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第七話「その男、危険につき」③

「さぁ……カオスの幕開けの号砲ってとこかな? フロスト、どれくらいで着弾するようにしたんだい?」


「至近距離だったので、こちらの脱出時間も考慮して、ほぼ直角の超曲射弾道で撃ちました……上空二万五千mからの折り返し自由落下ですので、弾着はおよそ142秒ってところですかね」

 

「か、艦砲射撃?! なんてことを……シホさん! 提督をっ!」


 何が起きたのか瞬時に理解した初霜が叫ぶと、弾かれたように祥鳳が提督を抱きかかえるように、押し倒す!

 それと同時に、初霜が即座に戦闘態勢に入る。

 

 そのまま、飛び上がって、最短コースでカイオスを取り押さえようとしたのだが、フロストと呼ばれた者が、ほぼ同じタイミングで動き、同じように飛び上がり、その軌道を初霜と交差させる。

 

 すれ違いざまの一閃……先に床に落ち、倒れ伏せたのは、初霜の方だった。


「……なっ! 武器なんて持ってなかったはずなのに! クッ……」


 不意を打たれ、横合いから片腕を斬られたらしく、血にまみれた片腕を力なく垂らした初霜が片膝をついて呻き声をあげる。

 

「……セカンドの初霜は、恐ろしく強いって話だったんですけどね。正直、拍子抜けです……それでも、わたしの同位体なんですか?」


 そう言いながら、フードを下ろすと、銀色の長い髪がバサッと広がった。

 その瞳は炎のようなバーミリオン、その片手には、血の付いた氷の剣が握られていた。

 

 何より、その顔は初霜と酷似していた。

 

「……わ、わたし? そんな……馬鹿な!」


 見間違いようのないその姿に、いつも冷静沈着な初霜が動揺を隠せないでいた。


「そうわたしが……この世界のオリジナルの初霜です。貴女が少々有名になりすぎたんで、ロストナンバーズの烙印を押されて日陰者を余儀なくされていたわたしは、敢えてフロストって名乗ってましたけどね」


 勝ち誇るわけでもなく、ただ淡々と告げるフロスト。


「ロストナンバーズだって? そうか、どおりでこちらの世界の初霜の所在が確認出来なかった訳だ……。だが、ロストナンバーズは攻撃性が強すぎるとか、人格に問題があるとかそれなりの理由があって、隔離された艦艇のはずだ……なぜ君がそんな扱いを受けるんだ! 君ほどの武勲艦がどうしてっ!」


 永友提督も将官になってから、知った存在。

 それがロストナンバーズだった。

 

 エーテル空間戦闘艦と言うハードウェアに先史文明技術を応用した有機コンピューターの一種に、旧時代の戦闘艦のデータを与えた結果。

 その戦闘艦艇が人とのコミュニケーションを図るべく、人を模した存在を作り出した。

 

 それがいわゆる戦闘艦艇頭脳体だの、バトルシップガールとか呼ばれている者達の成り立ちだった。

 もっとも、これは当の本人達すら良く解っていない上に、建造した側である未来人達もあくまで仮説だと言ってはばからないような……要するに憶測だった。

 

 だが、その結果、必ずしも人類に対して友好的とは限らない……そんな者達も生み出すことになってしまった。

 

 人類へ敵対的な感情を有していたり、攻撃性が強すぎて制御できないと判断されるケースも少なからず発生していた。

 そういうケースでも、何かの利用価値がある上に、彼女達は事実上不死不滅に近い存在。

 

 その為、そのような問題個体を隔離し集中管理する部署があり、そこに所属する艦艇は本来の名を名乗ることが許されず、その艦籍も抹消される。

 

 それ故に、ロストナンバーズ……そう呼ばれる。

 そんな風に永友提督も聞いていたのだ。

 

 オリジナルの初霜……フロストがロストナンバーズだとすれば、トーンも同様だったのだろう。

 彼女達がそこで、どのような扱いをされているかまでは、永友提督も知る由もなかったが。

 星間連合軍の抱える闇の一つだった。


(なるほど……このカイオスとか言う若造……ロストナンバーズの指揮官……なるほど、そう言うことか! だが、一体何を企んでいる? 星間連合の基地を砲撃するなんて、無茶苦茶だ!)


