第一話「王立近衛宇宙艦隊(ロイヤル・ガーズ)」②
「……イザとなったら、レパルス……貴女の武装、こっちでロックするからね……頼むから、暴発はやめてね」
「あ、はい。正直、自分を抑えられる自信がないので……いざという時はお願いします」
「まぁ……桜蘭のご同類共と接触した経験がまだ誰もありませんからね。……向こうとの連絡も特殊潜航艦の命がけの突破や通信筒による一方的なものだし、向こうもあっちこっちで虫食い状態で連絡が絶たれてるみたいなのよね……情勢から想像するにぶっちゃけ滅亡待ったなしって感じかも」
そう言って、レナウンもため息を吐く。
彼女達の所属するブリタニアも決して楽観視は出来ない状況。
彼女達、ブリタニアの艦隊にしてもそれぞれの由来や思想の違いで、幾つもの派閥に別れていた。
幸いレナウン達英国由来の艦は、ブリタニア女王陛下への忠誠と言う揺るぎない価値観の元、結束が取れているのだけど……。
アメリカ由来の艦には、そんなものは欠片にも無く自由艦隊と称して、全く別行動を取っている始末だった。
更に古くからの敵、ロシア系のウラル連邦に、あまり関係のよろしくない欧州連合系……彼らは歴史は繰り返すとばかりに、割と最近になってナチスドイツの思想を再燃し、ハーケンクロイツの紋章を掲げるようになっていた。
銀河にいくつも誕生した星間連合の中でも最大勢力を誇っていたブリタニア連合もインセクターや諸外国と言った外患に不穏な国内事情と言う内患……問題だらけだった。
「どこも事情は似たようなものですか……なんとも世知辛い話ですね。あ、でも……向こうに連絡したら、お出迎え……とかしてくれないですかね? わたくし、あの国に伝わる古代地球の文化とか凄く興味ありますの!」
「連絡手段と言っても、届くかどうか神のみぞ知る通信筒をバラ撒くくらいしか手がありませんよ? 光通信網だって、この流域にもちゃんと整備されてたはずなのに中継設備やプローブは跡形もない。……私達同士は、共鳴通信ネットワークで繋がってますけど、向こうの連中の通信方法なんて、解りませんから。最悪、いきなりインセクター扱いされて、砲弾撃ち込まれる可能性も想定すべきです」
「いやいや、だから……レパルス? 少しは相手の良識を信じましょう……少なくともこっちから手出しは駄目。イザとなればモールス信号なり、手旗信号なり……有視界なら、敵対する意志がない事くらい伝えようはあるでしょう?」
「……手旗信号……ですか? 想像すると笑ってしまいますね……それ私達がやるんですよね?」
そう言って、グローリアスが笑う。
さすがに、こんなメイド服やらドレス姿の女性たちが甲板上や見張り台で一生懸命旗なんて振っていたら、戦う気なんて失せるのは、確実だった。
「……なかなかの見ものよね……実際。でも、最悪やるしかないでしょ……そんな訳で、各自手旗信号の準備、あと発光信号用のサーチライトも! と言うか、連中……ブリタニア共用語の英語って通じるのかしら? 連中、古代日本の伝統と文化を重んじるとか言って、連合内では日本語使ってるって話じゃない」
「わ、私……日本語なら大丈夫です! こう見えても外交特使なんで、交渉になったらお任せください! むしろ、ファーストコンタクトが一番心配ですわ……」
「とりあえず、出くわしたら姿晒して、白旗でも振ればいいんじゃないの? 白旗! 万国古来共通のルールなんだからさっ!」
「……あの……それ、僕もやらなきゃ駄目かい?」
おずおずと言った感じで、アマゾンが自分が指差しながら、引きつった顔を見せる。
「むしろ、一番最初に接触するとしたら、アマゾン……貴女ですわ。でももし、日本軍に出くわしたらまずはバレない様に姿を隠して様子見! お解り?」
「わかったよ……先陣を任されてる以上、その辺は冷静に対応するよ。レパルスと違って、僕は連中には特に思い入れもないからね……。友好的にという事なら、そうしよう」
