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第七話「その男、危険につき」②

(なるほど……トーンは英語表記では「TONE」……つまり「トネ」……こちらの世界の重巡利根の頭脳体……要は自分の艦名と言う事か)

 

 永友提督もようやっと彼女の正体に気付き納得する。

 けれど、初霜から伝え聞いていた重巡利根の頭脳体のイメージと、彼女はかけ離れていると思った。

 

 何度か、このふたつの世界の同じ名を冠する艦同士の邂逅にも立ち会ったのだが……どのケースでもどこか似た者同士で、むしろ意気投合するケースのほうが多かった。

 

 永友提督もセカンドの歴史について、いくらか情報を仕入れていたが、第二次世界大戦の結末とその経過が大きく異なっており、そこから大幅に違う歴史を歩んでいた。


 その歴史のターニングポイント……それがどこにあったのかまでは、調べきっていなかったが。

 そこから派生した様々な差異が積み重なり、全く別の世界となった……並行異世界とも言うべきか、或いは近似異世界……それが二つの世界の関係と言えた。

 

 当然ながら、頭脳体達も、その事から少なからぬ行き違いや性質上の差異を生むケースも多かったのだが。

 誰しも、自分自身を嫌えるはずもなく……概ね、悪くない邂逅となっていたのだ。


 そんなふたつの世界の同じ名を冠する者達の間に、自然と生まれた絆とも言えるものが、桜蘭帝国側の艦艇達とこちらの世界の艦艇達を繋げる絆にもなっており、必然的に派遣軍の艦艇は日本由来の艦艇が主力になっていた。

 

 永友提督が初霜から伝え聞いていたセカンドの利根のイメージは……何とも微笑ましい部分のあるドジっ子みたいなイメージで……この死神のような雰囲気の冷淡な少女とは、どうしても重ならなかった。

 

 けれど、彼女の話を聞く中で、20世紀の歴史にも詳しい永友提督は、重巡利根にまつわる忌まわしい事件に心当たった。

 

「……そうか、ビハール号事件……私も聞いたことがあるよ……100人近い投降した民間人捕虜の虐殺……」


 日本軍の実施した米英の輸送艦の拿捕作戦……それに伴い発生した捕虜の処遇にまつわる悲劇。

 

 戦争当初は捕虜への人道的な扱いを行っていた日本軍も、戦争末期では戦争捕虜を次々に虐殺するような真似を平然と行うようになっていた。

 

 これは、海軍の指導者であり、良識派だった山本五十六長官を失い指導者不在の状態になってしまっていた事と、ナチス・ドイツの流儀……捕虜は皆殺しにすべきと言うヒトラーの言説の影響を受けたとも言われているが。

 

 アメリカ軍も撃沈された艦艇の生き残りに執拗に銃撃を加えるなど非道な行為を平然と行ったり、捕虜は皆殺しにされると言われていた事も関係があったのは否めない。


 やったらやられる……やられたらやり返す……戦場では当たり前の事。

 言ってみれば、戦場の狂気の一端……こんな話なんて、当時の記録を掘り返せば、いくらでもあった。

 これも、そんな数多くの悲劇の一つにすぎないと言えた。

 

 当時の現場でも、相当の紆余曲折があり、責任の所在も曖昧なまま、一艦長にすぎない利根の艦長に捕虜の処分命令が下されたのだ。

 

 ……それを受け、苦渋の決断として捕虜の虐殺が行われ……最終的に当時の戦隊司令官が戦後、A級戦犯として処刑されている。

 

 その戦隊司令官にしても、要はただの中間管理職のようなもので、本来責を負う立場ではなかったのだが。

 当時の最高責任者と言える臨時長官は戦争中に病死しており、誰かが血塗られた十字架を背負う必要があった。

 だからこそ、敢えてその責に甘んじた……そうも言われていた。


 誰が悪いとも言えない……忌むべき戦争の悲劇だった。


「あら、よくご存知で……おかげで、わたくしの名は血塗られた艦として、歴史にその名を刻んでしまいましたの……まぁ、今となっては詮無きことですけど……重巡利根の名はわたくしにとっては、忌まわしい名です。ですから、わたくしの事はトーンとお呼びくださいな」