 二年近く連れ添い共に戦ってきたセカンドからの漂流艦初霜。

 彼女との付き合いで永友提督が知る限り、彼女は至って善良な存在だった。

 

 その同位体であるフロストがロストナンバーズとされる理由なんて、全く想像もつかなかった。


「あはは……ロストナンバーズをご存知なんですね……。それに初霜わたしの事も永友提督は良くご存知だったみたいですね。なら、ご存知ですよね? わたしは戦争が終わって6年も座礁したままゴミのように放置されてたんですよ……わたしはまだ戦えたのに……錆だらけの醜い姿に成り果てて、ゆっくりと朽ち果てて行って……それに謂れの無い汚名までも着せられて……あんな最期、わたしは絶対認めない!」


 永友は目の前が真っ暗になるような思いだった。

 

 彼の曽祖父の残した手記に記されていた駆逐艦初霜の思い出。

 

 それは、敗戦から始まった苦難の時代の中……その残骸に共に戦った戦友として、仲間達と何度も訪れた話や、地元の人々から町を守って戦って沈んだ英霊として扱われていたこと。

 

 そして、解体される最後の夜に、集められるだけ元乗員を集めて、別れを告げた話。

 

 そんな手記を見ながら、垣間見た曽祖父達の思い……。


 そして、永友自身も何度か見に行った駆逐艦初霜の忘れ形見……とある病院に鎮座する錨。

 

 いわれのない汚名とやらも……どこぞの左翼作家が何の根拠もなく、話を面白おかしくする為だけに書き記したデマカセに過ぎなかったと、本人の口からきっちり否定されている。

 

 その言葉を引き出すために、様々な人々が働きかけをしたのも有名な話だった。

 いずれにせよ、彼女にまつわる幾多の人々の思いを知るものとしては、彼女の言葉を全力で否定したかった。


「違う! 私の曽祖父達は君を仲間として認めていたんだ……君だって、見ていたんじゃないのか? 何度も何度も訪れる元乗員達や地元の人から町を守って戦って沈んだ守り神のように扱われていた事だって……最後の夜に贈られた曽祖父達の言葉を……君は聞いていなかったのか!」


「……どうでもいいんですよ……そんな事。わたしは、この世界でまた戦えると思って嬉しかったんですけどね……わたしの最初の艦長は、わたしをお人形扱いして着飾らせたりして、前線で戦わせようとしなかった。……だから、背中からズバッと叩き切ってあげました……あれは最高にスカッとしましたね!」


 どうでもいい……そんな言葉で永友提督の思いを切り捨てた彼女の言葉に、もはや返す言葉もなかった。

 なにより、ロストナンバーズとされる条件……それは人間への敵対行動を取ったケースも含まれる。


 彼女のケースはまさにそれで、ロストナンバーズとされるのも当然だった。


「なんてことを……君は……取り返しの付かないことをしてしまったんだぞ! そんな事をしたら……」


「だから何なんです? ロストナンバーズになったのは、それもありますけど……その時、この冷気を操る異能に目覚めた事もありますね……。この見た目もですけど、この能力って、暗殺には打ってつけですからね。わたし……いっぱい殺しましたよ」


 そう言って、屈託なく笑顔を見せるフロストに……永友はこの世界にも確実に存在するドス黒い悪意と、闇を垣間見た気がした。

 

 恐らく彼女の場合、その暗殺向けの能力に目をつけられた……それもあったのかもしれない。

 言てみれば、悪意によって歪められてしまった存在。


 誰が、どこで……彼女にそうするように仕向けたのか……。

 その事に、このカイオスという若者が絡んでいるのであれば……。

 

 ……言い知れようのない怒りがこみ上げてくる。

 