「そうですわね! ルクシオン様は、桜蘭帝国との交流の復活をご希望ですからね。ブリタニアの内部対立なんて馬鹿馬鹿しい状況を打破するためにも! この希望の道を繋げる大役を担う役……皆様、誇りに思うべきですわ! 上手く行けば、勲章ものですよ! 勲章っ! 栄光のブルーリボンだって夢じゃありませんよっ!」
「希望の道とはまた、御大層な物言いですわね……まるで、女王陛下のお言葉みたい。それに体よく乗せられたって感じがしないでもないんですが……。ねぇ、グローリアス……これは本当に貴女のお考えなのかしら? あたくしが知る限り、貴女はどちらかと言うと臆病で慎重な方のはずですが……何か隠し事があるんじゃないですかね?」
そう言われたグローリアスは、露骨に狼狽える。
目を泳がせて腕を組んで……取り繕っているのが見え見えな様子だった。
「は、はい? か、隠し事なんて、してませんよ……そんな。そうっ! 以前、ルクシオン様と一緒にお茶した時に、色々お話をされていて……そうですわよね? アカスタさん!」
「わ、私に振るのかっ? そ、そうだね! 女王陛下のお茶会秘密指令! レ、レナ様達も聞いた事あるだろう?」
「そ、そうなのですーっ! スコーンとダージリンティーを頂きながらのありがたきお言葉……そのお言葉は私達近衛艦隊を動かすには十分すぎるのです!」
三人の芝居がかった様子を見て、半目になるレナウン。
「貴女達……間違っても諜報活動とか向いてないわね……。まぁ、どうせ訳ありなんでしょうから、これ以上詮索はしないわ。そう言えば、グローリアスは御召艦でもあったわね……最前線で女王陛下を乗せながら、限界速力を超えてインセクターから逃げ回る様は、ある意味、お見事だったわ」
逃げのグローリアス……。
どちらかと言うと親しみを込めたその渾名は、ある種の武勲として、グローリアスの艦名と共に彼女達、王立宇宙艦隊の間で語り継がれているエピソードだった。
その時の逃げっぷりは、艦体をウィリーさせながら護衛の駆逐艦をぶっちぎると言うハチャメチャなものだったと言う……。
恥も外聞もなく、怒涛のごとく逃げ回り、群がる駆逐種を体当たりで沈めながら、結果的に女王陛下を守りきった事から、彼女はすっかり女王陛下のお気に入りとなり、御召艦という栄誉を得たのだった。
「わ、わたくし、何故か逃げ足だけは、抜群になってしまったの……けど、全然威張れませんわ」
大戦での彼女の最期……戦艦に追われて、逃げ切れず沈められたと言うエピソード故にだと、言われていた。
実際、空母有るまじき駆逐艦並みの快速や重装甲化が施されており、幾多の戦いにも参戦しながら、ほぼ無傷で乗り切っているのだから大したものだった。
「いやいや、空母が襲われてる時点で本来、負けたようなものじゃないの……。むしろ、先程みたいな状況で猛爆撃をかいくぐって無傷で逃げ切ってるとか、そっちの方が凄いんじゃなくて? ……そこは素直に誇るべきだわ」
「そ、そう? うん、さすがわたくしよねっ!」
なんとも複雑そうな顔で、髪の毛をかき上げるグローリアスだった。
「とにかく、ブリタニアと桜蘭の連絡線が回復したなら、状況は確実に変化する……確かに、変化が欲しい状況ではあったから、貴女達の無茶もやってみる価値はあり……か」
そう言って、レナウンは始めて笑顔を見せる。
「やれやれ、お姉様には叶いませんね……」
それまで、難しい顔をしていたレパルスも顔を上げて、同じように笑ってみせる。
「とりあえず、あたくし達はこれで、一応納得はさせてもらえたわ。そんな訳で、こうなったらあんた達を無事に、桜蘭帝国の勢力範囲まで届ける……それがあたくし達ブラックウォッチの新たな任務。女王陛下のお望みならば、協力もやぶさかじゃないわ。まぁ、乗りかかった船って奴ですわね……」
「レナ様、ありがとうございます! その心意気……まさに騎士道の体現者ですわっ!」
「いやぁ……それほどでもありま……」
得意気なレナウンが謙遜の言葉を言い終わる前に、けたたましいアラート音が鳴り響く。
