉が出来ているのは、黒船相手では考えられない話なのだ。


 話ができるのであれば、敵の目的や妥協点だって見いだせるかもしれない……現に一発の砲弾も撃たずに、言葉だけで相手を足止め出来ている。


 そう考えれば、寧ろ与し易い相手とも言えた。

 

 もっとも……彼らが信用できる交渉相手かどうかは別問題なのだが……。


 その行動を観察している限り、少なからぬ良識のようなものを持っているのは確かだった。

 同行していたエスクロンとアドモスの社員達の安否も、島風達も気にはなっていたのだが。


 人質と言っているなら、むしろ彼らに利用価値があると判断したと言うことだった。

 そう言う事なら、当面彼らの安全は保証されると思っていいだろう……敵だって、こちらとの妥協点を探る意味でも、人質と言うカードは残しておきたいだろう。

 

 つまり、この相手は、無軌道なテロリストではなく、きっちり利害関係を計算し、わきまえることの出来る理性的な相手なのだ。


 無制限、無差別に戦争を拡大する意図はないと判断してよかった。


 であれば、十分やりようがある……未知の相手との絶対不利な状況での交渉も、相手がボロを出してきたことで、自然と島風も余裕が出てきた。


相手を挑発していくスタイル。

それが島風流交渉術……島風ちゃんは口喧嘩でも負けてません。(笑)


余談。

ビスマルクの猫好き設定は、「不沈のサム」と言う猫のエピソードを元ネタにしてます。


ビスマルクのねずみ取り兼マスコットみたいな感じだったらしいんですが……サムを乗せた艦は次々沈むと言う呪いのアイテムのような有様で……。


それでも、ジョンブル紳士達は尽く生還したこの豪運の猫を、海軍の宿舎の飼い猫として、皆で可愛がったそうな。

こいつのせいで仲間が……とならなかった英国人、さすが。

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