「初霜……君は……間違っている……その男と共にいる事も……」


「わたしはフロスト……初霜の名はそこの異世界のまがい物にくれてあげますよ。マスターカイオス……さっさと撤退しましょう。もう砲弾も折り返しました……あと、一分もしないで36発ほどの砲弾が直撃します。このビルの構造も把握してるので信管の調整も完璧です。まぁ……ビル解体みたいになるでしょうね……。どうせ、こいつらはこの程度じゃ死なないでしょうけど、提督さんはあの世行きですかね……この人と話してると不愉快になりますから……いいですよね?」

 

 仮にも星間連合軍の一大拠点となっているこのプロクスター基地で砲撃……この時点でもはや、言い逃れの出来ない反乱行為だったのだが……それを彼らは平然と実行した。

 

 まさか、そこまでの暴挙に出るはずがない……そう思い込んでいたのが、失敗だったのだ。

 

「相変わらず、身も蓋もない事をするんだねぇ……フロストちゃんは……。シホちゃんだっけ? 身体張ってご主人様を守ろうとか、死ぬほどカッコイイよ! だから、トーンもそんな嬉しそうにヤル気満々で構えたりしない……ここは見逃してあげなよ……彼女達の頑張り次第で永友提督が助かるかもしれないんだよ? ここで殺っちゃったら、興ざめだよ」


「あらやだ……バレてましたの? だって、こんな無防備に背中見せてるなんて、首を狩って欲しいって言ってるようなものですの……けど、わたくしマスターを愛してますので、ご命令には従いますの……」


 どこから持ち出したのか巨大な大鎌を構えていたトーンがコロコロと笑う。

 

 祥鳳もトーンの殺意には、気付いてはいたのだけど……提督を守るのが最優先として、この場から動くつもりは微塵にもなかったのだ。

 

「……君達は……いったい何者なんだ……それにこんなデタラメ許される訳がない……これは企業間戦争になるぞ!」


「誰も許しなんて乞いてないんだけどなぁ……まぁ、この場で君達をブッ殺すのは簡単だけど、それだとつまらないからね。提督が助かるかどうかはその娘達次第かな……とりあえず、頑張れって言っておくよ! うん、また会えると良いねぇ……次に会う時までに僕のこと、ちゃんと調べておいてね。僕もこれから起きる戦争をコーディネートするから、とても忙しくなるんだ……だから、お先に失礼するよ!」


 そう言い残すと、恐ろしく素早い動きでカイオスが執務室の窓をぶち破って飛び出す。

 フロストとトーンもその後を追う……地上まで、軽く30mはあるのだが……再現体も本来は人間以上の能力を持つバイオサイボーグなのだ。

 

 戦闘用に調整すれば、この程度のことは不可能ではなかった。

 

 初霜も後を追おうとするのだが、着弾まで時間がないと悟り、祥鳳同様提督を守るべく駆け寄るとその身にまとうパーソナルシールドを拡大展開する。

 

「……初霜ちゃん、そんなにシールドを広げたら、自分が危ないよっ! それにそんな手ひどくやられて……ここは私に任せて! 初霜ちゃんはここから離脱して……あいつらを追って! あんな奴ら、絶対に逃しちゃ駄目!」


「シホさん、こちらの世界の初霜わたし……フロストの言葉は嘘じゃありません! 127mm徹甲榴弾の36連撃……恐らく直撃狙いで来ます……砲弾の弾道予測によると、この建物自体が倒壊する恐れがあります。だから、二人がかりでないと提督を守りきれません……ここは覚悟を決めるべきです!」


「……瓦礫ともども地上へダイブ……おまけに生き埋め確実……かぁ。そりゃ、さすがにキッツいわ……お互い、ここは死ぬ気で提督を守るっきゃ無いね! まぁ、元々私達はライバルだしね……私だけカッコつけてポイント稼ごうと思ったけど、やっぱ抜け駆けは駄目ね! 提督、目を閉じて口を開ける! 対爆防御姿勢っ!」