「話の腰を折るようで悪いけど……敵影を捕捉した。敵機……約50機、そっちに向かってる。編成は四ツ羽タイガーモスが40に、特攻機のエグゾセが10……こちらは隠蔽状態のままやり過ごす……皆の無事を祈るよ」
アマゾンは、短くそれだけ報告。
そして、即座にモニターブラックアウト。
彼女は先行偵察艦として、艦隊から300kmほど前方を単独行動中。
熱光学迷彩装置による風景への擬態、その気になれば一時的にエーテル流体面下に潜行すらも可能。
言わば隠蔽性能に特化したステルス艦。
それが彼女、駆逐艦アマゾン。
同時に、レナ達王立宇宙軍特務艦隊ブラックウォッチ艦隊の正式メンバーの一人でもあり、歴戦の勇士でもあった。
「はいはーいっ! 皆さん、戦争の再開ですわよ……グローリアス、直掩のシーハリケーンはちゃんと飛ばしてる? あと、ぶっちゃけストックはどうなの?」
「問題ありませんわ! 現在直掩機が20機ほど展開中、格納庫には縮小化してあと50機は残ってますから、まだまだやれます」
「なら、あと2、3戦はいけそうね。それなら、上々……んじゃ、総員防空戦闘用意ーっ! フォーメーションは輪形陣! って言いたいとこだけど、そんなもん組めるほど頭数居ないっ! いつも通りルースは先頭で弾幕張って突破口を開きなさい! アカスタはグローリアスの右舷、アーデントは左舷担当! あたくしは、グローリアスの正面を守らせてもらうわ……三人共悪いけど、防空指揮管制はあたくしの麾下と言うことでよろしくて? 相互リンクの上で効率よくやるから、権限委譲をお願いするわ」
「レパルス、了解……露払いはお任せあれっ!」
レパルスが勢い良く返事をし、レナウンとポジションを入れ替わり、先頭艦へ。
彼女は防空火器を多数搭載し、ハリネズミのような異様な姿の艦だった。
本来、3門あるはずの主砲も前後一門ずつとなってり、その代わり、大量の機銃と高角砲が所狭しと並んでいた。
本人によると、過去の二の舞いは御免被りたいからとの事で、こうなったらしい。
性格的には、防空巡洋戦艦と言ったところだった。
「「了解っ! 我ら、ロイヤル・ガーズの誇りにかけて!」」
アーデントとアカスタが、声を揃えて返事。
元々、大戦の頃から続けてのグローリアスの専属護衛艦なのだから、異論は無いらしい。
「アローはロングライフル砲の準備はどう? 後方警戒も任せたわよ」
「殿は任せて……こちらも準備OK。ライフル砲のボルテージは既定値で安定。後背の敵は問題ない……存分にやって」
最後に陰気な雰囲気のボソボソとした小さな声で、もうひとりの駆逐艦アローが返事を返す。
彼女も、やはりブラックウォッチの一員。
駆逐艦の艦体に巡洋艦クラスの155mm単装電磁投射砲を搭載しており、高度なエーテル空間用の光学観測装置と高出力レーザー照準システムを備えており、味方との情報連携の上でならば、100km彼方の目標を撃ち抜く事すら可能なスペックを持つ、狙撃砲艦とも言える艦だった。
「よし、じゃあ……アローはレールガンの射程に入り次第、狙撃で片っ端から落としてよし。ルースは射程に入り次第盛大に弾幕を張って! グローリアス、シーハリケーンは惜しまず直掩を全機迎撃に投入! お荷物扱いされたくなきゃ、役に立って見せるのね」
「は、はいっ! イエッサー! じゃなくて、イエスマム!」
「さぁて、それでは害虫退治始めますわよーっ! アロー! 景気付けの花火でもかましてやんなさいっ!」
レナウンの号令と共に、アローの第一射の轟音が鳴り轟いた。
それは、熱き戦場の宴の始まりを告げる号砲。
黄昏色の空を飛行機雲のようなプラズマ雲を棚引かせながら、超高速の砲弾が征く。
彼女達は……苛烈な戦場へとその身を投じる。
けれど、誰に目にもむしろ生き生きとしているように見えた。
彼女達は生まれながらの戦闘兵器だから。
戦に臨んで怯むことも、躊躇うことも……何一つ無かった。
次回、ヒロインの利根ちゃん登場!
設定資料とかも順次公開予定です! お楽しみに!
SF宇宙ランキング3位に入ったので、今日は夜にもアップ予定。