 見かけは子供のようなのに、その冷たい目線と妖艶な微笑みは悪女かなにかのようで……その目に見つめられた永友提督は、思わずたじろぎそうになった。

 

「ははっ! 忌まわしき日本軍の蛮行の記憶って奴だね……僕もそれ見てみたかったなぁ……。皆、皆、戦争にどっぷり浸かって狂って行って、敵も味方も殺しまくって、死にまくって……さいっこうにエキサイティングだよねっ! アハハハハ……」


 ……心底おかしそうに、乾いた笑い声をあげながら、そんな言葉を平然と口にするカイオス。

 その言葉に、さすがの永友提督も苛立ちを覚え、反射的に机に拳を叩きつける。


「……すまないが、私は君という人間を非常に不快に感じつつある。……私に何の用があって、わざわざ顔を見せに来たのか知らないが……そんなくだらない戯言を言いに来たのなら、さっさとお引き取りを願えないかな?」


 一瞬の沈黙……初霜と祥鳳が驚いたように、永友提督を見つめる。

 

 その心中は穏やかではなかった……なんで、こんな不愉快な人物を再現体として、提督という立場に据えたのか……それを実施した星間連合自体にも怒りを覚えていた。

 

 再現体と言っても、未来人のその選定基準は色々不可解な部分があった。

 

 その人材も玉石混交で、大佐のような武神そのものと言った人材から、永友提督のような平和主義の民間人だったり、その出自は様々だった。

 

 人間的に熟成したものもいれば、未熟な若者もいた。

 概ね善良なものが多いのだが、中には人間的に問題のある者も少なからずいた。

 

 このカイオスと言う若者は、どう言う経緯で再現体として選ばれたのかわからないが……永友にとっては、完全に理解の範疇外だった。

 

 生意気な若造……その程度ならまだ良かった。

 

 その態度や言葉の端々に……どこか人間を人間としてみていない……狂気じみたものを感じさせた。

 

 強いて言えば、ワイドショーを騒がせた大量殺人鬼とかそう言うたぐいの人間。

 それに近い異質な思考形態をその言動から感じさせた。

 

 こんな人間を野放しにしてはいけない……そう感じた永友提督の直感は恐らく正しかった。


「あれぇ? 永友提督は最前線で戦って、桜蘭帝国相手に敵も味方もバタバタ死なせて、大活躍だって聞いたけど? そこまで戦場にどっぷり浸かってて、善人面するのって……どうなの? ひっでぇ偽善者だよな……あんたも」


 ……とんだ言い草だった。

 

 確かに桜蘭帝国との抗争では、向こうの艦艇や航空機の多くが有人だと言うことに気付かず、結果的に多くの犠牲者を出してしまったのだが……それは向こうも覚悟の上、何より戦争だったのだ。

 

 確かに、その結果だけ捉えて、虐殺者と言われても文句は言えないのだが。

 自らを犠牲にして、取り返しのつかない破局を回避させた雪風や、致命的な破局を避けようとして、その命すらも捨てる覚悟で投降したクルギ提督達の思い……それらを一笑に付すようなカイオスの言葉に、さすがの永友提督も我慢の限界だった。


「……提督は、そんな人じゃないです! 知らないんですか? 提督はこれまで携わった作戦で、味方に一切犠牲者を出していないんですよ……だからこそ、奇跡の提督なんて言われてるんです! そんな事も知らないなんて、あなた、最低です!」


 あまり怒らないタイプと思っていた祥鳳が珍しく本気で怒っていた。

 半分涙目になりながらのその剣幕に、永友提督はむしろ頭が冷える思いだった。

 

 自分の為に、ここまで怒ってくれるような存在を嬉しくも思いながらも、永友提督は立ち上がると、すっと祥鳳の前に手をかざし、抑える。


「ありがとう、シホちゃん……君が怒るまでもないよ……そこの若造! いいか? 二度は言わない……今すぐこの場から出ていってくれっ! それと君については星間連合軍に私の名において、意見書を提出するつもりだ……明らかに人間性に問題あり、提督としては極めて不適格な人物だと……私の意見書は相当影響力があるはずだからね。君は辺境惑星の倉庫番あたりでも回される事になるだろう。君のような人間に戦場に立つ資格なんて無い! 直ちに消え失せろ!」