 祥鳳はそう言うとパーソナルシールドを拡大し、初霜と重ねがけの状態にする。

 永友提督も抗議でもしようとしたのか、立ち上がろうとするのだが……祥鳳にきつく抱きしめられて、身動きが取れないでいた。

 

 直後、立て続けの爆発音とともに執務室の天井が崩落し、更に初霜達の真上で砲弾が立て続けに炸裂する。

 

 直角に近い角度で放たれた曲射弾道での精密射撃の精度は凄まじく……絶妙に調整された信管がビル各階の天井と床を容易く突き破り、至る所で立て続けに起爆……あっという間に司令部のビル自体が傾き倒壊を始める。

 

 

 かくして、星間連合軍の桜蘭帝国救援艦隊の本拠地でもあったプロクスター基地の司令部ビルは完全に倒壊し、基地自体もトーンとフロストの無差別砲撃を受け、壊滅的な被害を出した。

 

 完全な騙し討の奇襲攻撃となった為、地上部隊も混乱の中、ロクに反撃もできないまま、呆気なく壊滅……まさに大惨事となった。

 

 幸い民間人については、永友提督が事前に避難させていたのが功を制して、難を逃れ一人の犠牲者も出さなかったのが不幸中の幸いであったのだが。

 

 駆逐艦初霜と空母祥鳳も頭脳体との通信途絶状態で、ロクに動けないまま、砲撃を受け大破着底。

 

 港湾の出入り口には、駆逐艦疾風も待機していたのだが……祥鳳も初霜、それに小型艦艇群による防衛隊も無力化された状況で、駆逐艦一隻では重巡と駆逐艦に抗しきれず、敢え無く轟沈の憂き目にあった。

 

 かくして、前代未聞のテロを敢行した二隻の戦闘艦は完全に取り逃がされてしまった。

 

 その渦中にいた永友提督もその安否が一時不明となったのが、数日後……残骸と化した司令部ビルから奇跡的に救出され、かろうじて生還した……。

 

 けれど、意識不明の重体で治療カプセルでの集中治療を受けるために、戦線離脱を余儀なくされた。

 

 その程度で済んだのも、祥鳳と初霜の二名がその身を盾にして、提督を守りきったから助かったようなもので、司令部ビルにいた他の者達は全滅と言う有様だった。


 その彼女達も戦線離脱を余儀なくされるほど手酷いダメージを負い……通称永友艦隊は司令部の事実上の全滅により、機能停止状態に追い込まれる事となった。

 

 もちろん、プロクスター星系の統括企業たるエスクロン社もこの事態に黙っているはずがなく、クリーヴァ社への猛抗議と、威圧交渉を仕掛けるべく非常時において相互援助を行うべく取り決めがあったアドモス商会共々麾下の私設艦隊群を差し向ける事となるのだが。

 

 あろうことかクリーヴァ社は銀河連合軍への宣戦布告の上で派遣された両社の私設艦隊へ先制攻撃を仕掛けてきた。

 クリーヴァ社は誰も予想だにし得なかったほどの大戦力を隠し持っていたのだ。


 黒船に酷似した謎の戦闘艦艇群を主力とし、ロストナンバーズと呼ばれる気性や行動に問題があるとされて、隔離されていたはずの頭脳体による強力な艦隊群。

 

 さらに、所属不明のドイツ、フランス系の艦隊までも現れ、一斉に行動を開始したのだ。

 結果的に、両社の艦隊は壊滅……。

 

 後詰として、同行していた610艦隊は……敵の包囲陣の中、絶体絶命の危機にあった。

オリジナル世界の初霜と利根ならぬ、フロストとトーン。

いわゆる、闇落ちダークヒロインと言う奴です。


この手の展開は、賛否両論かもしれないですけど……ライバルは自分自身とか、熱い展開だと思うんだけどなー。

とりあえず、下げ展開すまん。


次回は、前作に登場していた島風ちゃんと愉快な仲間達とカイオスが一戦交えます。

島風ちゃんは、外道どもに一矢報いてくれるのか? 乞うご期待!

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