「へぇ……戦争の指揮官に人間性とか、随分ピントのずれた甘いこと言ってるねぇ……ばっかじゃねぇの?」


 心底バカにしたような言葉に、初霜が腰の日本刀に手をかける……永友提督が目配せをすると、思いとどまったらしく初霜も刀からその手を離す。


「おっとっと……怖い怖い……うん、そう言う事ならもういいよ。……けど、一応これだけは聞いてもらうよ……君達が思っている以上にセカンドの情勢は複雑怪奇なんだ……まさか、セカンドが桜蘭帝国だけなんて思ってないよね? それに僕のファミリーネームを聞いても、初霜ちゃんはまだ僕が何者か解らないのかな?」


 ハイデマン……ドイツ系の名字なのは、永友提督にも何となく理解できたが……。

 その名に何か特別な意味があるとは思えなかった……。

 

 けれどもし……この場にセカンドの歴史を詳しく知るものがいれば、その名こそヒトラーに成り代わり、歴史の歯車を狂わせた稀代の狂人……ベルヘルド・ハイデマン博士の名に思い当たったはずだった。

 

 けれども、初霜を含め、この場の誰もが彼のその名が何を意味するのか。

 その重要性を理解できていなかった……。

 

「……名指しいただいて恐縮ですけど……わたし、そんな人の名前なんて知りません。……確かに、セカンドには桜蘭以外にもブリタニア、シュバルツ、ウラルの三大勢力がいますけど……現在、異世界間を繋ぐ次元穿孔を人工的に作って、そこを抜けるだけの技術を持つのは桜蘭以外にはありえません……」


 初霜が無表情に返す……この辺りの異世界側の情勢については、当然ながら永友提督にとっても既知の話ではあった。

 

 まだブリタニアとの連絡路の確保は出来ていないものの、桜蘭側も所属艦艇群を頭脳体単独による無人運用化した事や、相互技術交換により飛躍的に各艦の戦闘力があがり、黒船の拠点の攻略とそれに伴うエーテルロードの解放は順調に進んでいる状況だった。

 

 現時点での桜蘭帝国の勢力圏はかつての版図の7割近くを奪還し、一部重力爆弾の使用で孤立している星系を除き、かつて見捨てざるを得なかった多くの生き残りの人々の救出も進んでいた。

 

 更に、ブリタニアからの潜行艦による接触があり、ブリタニアにも頭脳体による強力な無人戦闘艦が作られている事が解り、共同戦線の確立が出来そうだと言う報告を、前線にて指揮艦を引き受けてくれているハーマイオニーからも受けていた。

 

 現在、派遣軍はその最後の妨げとなっている黒船の築き上げた巨大宇宙要塞の攻略準備中。


 この作戦には、ブリタニア側も呼応する動きを見せているとの情報も入っており、まさに決戦間近……そんな情勢だった。

 

 だが、セカンド側の情報については、星間連合軍も厳重に情報管制を引いており、たかがいち中佐に過ぎないカイオスにはほとんど情報は届いていない……そのはずだったのだが。


 彼は、セカンド側の情報もかなり詳しく把握している様子が伺えた。 

 この様子だと、永友提督達も知らない情報をこの若者は掴んでいるのかもしれなかった。


「カイオスくん……君はいったいどこまで知っているんだ? 君は一体何者なんだ?」


 空恐ろしい得体のしれなさを感じながら、永友提督はカイオスを問い詰める。


「やれやれ……この期に及んで、そんな事を聞くのかい? なら、予言させてもらうよ……これから最高なカオスが生まれてくる……ファーストとセカンド……二つの世界の様々な勢力が、相互に群雄割拠する最高にエキサイトな時代がやってくるんだ! 君達も傍観者のつもりでいると、あっさり退場ってなるよ? と言うか、早速だけど……ちょっとした試練を君達に授けたいと思うんだ……フロスト……やれ」


 カイオスがそう言うと、フロストと呼ばれた小さい頭脳体が頷き、遠くの方で遠雷のような立て続けの発砲音が響きわたった。

本編執筆にあたって、ビハール号事件の背景を色々調べて思ったこと。


ナチス・ドイツとかマジでクソ。

なんか美化してカッコイイとか言ってるのもいるみたいだけど、独ソ戦なんて外道同士の潰し合いですから……そんなのと関わった日本がアホ。

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